潤む瞳
焼き上がった二枚のパンを別々の皿に載せる。他には目玉焼が同じく二枚、それで全部である。
簡単に過ぎるメニューだが、目玉焼が付いているだけ、竜仁一人だった時よりも上等になっている。むしろ朝は何も食べない時の方が多かった。
キッチンと居室の間の引き戸を開ける。部屋の真ん中にはまだ布団が敷かれたままになっている。
竜仁は傍らに膝をついた。暑いのか上掛けがずらされて、パジャマ代わりのTシャツから覗く胸元に汗の粒が浮いている。
「ん……」
小さく開いた唇から、吐息に近い声が洩れる。
竜仁はごくりと唾を呑み込んだ。いつもはユリアが先に起きているので、こうして寝顔を見つめる機会はごく少ない。
ふと不埒な思いが兆す。もし目覚めのキスなどしたら、ユリアは怒るだろうか?
大きく息を吸い、少女の薄い肩に手を置いた。
「ユリア、朝だよ。起きて」
耳元に顔を寄せ、優しく揺する。やがて小花のような目蓋がぴくりと動き、澄んだ瑠璃色の瞳が現れる。
「……たつひと、さま?」
まだいまいち焦点が合っていないようだった。半ば夢の中といった感じである。竜仁はさらに髪一本分ほど近付いて、だがそこで行動限界に達したように固まると、腕をぐっと突っ張って真っ直ぐに体を戻した。寝ぼけ眼の少女へ大きめに声をかける。
「おはよう。朝ごはんできてるよ」
「どうなさったのです……なぜこんなにも早く?」
「いや、もう八時過ぎてるけど」
ユリアは何を言われたのか分らないというように瞬きをして、それからはっと目を見開いた。慌てふためいた動きで布団を出ると、竜仁の前に正座する。
「も、申し訳ありませんでした。しもべとして主にご奉仕すべき身でありながら、だらしなく眠りこけるとは何たる不覚! かくなるうえはどのような処罰でもお受けします。決して抵抗いたしませんので、どうか心ゆくまでお仕置きを願います……」
小さくなって頭を下げる。自らを深く恥じるゆえか、小刻みに肩が震えて、寝乱れた白金の髪の間から覗く首筋が赤くなっている。竜仁は気安い調子を作ってなだめた。
「いいよ、疲れてたんだろう。ゆうべも結局はユリアに頼りきりになっちゃったわけだし、朝ゆっくり寝てるぐらい当然の権利だよ。誰も文句なんか言わないさ」
なるべくさりげないふうにユリアの頭に手を置いて、感謝の気持ちが伝わるように髪を撫でる。おかげでこっちも朝の鍛練サボれてよかったし、などという本音は間違っても口にしない。
「ああ、我が君……竜仁様」
こちらを見上げるユリアの瞳が潤んでいる。正直こんなに感動されるとは思わなかった。騙しているようでいささか後ろめたくなってくる。
「とりあえず起きてよ。冷めちゃうから早く食べよう」
「はっ、そうでした。では直ちに、にゃっ?」
にゃっ?
余りにユリアらしくない語尾に思わず首を傾げる。だがいぶかっている余裕はなかった。
「わ、なに」
少女がいきなりしなだれかかる。竜仁は焦って抱き止めた。ユリアが来てからずいぶんと体を鍛えられている。この程度の重さを支えるぐらいわけはないが、心にかかった負荷は甚大だった。
「も、申し訳ありません我が君……ですがなんだか体がおかしいのです……ひどくふわふわとしていて、熱くて……だめ、もう我慢できない……」
「ちょっ、待ってユリア、こんな朝からいきなりだなんて、僕にも色々と準備がっ」
口では四の五の言いながらも体は正直だった。ユリアの柔らかさに反応して強く抱き締めてしまう。やたらといい匂いがした。これだけでもう達しそうなほどだ。やばい。気持ちいい。熱い。まるでストーブにでも触れているみたいだ。いったいどれほど興奮しているのか、心拍数急上昇中の竜仁と比べてすら、少女の体温ははっきりと高かった。
つまり、ずっと潔癖そうに振る舞っていたユリアも、本当はこういうことがしたかったのだ。
「ユリア、嬉しいよ。僕も頑張る。できるだけ優しくするから」
ユリアは何も言葉を返さない。もはや理性が飛んでしまったかのように、ひたすら荒い息をついている。
「……っていうか、まじで熱いんだけど。もしかして体調が悪い、とか?」
ぐったりと凭れかかっているユリアの額に手を当てる。
「やっぱり! ユリア、すごい熱があるよ! もう一回寝て、布団に戻って、すぐ!」




