05:46 エミールの考え
第1回緊急対策会議が終了した後、私は資材管理班長のエミールに呼び止められた。
「副隊長、今は異常事態です。今から領民をシェルターに異動させていたのでは間に合わないと思います。」
エミールは隣国の王立大学で経営管理を学び、首席で卒業した秀才である。彼とは年齢は10歳ほど違ったが、それを忘れてしまうほど彼は落ち着いていた。私は無言で続きを促した。
「技術班長にはまだ相談していないのですが、私は「叡智の太陽」を使用するべきだと考えます。もちろん、これには多くの制約や安全性の問題がありますが、領民を守るためにはやむを得ないと思います。副隊長はどう思われますか?」
この地域は冬になると、猛烈な寒波が吹き荒ぶ。その寒波はありとあらゆるものを凍らせてしまい、どのような活動も停止させてしまう。
そのため、ここに住む人々は、この寒波に対抗するため、太古より対策を講じてきた。しかしどうして毎年、好き好んで苦難を味わわなければならないのか。この土地は、何千年にもわたって、居を構えることを試みた人たちに現実を突きつけることを繰り返してきた。おかげでこの地域は、「放棄されて当然の土地」という名前で地図に載っているそうだ。
この地域に我々の先祖が移り住んだのは、今から百数十年前、この地の王室の先祖がクーデターで隣国を追われてしまったからだそうだ。しかし彼は名君として有名だったそうで、彼に従った49人の臣下と彼らの領民たちおよそ3,000人は、皆、彼について行ったそうだ。やはり彼らを苦しめたのもこの冬だったそうで、彼らは最初の冬でその半数を、その次の冬にはそのまた半数を失ったそうだ。
越冬隊の歴史はこの頃にさかのぼる。名君だった王も崩御すると、彼に従っていた一部の臣下と、王室との間で政争があったそうだ。しかしそれでも冬はやってくる。こうした政治とは無関係に冬の度に寒波に見舞われ、領民たちは失われていく。こうしたことから、政治と独立した組織が編成され、それが今の越冬隊につながっているそうだ。越冬隊は、この領国の歴史と言っても過言ではないのだ。
「越冬隊はこれまで、過去にない困難を克服しつづけて、今日まで歴史をつなぐことができた。だから一度犯した失敗は、二度犯してはならない。「叡智の太陽」は禁忌だ。何か別の方法を考えるべきだ。」
エミールは、私の発言を想定していたように、直ちに反論した。
「しかし今回ばかりは事情が異なります。明らかに異常です。過去、「叡智の太陽」が使用されたのは、領民がシェルターに移動してからでした。しかし現時点では、ほとんど誰もシェルターにいません。多少被害は出たとしても、最悪の事態は避けるべきです。作戦はある程度立案しております。」
エミールの意見は尤もだった。しかし「叡智の太陽」はリスクが大きすぎる。たとえ数百人が犠牲になったとしても、5万人が救われるのなら上出来かもしれない。これは過去にない天災なのだから。
彼の作戦を聞こうとしたとき、父の言葉が思い出された。
「越冬隊は、領民を守るために存在する、本当に強くて優しい人たちだ。ある1人の領民を犠牲にして残りの99人を救うのは、越冬隊のすることではない。越冬隊は、100人全員を救う方法を考え、実行できないといけないんだ。」
「……ダメなものはダメだ。発火点の教えを思い出せ。」
「しかし!」
「では、少なくともまず技術班長のギヨームに話をしてみてくれ。彼の意見も聞きたい。」
エミールは、少し黙ったあと、簡単に会釈をしてその場を去った。
私は自席に戻り、一息つく必要があった。あまりに難しいことが起こりすぎている。加えて、エミールが去り際に言っていたことが少し引っかかっていた。
「副隊長、この寒波は人為的なものかもしれませんよ……?」