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ドロップキック

 隣を歩く少女が怖い。顔も体も小作りで華奢なのに、発するオーラは巨大な虎さながらに猛々しい。

 だがそう感じているのはどうやら竜仁(たつひと)だけらしく、ユリアを見た人は誰もがその美しさに目を奪われているふうだった。中には「わぁ、かわいい」などとはっきり声に出す人もいて、しかもそれがナンパ目当ての若い男や好色そうなおっさんなどではなく、にこやかなお婆さんや母親に連れられた幼女だったりした。


 ユリアはごく稀にぎこちない笑みを返していたが、ほとんどは周囲のことなどどこ吹く風といった面持ちで、むっつりと押し黙っているか、さもなくば竜仁へ直接不平をぶちまけていた。

「屈辱です。痛恨です。二人で過ごすための時間を割いて他の女に会いに行く。こんなことは間違っています。私には我が君だけなのです。余の者など眼中にもないのです。なのに我が君は私だけでは満足できないのですか? 私では駄目なのですか? これでもまだ尽くし方が足りないというのですか?」


 まるで浮気性の彼氏を持った健気で可哀想な女の子の愚痴だった。しかしこれだけでは終わらないのがユリアである。

「本当に分っているのですか? こうしている間にも悪しき竜の脅威は迫っているのです。天剣騎士たる我が君には血反吐を吐いてでも戦う使命があるのです。やはり遊んでいる場合ではありません。すぐに戻って鍛錬に励みましょう。今なら倍の量に増やすだけで許してあげます。並の人間には厳しいかもしれませんが、霊力を上手く使いさえすればたやすいはずです」


 まるで二次元の彼氏を持ったSっ気で可哀想な女の子の妄想だった。

 しかも困ったことに鍛錬に関する部分は現実だったりする。たぶんこの数日の竜仁の運動量は、プロのアスリートにも引けを取らない。

 なぜそんな意味不明な苦行につき合っているのか、また体力精神力共に人並み以下の竜仁につき合えているのか、我がことながら謎である。


「ユリア、頼むから外であんまりそういうこと言わないようにね。他の人に聞かれたら困るから」

 特に鷹司(たかつかさ)の前ではやめてほしい。案外彼女は面白がりそうな気もするが、できれば同類だと思われたくない。


「なぜです。私には誰憚ることもありません。我が君は違うのですか?」

「それは……」

 大いに憚りたいところだった。だが時として正直さは不幸の元だ。


「……敵を騙すにはまず味方から、的な? その悪しき竜とやらの手先がどこにいないとも限らないだろ。自分達の正体を安易に周りにバラすのって良くないと思うんだ」

「成程。その発想はありませんでした」

 鱗が落ちたとばかりに、ユリアは瑠璃色の瞳を瞠った。


「おそらく悪しき竜のかけらは既にこの世界にも数多く散らばっています。ならば敵からの不意打ちを避けるためにも、そして逆に敵を警戒させて逃がさぬためにも、目立つのは得策ではないかもしれません。さすがは我が君、素晴らしき深謀遠慮です。このカナミ・ユリア、感服致しました」

「いやーそれほどでもー」


 竜仁はあらぬ方を向いた。ただ外を歩くだけでユリアは目立ちまくっているわけだが、それは気にしなくてもいいのだろうか。

 スマホで時刻を確認する。待ち合わせ場所は大学ではなく近くの公園だ。指定したのは鷹司である。ユリアが他の学生達と揉めたこともあるし、気を遣ってくれたのかもしれない。


 ちなみに今日のユリアは剣を帯びていない。さすがに常識に従った、わけではなく、竜仁が主として命じた結果である。

 服はまだ竜仁のものだ。しかし襟のあるシャツのボタンを上まで留めてあるので安全だった。ユリア程度の大きさなら、ブラなしでも下にTシャツの一枚も着れば平和に納まる。


「まだ来てないか」

 公園の中央には噴水付きの池があって、周囲が広場になっていた。今はまるでひとけがない。そういえば少し前から誰ともすれ違っていない気がする。


 もっともユリアの存在を考えれば他人は少ないほどいい。それだけ厄介事を起こす恐れも減る。

 どうか今日の買い物が無事に済みますように、と竜仁は願った。

 その矢先だった。


「はっ、この気配は!」

 ユリアが唐突に顔を上げた。そして池を挟んだ向こう側へとすごい勢いで走り出す。

「ユリア? おい!」

 竜仁はすぐさま後を追った。はっきり言って嫌な予感しかしない。けれど放っておくわけにはいかない。もしユリアのせいで誰かが、とりわけ鷹司が被害に遭ったりしたら最低だ。


「何のつもりですか、離してください!」

 不快そうな声が届く。鷹司だ。揉めている。だがその相手はユリアではなかった。

凛子(りんこ)、いい加減気取るのはやめにしろ! 本当は僕に抱かれたいんだろう!?」

 身をよじる鷹司の肩を、ジャケット姿の男が押さえつけ、顔をすぐ間近へ寄せていた。

 竜仁は懸命に足を速めた。だがユリアはもっとずっと先を行っていた。諍う二人まで数歩の位置まであっという間に達すると、小柄な体を高々と宙に舞わせる。


「悪しき竜め、成敗っ!」

「ぐっはぁっ」

 矢のように伸びた足が、男の横っ面に鮮やかに叩き込まれる。

 ひとたまりもなかった。鼻から血潮を噴き出して、男が吹っ飛ぶ。

 そして男につられて体勢を崩した鷹司を、竜仁はぎりぎりで抱き止めた。


「大丈夫ですか、鷹司さん! 怪我は?」

 鷹司はさすがに目を丸くしていたが、一呼吸で落ち着きを取り戻したらしい。常と変わらぬ雅な微笑を浮かべてみせた。


「ありがとう、なんともないわ。わざわざ支えてもらわなくても大丈夫よ」

「あっ、すいません」

 竜仁は手を離した。ユリアに比べるとずっと女性らしい体つきをしていた。遅ればせながらに意識してしまい、生々しい感触を振り払うように麗女から視線を転じる。


 男は転がったまま動かなかった。ユリアは未だ攻撃的な気配を纏っている。危ない美少女の動向に注意を払いながら、竜仁はそっと男に近付いた。

「あの、生きてますよね……彦坂(ひこさか)先生?」

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