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襲来

「……はあ。疲れた」

 教室に入り、適当に空いている席を見つけて腰を下ろすと、竜仁は力なく机に突っ伏した。別にいつもはりきって講義を受けているわけではないが、今日はひときわ意欲に乏しかった。いっそこのまま帰って寝直したいぐらいだ。


 だがおそらくそれは逆効果だ。なにしろ心労の原因は家にこそある。

 せめて大学にいる間は忘れよう。竜仁は気持ちを切り替えようと試みたが、逆に不安はどんどん募ってくる。


 本当によかったのか?

 見ず知らずのうえに、一目瞭然で普通でない相手を、留守番に置いてきてしまった。貧乏学生の竜仁の部屋に、大して価値のある物はない。だが貧乏であるがゆえに、大して価値のない物でもなくなると痛い。


 泥棒なんかする子ではない、とは思う。

 深い瑠璃色の瞳は、こちらをたじろがせるぐらいに真っ直ぐだった。きっと竜仁などよりよほど清らかな心根の持ち主だ。

 しかし善意が迷惑行為になることもある。しかもユリアはこの世の常識の埒外に生きている感が満載だった。


「やっぱり帰ろう」

 竜仁は決然と面を上げた。もしかしたら既にいなくなっている可能性もあるが、その時はその時だ。改めてどうするか考える。


「帰るって、体の具合でも悪いの?」

「いやそういうわけじゃないんだけど……え?」

「おはよう、武大(ぶだい)くん。無理はしない方がいいわよ」

「あ、お、おはようございます、た、鷹司(たかつかさ)さん、その、恐縮です」


 耳がじわりと熱くなる。迂闊だった。学内屈指の麗女がいることに気付かぬまま、一つ置いた隣の席に座っていたらしい。

 別にいけないことはない。だがいかんせん心の準備ができていない。


「もしかしてまた寝不足かしら」

「いえ、ゆうべは早く寝たんですけど、なんか変な夢を見たと思って起きたらユリアがいて、なんでもしてくれるって言うからキスしてもらおうとしたら殴られて、そのあとも変なことさせられたり、脱がされて体を調べられそうになったり、もう色々大変で」


 竜仁ははっとして口を噤んだ。鷹司の視線が生暖かい。

「武大くんにはそういうお相手がいるのね。素敵なことだわ」

「違うんですよ。全然そういう関係とかじゃなくて……そもそも知らない子だし、僕もわけが分らなくて困ってるんです。あれ、っていうかなんで鷹司さんが僕の名前知ってるんですか?」


「同じゼミなんだから当然でしょう。あなただって私のこと知ってるじゃない」

「それは、鷹司さんは特別ですから。でも僕は目立たないし、鷹司さんとほとんど話したこともないですし。それと僕、ゼミの人の名前まだ半分ぐらいしか憶えてないです。すいません」


「私に謝ることじゃないでしょ。それに敬語もいらないわ。同学年なんだからもっと普通でいいわよ」

「だけど僕が鷹司さんにため口なんて畏れ多いっていうか」

 鷹司は眉を上げた。それから小さく笑い出す。

「いいわ。武大くんがその方が喋りやすいっていうならね」

 竜仁は下を向いた。




 新入生気分も薄れ、ぼちぼち馴染んできたキャンパスを歩きながら、竜仁は滲み出る手汗をひそかにズボンにこすりつけた。

 どうしてこうなった。ちらちらと横目を使う。


 隣には鷹司凛子(りんこ)がいる。小柄な竜仁よりもいくらか背が高く、姿勢は綺麗で所作は優雅だ。

 ただ遠くから眺めている分にはいい。しかし一緒に並んで歩くのは気後れがする。

 竜仁はともすると遅れがちになったが、その度に「どうかした?」という視線を向けられるので、頑張ってついていくほかなかった。貴族の令嬢に仕える新米下男にでもなった気分だ。


 午前の二人の授業は重なっていた。学部も学科も同じなので、ことさら偶然というほどでもない。そして鷹司にとっては、そのまま昼食を共にするのははごく自然な流れであるらしく、ならば竜仁ごときが強いて逆らえるはずもなかった。


「武大くん、どこかいいお店知ってる? お勧めがあったら連れて行ってくれると嬉しいわ」

「僕いつも学食なんで……すいません」

 鷹司の物腰は淑やかで、少しも高飛車なところはない。なのに得も言われぬ圧があって、竜仁は思わず身を縮めた。


「そう。だったら」

 鷹司は特に気を悪くしたふうもない。心当りを思案する素振りの途中、ふと前に視線を投げた。

「下郎ども、下がれ!」


 ちょっとした人だかりができていた。どことなく不穏なざわめきを切り裂いて、高く鋭い声が響く。

「私は我が君の元へと参るところだ。もし邪魔立てをするなら、相応の覚悟をしてもらおう」

 竜仁の胃がしくしくと痛み始めた。むやみに勇ましい台詞の主に、心当りがあり過ぎた。


 いったいどうしてこんな所にいる。もしかして竜仁を追ってきたのか。何のために?

 居ても立ってもいられず、竜仁は周りの見物人達の間に割って入った。もはや見紛いようもない。ここの学生らしい五人の男達と対峙しているのは、竜仁のもとに突如降臨した美少女だ。

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