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海のテティス  作者: Suzugranpa
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第8話 スクーリング

 夏休みに入ってすぐ、紗彩のスクーリングが始まった。5日間で朝10時から午後3時まで、主に前期期間の授業内容の説明と日頃の質問への回答で構成され、授業というよりガイダンスに近かった。質問事項は事前にネットで受け付けられており、全員に聞かせたいものは公開方式で、それ以外は生徒個人に個別に行われた。全体的に通常の高校より丁寧にケアされていると言える。


 紗彩は孝の車で送迎してもらっていた。1年生からこの高校で学んでいる人も多く、初日は『久し振り』とか『最近どう』など声を掛け合う人も居たが、それ以外は静かな教室だった。教室は普段は英語のレッスンや特別講義が行われている場所だそうで、一般的な教室よりは広く、30名程度の通信制生徒はバラバラと座っている。予想通り、年齢は様々で社会人らしい人も多かった。女子は全体の3分の1くらい。やはり着席する時は女子は女子の隣に座る方が安心らしく固まっている。紗彩の隣にも少し歳上に見える女性が座っていた。初日は殆ど誰も口を利かずに終えたのだが、二日目の朝、その女性が紗彩に話しかけてきた。


「あんた、幾つ?」

「16です。高2です」

「なんだ、まんまなんだ。普通に高校通わないの?」

「はい、ちょっと身体が悪くて通えなくて、今も療養中なんです」

「へえそうなんだ。確かにめっちゃ健康的には見えないなあ。スクーリングは大丈夫なの?」

「ええ、いざという時に飲む薬は持ってます。脈とか動悸がおかしくなるんです」

「そっか。そりゃしんどいねえ。基本だもんねえ脈って」


 その女性は大きなピアスをぶら下げ、ネイルも色とりどりだった。髪はショートで赤茶色。きっと働いてる人なんだろうな、紗彩は見当をつけた。


「あの、お勤めですか?」

「うん? まあね。道路の誘導係やってんだよ」

「誘導係?」

「あは、知らないかな。道路工事する時にね、片方だけの車線で車を行ったり来たりさせなきゃいけないからさ、ちょっと待ってくださーいとか、はーい行って下さーいとか、これ位の赤いライトの棒持って指図する仕事」


 女性は両手を上げて長さを示した。


「へえ。全然判んないです」

「だよね。そこら辺にいる訳じゃないしね。もう日焼けしまくりで大変だよ。女がやるもんじゃない。舐めてかかられるし」

「大変そうですね」

「ま、仕事は何でも大変よ。楽な仕事なんかないよ」

「高校は行かれなかったんですか?」


「うん。途中で辞めちゃった。遊んでたからね、あんたの歳には。バイクでブイブイやってたさ」

「バイク・・・。気持ち良さそうですね」

「はは、確かに気持ちはいい。捕まらなきゃね」

「自分で自由に移動できるって羨ましいです」

「そっか。そう考えるんだ。確かにあんたにすればそうだよね。恥ずかしくなっちゃうな」


 その女性が照れた時、先生が入って来て授業が始まった。


「ええーっと、昨日の授業終わってから、薩摩さんから良い質問あったんで、まずその回答からしますね。薩摩さん、みんなに説明していいですよね?」


 隣の女性が「はい」と答えた。薩摩さんって苗字なんだ。


「えー、薩摩さんの質問は生物なんですが、一般的に皆さんが知ってるようで知らない血液型の話です。血液型にはAとかBとかあるのは知っていると思いますが、そもそも何が違うのかって質問でした」


 先生は黒板を使いながら、説明を進める。血液型の違いは血液中の赤血球の違いで、例えばA型は抗原Aと言う物質を持っていて、かつB抗体という抗原Bを攻撃し固めてしまう物質を持つ。B型では抗原Bという物質とA抗体という抗原Aを攻撃し固めてしまう物質を持つ。従ってA型の血液中にB型の血液が入って来ると、A型に含まれるB抗体がB型血液の抗原Bを攻撃し固めてしまうため輸血が出来ない。しかしO型は抗原を全く持たない。よってA型血液にO型血液が入って来ても攻撃すべき抗原がないので固まらず輸血可能だと。しかしながら、何故血液型が複数あるのかは現在のところ分かっていない。そんな話だった。


 昼休み、紗彩は隣の席の女性、薩摩さんから、お昼行かない?と誘われた。と言っても臨時に開けてくれてる学生食堂だ。紗彩はざるそばを食べながら聞いてみた。


「あの、薩摩さんって仰るんですよね?」

「ん?そうよ。薩摩亜美さつま あみ。そう言えば自己紹介もしてなかったね。21歳よ。あんたは何て言うの?」

「安城紗彩 です」

「紗彩ちゃんか。元気ならモデルとかできそうだよね、細くて白くてきれいで」


「いえ・・・。あの、なんで血液に興味があったんですか?」

「ああ、将来ドラキュラになろうと思ってね」

「は?」

「ウソよ。紗彩ちゃんは真に受けそうだなって思って言ってみたらその通りだった」

「えー?」

「なんかお嬢様って感じだから」


 紗彩は困ってしまった。亜美は笑いながら続けた。


「あたし看護師になりたいのよ。いつまでも車の誘導やってらんないし」

「看護師さん・・・ですか」

「うん。でもさ、高卒の資格がいるんだよね。だからここに来てるの」

「へえ。看護師さんには私お世話になってるから。大変ですあの仕事」


「まあね。大体は判ってるつもり。でもさ、食べてる時に何だけど、目の前で事故見ちゃってね」

「事故・・・ですか?バイク?」

「うん。あたしが誘導してる時。ストップって旗まで出したのに無視して行っちゃった二輪がいてね。反対から来たダンプと正面衝突。スピードはそれ程じゃなかったんだけど、飛ばされて道路工事の機械にぶち当たってね、まだ若い子だった」

「・・・」

「その時、あたしも慌てて駆けつけたんだけどさ。腕も変な方に曲がってるし出血もひどいし、もうパニックよ。その後から来たタクシーの運転手さんがね、止血とか添木とかしてくれたんだけど、あたし、頑張れとか叫ぶだけで何もできなかったんだ」

「助かったんですか?」


 亜美は無言で首を横に振った。


「見た訳じゃないけど、あたしも警察にいろいろ聞かれてさ、工事の人達が証言してくれたからあたしはお咎めなかったんだけど、その時にお巡りが言ってた。人一人死んでんだぞって。だから判ったの」

「ショックですよね」

「しばらく嫌な夢ばっかり見て、ずっとうなされてたよ。だからそん時付き合ってた男も逃げ出しちゃったよ。こえーよーって言って」


 紗彩は頷いた。


「やっぱ、自分がいたのに助けられなかったってずっとトラウマになるんだよ。ああ、あの時ってずっと思い続けるんだ。だから少しでも返せたらってね。殊勝な思いな訳よ」


 最後に亜美は微笑んだ。しかしその微笑みは微笑み返すことを躊躇わす淋しさを含んでいた。いろんな思いを抱いてみんな勉強しているんだ。普通に通えなくても高校卒業のタイトルを得るために、一人一人が違う色の未来を描いているんだ。


 その日の帰路、紗彩は孝の車の窓から外を見ていた。島への橋を渡る手前で、みなと祭で訪れた港町を通る。柚の海女を見た場所だ。あの日、花火を見ながら紗彩は急に動悸が激しくなり、胸が苦しくなって倒れてしまった。気がついたらICUで寝ていた。腕や胸にはチューブやコードが多数くっついて頭はぼーっとしていた。私、ここで何をしているの?混乱しながら私が目覚めた事に気がついた看護師が声を掛けてくれて、ようやくお祭を見ていて胸が苦しくなったことを思い出した。間もなくお爺ちゃんが現れた。

悠太も来ているが規則で面会できないって言ってた。そうだ悠太。びっくりさせてしまった。


 あの日の悠太も、もしかしたら亜美さんと同じ思いを持ってしまったかも知れない。結果的に私は大したことなかったけれど、あの日の悠太は大変な意気込みで、必死で私を守ろうとしてくれていた。素直に嬉しかった。3つも年下なのに一所懸命男の子らしくしていた。だから、後からも俺の責任とか言ってた。亜美さんは『あの時ってずっと思い続ける』って言ってたな。悠太は、悠太はそうじゃありませんように。紗彩は願った。

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