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ヘルプコール

「ごご、ごめん、僕全然そんなつもりじゃなくてっ」

 二度あることは三度ある。武力制裁の発動を恐れた竜仁はすぐに言い訳を始めたが、むしろユリアはしおらしかった。


「……非は私にあります。これから戦いに赴こうというのに、別のことに気を取られ、我が君をみすみす危険にさらしてしまいました。面目次第もございません」

「いや今のは僕が不注意だったせいだしさ。だけど別のことに気を取られてたって何? 心配事?」


「そ、それはっ」

 竜仁の服を掴む手に力がこもる。

「ですからっ、今はそのようなことを考えている場合ではないのです!」

 ユリアはぷいと顔を背けた。シーツの包みを抱え直し、竜仁を振り払うようにして歩き出す。どうやら怒らせてしまったらしい。些かびびりながらも竜仁はいそいそと後を追う。


「ところで」

「なんでしょう」

 竜仁が話題を変えると、ユリアはどこかほっとした顔をした。


「方向はこっちで合ってるのかな。敵の気配とかってちゃんと探れてるの?」

 なにしろ竜仁には分らない感覚である。ユリアは頷いた。

「あれは私達とは大いに異なる存在です。悪しき竜の砕けたかけらに過ぎないとはいえ、ひとたび顕現した以上、痕跡を隠し切れるものではありません」

「そうなんだ。じゃあ大丈夫だね」


 何気なく相槌を打ってから、竜仁はふと考え直す。本当に大丈夫なのか。もしあの化け物を見つけたら、次に始まるのは戦闘だ。

 夢で見たユリアの勇姿を思い起こす。昼間は竜仁が足を引っ張ったせいで不覚を取ったが、力を十全に発揮できればまず勝てるだろうとは思う。しかし。


「あの気味の悪い黒い騎士と戦うのは分るよ。むしろ積極的にどうにかした方がいいと思う。鷹司(たかつかさ)さんを安心させるためにもさ」

「無論戦って討ち取ります。あの女とは一切何の関りもなく」


「だけど彦坂先生に手を出すのはまずいよな。もし大怪我でもさせたら洒落にならない。警察に正当防衛だって主張しても通じるわけないし、そもそもユリアの身元も説明できない」

「こちらのしきたりについては分りかねますが」

 ユリアは考える風情になった。


「おそらく問題ないかと思います。魂が完全に融合でもしない限り、しもべを討ったところで主の側にさしたる影響はありません。我が君もご経験された通りです」

「ふんふん、なるほ……」

 竜仁は喉に苦い塊を詰まらせた。

 実際さっきユリアは黒騎士に討たれているのだ。けれど竜仁の身は平穏無事だった。


「……ごめん、僕のせいで。きっとユリアはすごく痛かったよね」

「どうか誤解なきよう。我が君を責めるつもりなどはありません。ただご懸念を晴らそうとしたまでのこと……ですが、ありがとうございます。我が君の私を思う心、このカナミ・ユリアが確と受け止め――」

「あっと、着信だ。鷹司さんから?  “たす”? なんのことだ?」


 取り出したスマホの画面を見て竜仁は眉をひそめた。メッセージアプリで送られてきたのは平仮名が二文字のみだ。スタンプや絵文字なども付いてはいない。

「足す、かな。だとしても意味が分んないけど」

 首を捻る竜仁に、ユリアは険のあるまなざしを向けた。


「身内でもない殿方に、夜になって付け文を寄越すなどふしだら極まる。我が君、大事の前です。そのような浮薄な女に構っていてはなりません」

「ユリア、ちょっと黙って」

「うぐっ」


「 “たすって何ですか?”っと……うーん、返信来ないな。試しにボイスチャットなんかしてみよっかなー…………やっぱ駄目、か。電話は番号分んないし。うーん、たす、たす、たすけ」

 こめかみの辺りにびりっと電流が走った気がした。


「“助けて”か!?」

 思わず叫んたのと同時、ユリアが強い緊張の気配を纏う。

「この波動は! 悪しき竜のかけら!」

 いよいよもってまずそうだ。おそらくは鷹司に危険が迫っている。


「連絡が取れるまでなんて待ってられないな。ユリア」

「はい、参りましょう」

 打てば響くようにユリアが応じ、主従はぴたり揃って駆け出した。


「……うわ」

 だが並んでいられたのはわずかに一歩だけだった。二歩目にはもうユリアが前に出て、しかもその差はみるみるうちに広がっていく。竜仁はしゃかりきに腕を振り地面を蹴った。息が切れ、心臓が苦しくなってもさらに力を振り絞る。


 たとえユリアが異世界から転生してきた聖騎士で、竜仁がこのつまらない世界においてさえつまらない奴だとしても、貫くべき意地がある。誇りがある。

 タツヒトの生まれ変わりとしてではなく、自分自身の意志で竜仁はユリアと共にあることを選んだのだ。なのにあっさりと置き去りにされるなんて、かっこ悪過ぎる。

 竜仁はしっかりと前を向いた。思いを感じ取ったかのように、先を行くユリアが振り返る。


「我が君、何をちんたらしているのです! やる気があるのですか!」

 えー……。

 叱られた。

 どうやら手を抜いていると思われたらしい。だが遺憾ながら竜仁の太腿はもう痙攣を起こす寸前だった。これ以上は頑張れない。


「我が君?」

 速度を落としたユリアが隣に並び、いぶかしげに覗き込む。どうしてだろう。竜仁はゲロを吐くのをこらえながら思った。顔に当たる夜風がやけに目に沁みる。


「はぁっ、どうせ、はぁっ、僕、なんかっ、はぁっ」

「ああ……そういうことでしたか。まことに失礼致しました。我が君にはそれで全力だったのですね」

 ユリアは優しくなった。

「どうぞ私の背にお乗りください。その方が速いです」

 走りながら軽く身を屈める。竜仁は足をもつれさせかけた。


「どうしました? 遠慮は無用ですよ。私と我が君の仲ではないですか」

「そんな、はぁっ、恥ずかしい真似が、はぁっ、できるかって」

「むっ。我が君は私に寄り添われるのはお嫌ですか」

「違っ、そういうことじゃ、はぁっ、なく、てさっ」


「じゃあ乗って!」

「はいぃっ!」

 竜仁は鞭で打たれたように反応した。少女の背に我が身を預け、だがその瞬間体が沈む。頼りなさに脇が冷えたが、下りようとするより早く、しなやかなユリアの腕が竜仁の脚の付け根をがっちりとホールドする。


「しっかりとお掴まりください」

「うわっ!?」

 ぐんっと加速した。仰け反った首をどうにか戻し、竜仁はユリアの肩にしがみついた。

 そして二人は地を駆ける一個の流星となった。

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