仕事の人
「お前なんて、××でしまえ!!!」
私の上司の口癖だ。
私の名前は由里木レンカ。どうしようもないへっぽこ新社会人。・・・・・・スーパーへっぽこ人間。・・・・・・生まれてきたのが申し訳ないと思うほどの、へっぽこ人間・・・。昔から何をやってもダメだった。
どんくさいだとか、のろまだとか、不出来だとか、そんなことならまだいい。でも、私がいるだけで、たくさんの人に迷惑をかけてしまうのだ。私がいない方が、みんな笑顔になれるのだ・・・私がいない方が・・・・世界は・・・幸せなのだ。
そんな私も、皆様に迷惑を掛けながらではあるけど・・・どうにかこうにかして、この年になるまでは頑張ってこれた。
そう、
私も晴れて社会人になれたのだ。胸を張れるわけではないけど、これで私も・・・誰かの役に立てる・・・そう思ってた。
違ってた
やっぱり私の人生に光が差すことなんてないらしい。正直、社会人になることに不安しかなかったのだけど、やっぱりダメダメだった。
失敗を連発する私は、上司のもとをたらい回しにされ、そのたびに見限られた。そして、この上司と出会った。私の上司は、会社の中でも特に厳しいと有名な高木課長。過去幾度となくパワハラで部下を泣かせてきたそうなのだが、その有能さゆえ、未だその怒鳴り声は、御健在のよう。
「お前なんて、××でしまえ!!!」
職協柄、失敗が許されてはいけないものだとはわかっている。でも、失敗するまいと慎重になればなるほど、私の脳みそは、失敗をしたがってしまうのだ。だから課長は今日も堪忍袋の緒が切れて、
「お前なんて、××でしまえ!!!」
こう怒鳴りつけるのであった。会社のみんなの前で・・・
何度も我慢してきてきた・・・泣いたら、、、もう、、、、前なんて向けない・・・・
分かってるんだ。全て、、、出来損ないの私が悪いだって・・・
すべて・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・私が・・・悪いのだ。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんさない。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
生まれてきて・・・・・・本当に、ごめんなさい。
「お前なんて××でしまえ!!!」
だから、今日・・・言われた通り、
―――私は死ぬことにした―――
――ザザー――
・・・・水が溜まっていく
「境界線ラジオ」
その噂を、私はいつ知ったのだろうか。なんでも自殺をしようとしている人間が午前零時丁度に自殺をする準備を整えてとある周波数にあわせていると、聞くことのできるラジオ番組があるというもの。
――ザザー――
・・・水が溜まっていく
まあ、よくある都市伝説ってやつだ。私は信じていたかというと、まあぶっちゃけ信じてはいなかった。だから、自殺する前に大好きなラジオ番組を聞いて、ついでに聞けたらいいなぁ程度の気持ちで、その周波数にチャンネルを合わせていたのだった。
――ザザー――
・・・水が溜まっていく
「ああ、これで〇〇さんのラジオも聞けなくなるのかぁ。」
私は昔からラジオが大好きで、その中でも特に好きだったパーソナリティの勤める番組がもう聞けなくなるかと思うと、ちょっと残念だなぁと思ってしまった。
「はぁ・・・・。」
私は蛇口を止めた・・・・これでもう・・・あとになんて・・・引き返せない・・・。
沢山張られたお風呂の水。身を綺麗にするためなんかじゃなくて、私を汚すために張られた水。準備は整ってしまった。ちゃんと新品のカッターナイフもちゃんも買ってきた。遺書は・・・・・書こうかどうか迷ったけど、結局は書かなかいことにした。自殺するのは、他の人が悪いんじゃない。全て、不出来な・・・私が悪いのだ。
怖いかというと、よく分からない。自分を傷つけるという行為と、他者に傷つけられる行為、どちらが痛むのだろうか?
私は、カッターの刃を少しずつ出し始める。
カチリ、カチリ・・・
その音が、私を殺す悪魔のものにも聞こえるし、この地獄から救ってくれる救いのようにも聞こえる。
(やっと・・・これで・・・)
時刻はちょうど零時を回ったころ、やはり噂は噂でしかなかったらしい。
「さよなら、私の人生・・・。」
私は、皮膚にカッタ―をかざした
―ーその時―ー
ザザーと砂嵐を保っていたラジオの音にだんだんと、砂嵐以外の音が混ざり始めてきていることに、私はその時になって、気が付いた。
それは、人の声だった。だんだんと、砂嵐をはねのけて、・・・・その・・・奇妙なラジオ番組は、始まったのだった。
「はいっ、ということで、今回も始まりました!クロとシロの境界線ラジオ!パーソナリティは、私クロと、」
「・・・シロが・・・お送りします。」
なんだ・・・これ。
私の思考・・・・その第一声はそれだった。
都市伝説にあった幻のラジオ番組は、確かにあった。でも、自殺前に聞くものにしては、あまりにもその声は陽気なものすぎて・・・
クロさんという方はまだしも、シロさんという方はどうしてマイクの前に立てているのだろうかと思うぐらいの棒読みだった・・・
正直、よくこんなラジオ番組が存在で来てるななんて、鼻で笑ってしまいそうだ。
でも、案外・・・・
・・・その不釣り合いさが、今の私にはちょうどいいのかもしれない・・・
「ハイっ、ということで、今日もお葉書を頂いております。ペンネーム、無名の作家さんより、男性キャラだと、えーっと・・・キャラが立ちにくくて、つい、女性キャラで書いてしまいます。どうしたらよいのでしょう?という内容ですっ!ハイッ!ここは作家のお悩み相談室ではございませんので、こういうおはがきは送ってこないでくださーい!」
「男の娘・・・書けば・・・いいと思う。」
「ハイッ!次!」
なんだ・・・これ?
ラジオのパーソナリティが、リスナーの手紙を断絶するラジオ番組を、私は生まれて初めて聞いたような気がする。
音楽が流れたり、手紙への応答があったりと(手紙がどうやってこのラジオに届いているのかについては、まったくもって謎だが・・・)、まぁ、一般的なラジオ番組と大差はない・・・。
でも、何の変哲もないないそのラジオから流れてくるその会話が、どこか特別で、見えない現実に囚われたままの私を・・・どこか・・・そう、、、どこか久しいあの場所へと連れていく。
いつも聞くラジオとはちょっと違うその感覚はきっと、、、、私がずっと昔に手放してしまったものだということに、今さらながらに気が付いた。
間違えることが許されていたあの頃・・・戻れるものなら戻りたい・・・何でもないようなことで笑い、怒りたい時に怒れた・・・あの頃に・・・
今の私に許されている感情はきっと、謝るときのあの情けなさだけなのだから・・・
つらくて
寂しくて
冷たい
この場所
誰も・・・私のそばにはいない・・・
どれだけ進んでも・・・私は一人
だから
いくら前を向こうと思っても
いくら次は大丈夫と励ましても
姿かたちのない、どこかの自分が もう無理だよ って囁いてくる・・・
だから私は・・・いつしか・・・その感情そのものを捨ててしまっていた・・・
「ハハッ・・・」
私はもう、こんな自分でなくてもよいのだ・・・
だから、私の口から自然と漏れた・・・とても久しい・・・笑い声は、間違いなく、私だけのもの
次から次へと流れてくるくだらないそのやり取りを、優しく微笑みながら聞いた
微笑んで、微笑んで・・・・・そして・・・・たくさん・・・泣いた
もう・・・いいんだ・・・
がまんする必要なんて・・・ないんだ
もう、がんばりつづける不出来な私でなくていいんだ
だって
私は、これから死ぬのだから
ーーその時ーー
そのコーナーはいきなり始まった。
「ここで、このコーナーをやっていきましょう、今日の死にたがり屋さんを止めよう。のコーナー」
「はじまってしまったー(棒読み)」
「ここでは、目の前のあなた、自殺志願者、由里木レンカさんのためのコーナーとなっております。」
私の・・・名前・・・
「初めに言っておきます。最後に決めるのはあなたです。私たちにあなたの意志を強行する権利はありません。」
「無理強いは・・・ダメ。でも・・・少なくとも世界に三人は・・・・・あなたの死を・・・悲しむ人がいる・・・・」
「私たちはあなたには生きてほしいと思う。だから、この物語の禁忌を破って、あなたのために魔法を使います。」
「もしかすると、ただの気休め・・・・。」
「それでも、あなたの知らない事実というものは、きっとある。」
一拍
「シロ、お願い。」
「んっ。」
―瞬間ー
「えっ!」
突然私の体が青白く光りだした。別に熱を発しているわけではないのだけど、私の何かが抜け出すような・・・そんな感覚。
・・・不思議と不快感はなかった。
光は、数秒すると、収まった。
パーソナリティが話す。
「なるほど、今回の方はお仕事がお悩みのようですね。」
「シロも・・・仕事・・・嫌い・・・。」
見られてしまったのか・・・・。
全部、見られてしまったのか。
私がどれだけ不出来な人間だったのか。
私がどれだけ周りの人に笑われてきたのか。
私がどれだけ他の人に迷惑をかけてきたのか。
私がどれだけ、他の人にいらないと言われてきたのか。
私がどれだけ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・死にたいと思ってきたのか。
胸がいたむ。
きっと、この二人も心の中で笑っているに違いない。
あるいは・・・・こんな人間・・・いらないって・・・思われているのかもしれない。
・・・・・・いやだなぁ・・・
「この2年間、あなたはよく頑張りましたね。」
ハッとなった。
たったの一言、
その一言で、
私の感情は・・・大きく揺らいだ。胸から・・・文字では表せない何かがあふれ出てくる。
そうだ・・・
たくさんの人から同情はされてきた。厳しい上司のもとで大変だねだったり、パワハラで訴えたら?と本気で怒ってくれたり、でも・・・終ぞ私の努力を評価してくれる人はいなかった。
―――――――・・・私はきっと・・・心のどこかで・・・―――――――
どれだけどんくさくても、
どれだけダメ人間だと言われても、
どれだけ、いらないと言われても、
私はこの2年間、本気で頑張ってきたのだ・・・。
私もちゃんと立派な社会人になろうと・・・・・頑張ってきたのだ・・・。
だから・・・・・・・・きっと、誰かに・・・
この二人に私の頑張りの何が分かるのだ・・・という反発心と、どこからともなくにじみ出てくる、淡い温もり。
ラジオから、言葉が紡がれる。
「あなたは知るべきだ。私たちを除いて、少なくともこの世界に一人、あなたのことを頑張ったと思っている人物がいたということを。」
(・・・・え?)
その言葉は、正直・・・予想していなかった。
親でさえも、私のことを見限ったというのに・・・
私を必要とする人間なんて、この世界に・・・一人はいもしないのに・・・
でも・・・
知りたい。
もし、頑張ったねって言ってくれる人がいたというのならば、
死ぬ前に
その人に”ありがとう”って・・・そう伝えたい。
不出来な私に、そんな言葉を言ってくれてありがとうって・・・そう伝えたい。
死ぬのはきっと、そのあとでもいいのだから・・・
「あなたにヒントをあげます。」
そのパーソナリティーは言った。
「今日の深夜二時、あなたの会社に行ってみてください。」
見上げた時刻は午前一時を回ったところ・・・
私は、知りたいのだろうか・・・
こんな私でも・・・認めてくれた人・・・・
――AM2:00会社――
案の定、来てしまった・・・
確かに会社の一室はまだ明かりが灯っていた。
見たいような見たくないような、そんな感情を抱えて、私は会社の中に入った。
そして・・・ラジオで言われた言葉は嘘だったんだなって・・・そう思った。
明かりのついた部屋・・・そこにいたのは、いつも死ねといってくる、高木課長だった・・・。
・・・どうして・・・
・・・・・・・・・・この人以外にまだ会社に残っている人がいるのだろうか?
ただ、他の部屋を見渡しても他に人の気配はない。
と、その時、トイレ休憩だろうか?高木課長がいきなり立ち上がって、入り口側のドア、つまり私のいる方向に近づいてきた。
私は、急いで物陰に隠れて、課長をかわすと、入れ替わるようにオフィスに入った。
トボトボと課長のデスクに向かう。無意識のうちだった。
いや・・・違う・・・
きっと私は、死ぬ前に、高木課長に仕返しがしたいと思ったのだと思う。
重要なデータの一つでもデリートすれば、、、少しは・・・・
ああ、私はダメなだけじゃなくて・・・
最低の女だな・・・
高木課長のいないデスクに一人立つ。
壊してしまう何かを探すために・・・・
そして・・・それが目に入った。
―――――――――由里木指導計画案―--------
私の・・・・・・名前・・・・・・?
そこには、死ねといった相手には絶対に必要のないであろう、とある社員の育成計画が綿密に記されていた。こと細かにどのように仕事を任せていくか、その仕事でどのようにスキルを身につけさせていくか、そのようなことがびっちりと書かれていたのだ。当たり前だけど、教育でこんなに事細かに計画を立てるなんて、普通めんどくさくてやらない。
「なんで・・・?」
だって、あんなに死ねって・・・言ってきたじゃない・・・。どうして、そんなやつを・・・・・?他の人に、やれと言われたのだろうか?
次に、机の上においてある書類に目が移った。
それは昨日私が提出した書類だった。
そこには、これまたびっしりと注意書きがかかれていた。
ハッとなる。いつもどうしようもなく困っていると、他の社員が見かねたようにアドバイスをくれた。どうして、私の案件をそんなに事細かに知っているのだろうか?と疑問に持つことがあったのだけど、もしかすると、高木課長が後ろで糸を引いていたのでは・・・
私は、高木課長が他の人の数倍の案件を背負っていることを知っている。私にかかわっている時間なんて、本当は、これっぽっちもないはずなのだ。
そして最後に、高木課長のメールホルダーが目に入った。
当然、勝手に見ていいものではないけれど、どうしても、私はその衝動を抑えきれそうになかった。確認して、やっぱりそうだよねって落胆するような・・・そんな結末が待っているのだと・・・・
開いたメールフォルダーには会社の幹部からのメッセージがあった。
要約すると使えない私を切りたいという内容だった。
でも・・・
高木課長は、やめさせないでほしいと懇願していた。ここまでついてきたやつは初めてだからと、あんなに頑張る奴は初めてだからと、今は不出来でも、いつか絶対開花する時が来るからと・・・私を辞めさせないでくれと・・・そう懇願していた。
「・・・・・。」
私は思い出す。どうして、私はここまで必死になれたのだろうかということを。私一人だったら、とっくに仕事を投げていた。投げずに本気で頑張ったのは、あの人の怒鳴り声があったから・・・?やり方は、今でも賛成できないけど・・・でも、その怒りは本当に・・・怒りだけだったのだろうか?
本当に要らないのなら、それこそ・・・首を切られていたはず・・・私は、、、、どうして今まで・・・・・?
その時、未送信のメールフォルダーが目に入った。
下書き段階で止まっているメールが数百件ある。
そこには、私宛に
――いつもひどいこと言って、悪かったな――
ただその一文が、記されていた。
なんだよ・・・それ・・・
そんなこと言うなら、初めから死ねなんて言うなよ。
もっと優しくしろよ。
ちゃんと、言葉で言ってこいよ。
次々にあふれてくる涙。
でも、心のどこかを締め付けるこの涙はきっと、怒りなんかじゃなかった。・・・きっと、それは・・嬉しさだ。
私はまだ、誰かに必要とされていた。
見捨てられてなんか・・・いなかった。
私が私にもうがんばれって声をかけてあげられなくても、あの人は、もしかしたら頑張れって言ってくれるのかもしれない。
その時になって、訪れた・・・とある衝動
もっと・・・頑張ってみたい。
もっと、たくさん頑張って、もっともっとたくさん頑張って、いつか高木課長に、あなたのおかげで私はここまで来れましたって感謝してみたい。
今日はずっと泣いてばかりだ。でも、その大粒の涙が今まで固く閉ざしていた心の蓋をこじ開けた。
私は生きて、私の人生の続きを見たい。
そっと、私は会社を出た。
ふと見た三日月が、優しく、でもどこか強く、私の行く先を・・・照らしているような気がした。
そして・・・
次の日が・・・訪れた。
私はカッターナイフを捨てた(もちろん、街のルールに従ってだ!)
そして、いつものように、でも、久しぶりに、スーツを着た。
出かける前、ポツンといてある黒いラジオに
「ありがとう。」
そう微笑んで、
私の新しい一日は、スタートしたのだった。