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謝罪と腕立て伏せ

「まことに申し訳ございませんでした。我が君の命に逆らい、あまつさえ手を上げるなど言語道断、いかなる処罰でもお受けする所存です。ですがもし、まだ私に幾許かの価値をお認めになり、く、に、キ……をお求めならば、今度こそ、雪辱を果たします」


 少女はやたらと気合の入った様子で顔を上げた。もとは雪白の肌が紅潮し、瑠璃色の瞳が十年来の仇のように竜仁をねめつける。そして同じく瑠璃色の鎧の腰には物々しい剣が装着されていることに、竜仁は今気付いた。


「忘れてください。さっきのは冗談です」

「なっ」

 少女は低く鋭い声を上げた。握った拳が小刻みに震えている。


「……そうでしたか。戯言ごときに本気になるとは、私が愚かでした。どうぞ無骨者よとお蔑みください」

 竜仁は額に冷たく浮いた汗を拭った。

「えーと、それはそれとしてですね、あなたは」


 いったい何者だ。どうしてここにいる。

 逸って問い質そうとするのをこらえる。下手に突っついて怒らせたら怖い。

「僕にどんなご用でしょうか」

「何を馬鹿なことを」


「ええっ? できるだけ穏便な訊き方したつもりなんですけど!?」

「それはしもべたる私の方こそがお伺いすべきことです。やはり、く、くくち、唇に、キ、キキ、キスせよ! とのご命令であればっ!」


「いや、ほんとそれはもういいんで、勘弁してください……で、あの、カナミさん?」

「カナミは家名です。どうぞユリアとお呼びください」

「じゃあ僕も竜仁(たつひと)で」

 初対面で下の名前を呼び合うのも抵抗があるが、「我が君」よりはましだ。


「我が君は我が君です。それが万古不易の真実です」

「すいません、これっぽっちも話が見えないんですけど。いったいどうしてユリアさんは僕のことを」

「ユリア、です。敬語もおやめください。全く、何遍言ったら分るのです。我が君の脳には少し刺激が必要ですか? 主に物理的な?」


「……ユリアは」

「はい我が君。なんでしょう」

 少女、ユリアは畏まった。そこはかとなく嬉しそうだ。


「この辺に住んでるのかな。実は同じアパートだったりとか」

 鎧のせいで体型は分りづらいものの、身長は明らかに竜仁よりも低い。顔立ちにもまだ幼さが残っているし、たぶん中学生か、せいぜい高校生ぐらいだろう。そんな子がわざわざ遠方からやって来て部屋に忍び込んだとは考えにくい。


「もちろんここに住みます」

「え、ああ、つまりこれから引っ越して来るって意味だよね? 家族の人は?」

 手狭な物件ではあるが、二、三人で暮らせないこともないだろう。何かの事情で娘だけが先に来て、しかし転居先にまだ入れなかったために、ひとまず同じアパートの他の部屋に身を寄せた。そう考えれば一応の筋は通る――ということにしておきたい。


「私の家族はこの世界のどこにもおりません。住まうのは私だけです。ですがどうぞご安心ください。我が君のお世話は、この私が誠心誠意務めさせていただきます。では早速床上げをば」

 言うが早いかユリアは毛布を剥ぎ取った。続けて敷布団に手を掛けて、ぐいと引っ張る。


「うわっ?」

 竜仁の体は芋のように転がった。見かけによらず、いや着用している鎧にはふさわしいかもしれないが、かなりの力持ちであるらしい。


「天剣の称号を得られし我が君です。日々の鍛錬は欠かせないことのはず。及ばずながらお相手を仕りましょう」

「いやいい。間に合ってる」

「……私では駄目ですか?」

 じとりと上目遣いで迫る。


「そ、そういうことじゃなくてさ、時間がないんだよ。このあと大学あるし」

 いかにも苦し紛れだったが、ユリアは頷いた。

「確かに学問も大切です。疎かにするのはよろしくない」

「だろ。だから今は」


「承知しました。ではごく簡単に済ませましょう。まずは体慣らしとして腕立て伏せを千回だけ、始め!」

「よしきた、いーち、にぃ……じゅうろくっ、じゅうしちっ、じゅうはっ、ひっ、できるわけねぇー」

 竜仁はべしゃりと畳に突っ伏した。

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