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プロローグ その三

 凄まじいまでの衝撃だった。聖王家重代の瑠璃甲冑を身に纏っていてさえ、肺の中の空気が残らず一瞬で絞り出されてしまったかのようだ。

「ぐはぁっ!」

 可憐な声音にはおよそふさわしからぬ叫びを上げて、ユリアは為す術なく後方に吹っ飛ばされた。


 これが初めてのことではない。それどころかもはや何度目になるのか思い出せないほどだ。

 体力はもはや底を尽き、再び息を吸い込むことにさえ困難を覚えて、たまらず頭から冑をむしり取る。

 白金の光が視界を妨げる。正体は自分の髪だ。きっちりと結い上げてあったはずだが、激しい戦いの間に無様にほどけてしまっていたらしい。


「くっ……」

 唇に張り付いた一房を引き剥がし、倍も重くなったように感じられる身を立ち上がらせるべく全力をこめる。産まれたての獣みたいにぷるぷると手足が震える。明らかにもう限界に達していた。


「だが、まだだ!」

 足りなくなったのはユリアを活かす力の半分だけだ。残りの半分、魂に満ちる霊力を強引に肉体の方へと流し込む。


「本当の戦いはここからだ」

 前方に視線を据える。相手の戦闘力は自分よりはるかに上だ。ぼろぼろにされた己の体が、その事実を何より雄弁に物語っている。

 それでも退くわけにはいかない。もしもユリアが己の使命を果たせなければ、それは即ち世界の滅亡を意味するのだ。


「いいや。もう終わっている」

 ユリアの身を削るような気迫に対して、相手は非情に首を振った。引き締まった面に軽侮の色はなく、黒瞳は憂いに翳る。

 ユリアはそれを無視した。


「いざ参る」

 剣を構える。それだけで体中が軋みを上げる。少しでも気を弛めれば、柄を握る指が弛んで取り落としてしまいそうだ。


 相手はユリアに応じず、腰の鞘に抜き身を納めた。

 だが構わない。自分は為すべきことを為すだけだ。

 ユリアは闘志を奮い起こし、思い切って前へと踏み込んだその瞬間に、がくりと膝が抜けていた。


 痛みはない。ただ全く力が入らない。

 まさか気付くことさえできぬうちに下肢を斬り飛ばされたのか。

 刹那戦慄にとらわれかけたが、相手の剣は未だ鞘の中にある。ユリアに一切の敵意を向けることなく、自然な動きで両腕を広げる。

「……愚か者が」

 そして天剣騎士ユギ・タツヒトは、前のめりに崩れ落ちる己のサーバントをしっかりと抱き止めた。




 しまった!

 焦燥がユリアの胸を衝く。気を失ってしまっていた。おそらくさほど長い時間ではないが、戦いのさなかである。たとえ一瞬だろうと全く言い訳にはならない。

 ユリアはすぐさま跳ね起きようとして、だがいち早く上から両肩を押さえつけられた。


「無理をするな。楽になるまで、もう暫く休んでいろ」

 耳に馴染んだ師の声は思いも寄らぬほどの近くにあった。驚くと同時に、恐ろしい事実に気付いてしまう。今ユリアが頭を乗せているのは、なんとあぐらをかいたタツヒトの太股の上だ。


「ふぁっ!? どうしてこんなっ、とんでもないご無礼をっ」

 今度こそ体を起こしたものの、すぐに激しい目眩に襲われ、あえなく師の膝元に舞い戻る。体がぐしょ濡れの綿にでもなったみたいだった。まるで力が入らない。


「だから休めと言ったのだ。今のお前は瀕死の人間とさして変わらん。無理をすれば肉体から魂がはがれるぞ」

 タツヒトがため息をついた。呆れているのではない。ユリアを心配してくれているのだ。その気持はもちろん嬉しい。だが同時に苦しくもあった。


「……分っています。分ってはいるのです。しかし私はまだ全く足りていない。今の力では悪しき竜にはとうてい太刀打ちできない。だから己を追い込まずにいられない。そうでもしないと、弱い私はきっと不安に押し潰されてしまうから……でも」

 ユリアはすがりつくようなまなざしでタツヒトを見上げた。


「もしも他のやり方で心の支えを得られるとしたら……それを私に与えることができるのは、この世でたった一人だけです」

 私はなんて臆病で姑息なのだろう――ユリアは思った。世界を守るためだなんて口実だ。たとえそんな大義名分がなくとも、自分の気持ちは決まっているのに。


「だからお願いですマスター……タツヒト様。どうか私に勇気をください」

 震える声にせめて精一杯の力を込める。タツヒトは再びため息をつく。さっきよりもっと深くて長かった。


「埒もないことを。己の意志を立てることさえかなわぬ者が、世界を守るために戦えると思っているのか、ユリア?」

 冷水を浴びせられたようにユリアは身を竦めた。未だままならない体で、急いで師のもとを離れようと試みる。


「申し訳ありません。失言でした。どうぞお忘れを……!?」

 だがぴくりとも動けなくなっていた。まるで身も心も痺れてしまっているみたいだ。

「マ、マスター、この技はいったい……」

 力の術理が掴めない。自分が何をされているのか理解できない。底の見えない穴に落ちていくように恐ろしく、なのにこのままでいいと思えてしまう。


「技なものか。これはそなたの未熟の証だ」

 ユリアの頬にそっと手を添えているだけのタツヒトが、ゆっくりと顔を近寄せる。

「いいか」

「……はい、タツヒト様。良きように」

 ユリアは勇気をもらった。

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