3.物資輸送と身辺警護
ヤットコ村を出発したふたりは、小麦や収穫物等の荷を満載した牛車に乗り
隣町である【ヨーキタ】まで向かう事となった。
先日の雨で泥濘みとなった不安定な道を慎重に進む。
「ミセリ、氾濫の影響か、この辺にまで石が流れ着いている。ボルドールや車輪に踏ませない様に行こう。」
「そうね。慎重に……!あぁ……。泥が跳ねて嫌になっちゃいます……。ボルドール、足下注意ですよ。」
『ぼふふぅん!!』
【賢い雄牛のボルドール】は彼女のいう言葉を理解し
足並みを慎重に道を進んでゆく。
吊り橋を渡り、街道を道なりに進む。
次第に道も乾き、好調な走り出しである。
「ボルドールの調子が良いみたいです。天気にも恵まれましたし、昼からの出発なら、大体夕方までにはヨーキタに着けるはずですよ。道中何もなければ……。」
「自らフラグを立ててゆくなんてミセリは中々の挑戦者ですな……。」
「ユタカが何を言ってるか分からないけど、そうそう野盗なんかに出会ったりはしないですよ?ここら辺は拠点の中継地点に、大きな農場とそれらを管理する領主直属の部隊が配備されていますから。」
「ますますフラグにしか聞こえませんぞ。」
ユタカはそれを聞いて超重厚戦斧を取り出して入念な状態検査を行った。
ヤットコ村を出発し、牛車に揺られる事、凡そ2時間。
道なりにある、木陰になりそうな雑木林へ差し掛かると
雄牛のボルドールを休ませる為、一時休憩を挟んだ。
その時である。
雑木林から一筋の矢が放たれ、牛車へと突き刺さったのだ。
「ミセリ!僕の側から離れないで!」
豊は即座に矢が放たれた方角へ狙いを定めた。
すると、雑木林から複数の人影が姿を表したのである。
「大人しく荷を渡してもらおうか。」
その間、豊は神経を尖らせ、現れた野盗と気配の数を一致させていた。
他に隠れている者はおらず、目の前に居るのは矢をつがえた1人と武器を持った3人であった。
「随分な量の小麦袋じゃねぇか。俺たちが大事に頂いてやるからなぁ!」
野盗が豊達を狙ったのは、満載の荷を積んでいた事と
豊がグルカニンブルを装着していなかったことに起因する。
仮に武装した護衛が複数人居れば、リスクを考え素通りさせていた。
言ってしまえば舐められたのだ。
「丁度いい。今し方、先日の儲けを食い尽くした所だったんだよ。」
木の影になってはいるが、雑木林の奥には野営の痕跡が残されている。野盗達はしばらくここに潜伏し、強盗を働いていたのだろうと大体の察しが付く。
「お前たちにひとつ聞いておきたい。」
豊は武装した野盗に対して臆する事なく問い掛けた。
「野盗稼業で人を殺したことはあるか?」
それを耳にし、野盗達は顔を見合わせた後
大口を開けて笑った。
「ガハハ!何を改まって当たり前のことを!俺たちは可哀想な元兵士。もとより奪うことは、戦場での基本よぉ!」
「お国の為に働いた英雄にはそれくらい許されて当然だろうが!」
「逆らえば殺す!それはお前らも他の奴も変わらねぇ!さっさと荷を寄越しやがれ!」
「牛はこの場で丸焼きにしてやるからよぉ!」
「ぼ、ボルドールを食べるなんて!ダメです!この子は私たちの家族です!!」
一通り彼等の主義主張を把握した豊は悲しい顔を見せた。
「もう落ちる所まで落ちているか……。」
戦場を潜り抜け、精神を病まないように適応する人間は多い
その中で倫理観と人間性を失い、己を守った結果、外道へと堕ちてゆくのだ。
哀れむような彼の瞳は、野盗達の神経を逆撫でるには十分だった。
「野郎!俺たちを馬鹿にしてやがんな!」
「俺たちは元だが、突撃歩兵団遊撃部隊だ!」
一斉に武器を振りかぶり、豊へと襲い掛かる野盗達だったが、【超重厚戦斧・壊】が振るわれたが最後、その場にいた野盗は、自分らの愚かさに嘆き悔やむ事となる。
「うわぁぁぁぁ!!!」
衝撃波によって吹き飛ばされ
小さな金属音が数回鳴ったその刹那
彼等が持っていた武器、防具を含めた全ての装備が
【一振り】で粉々に粉砕されたのである。
「あぁぁぁぁ!!??」
「ぎゃあぁぁぁ!!??」
「ば、バケモンだぁ!!助けてくれぇ!!」
「隊長ぉ〜!助けてぇ〜!」
野盗は局部のみを隠したまま、蜘蛛の子を散らすが如く
その姿を顧みず一目散に雑木林へと散開した。
「むっ……!?しまったな……。」
4人ともバラバラに逃げた事で豊は追跡を諦めた。
守るべき対象がある状態での後追いは、高い危険性を伴う為である。
「しかし、奴等には殺気を込めた一撃を放った。悪しき心では二度と武器を取ることは出来ないだろう。これを機に改心してくれたらよいが……。」
「ユタカって強いんですね。4人相手に一撃だなんて、軍団長の位が取れますよきっと。」
「ははは、大袈裟ですぞ。……むっ。」
先程の攻撃で【超重厚戦斧・壊】のエネルギー残量が心許なくなっていた。
「……大事に使わなくては……。」
力が戻りきらない現状では、【破壊】を発動させる力を補充する事は困難である。
その後、十分な休憩を行い、雑木林を後にした一行は
長い道中を経て、中央発展町ヨーキタへと到着した。
「外周は互い石壁か……建築技術が発展しているのがよくわかる。」
「そうですね。ヨーキタは領地に採石場を持っているから、石材建築が盛んなんだって。あっ、すぐそこが町の入り口ですよ。」
「検問をしているな……。入場税をとっているのか。」
「私たちは、ヤットコ村の産業組合証明があるから、身体検査と税金は免除になります。」
「そうなのか」
牛車に乗ったまま組合証明札を掲げ、門を通過しようとしたミセリコルデであったが、その日は運悪く特別監査官が来賓していた為、厳重な荷台検査を行う事となった。
昨今の情勢を鑑みれば、致し方ないところである。
「……結構時間、掛かっちゃいましたね。」
予想を上回る待ち時間に、ミセリコルデも疲れの色を見せていた。
「荷物を納品したら、近隣警備隊の駐在所に行くんだよね?帰りの時間を考えたら間に合いますかな……」
「うーん……。検査に時間取られましたからねぇ……。今日は馬小屋でも借りて、明日朝早くに駐在所に行きませんか?」
「ならば予め話を駐在所に通しておきましょうぞ。その方が円滑に物事が進むでしょう。」
「あっ、そうか。警備隊の人も準備が必要ですもんね。」
荷物の納品を済ませた後
駐在所までの道のりで豊は、この世界の発展度合いを見極めようと、辺りを見回していた。
町の中には、大きな河が整備されており、船での運搬輸送が行われていた。
運河を取り込み町を建設するのは、増水による災害の危険を孕んでいる。しかし、石材建築の発展により、整備が成されているお陰で、この町はとても安定した経済活動を営んでいる。
「あったよ近隣警備隊駐在所!」
豊達は。牛車を駐在所の敷地内に停め、建物へと入っていった。
内部では、十数名の警備兵が慌ただしく運搬作業などを行なっており、その多忙さが窺える。
雑多な駐在所内で、ミセリコルデは
隣にいた豊の手を取った。
「……私のお父さんね。警備兵だったんです。酔っぱらった傭兵のケンカを仲裁して……クロスボウで撃たれて死んだって、お母さん言ってました。」
「そうだったのか……。」
彼女の両親が亡くなっている事は知っていた為。豊は特に何も語らなかった。
彼女も気持ちの整理をつけるため、信頼を寄せている豊に話をしたのだろう。
口にしても取り戻せないものはある。
だからといって、悲しみのすべてを忘れる事も、そう容易く出来るものではないのだ。
受付で【罪人引取要請】を申請し、事情を説明したところ
明日の朝には人員を確保し、合流してくれる手筈となった。
その日は安価な宿で一夜を過ごし
翌日、再び駐在所を訪れ、受付を済ますと
青い番号札を持たされ、長椅子にて待機した。
しばらくすると、奥から2人の警備兵が現れた。
人で混雑する待合所を掻き分け、豊たちの方と向かって来る。
「ライ。あそこだ。」
「よぉ青札のお二人さん!おれの名はライ、こっちは相棒のレフだ。」
ライは栗色短髪に、顎髭の似合う兄貴肌
対照にレフは、金色の長髪を背後で結んだ優男
といった見た目をしている。
警備隊という役職ではあるが、統一されているのは支給されている専用のマントと
首から下げたネームプレートのみであり
それぞれが得意な武器を所持している。
ライはモーニングスターと呼ばれる鈍器で
レフは短剣と盾、背中に巻き型の小型クロスボウを装備していた。
ふたりはコンビを組んで長いようで
非常に仲が良く、砕けた喋り方をするのが特徴的であった。
「これはどうも、よろしくお願いします。」
豊とミセリコルデが挨拶をし、軽く会釈すると、警備兵のふたりは
顔と名前を一致させる様に、じっと目を凝らした。
「受付から話は聞いているぜ。お前さんがミセリちゃんだな。俺たちは昔、フロントさん直属の部下だったんだ。」
「お父さんの?」
「あぁ、ミセリちゃんは憶えてないだろうけど、何度かフロントさんが、駐在所に連れて来たこともあったんだぜ。まだあの頃はこんなちっちゃかったからなぁ。」
「そうなんだ……。お父さんが死んでからはヤットコ村に引っ越したから知らなかった……。」
彼女の話を聞いて、ライとレフは納得した様に頷いた。
「ヤットコ村かぁ、おれらとは担当が違うから、今まで会う事が無かったんだな。」
差込で豊が話に入る。
「本来の担当地域はヤットコ村ではないのですか?」
「あぁ、おれとレフはいつもならヨーキタの東側担当だ。最近は上司が変わったり、罪人の増加でごった返していてな。派遣で地方へ行くなら普通3人なんだが、俺たちはベテランって事で今回は2人だ。遠征内容もコソ泥の搬送って話だし、人員削減だな。」
軽い挨拶と打ち合わせを終え、豊はライとレフを牛車へと案内した。
行きは荷物が満載であったが、帰りには村で手に入らない日用雑貨と、警備兵のふたりが荷台に乗車している。
帰り道は道路の状態も良く、賢い雄牛のボルドールも調子が良かった。
遅れを取り戻すようにヤットコ村へと牛車は走る。
移動中暇そうに辺りを眺めていたレフがちょっとした変化に気が付いた。
「ライ、ちょっと見てくれ。」
「どうしたってんだレフ。」
レフは現在走っている道に指を刺した。
「この先にはヤットコ村しかないはずだが、新しい馬の足跡が多く残されている。これは少なくとも10頭の馬が村へと向かっているぜ。」
「そりゃあおかしい話だ。せいぜいこの道を利用するのは、物資を運ぶ牛車か警備隊の馬くらいのはずだ。」
「何かが起きている……。」
足跡の異変に気付き、辺りを見渡すとそこは
来る時にも通った、雑木林に差し掛かる場所であった。
耳を澄ますと、複数の馬の足音が徐々に近くなるのを感じる。
それはやがて砂煙として目視出来るようになり、悪い予感を現実のものへと確信させた。
「来た!賊だ!」
レフが奴等の動きにいち早く気が付いた。
馬に乗った野盗が武器を振り回しながら、雑木林を飛び出したのである。
行きの時とは状況が異なる。
初めからこちらを認識して襲ってきている様子である。
「どうやらあの感じだと、報復って所だな。仲間と合流したらしい。」
「あわわわわ……!ど!どうしたら!」
現在手綱を握っているのはミセリコルデであり、驚き戸惑っている。
「牛を止めるなミセリちゃん!ここで囲まれたら不利だ!!」
野盗は馬を操りながら弓を構え、豊たち目掛けて真っ直ぐに矢を放った。
ライとレフはそれを防ぎつつ、クロスボウで応戦。
豊も矢からミセリコルデを守る為、武器を構えた。
「奴等、弓矢の精度が高いぞ!弓兵崩れか!?」
騎乗弓にはかなりの練度が求められるが、放たれた矢はどれも真っ直ぐ目的へ向かう。
「動きが慣れてやがるな……。こっちの装填に合わせて間合いを計ってやがるぜ!」
レフが何度かクロスボウを放つが、彼が馬ではなく騎手自身を狙い
足場の悪さも相まって命中しない。
「レフ!馬を撃てよ!!」
「俺が馬牧場の長男なのは知ってるだろ!馬に罪はない!」
「ちくしょう!頑固者がぁ!!」
現状では牛の速度を上げ、野盗に先回りさせないよう牽制するのがせいぜいであった。
囲まれる事ももちろん不利だが
荷台という足場の安定しない中で戦うのもまた同じ様に不利である。
「この先は村へと繋がる吊り橋だ!」
必然的に道幅が狭くなり、野盗の動きは制限される。
そうなればまた戦況は変わって来るだろう。
「ミセリ!牛を吊り橋を越えるまではこのまま走らせるんだ!」
豊のこの発言に、警備兵ふたりは彼の意図を察した。
吊り橋の幅は牛車のおよそ2倍程しかなく、安全面で馬を並走させる事は不可能であり
無理に事を実行すれば谷底へ真っ逆さまとなる。
「わ、わかりました!頑張ってボルドール!」
ミセリコルデの言葉に賢い雄牛のボルドールは反応し、懸命に大地を蹴った。
爆音を響かせて長い吊り橋を渡ると
必然的に馬は散開した状態から密集となる。
「これなら素人でも当たるぜ!ライ!押さえてくれ!」
「おうよ!」
体重のあるライが、レフの下半身を押さえつけ、振動によって起こるブレを極限まで減らす。
放たれた矢は真っ直ぐに先頭の野盗へと命中し
その場で落馬、それを一部巻き込んで二頭が脱落した。
「ヨッシャァ!!」
「馬を狙えばもっと簡単だろうに!」
「黙れ!古より馬は人間の友達だ!!」
ライとレフが言い争いをしてる最中
後続の野盗が転倒した馬を飛び越えて再び追いかけて来る。残り3人だ。
「レフ!また来たぞ!やったれ!」
「……ダメだライ。」
「どうした!!」
「今のでクロスボウの矢が切れた。」
「馬鹿野郎!!アレほど補充しとけって言っただろ!!」
「ボルト矢は高いんだよぉ!!経費出ねぇし!!」
吊り橋を渡りきり、道幅が元に戻る次の瞬間。
猛スピードの牛車は道端の大きな石を踏み抜いてしまう。
本来通り、ゆっくりと渡り切ればこの様な事は起こり得ないが、
『悪党に追われる』という緊張現状が、全員の視野と思考を著しく妨げた。
踏み抜いた衝撃によって、後方荷台で戦っていた
ライとレフのふたりは空中に投げ出されてしまう。
「おわぁぁぁぁぁ!!」
「うわぁぁぁぁ!!」
悲鳴を上げながらも、持ち前の身体能力で受け身をとるふたり。
「こうなったら仕方がない!ミセリちゃん!先に離脱しろ!!」
「ユタカ!!ここは俺たちに任せて行け!!」
「すまない!ふたりとも!!任せた!!」
ミセリコルデと供に、豊はボルドールの手綱を引いていた。
石を踏み抜いた事でボルドールが怯えてしまい、興奮状態に入ったからだ。
全ての要素が少しずつ重なり、大きな不幸へと向かっている。
そんな不吉な予感を豊は人知れず感じていた。