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マスター・アンド・サーバント

「行ってきたら? ユリアちゃんがわざわざ迎えに来たんだもの。きっと武大くんが必要なのよ」

 鷹司は言った。途端に室内が少なからずざわめく。まさか鷹司と竜仁達に何か関係があろうとは、思いもよらなかったのに違いない。


「いや、でもゼミがまだ途中ですし……」

「構わないよ。君の報告は済んでいるし、今日は出席として扱おう。きっと大事な用なんじゃないかな。世界の平和を守るとか、そういった感じのね」

 彦坂の言葉に今度はそこここで笑いが上がる。竜仁は頬が熱くなるのを感じた。


「……分りました。失礼します」

 本や筆記具をぞんざいに鞄の中に放り込み、ユリアに手を引かれるままに身を任せる。他の人達の方を見ないようにしながら足早に小教室を出て戸を閉めると、竜仁は思わず大きく息をついた。


「大丈夫です。我が君」

 ユリアが手首を掴む力を強める。正直結構痛い。

「悪しき竜が完全に甦ったというのならばともかく、かけらの一つや二つが形を得たところで今の我らの敵ではありません。どうぞ平常の心持ちでいらしてください。いざとなったら私が一振りで片付けてみせます」

「そういう問題じゃないんだけどな」


 改めて説明するのも面倒だった。しょせんユリアは別世界の人間なのだ。こちらでの竜仁の悩みも苦労も容易く理解できるわけがない。

 ユリアはふいに足を止めた。竜仁は前のめりによろけかけたが、振り返ったユリアに柔らかく支えられる。


「おっと……ユリア、ありがとう」

「ご迷惑でしたか?」

「は?」

 意味が分らなかった。なぜ助けに礼を言って迷惑がっていると思ったのだろう。

 竜仁の胸に手を置いたまま、ユリアが顔を上げる。


「もしもお許しを頂けるのでしたら、私一人で行って参ります。我が君は何も気にせずとも結構です。悪しき竜を滅ぼすことはタツヒト様より託されし我が使命、たとえこの身を焼かれようとも、必ず果たしますゆえ」

 ユリアはひどく真剣な面持ちをしていた。もともと冗談を口にするタイプではないし、乗り気でない竜仁に対する当てこすりとも思えない。


 普通に考えれば、特におかしな話ではないはずだ。どうせ竜仁は戦力として大した役には立たない。むしろ足手まといになる可能性の方が高いぐらいだ。天剣騎士タツヒトとは根本的に違う。

 だからもしそれがユリアに与えられた使命なら、ユリアが自分で果たせばいい。

 それで筋は通っている。物語は完結している。


 少女が浮かべる表情は、まさに戦いに赴く騎士そのものだ。花片のような唇はきつく引き締まり、瑠璃色の瞳は澄んだ硬質な光を宿している。

 竜仁がいなくてもユリアはちゃんと戦える。本人がそう言ったばかりだ。


「ユリア、一つ教えてほしい。正直に答えてくれるかな」

「はい」

「君にとって僕は何? タツヒトの生まれ変わり?」

「我が君は、私が全霊を以てお仕えすべきお方です」


「そっか。じゃあ僕の命令には絶対従うっていうことだね」

「……もちろんです」

 ユリアはわずかながら間を置いた。普段は新雪のようなユリアの肌が、なぜか薄っすらと赤く染まっている。


「もし凛子が私にしたようなことを我が君がお望みでしたら……及ばずながら、できる限り尽くさせていただきます」

 何があった。予想外の展開に竜仁は動揺する。一昨日の夜に黒騎士を倒したあと、ユリアが鷹司の部屋に泊まった時にあったことなのは間違いない。


 その翌日に帰宅したユリアは、窓の修理が完了したこと以外には何一つ語らなかった。やけにぐったりとした様子で、そのくせ肌はいつも以上に艶っぽい感じなのが気になってはいたのだが。

 そういえば呼び方も鷹司から凛子に変わっている。どうやらずいぶんと親睦を深めたらしい。竜仁は少し自分の気が落ち着くのを待ってから、できるだけ強い調子を作って口を開いた。


「ユリア。君の主として命じる」

「はっ」

 ユリアはその場にひざまずいた。

「なんなりと承ります……ですが願わくは夜までお待ちいただければ幸いです。今は悪しき竜のかけらの探索を先に」


「僕も一緒だ」

「……と、申されますと?」

「きみが戦いに臨む時、僕はユリアの傍にいる。置いていくことは許さない。いいな」

 ユリアはぽかんと竜仁のことを見つめた。


 呆れている? 今にも吹き出して笑い始める?

 竜仁はいたたまれない気分になった。

 らしくもなく決めようとした結果がこれだ。やはり人間分相応が一番だ。さもないといらぬ恥をかく。


「なんて、気にしないで、ただ言ってみただけだか……」

「心得ました。我が君、竜仁様」

「……ら、らっ!?」

 竜仁の足がいきなり宙に浮いていた。


「急ぎます。舌を噛まぬようご注意を」

「おいユリア何を、をおぉー!?」

 そうして主を肩に担ぎ上げたしもべの騎士は、宿敵たる悪しき竜のかけらを討ち滅ぼすべく全速力で走り出したのだった。

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