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わたしとあなたの七十五日  作者: ばち公
第二章 ベアトリーチェ 上
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十六日目 カードゲームと賭け

 二日酔いで寝込んださらに翌日、アルマくんとカードゲームをすることになった。

 珍しいことに、それを提案したのはアルマくんだった。恐らく、私に気を遣ってくれたのだろう。「ゲームは気晴らしにいいらしい」とかなんとか言っていたから。私は少し戸惑ったが、せっかく提案してくれたのだから受けることにした。


 そういえば、二日酔いの頭痛と吐き気で寝込んでいた私を看病してくれた時も、アルマくんはとても気を遣ってくれていた。

 その日私は、宴会で叫んだことを酔ってたから忘れた、というフリをして逃げた。自分が恥ずかしかったし、今まで唯一安心できたアルマくんとの関係が壊れるのが怖かった。

 なのにアルマくんは、完全に私が覚えていること前提で動いていた。彼はそういうことに対して、真っ直ぐに行動のできる人だった。


「アルマくん」

「ん?」

「ごめんね」

「……何がだ」

「……ううん。ありがとう」


 そんな優しい気遣いに、一瞬泣きそうになったけど。アルマくんの壊滅的なカードの扱い方のせいで、涙はすぐに引っ込んだ。彼のぎこちない指先の動作は、カードが折れたり破れたりしてないのが奇跡なほどだった。おまけにやたら真剣な顔のせいで、こちらも真顔になってしまう。


「わ、私もカード並べるのやってみたいなー。折角だし」

「俺がやるからお前は、……イブは、休んでいろ」


 瞬間、カードが一枚弾けるように飛んでいった。

 しばらく二人とも何も言わなかった、というより言えなかった。アルマくんは黙ったままその一枚を拾い、汚れを拭うと、無言でそっと私にカードの山を手渡した。



 カードゲームは、普通に友達と遊んでるみたいに楽しかった。勉強の甲斐あってか、カードの数字(トランプと似ているが、こちらは数字が10までしかない)が普通に理解できるのもなんだか少し誇らしかった。

 はじめはアルマくんが常に勝っていた(彼は初心者相手でも全く手を抜かなかった)のだが、私がルールを完全に理解してからは、勝率は五分五分といったところだった。

 まあ、運の要素が強いゲームだから、だろうけど。


「ゲーム? 賭けをしなけりゃつまらんだろう」


 横から口を挟んでくる猫背の男を、アルマくんは鬱陶しげに見やった。アルマくんの友達(と言うと、「ただの同僚だ」といつも二人揃って否定される)、エディである。

 彼と私に、こうして積極的かつ友好的に話しかけてくるのは、彼くらいなものだった。

 アルマくんは最初は冷たくあしらっていたのだが、それでもエディがめげずに居座るので、とうとう賭けをすることを了承した。私は正直どっちでもよかったので、アルマくんの判断に従うことにした。


「馬鹿真面目に考えなくてもよ、ただ負けたら奢れとか、何か買ってくれとか、その程度でいいんだよ」

「いいねー。まあ賭けるって言っても、私は何も持ってないんだけどね」

「体で払うしかねぇな」


 アルマくんがエディをブン殴った。

 二人はしばらく、私にはよく分からないスラングで罵り合っていたのだが、やがて給仕の女性が出入りを始めると、エディは別れの挨拶もそこそこにさっさと出ていってしまった。

 どうやらエディは私達というよりも、お目当ての女性が来るのを待ち構えていて、その暇潰しとして私達に話しかけただけだったらしい。自由な人というか、適当な人というか……。


「じゃあな、姫さん!」


 いそいそと去っていくエディに手を振り、私は肩を竦めて笑った。


「――こんな飾り一つ無い『姫』もないよねぇ」


 いい加減聞き慣れた、と言いたいところだが、まだあの呼び方には違和感があった。

 私は自分の黒色のセーラー服を見下ろした。着の身着のままこの世界に来て、今でもこの制服は大事に大事に手入れをしている。

 最近では少しずつ、この世界の衣装を借りることも多くなってきたけれど、それらはやっぱり私の物ではない。所持金が無いのだから当たり前だけど、そういうことを考えるたび、やっぱり私はこのセーラー服から離れたくない、なんて思い直す。


「財産なんてゼロだよ、ゼロ」


 やれやれ、と溜息を吐き首を振ってみせるが、アルマくんはそんな私に何も言わない。

 ふざけたのにツッコまれないなんて、居心地が悪いだけだった。


「どうしたの、アルマくん」

「いや。お前の髪は、日に透けると茶色いなと思ったんだ」


 ふと気付けば、彼の優しい瞳が私に向けられていた。空よりも深く、海よりも清々しい青色の眼。

 こうして彼が私を知ってくれていることが、なぜか私には何よりも嬉しかった。


「アルマくん――」

「それで、どうする?」

「えっ、なにが」

「……賭けだ。何を賭ける?」


 嫌そうにしていたくせに、一度口にしたことだから、律儀に応えようとしているらしい。エディもこの場にいないから止めたってバレようがないのに、本当に真面目な人だ、と改めて思い直す。

 そんな彼の人柄に感心しながらも、私は喜んでその提案に飛びついた。


「私、アクセサリーが欲しいなー。この世界の、かわいいやつ。私に似合うやつね」

「分かった」


 予想外の即断振りに、私は口を噤んだ。しばらく口の中で沈黙を弄んだ。

 アルマくんの表情は、いつもと何一つ変わらない。無表情で、少し優しい。


「……アルマくんは?」


 訊くと、何も要らないと返された。

 それでは賭けが成立しない。言い返すと、彼は不承不承といった様子でしばらく黙っていた。


「刺繍」

「え?」

「刺繍をくれ。俺の制服の帯の裏地に。一つだけでいいから」


 予想だにしない提案に、私はぽかんとした。


「制服って、たまーに着てるこの砦の服だよね? ……でも私、刺繍なんてできないよ。道具もないし」

「ならいい」


 アルマくんはあっさり諦めた。そして淡々とカードを配り始める。

……いやそうじゃないだろ!!


「やるよ!!」

「どっちだよ」



 結局、勝負には私が買った。

 なかなかの激戦だったけど、もしかしてアルマくんはわざと負けてくれたのでは、と思わなくもなかった。まず運が重要なゲームを選んで私に教えてくれたのも、その一環な気がした。本人に言っても、絶対肯定はしないだろうけど。


 後日、一緒に街に出かける約束を取り付けた。



 後から聞いたところによると、帯の内側への刺繍は、身内が帯の持ち主への祈りを込めて行うものらしかった。植物、鳥獣、太陽など、伝統的な柄が多く存在し、それぞれに意味があるらしい。

 モチーフは全て被らないように施されなければならないため、身内総出で構図を練り、長い時間をかけて一針一針縫われる。


「だから昔はよく言われたもんさ。針仕事ができなけりゃ、嫁の貰い手がないよってね」

「それってあなたも?」

「さあね」


 とある給仕の女性はそう言ってからから笑った。

 彼女が翌日持ってきてくれた、昔使っていたという裁縫道具は、丁寧に扱われていたのかとても綺麗だった。色とりどりの糸が目に眩しい。針と糸だけはいくらでもあるから、私が望むだけ貸してくれるという。押し付けられるみたいにして、私はその裁縫道具一式を受け取った。


「今となっちゃこんな大層なものは、もう必要ないからね」


 彼女は未亡人だった。夫はかつて、このカノック砦の兵だったと言う。


 『泣く子も帰れぬ北方砦』――。

 私は改めて、いつか耳にしたそんな言葉を繰り返す。このカノック砦は比較的安全らしいけど、アルマくんもやがて、どこか別の砦に派遣されていくのだろうか。

 そのとき私はどうなるのだろう。願うなら、アルマくんに付いて行くことを許されたい、が、やはりそれは難しい気がする。このカノック砦に残されるのか、それとも……。

 私は一人、使い込まれた色合いの木製の裁縫箱を撫でる。

 一つだけ、と刺繍を願った、アルマくんの静かな横顔を思い出す。



 翌日、アルマくんの帯を、無理を言って受け取った。戸惑ったように断ろうとする彼に対して、半ば強奪したみたいになってしまった。

 彼の帯の内側には何もない。まっさらな、新品みたいに綺麗なまま。


「賭けの意味がなかったな」


 彼は気にした様子もなく、肩を竦めていた。


「刺繍はいつごろ終わる?」

「そのー。かなり長い時間がかかるって思ってもらった方がいいかも?」

「それまで帯が締められないのは困る」


 全くの正論だった。毎日着るものではないとはいえ、帯は彼の制服の一部だからだ。しかも剣を差すのに用いるらしい。どう考えても、かなり重要なところだ。

 結局、予備の帯を借りて刺繍をいれることになった。予備というが、つまり新品だ。

 私がその責任の重さに顔を歪めると、アルマくんは珍しく、やたら楽しそうに微笑んでいた。そんな表情を見れただけでも、この提案をした価値はあったようなものだ。

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