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契り

 我ながら最低の台詞だと思った。自分からは何の見返りも示さずに、ただ相手に尽くすことを求める。これで上手くいったらまさに奇跡だ。

 しかしもはや後戻りはできなかった。まるで自ら意志を持っているかのごとく、白金の刃がずぶずぶと胸の真ん中に沈み込んでいく。


 痛みは既になく、ただひたすらに熱かった。体の奥で脈打つ光が爆発的に広がって、身の内を突き破って咲き開く。

「誓う。我が君が御言(みこと)を我が(みこと)となし、我が君の隣を我が在るべき場所と定めることを」


 空が玲瓏と鳴り渡り、塵一つなく澄み切った世界の中で、瑠璃色に輝く瞳が竜仁を見つめていた。腕を伸ばし、竜仁の心臓の位置に突き立った聖剣の柄を握り締め、引き抜く。

 途端、ぽっかりと空いた穴から大量の鮮血が噴き出す、などということはなかった。掠り傷一つ付いてはいない。剣が刺さっていた痕跡は皆無だ。やはり全ては竜仁の妄想だった。


 否、それこそでたらめだ。真実はここにある。

 少女は右手に剣を持ち、長い白金の髪を今は結い上げることなく、薄い裸の胸に垂らしていた。竜仁は瞬きをした。同時にこちらを見る瑠璃色の瞳が丸くなる。


「あ……きゃーーっ!!」

 およそ剣士らしからぬ、だが年の頃にはふさわしい悲鳴を上げて、ユリアは剣を置きその場にうずくまった。


「我が君っ、これは違うのです! わざとではありません! お見苦しい姿を晒すつもりなどこれっぽっちもなかったのです! 信じてください!」

「だ、大丈夫だよ! 落ち着いてユリア! 見苦しくなんて全然ないから! むしろもっとよく見たいっていうか、いやほんとに、一番大事なところまでは見てないから!」


 竜仁は顔を背け、しかし手で覆った指の隙間からちらちらと横目を使う。だがそれに気付かないようなユリアではない。

「我が君……まさかとは思いますが、ご覧になりたいのですか?」

 体を隠して丸くなった姿勢のまま、わずかに顔を持ち上げた。


「え、もちろん見た……くなんか全然ないし!? そもそもわざわざ見るほどのものでもなくない? どうせAカップとかそんな程度なんだろうしさ、ははっ」

「そうですか、そうですね。それはお目汚しを致しまして誠に申し訳ございませんでした」

 頭は低いのにジトリと睨み上げる視線が怖い。


「えーっと、その、ちなみになんだけど……」

「なんでしょうか、私の貧相な体など目に入れる価値もないとお思いの我が君」

「嘘です、ほんとはものすごく見たいです……って言ったらどうなるのかなー、とか」


「ふぇぇっ!? それはっ」

 ユリアのうなじが鮮やかに紅潮した。今にも熱線を放ちそうな攻撃色に、竜仁は丸いお尻の方に向けていた視線を急いで逸らした。


 ユリアと竜仁の戦闘力には天と地の差がある。もし本気でブチギレられたら瞬時にぺしゃんこにされてしまうだろう。竜仁はあわあわと手を振った。

「いいんだ、気にしないで、忘れてっ」


「……ふう」

 ユリアは大事な部分を隠しつつも少しずつ上体を起こした。

「私は我が君に全てを捧げています。心も、体も……ですから、もし是非にとお望みでしたら」

 伏し目がちに、胸を覆っていた腕を下ろした。腰の前に置いていた手もどける。

 竜仁はまるで女神の御前に立たされた気分になった。


「ああ……すごくきれいだ……」

 エロスな心を抜きにして、ユリアの裸身はただ純粋に美しかった。白い首筋も控えめな胸の膨らみも花の蕾のようなその突端も、滑らかに引き締まったお腹も髪の毛と同じ白金色のごく淡い茂みも、全てが竜仁の意識を捉えて離さない。

 そしてエロスな心のスイッチをオンにすれば、まさに童貞必殺の最終兵器だった。


「我が君……」

 ユリアが瞳を潤ませる。竜仁の鼓動が天井知らずに速まっていく。

「ユリア、お願いだ。我が君じゃなくて、ちゃんと名前で呼んでほしい」


「……はい。タツヒト様の仰せのままに」

 ユリアはわずかにためらったのち、頷いた。

 自ら望んだことのはずなのに、胸にずきりと痛みが走る。


 タツヒトと竜仁、音にすればどちらも同じふうに聞こえる。だけど。

 僕はタツヒトじゃない――竜仁はその言葉を寸前で呑み込んだ。ユリアの肩に手を置いて、恐る恐る引き寄せる。間近に自分以外の体温があることに戸惑い、これが現実なのか確かめたくて、指先に力を入れる。


「んっ、タツヒト様……」

 ユリアは身を固くした。竜仁は臆病に手を引っ込めそうになって、だがユリアはそれ以上拒まない。

 竜仁は水に飛び込む前のように息を吸った。ユリアの瑠璃色の瞳が揺れ、すぐに震えるまぶたに閉ざされた。

 そして百万光年にも思える旅路の果てに、二人の間を隔てる距離が消える間際。


「やっ、待って、まだっ」

 ユリアは竜仁の胸を押し返した。

「がっはっ」

 強烈な諸手突きだった。肺の中の空気が残らず絞り出され、竜仁はそのままごろごろと後ろに転がった。壁に激突してからようやく止まる。


「……はっ、私は今いったい何を?」

 目を回す竜仁に気付いたユリアが顔色を変える。

「我が君、傷は浅いですよ! どうかお気を確かに! 我が君ぃーーっ!」

 全裸の美少女の胸に抱かれ揺さぶられながら、竜仁は川の向こうに花畑が広がる光景を垣間見ていた。

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