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紅の救世主  作者: メアー
1章.宇宙の再構築
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2. 宇宙を越えて

 


 冥王カイパーとの死闘の末、辛くも勝利を収めた救世主、北条豊は、冥王が再構築した新たな世界線の余波と自らが行った【残存する時間軸】による【超密多重次元過多】による影響で、次元空間の壁を突き破り、宇宙の彼方へと跳躍を幾度も繰り返した。


 度重なる衝撃と、いつ終わるかもわからない次元跳躍の果て、傷付いた勇者が目を覚ました先、それは光が燦々と差し込む林の中であった。


 身体のあちこちに負傷を抱え、気力体力共に疲弊し、最早、声を出す力すら潰えていた。


(僕は此処で死ぬのか……。)


 意識が朦朧とする。豊は、己の中にある命の灯火がゆらゆらと危なげに燈っているのを、僅かに感じていた。




『……覚めよ……目覚めよ……。』




 頭の奥で誰かが呼ぶ声がする。


 それは不確かなもので、命と共に消え入りそうな程小さい。


 もうすぐ火は消える。英雄として幾度も世界を救った彼の最後が、

 この様な結末で幕が降りるのを、今は誰も引き留めてはくれない。




 ガサッ……ガサッ……


(……なんだろう。何か居る。)


 草を踏む音が徐々に近付き

 何者かが豊かの側まで歩み寄る。

 目を開こうと試みるがその気力はない。


(水がほしい……。ほんの一滴でも……。)


 唇が少しだけ動き、本能で水を求めた。

 目が開かぬまま上体が起こされ、手に温かな感覚が伝わった。


「お水……飲んで……」


 聞こえたのは少女の声。

 暖かさを含んだ優しい声。


 彼女から手に渡されたのは

 動物の皮で作られた、水袋だった。


 震える手で口に水を運ぼうとするがそれすら今の豊には覚束ない様子であり


 それを見て察したのか、少女は水を飲む補助を施してくれたのだった。


 ひとくち、ふたくちと飲む下し

 続けて数度、呼吸を忘れて啜り上げた。


 渇いた砂漠に短い雨が降ったかの様な感覚を得る。

 豊は命が繋がった思いであった。


「ありがとう……」



 豊は感謝の言葉を絞り出し、そのまま気を失った。

 その様子を見て少女は慌てふためき、林から駆け出してゆくのであった。




 豊が微睡む意識から解放され、再びまぶたが開いた時

 彼の目に飛び込んで来たのは

 木造の梁天井と、干し薬草の束であった。


 状況を把握しようにも身体は強張って動かず

 首だけを動かし辺りを見回すも、情報量は限られている。

 手当てをされ、濡らした布が額から

 僅かに自身の熱を和らげているのを感じていた。


(生きている……)


 どれぐらい眠っていたのだろうか

 彼が感じている身体の強張り具合から察するに

 短い時間ではないだろうと予測はついた。


 何かあるのだとしたら自分が無事であるわけがない。

 こうしている以上、すぐにでも身に危険が起こるという事は無いと考え

 豊は再び目を瞑ろうとした。



 すると不意に部屋の扉が開き、そそくさと少女が豊へと歩み寄った。

 手には水桶を持ち、元からあったものと交換している。

 その手は辿々しく、覚束ない。


「良かった。目が覚めたみたいですね。ここは私の家です。安心して休んでください」


「う……あっ……」


「あぁっ、無理しないで。喋れるまで回復したらでいいから!私はミセリコルデ、村のみんなはミセリって呼ぶの」


 幼さが残る彼女の声に不思議と安心し、豊は再び目を瞑った。





 ミセリコルデの家で世話になる事、はや1週間

 豊の体は外を出歩き、身の回りの雑務や仕事を手伝うにまでに回復を見せていた。

 彼は、薪割り場で炊事用の薪を量産しながら

 ふと、物思いに耽っていた。


「あれ以来、あの声は聴いていない……」

 意識が朦朧とした中に聞こえた声の正体。


 彼の考えでは、女神が救出の為に放った【天啓通信】ではないか

 と予測を立てていたのだが、先程口にした通りの現状である。



「身体の方はまだ3割未満か……」

 驚異的な回復力を誇る彼ですらこれ程まで時間が必要だったのは

 ひとえに冥王カイパーとの戦いが凄まじかった事だろう。


 激闘と時間跳躍の反動で装備のほとんどを失い、手元に残されたのは【超重厚戦斧・壊】とエネルギーが残り僅かな【紅玉鎧・グルカニンブル】、悪魔ヴラヌスの力を取り込んだ【幻惑結界サイグリア】のみであった。


「システム・ヴラヌスが深い眠りに入っているという事はサイグリアを維持し、崩壊を防ぐ為か……」


 盾に力を込めるも、【具象化】が発動しない。

 この状態では【幻惑結界】【鉄巨人召喚】などの使用は不可能となる。


「カイパー戦の影響か……物質が作れない……。このままでは【糧】も出せないか……」

 自分の手を見つめながら、弱体化による危険性を再認識し

 豊はより一層気を引き締めたのであった。




「ユタカ、薪割りはそれくらいでいいですよ」


 思案の最中、ミセリコルデに動作を静止された。

 考え事をしながらの単純作業は、軒先に大量の薪在庫を生み出したのであった。



「ふふっ、これなら来年の冬の分までありそうですね」


「考え事をしていた。これからの事について」



「えっと、貴方さえ良ければずっと居ても……。今、ヤットコ村には男の働き手が必要ですし……」


 ミセリコルデは豊に対してよく懐いている。

 それはまるで、血を分けた兄妹の様であったが、

 彼女が両親と死別し、ずっと一人暮らしであった事も関係していた。


「いつまでもミセリの寝床を占拠するというのは忍びないものさ」



「病み上がりなんだから黙って休んでいたらいいんです!薪割りだって私がやるのに」


「身体が鈍るから少しでも動きたいんだよ。早く故郷に戻らないといけないしね」



 彼の言葉を聞いてミセリコルデは少し哀しそうな顔を示した。


「そう……ですよね。帰る場所があるのならやっぱり帰りたいですよね……」


 彼女は両親を亡くしてから、

 村の手伝いと薬草取りで生計を立てている。

 人々は暖かくミセリコルデを受け入れているが、何処かよそよそしかった。


 彼女に寄り添い、背負った苦しみや悲しみまで共にしようとする村人は居なかったからだ。


 それでも、豊と一緒に暮らす様になってからは明るさを取り戻し、活きいきと過ごす様になっていた。



 村人も初めは、厳つい鎧を着込んだ傷だらけの豊を見て、厄介な問題が紛れて来たと難色を示したが、彼の人柄を知ると徐々に心を開いた。


 懸命に世話を焼くミセリコルデの様子を見て

 村人も良い転機が訪れたのだと感じ取った事だろう。




 ただひとりを除いては


「おはようミセリ、生みたての卵を持って来てやったぞ。あとミルクもだ」


「あっ!ジャックおはよう、配達ご苦労様」


「おはようございます。ジャック。」


 ミセリコルデに続いて豊も挨拶をするが

 ジャックは「おう」と小さく返事を返し

 卵とミルクを手渡して帰っていった。



「あの男が来てからミセリはずっと掛り切りだ……。その方が気が紛れるのだろうが……ミセリの側には俺が……」



 彼の放った独り言は風の中へと溶けていき

 誰の耳にも入ることはなかった。



「さて、薪割りも終えたし、次は洗濯物でも取り込もうかな……!」


「あっ!いいえ!ユタカは休んでいてください!洗濯はわたしがやりますから!」


 裏庭に回ろうとする豊であったが、ミセリコルデはそれを阻止しようとした。



「僕の分まで洗ってもらっているのに、何もしないのは気が引けるなぁ」


 そう言いつつ、木の柵で囲われている裏庭の手前で立ち止まったところ、突如として突風吹き荒れ、干してあった洗濯物が、物干し紐ごと風に流されてしまう。


「おわっ」


 それを顔で受け止めてしまった豊は、自分の顔にしっとりとした感触を覚える。


「きゃー!ダメダメ!見ないで!!」


 豊の顔に張り付いたのは、ミセリコルデの下着であった。

下半身を守るはずのそれは、布面積が少なく、もはやほぼ紐の形態である。


 顔に張り付いたのはその、【少ない布面積】の部分であった。


 今の彼を側から見れば、少女のパンツを顔に装着した紛れもない変態である。



「これは、随分と刺激的な……!」


「感想は言わなくていいから!!か、返して!」


「むごご……!」


 顔に張り付く下着と、洗濯物を吊るした長い洗濯紐、これらの要素が相まって、豊は両手が塞がり、パンツを取り外すことが出来なかった。


 身長差がある為、ミセリコルデが飛び跳ねたとしても、豊の顔には手が届かない。



「いやぁぁぁぁ!!ダメダメ!!ユタカ!お願い!呼吸しないで!嗅がないでぇぇ……!!」


「ふご……それは無茶な……。」


「あぁぁぁ!喋ったらダメェェェ!!」


 喋れば喋るほど、少ない布面積は口に吸い付き、変態具合が上がってしまう。しかも生乾きであった為、フィット感がより増している。





「ふう……。なんとか、外れたか……」


「ふぇぇ……」


 パンツは豊がしゃがんだ事で取り外せたが、

 直接的に彼の責任ではないにせよ、ミセリコルデは心に深いダメージを負ってしまった。



「すまないミセリ、君の下着をどうこうするつもりはなかったのだが……」


「当たり前です!風のせいなのは知ってますから仕方ないですけど……!それでも……。恥ずかしかったんですからね……!」


「すまない……」


「それに、こんな最も安い造りの下着を履いてるなんて知られたら……人として……、女として……」


「えっ?最も安い造り……?あっ……!」



 豊は彼女の恥ずかしさの根源がふたつある事に気が付いた。

 この世界では布の価値が高く、平民などは、

 服や下着を自分達で作るのが主流となっている。



「こんな小さい布と紐でしか下着を作れないなんて……。いくらお金に余裕がないからって……」


 勿論、彼の顔に下着が貼り付き、匂いまで嗅がれたという事実も恥じらうべき点ではあるが、【経済的余裕の無さから下着の布面積を減らす。】という手法を用いていた事も、この世界においては恥ずべき事なのだ。



「そうか、ミセリはそれを気にして……。すまない事をした。配慮すべき点であった」



「謝られても仕方のない事なのですが……。わ、忘れて下さい!」



「布面積の事?それとも、顔に接した布の感触の事?」



「~~~~~~~ッッ!!どっちもです!!!」



 その日、村には乾いた平手打ちの音が響いた。




 翌日、豊はリハビリと称してミセリコルデの薬草取りに付き添った。


「ここら辺の山は整備してあって平坦な道が続くけど、村までは距離があるから朝早くに出発する事にしているんです」


「僕が倒れていた辺りはそこら辺かい?」


「まだ山の浅い部分だったから助けを呼びにいけて幸運でしたよ。山奥だったら私1人ではどうにもなりませんでした」


「感謝しきれないな」


「もーっと崇めて奉ってもいいんですよ?」


「ははは……! ミセリ様々ですぞ」


「えへへっ……!」


 昨日の事もあったが、会話を交わす中で

 彼女の機嫌はすっかり治っていた。


 むしろ、今まであった気遣いや、よそよそしさが消えたおかげか、

 互いにより深い関係になったと言えるだろう。


 ふたりが山道を進んでゆく途中

 湧き水が溢れる要所を訪れ、しばしの休憩を取った。




「そういえばユタカ、あの大きな鎧は置いてきても良かったのですか?」



「流石にグルカニンブルを着て山道は登れないからね……。それにアレは僕以外が着ても効果はないし問題はないよ」



「あの村に盗む様な人は居ないけど……とても高級そうな鎧だったから少し心配かも。胸のとこにある玉がピカピカ光って綺麗でしたし」


「はて……。グルカニンブルの紅玉にそんな機能あったかなぁ……」



「それに、鎧を脱がせた後、自然とひとつになったの!不思議だったわ」


「あの鎧は僕が着ていない時ひとつに纏まるし。他にも機能があるんだ」



「へぇ~!見たい見たい!」


「そうだね。帰ったら見せてあげるよ」








 休憩を済ませ、薬草の群生地を目指して歩き続ける事しばらく。

 ふと、豊が視界の脇に目をやると、僅かに残された焚き火の痕跡を発見した。


「猟師でも山に入っているのかな」


「それはないですね。山は今禁猟期間ですし……。あっ、ひょっとしたら最近村で捕まった泥棒の仕業かも」


「あぁ、ジャックの叔父さんの牧場に盗みに入ったコソドロか。そういえば山に潜伏してた時期があったって聞いてたけど」


「そうそう、ウォージィさんが農具で泥棒を思いっきり殴って倒しちゃったんですよね」


「泥棒もあんな強い人の牧場だって知らないで入ったもんだからね」




「泥棒とかは、近隣警備隊が巡回に来てくれた時に引き渡す決まりなんだけれど、今月は遅れてるみたいです」


「村長も言ってたけど、やっぱりここら辺一帯は犯罪が多いのかい?」



「隣国との戦争の影響で、戦えなくなった兵士や傭兵が、解雇になって野盗になる事がごく稀にあるらしいんです。補償金もごく僅かって話だし」


「故郷に帰れば仕事がある人もいるだろうけれど、そういう恵まれた人ばかりじゃないからね。……おっ、あったよ。お目当の薬草」



 豊とミセリコルデが群生地を発見すると、全体の3割を収穫し、その場を後にした。





 下山し、帰路に着いたふたりを村の入り口に差し掛かる手前で待つ男がいた。

 その側には荷を積んだ牛車もある。


「どうしたのジャック、急ぎの用事ですか?」



 ミセリコルデがそう尋ねたのも無理はなかった。

 牛車が用意されている事もそうだが、

 本来ならジャックは、彼女の家や村の中で待っている事も出来たはずだからだ。



「村長から直々の使いだ。今週の成果物を品卸しした後、町に在中してる近隣警備隊を連れて来てほしいんだと」


「それは構わないですよ。ジャックはどうするの?いつもは私と一緒に町へ行くけど、今年はウォージィさんも、先月産まれた子牛達の世話に掛り切りでしよ?」



「村長はユタカに身辺警護を任せたいって言ってた。俺は反対しようとしたけど、収穫の時期がズレたせいで、今は誰も手空きじゃないからな」



 山で豊が発見された件で、村の収穫計画に多少の遅れが出ていたのは確かだった。

 それを聞いて豊は、改めて少しでも恩を返そうと

 身辺警護及び、物資輸送支援を承諾したのであった。



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