6.交わされた盟約
力を使い果たした豊は昏倒し
長い時間、高熱にうなされた。
混濁する意識の中で脳が情報を整理し
脳液が老廃物を洗い流す過程で
自らの意識とは別の記憶が紛れ込んだ。
それは、若き日のカイパーの記憶。
無限冥王と呼ばれる以前の姿である。
カイパーは純エーテル体生物として
分類された不形態生物。所謂、スライムやショゴスと言った種族に当てはまる。
個別の能力として【増殖因子】と【吸収】を持ち合わせていたカイパーは、ヒエラルキーの最下層に位置し、種族を問わずどの世界でも捕食、狩りの対象となっていた。
類稀なる栄養価と再生能力は食材や治療薬にはこの上ない程の価値を秘めており
例え逃げ出した先でも必ずその命を狙われたのである。
その度に己の細胞の一部を切り取って逃げ出し、命を繋いできたのだった。
ある日、逃げ出した先の迷宮地下で死に絶えた猛獣と人間の遺体を発見し、取り込んだ事でカイパーの運命は変わる。
幻獣【クーギウス】と勇者【カルゾーン】
彼等の雌雄を決する闘いは三日三晩続き
最後は互いの心臓を潰し合い、息絶えた。
鍛え抜かれた肉体と精神。
カイパーはそれらの発する生命の輝きに惹かれ、英傑ふたりを自身に取り込み
分解、吸収、再確立したのだった。
生命体としての進化を遂げたカイパー。
食物連鎖の最下層から脱出を果たすも
受難はまだ終わらなかった。
力を付け、狩られる側から狩る側になれば
いつしか平穏な日々が訪れるはず
そう信じて多くのものを喰らい尽くした。
その結果はカイパーが望むものとは程遠く
力を持てばその分争いに見舞われた。
命を狙われ返り討ちにし、喰い損ねた1人の人間からカイパーの存在は広く知られた。
稀代の怪物と恐れられ、あまりの強さに
倒せば不老不死が手に入るとまで噂された。
『わたしは安全に、静かに暮らしたいだけなのに……。どうしてこんな事に……。』
ある日、カイパーは自分を襲った人物に人の言葉で問いた。
『何故わたしを狙う。闘争の果てに何を望むのだ。』
すると人は答えた。
「生命あるものとして、現状を打破し、成長を遂げ、冒険を超えて今より明日を良くしようとするのは魂の運命。この世に生きている以上抗えぬ欲望だ。人も動物も、生命あるものは皆、魂の運命に従って生きて居る。……お前はそうではないのか?」
『そうか……。それが生きるという事か……。』
経験を経て肉体で学び、人の言葉で形容化され
始めてそれはカイパーの胸の内に収まった。
自身と他人、それぞれが持つ欲望に納得できたのである。
これは生命あるものの欲望。
逆らう事の出来ない現実。
ならば、この時を飲み込み
一瞬一瞬を喜びと感じて生きるしかない。
勝手と勝手の闘争こそ生命の起源。
生きる理由であり存在価値なのだと。
そして自我が目覚め、自己肯定が定まり
カイパーの概念は確立。安全に生きる為戦い続ける。
その為には闘争自体を受け入れ、喜びとするしかない。
ただ今ある命を、健全に生きる為に。
形成されたこの論理。ある意味、間違いではない。
だが、明らかに歪で偏っている。
しかし、それを指摘して正してくれるものは一向に現れない。
純粋に、カイパーは強過ぎた。
個人、集団、民衆、国家、星。全ては欲の為に挑まれ続けた。
自らに訪れた火の粉を払うだけの過程だけで
諸悪の根源、邪悪の化身とまで言い伝えられた。
誰もが冥王の討伐を求め
対話を求めず、生命の進撃を止める事が叶わなかったのだ。
そのせいで肥大化した力は星を飛び出し宇宙へ向かい、銀河を飲み込んで次元を制した。
幾億の時を経て生命体として完成を確信した時。
紅を纏う、救世主と出逢ったのだった。
「……これが冥王の記憶か……。」
道を違えた冥王に豊は引導を渡し
奴は個へと戻り、世界線は修復された。
再構築された宇宙には生命が戻り
たくさんの人々は救われた。
『そうなるはずだった。』
紅玉を通して冥王の意志が伝わる。
「どういう事だ冥王。宇宙は再構築され、星と生命に平穏が訪れたのだろう?」
『違うな。再構築された世界には冥王としての我が存在しないのだ。それによってまた新たな闘争が生まれている。』
「どういう事だ?」
『本来、我が共通の敵となる事で共闘していた国や世界が複数存在していた。だが、冥王がいない事で共闘はなくなり、宇宙の各星々で争いが起こっているのだ。』
「それに関しては我々の関与する所ではないだろう?どの世界にも生存競争は存在する。成長過程における、自然の摂理というものだ。」
『さよう。しかし、再構築の過程で予期せぬ事が起きたのだ。』
「というと?」
『一度取り込んだエネルギーを還元した際に、我の持つ【冥王因子】が僅かに取り込まれていたのだ。これにより、以前より一部の生命体たちの欲、渇望が強くなったと言える。』
「【純単多細胞】とは違うのか?」
『【冥王因子】は我自身ではない。我が遥か昔に取り込んだ、前冥王による能力のひとつだ。己の欲望を高め、生存意志を強化する作用がある。』
「……こんな話をしているという事は……だ。嫌な予感しかしない訳だが……。」
『救世主よ。今一度、我に力を貸してくれ。再構築した星々から【冥王因子】を取り除かねば星は本来の歴史から外れてしまう。』
「今なら間に合うという事か?」
『我が独立形態へと移行し、以前の力の1割でも取り戻せば後は自身で回収しよう。向こう数億年かかるやも知れぬが、再構成した宇宙に対し責任を取りたい。起きてしまったことは変えられぬが、せめて元に戻してやりたい。』
「流石は数億年、争いを見てきた存在だ……。ケジメの規模が違う……。」
『改めて、頼む。救世主よ。』
再構築によって力を使い果たした冥王カイパー。
掌サイズにまで弱体化しながらも
その誇りと気高さ、責任感は宇宙の覇王と認めざるを得ない。
「よし、分かった協力しよう。ミセリの件もあるし。その過程で僕も本来の宇宙に帰る算段が見つかるかも知れない。」
『【神界機構】が統括している宇宙か……。弱体化した今では現在地が掴めないが……。とりあえずはこの星で力を取り戻し、帰る手筈も用意しよう。これが我に出来る精一杯の礼だ。』
「あぁ、よろしく頼む。」
こうして救世主と冥王の間に契約が交わされ
新たな使命と戦いの幕が開けようとしていた。
『先立ってはまず、お主の体力と気力を戻さねばなるまい。我も今は紅玉の一部、このままでは移動も叶わぬからな。』
「紅玉の増幅能力と冥王の力でどうにかならないか?」
『現状ではエネルギーを増やす【元手】がない。何か強力な生命を取り込まねばならぬな……。こう、魔獣や幻獣の類で……ドラゴンや機械生命体でも構わん。』
「食事では賄えないか?」
『熱量が圧倒的に足りないな。なんなら雷や熱、位置エネルギーでも幾ばくか代わりは効く。この世界の技術ではあまり高望みは出来ぬが、とりあえず探してみてくれ。』
「了解した。それと、冥王。僕の能力の一部が使用出来ないんだが、戦った時の影響か?」
『いや、暗黒闘気の影響はもうないだろう。発動しないのはどの系統だ?』
「説明する」
豊は冥王に自身の能力について説明した。
『簡単な事だ。お前の持つ能力の大半は人々の【信仰】によって具現化し、【神界機構】を通して現実に影響を及ぼす。言ってみれば現実の侵食だ。お前の持つ【救世主】【勇者】【英雄】と言った称号は【神界機構】が管轄する範囲でのみ有効なのだろう。』
「確かに、女神の加護は此処ではあまり働いていないな。ほぼ圏外って事か……。」
『案ずるな。例え能力を縛られた所で、お主は無限冥王である我を下したのだ。【残存する時間軸】という理の反則でな。』
「そうだな。まぁ、女神様も無能じゃないし、あっちでも探してくれてるだろ……。」
この発言は何気ないものであったが、大きな見落としがあった。
『手っ取り早い方法だと、【神化】があるぞ。神になって星を管理する立場になれば、必然的に【神界機構】の琴線に触れる。どの次元であっても奴等は気付くからな。』
「それは最後の手段だな。神様なんて真っ平御免だ。それに圏外とはいえ、この世界にも神はいるだろう。」
『いや、居ない。』
「えっ?マジ?」
『我より以前の冥王時代は知らぬが、現在この世界には実質の神は存在しない。概念や宗教的には存在するが、力を持った具象的なものは居ない。冥王の手にした宇宙とはそういうものだ。』
「色々知識が更新されたけど、理解するのが大変だ……。地球出身の一般人には規模が大きすぎる……。」
『我は冥王として生きた力と知識を多く蓄えている。分かる範囲でなら質問にも答えるぞ。』
「その時が来たら頼むよ。今はこれで精一杯だ。そろそろ休んで情報を脳で整理したい。」
『承知した。我も休眠に入ろう。あと数日もすればお主に力を分けてやれる。そうしたら旅立ちだ。』
「了解。おやすみ冥王。」
『うむ。』