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君のハート

「せいぃっ!」

 鋭い気合とともにユリアが激しく剣を打ち上げる。黒騎士の籠手が大きく後ろに反らされ、弾き飛んだ闇色の剣がくるくると回転しながら天井に達して突き刺さる。


「終わりだ」

 ユリアは肩口で剣を構えた。だがとどめの突きを繰り出さんとする体勢のまま、険しく眉をひそめる。

「馬鹿な……かけらが見えないだと?」

 気配はある。この黒い騎士は確かに悪しき竜のかけらが核となって変じたものだ。だがユリアがそれを打ち砕くために位置を探っても、頭のてっぺんからつま先までのどこにもかけらが見当たらない。


「――かっこ悪いですよね、僕。せっかく鷹司さんが助けてってメッセージを送ってくれたのに。自分じゃ何もできなくて、ユリアにおんぶに抱っこで。いや抱っこはされてないですけど」

「ううん、そんなことないわよ。昼間も庇ってくれたし、今夜もちゃんと来てくれた。武大くんは勇気のある素敵な人だと思うわ。本当にありがとう」


「嬉しいです! 鷹司さんにそんなふうに言ってもらえるなんて……その、でも勇気とかっていうんじゃなくて、相手が鷹司さんだから頑張れたのかな、みたいな」

「ちっ」


 物凄い舌打ちの音がした。黒騎士と対峙中のユリアが、横目で竜仁を睨みつける。

「我が君、お弁えください。そんな女と愚にもつかない話をしている場合ではありません」

「は、はい、ごめんなさいっ」


 びくりと首を竦めた竜仁が巡らせた視線の先で、天井に刺さっていた闇色の剣が抜け落ちる。重力に引かれるまま垂直に、ではない。ひどく不吉で不自然な軌道を描き、ユリアの背中へと真っ直ぐに刃先が向かう。


「ユリア!!」

 振り返ろうとしたユリアに黒騎士が組み付いた。身動きを封じられる。竜仁は即座に床を蹴っていた。何をどうするという目算もなく、迫りくる刃の前へやみくもに飛び出す。


「てやぁっ!」

 パンッ!!

 特大の風船が破裂したような音がした。体の命じるまま打ち合わせた竜仁の両掌の間に、闇色の剣が物の見事に挟まっていた。これぞ真剣白刃取りならぬ黒刃取り、ユリアを相手にさんざんパンパンと励んだ成果である。


「ふぅ」

 竜仁は冷や汗を滲ませながら一息ついて、そして二息めが凍りついた。

「ちょっ、待っ」


 剣の柄からもくもくと黒い霧が立ち上り、あっという間に人型を取っていく。まごうことなき黒騎士だ。再び持ち手を得た兇刃に、それまでとは桁違いの重さと強さが加わり、竜仁の腕力を圧倒的に凌駕する。


「くそっ」

 竜仁は後ろに身を反らした。即死必至の刺突をどうにかやり過ごそうと試みて、だが切っ先を外すことはかなわない。仰向けに倒れ込んだ竜仁の胸の直上に、禍々しい黒刃が非情に迫る。掌の防壁が破られる。刹那、心臓に氷の杭を打ち込まれた気がした。

 まってだめこれやばいしぬ。


「我が君ーーっ!!」

 光が走る。

 目も眩む白金の輝きが、黒騎士を背中から刺し貫いた。胸側へ突き抜けてもなおその勢いはとどまらず、黒騎士の持つ闇色の剣を柄頭から切っ先まで真っ直ぐ縦に断ち割った。


「あぁっ……」

 竜仁はたまらず喘ぎ声を上げていた。体が熱い。まだ誰にも触らせたことのなかった一番の秘所に、硬く尖った物を突き入れられている。

 凄い。自分でした時よりずっと奥まで届いている。深い。怖い。少し痛い。だけど。

 君のなら、いい。思いきりして欲しい。ずっと繋がっていたい。だからこのまま一緒に果てるまで――。


「……がきみ……が君……我が君!」

 半ば以上飛んでいた意識がこの場に戻る。瑠璃色の瞳がすぐそこにあった。竜仁が反応したのを知って、憂いの陰りが晴れていく。


「ユリアか……えっと、あいつは?」

「どうぞご安心を。悪しき竜のかけらは消滅しました。我が君には大事ございませんか? どこか痛いところなどは?」

 言われて竜仁は体の具合を確かめた。とりあえず手足は普通に動かせそうだ。これといって痛みもない。


「うん、たぶん大丈夫そう……」

 ではなかった。身を起こすことができない。原因は瞭然だった。

「……心臓に剣が刺さってるのを別とすれば、だけど」


「はっ……し、失礼しました! つい勢いがつき過ぎてしまいまして!」

 黒騎士の剣を破壊したあと、竜仁の胸の真ん中までぶち抜いていたらしい。ユリアは焦った様子で聖剣を引き抜いた。すぐに傍らに畏まって正座する。


「まことに申し訳ありませんでした。一刻も早く奴を滅ぼさねば我が君が危ないと逸る余りに……とはいえ、私がしもべにあるまじき粗相を致したのは事実です。いかなる仕置きでも受け入れます」

 額を床につける。その首筋が妙に赤く染まっている。それだけ失敗を恥じている証だろう。他の理由なんてあるはずない。


「……まだでしょうか? 覚悟はできておりますゆえ、どうぞたくさん痛くしてください」

「そんなことしないってば! ……ユリアは何も悪くないから。僕も平気だったんだし、それでいいじゃないか」


「しかしそれでは私の気が済みません」

「僕がいいんだからいいんだよ。それよりさ、やっぱりユリアのなら平気なんだね。確かにびっくりしたし最初はきつかったけど、今はもう君に入れられてたとこが少し火照ってるぐらいだ。特に血も出てないし」


「は、はい、私も平気、だと思います。我が君のものであれば……少しぐらい痛かろうと血が出ようと、きっと嬉しいに違いありません」

 ユリアの告白に竜仁は赤面した。

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