エビフライ・エフェクト
……どうも今朝から様子がおかしい。昼休み。教室でそう訝しむのは高校二年生、海老名薫である。
おかしいというのもーーーーエビフライばかりなのだ。エビフライばかりとはどういう事か。端的に言うとそのままである。
例えばーーーー朝食。それはエビフライであった。
「あれ、朝からエビフライ?」
「ええ、昨日安くて」
朝食にエビフライが出る。これはまあ珍しい事ではあるが別におかしな事ではない。母によるとエビが安かったらしい。珍しい事もあるもんだと思いながらも朝食を済ませ家を出た。
そして通学路の道中、何やら新しい店が建設中であった。
「……ん? なんか新しい店が出来るのか?」
何が出来るのだろう。薫はふと気になり見てみる。するとそこはーーーーエビフライ専門店であった。
「幾ら何でも的絞り過ぎじゃないのか……」
しかし良く良く考えると世の中には唐揚げ専門店が存在する。そう考えると不自然では無い……のだろう。まぁ、良い。薫は再び歩を進める。
駅前のファーストフード店。何やら新しいバーガーが出るらしく、新しい旗が立っていた。
「ん、新作か……エビフライバーガー?」
……ま、まぁおかしな事では無いだろう。世には海老カツバーガーもあるしきっと美味しい筈。……なんか朝からエビフライばかりだな。そう思いながら駅内に入ると何やらゆるキャラがチラシを配っていた。
……巨大なエビフライから手足が生えている。
「新しい市のゆるキャラ、えびふーです!」
ゆ、ゆるキャラね。まあゆるキャラならありだろ。うん。
「はい、どーぞ」
「あ、どうも」
じっと見ていたから、えびふーからキーホルダーをもらう。小さなエビフライのキーホルダーであった。
そして電車に乗り、入り口の近くに立つ。ふと、ドアの窓に貼られた広告をみると。
「またエビフライか……」
簡単クッキング。絶対失敗しないエビフライの作り方。QRコード付きの広告である。どうして目につくものエビフライなんだろうか。ここまで来ると疑問に思うが、理由は分からない。
ーーその後も学校にたどり着くまで多数のエビフライに遭遇した。まさに今日はエビフライ一色である。
「……まあいいか」
考えていたら喉が渇いた。教室を出て自販機に向かう。するとーーーーすれ違った。普段なら気にも留めないだろう。だが、今日は別である。
「エビフライ?」
思わずそう口に出した理由は、すれ違った女子生徒の髪型。長い髪を後ろに編み込み末端は一つにまとめる。エビフライーーエビフライみたいだと言えばあながち間違いでは無い。
今朝からエビフライ続きで薫は思わず口に出してしまった。すると女子生徒は振り返り。
「エビフライ?」
「あ……」
その女子生徒は薫の知らない人であった。リボンの色からして同学年ではあるだろうが。
「……ああ、髪型ですか?」
「あー、えっと」
怒られるか。髪型をエビフライなんて言ったら不快な思いをするかもしれない。だが、女子生徒はくすりと笑い。
「ふふ、確かにエビフライと言えばエビフライですね」
「はは……」
女子生徒が怒り出さなかった事に薫はほっとする。良かった。優しそうな子で。
「でも髪を見てエビフライなんて言うなんてよっぽどエビフライが好きなんですか?」
「いや、それがね……」
物腰柔らかな女子生徒に安心して、薫は事の顛末を話し出す。
「ーーーーって事なんだ」
「へぇ、面白い事もあるもんですね」
女子生徒は薫の話を聞きうなずく。そして何かを考えるような仕草をし。
「さながらーーエビフライ・エフェクトですね」
「エビフライ・エフェクト?」
薫は聞きなれない言葉に疑問符を浮かべる。
「バタフライ・エフェクトって知ってますか?」
「ああ、えっと……ブラジルでの蝶の羽ばたきはテキサスでトルネードを引き起こすかってやつ?」
「そうですそうです」
つまりは、非常に些細な事柄が要因でだんだん思いもよらぬ出来事が起きること、である。風が吹けば桶屋が儲かるみたいな話だ。
薫はたまたま見た映画でこの話を知っていたが、結構学術的な話だ。女の子の口から出るとは思わなかった。頭の良い子なんだな、と薫は思う。
「つまり、エビフライエフェクトとは連続するエビフライ効果が、私との遭遇をもたらす、という事です」
「…………」
これは笑うところなのだろうか。
「…………な、なんか言って下さいよ」
面白い子だ、と薫は初対面ながら思った。
ーー20年後
「ーーというのがお母さんのとの馴れ初めなんだ」
「へー、運命的だけどなんか……面白いね」
「……あらお父さん、エビフライ・エフェクトのお話ですか?」
「ああ、夕食がエビフライだったからふと思い出してなぁ」
「懐かしいですね」
「ふふ……じゃあ、私が生まれたのもえびふらいえふぇくとだね」
「はは、そうだな」
我が子を撫でながら薫はしみじみと感じた。