七十五日
まだ人気も薄い早朝、一台の馬車がカノック砦を発った。
それは黙々と荒野を走り、やがて朝焼けが鮮やかになる頃には、その影すらも見えなくなってしまっていた。
「イブ。イブキ、起きてくれ」
アルマ・アルマットの柔らかな声とともにまどろみから抜け出すと、伊吹は彼の穏やかな微笑に迎えられた。
「あるま、くん? イブキって呼んだ?」
「うん。大丈夫か? 少し無理して連れて来たからな。体に痛いところは無いか?」
「こ、こは……」
歴史の感じられる神殿か、あるいは宮殿のようなところだった。ところどころ崩れた部分も見受けられるが、その圧倒されるほどの荘厳さを傷付けるようなものではない。冷ややかな、彼女が感じたことのない空気に満ちていた。厳かで、張り詰めたような、他者を寄せ付けない雰囲気があった。なによりそこには不思議なほど、生命というものが感じられなかった。
「ここは『死者の丘』の頂き、『五芒の神殿』。――かつて『明けの獅子狩り』で勇者アルマが亡くなり、五人の仲間により閉じられた、その神殿だ」
伊吹は居心地悪く身じろぎした。彼に言われたとおり、制服を着込み、学生カバンを待ち。この世界に来たときそのものの格好をしていたため、余計にこの神殿から浮いている心地がした。
人があるべきでない空間で、ただアルマ・アルマットだけが、堂々と存在することができていた。彼の姿はその空気に馴染み、その場の主として認められているかのようだった。
「お前を蝕む病を治し、そのままお前の世界に返そう」
「え?」
二の句も告げないほど呆気に取られた伊吹に、アルマ・アルマットは穏やかに続ける。
「準備はしてきた。だけど言ったとおり、本当に成功するかは分からない。駄目かもしれない。だから先に言っておく。俺を信じて、此処まで一緒に来てくれてありがとう、イブキ」
「まって、ま、ある、まくん。わたし、や――」
伊吹は言葉を詰まらせ、激しく咳込んだ。それに伴う痛みで彼女の目尻に涙が浮かんだ。
アルマ・アルマットがその背を撫で、いくらか落ち着いたところで、伊吹はやっと言葉を続けた。
「あなたと、はなれたくない……」
彼が何を言っているか理解しきれぬなか、それでも彼女の口から咄嗟に飛び出た言葉だった。
アルマ・アルマットはわずかに目を見開き、その顔を歪めると、伊吹を思い切り抱き締めた。その病身は熱のせいか温かかった。痛みを与えないようにと背中に優しく宛がったアルマ・アルマットの手は、布越しにも生々しく浮き出た背骨に触れた。確かに伊吹は、元々細身ではあったけれど。
やがてアルマ・アルマットが慎重にその身を離すと、伊吹は驚いた顔で彼を見つめた。彼女はその顔を耳まで真っ赤にしていたが、それが上がってきた熱のせいなのか、顔が至近距離にある羞恥のせいなのかは、当の彼女自身にもよく分かってはいなかった。
伊吹の頬に包み込むように触れ、アルマ・アルマットは微笑んだ。
「この世界では、お前は幸せになれない。きっとここにいる限り、また病にかかってしまうだろうから」
「それは嫌だけど、死にたいわけじゃないけど、でも、わたし……」
アルマ・アルマットは頭を振る。
「分かってない。分かっていないのはお前だよ、イブ」
彼女の暮らした北方砦、あるいは北方荒野で、どれだけの人間が死んでいるのかも。兵がどのような手を使って『東の蛮族』を殺し、殺されてきたのかも。知っていたら、まさか『東の蛮族』の娘と、ああも親しく口を利いたりしなかっただろう。お前は優しいから。
彼女がこの世界に来る以前のことだが、今年の夏は寒かった。穀倉地帯で実らぬ麦畑のなか、どれほどの農家が首を括り、あるいは人としての尊厳を売り捨てたのか。知っていたら、平然と食事を控えようとしたに違いない。お前は飢えを知らないから。
イブ、お前は何も知らない。
今この帝国が決して豊かではないことも。どれほどの人間が『東の蛮族』への怨嗟の声を上げているのかも。この国の上層部への、深い怒りを湛えているのかも。
お前は知らない。知らなくていい。
荒れたこと一つ知らないような、柔らかな肌のままでは、この世界では生きてはいけない。身内一人いない、技術も無く何も無い、どこを訪れてもただの余所者。この世界で月吉伊吹は、月吉伊吹の『普通』では生きていけない。
「やはり俺は、分かり合うという事が分からない。人はあまりにも変わってしまうから。お前と過ごした七十五日、お前は変わり、俺もありえないほど変化した。きっとこれからもそうだろう。これは永遠に続くのだと思う」
アルマ・アルマットは伊吹の手を握った。
「だけど俺はお前と分かり合いたいと望む。永遠に。生きて、そう思い、願い、互いに手を伸ばし合う。そうすれば、生きてさえいれば、いつか、いつかきっと――」
「アルマくん」
「イブ、」
伊吹が彼に顔を寄せたのと、アルマ・アルマットが彼女に唇を寄せたのはほぼ同時であった。ほんの刹那の口付けだった。互いを祈り、それを小さく確かめ合う程度の。
アルマ・アルマットがその美しい青色の目を細めるのを、伊吹はじっとその瞳に映していた。
「ありがとう、月吉伊吹。俺はやっと、生まれて初めて、自分自身を誇りに思えそうだ。――お前は俺を、俺自身を与えてくれた。アルマ・アルマットを。だから今度は、俺の番だ」
アルマ・アルマットはその手に杖を持った。それこそが、彼がかつて勇者アルマとして受け取った、マジプシャン・ゾーイの『導きたる生者の杖』だった。
伊吹ははっきりしない視界の端で、その杖の先が、あまりにも優しい虹色で光るのを見た。
「俺は俺として、お前に応えよう」
『導きたる生者の杖』から伊吹の体に、柔らかな日光のように温かな力が、じわじわと流れ込む。マジプシャン・ゾーイの残した、聖遺物の一つたる杖。それは生者を導き、彼らの生へ希望を与える。
「俺は、アルマ・アルマットでよかった。今日この日に、勇者アルマの代替でよかった。だってこうして、そのお陰で、お前を救える。――初めてなんだ、真っ当な形で自分自身を肯定するのは」
少しばかり回復した伊吹は、その自らを救った杖が、聞き覚えのある物だと気が付いた。先端に大きな蛋白石を輝かせた、アルマ・アルマットの手には細過ぎる繊細な杖。
「アルマくん、それは、だいじな、」
「いいよ。これは彼ら五人が、勇者アルマに送ったものだが、勇者アルマはもういない。そして俺は、彼らの為によく働いた。だから俺だって少しくらい、彼らに何かしてもらってもいいはずだ。それに……それにもしかしたらあの五人は、俺が――」
言って、手の中の杖に感慨深く視線を落としたまま、アルマ・アルマットは「いや、なんでもない」と首を振った。最早答えを告げているようなものだったが、彼はそれ以上語る必要はないと判断したらしかった。
虹の光を秘めた白い石は急激に曇り、その輝きを失わせていく。
「だめ、だめ、アルマくん。だってそれ、国の宝物なんでしょ。そんなことしたら――」
「いいよ。俺の全てを投げ出したっていいんだ、お前がどこかで生きてくれるのならそれで。もう何も要らない。例え代替としてすら見られなくなっても構わない。お前がくれたものだけで、俺は俺として生きていける」
「やだ。じゃあ私ものこる。だって、だって、こんなの……アルマくんだけ置いていけない! だって絶対捕まったり処刑されたりする……。どこから持ってきたの、こんな大事なもの、いつのまに……」
「五人の聖遺物全てを宝物庫から頂いて来た。――いや、以前、イブのために使いたいからと頼んだんだが。すげなく却下されて、つい」
アルマ・アルマットの平然とした声に伊吹が絶句した瞬間、杖の切っ先にあった宝石が澄んだ音を立てて砕け散った。
伊吹は自分の体調の良さをそのとき自覚したが、それよりも杖の砕けた衝撃の方が強かった。
「宝石が粉々……! 接着剤とかある!? くっつけて元の場所に戻しておいたらいいんじゃないかな!? だめ!?」
「もう無駄かな」
さらさらとどこからともなく一陣の風が吹いて、宝石の残骸を巻き上げていってしまった。虹色の輝きを纏う風は美しかったが、伊吹はそれどころではなく、呆然としていた。
「――アルマくん笑ってる場合じゃないからね!? 国のお宝をあんなにしちゃってさぁ! アルマくんの命の危機なんだからね!? なに笑ってんの!!」
「イブキが元気になって嬉しい」
そして心底の幸福を体現したように微笑まれ、その美しさに、伊吹は場違いにもしばし見惚れてしまった。
アルマ・アルマットは元気になった彼女が自分を見つめてくれるのが嬉しくてじっとしていたが、やがて沈黙に首を傾げた。伊吹はそこでやっと我に返った。
「……アルマくん、なんでこんな無茶するの。私の為なのは分かるし、その、嬉しいけど。でも私、このままアルマくんを置いて帰ったりできない。確かに死にたくはなかったけど、アルマくんが私の知らないところで死んじゃうなんて、もっとやだ」
「俺は死なない。死ぬつもりがないからだ」
「命がかかってるときに謎理論ぶつけてくんのやめろ!! 私は本気で心配してるの!!」
「すまない」
「もーしょんぼりしないでよー。あーもう顔がいいー……」
アルマ・アルマットは伊吹に自らの顔を寄せ、「また触るか?」と尋ねたが、「触らない!」と拒否されたのでまたしょんぼりした。
「なんかアルマくんのん気だね……?」
「一番の心配がなくなったからな。浮かれもする。イブが元気になって、俺はとても嬉しい」
「んんっ、嬉しいけど、どう考えても浮かれてる場合じゃないでしょ……? 私は心配でどうにかなりそうなんだけど……」
「それほどか?」
「そりゃ、す、すす、好きな人が死ぬかもしれないんだから、心配するよ!!」
伊吹は勇気を振り絞って叫んだ。キスまでしておいて今更だが、こうして自分の想いを真正面から伝えるのは初めてだったため非常に緊張していた。
その初々しい緊張に対して、アルマ・アルマットはしばらくきょとんとしていた。少し首を傾げ、視線を斜めにやりながら、たっぷりと時間をかけて彼女の言葉を飲み込んだ。
「……イブは、俺が好きなのか? 俺に、好意を持っているのか?」
「そ、そうだよ! なんかあの、今更だけど……私、アルマくんが好き。えーっと、あの、そのー、あ、アルマくんは? アルマくんは私を、」
「好きだよ、イブキ。愛している。世界で一番、誰よりも、何よりも、お前のことが大切だ」
伊吹が声にならない声をあげながら顔を覆ってしまうのを、アルマ・アルマットは不思議そうに眺めてから、少し微笑んだ。
「イブキ、俺は死なないよ。俺はお前が思うよりも強いし、どうとでも生きていける。それに、約束しただろう? ずっと俺を、アルマくんと呼んでくれると。だから、俺は死なない」
「ほんと?」
「うん。信じてくれ。俺が嘘をついたことがあるか?」
「ない……」
「だろ? だから安心して帰ってくれ」
「告白してすぐ帰れって、なかなか聞かないよ、アルマくん……」
どこか楽しげな「それは知らなかった」との声に、伊吹は呆れたように溜息をついた。
アルマ・アルマットはごそごそと、海色に輝く宝玉を取り出した。海の部族であるイータが手にしていた、『還しの宝珠』である。
「恐らくこれで、伊吹を自分の世界に帰すことができる……と思うのだけど。使い方が分からない」
困惑する伊吹に、アルマ・アルマットはくるくるとその宝珠をもてあそびながら弁解する。
「一回は使えたし、これ以外の彼らの聖遺物だってうまく使えたんだ」
「使っちゃったの!?」
「ここしばらく俺は、これらを盗む為に首都に出ていたんだが……そんな顔しないでくれ。まずは今朝、宝物庫にアスランの『遺品』で幻影をかけてきた。あの幻は、最長で10日は持つらしい。これでしばらくは盗まれたことも露見しないだろう。これはうまくできた。それからこのイータの宝珠を持って、早くイブに会いたいと考えていたら、抱えた聖遺物とともに、一瞬で砦に帰っていた。これもうまくできた。しかしこれをどう使ったのか、自分でもさっぱり分からない」
「一瞬で望む場所に移動できる道具なら、これほど便利なものはないと思ったんだが……」とぼやき、アルマ・アルマットは目を眇めて宝珠を覗き込む。時折波打つ、深い青色が延々と続くばかりである。
伊吹も考えてみたが、球体をの操作法なんて全く思い付かない。
気を取り直すため天井を仰ぐと、改めてこの神殿の異様な静謐さを感じた。自分という生物がこの場にあることさえ違和感を感じる。奇妙な空気であった。
「……アルマくん、そもそもどうして、この場所に来たの?」
「万全を期そうと思ったんだ。『五人の仲間』の魂がなくなったとはいえ、この地はこの道具に縁のある場所で、それにそもそも『死者の丘』自体が力ある土地だから……うまくいくと思ったのだが」
そう言って渡された青色の玉を、伊吹はじっと見下ろす。両手で握っても冷たくも熱くもない、重たくも軽くもない。不思議な感覚だった。
「それを持って、心から帰りたいと祈ってみてくれないか」
「む、無理だよ……! 帰りたくないわけじゃないけど、でも私、アルマくんと一緒にいたいもん! さっきあんな告白されて、なのに急に離れたいって思えるわけないでしょ!? せっかく両想いになれたのに……」
「恋人から離れる、ではなく、ただ家に帰ると考えてみてくれ」
「同じだよ。私にとっては、どっちも……」
「…………会いにいくよ」
「え?」
アルマ・アルマットは優しく伊吹に微笑みかけた。
「会いに行く。絶対に。お前が俺と出会ってくれたように、今度は俺が会いに行く。約束する」
「本当に?」
「俺はお前に嘘をついたことがない……って、さっきイブが言ったんじゃないか」
「うう、あーもーずるい! アルマくんずるい!」
伊吹はアルマ・アルマットの温かな手を掴むと、無理やりその小指と自分の小指を絡めた。意味が分からずきょとんとするアルマ・アルマットに強引に詰め寄ると、涙を浮かべた目で彼をきつく睨みつけた。
「約束だからね!? 絶対に約束! 死なないで、生きて、いつか私に会いに来るの!!」
「うん、約束」
「嘘ついたら、嘘ついたら――――また、私が会いに来る」
その真剣な声音にアルマ・アルマットは目を丸くし、それから苦笑を浮かべた。
「それは、困るな」
「でしょ。それなら、しかたないから、帰ってあげても、いいかな……」
笑みを浮かべていた伊吹の口角が震え、彼女はそれを隠すように俯いた。零れ落ちた涙が『還しの宝珠』にあたるが、アルマ・アルマットはただ静かに、彼女と繋いでいた手を解いた。
青い宝玉が、伊吹の手の中で輝いた。
「イブキ、」
「ん?」
「ありがとう」
青い光が一際強くなり、アルマ・アルマットが咄嗟に目を伏せた一瞬のことだった。次に彼が顔をあげると、伊吹の姿はなくなっていた。
あっという間の出来事だった。
一人残されたアルマ・アルマットは、しばらくその場でうろうろしていた。目的を失くした犬みたいだと自分でも思ったのだが、それでもしばらくは彼女の気配が無いことを噛み締めていた。
「イブキ」
呼んでみたが返事があるはずもない。静寂が耳に染みる。
本当は、と目を閉じ、噛みしめるように呟く。
「本当は、言えなかったことがあるんだ……」
伊吹がこの世界に来てしまった原因についてだ。正確なところは分からない。彼女自身わかっていないというのに、一体誰にそれが分かるというのだろうか。
ただ、何故だろう、と、先日酒の席でエディに尋ねたことがある。彼は惚れた女の尻を目で追いながら、適当に答えた。
『お前が呼んだんじゃないか? だって何もない荒野だろ? そこにあった変な――いや、妙な――いや、特殊な――? まあとにかく、そんなもんお前くらいしかないだろう?』
エディの何気ない、半ば冗談じみた回答は、アルマ・アルマットにとって、妙にしっくりくるものだった。
――なぜ伊吹がこの世界に来てしまったのかって、たぶんきっとアルマ・アルマットがそれを望んでいたからで。だから彼の前に彼女は現れて、彼はそれに手を差し伸べた。
もちろんただの想像だ。妄想の域を出ない。アルマ・アルマットにそのような能力はないし、伊吹に告げたところで軽い雑談のネタになって終わりだろう。
しかしアルマ・アルマットにとっては確かに、伊吹は『救い』であった。人殺しの彼に神の導きがあるはずもないが、そう信じておかしくないほどに。
(……まあ本当のことなんて、それこそ誰にも分からないのだろうが)
伊吹の心配するほど、アルマ・アルマットは現状を恐れていなかった。寧ろ自分は今後、何があろうとも生き延びていけるだろうという確信さえあった。
――いずれ帝国が落ちようとも、聖遺物を失くした裏切り者と謗られようとも。いつか俺を処刑するべく人々の手が伸ばされたとしても。
「お前の残してくれたものだけで、俺は生きていける」
俺とお前の、七十五日の思い出だけで。
アルマ・アルマットは聖遺物、騎士クレメンスの遺した『かつての聖剣』を引き抜いた。――聖剣が折れようとも、体が崩れ落ちようとも、ウリララのドラゴンさえ超えて戦い続けた、騎士クレメンスの最期を考えていた。
彼をそこまで突き動かしていたものがなんだったのか。当時のアルマ・アルマットには分からなった。あの時の自分には、何も無かったからだ。持たぬ者の強さだけが、その頃のアルマ・アルマットにはあった。
しかし、持つ者となった今なら分かる。騎士クレメンス、彼を支えた意志と力、そして、持つ者の強さが……。
「っ、」
アルマ・アルマットは息を呑んだ。蝶のようにひらひらとゆらめく金色の光が、『かつての聖剣』を覆っていく。この神殿で騎士クレメンスの身を浄化した、あの目の眩む光と同じものだった。
やがて空間が光に包まれ、アルマ・アルマットは片腕で目を覆った。それを凌駕するほどの、白い、全てを焼き尽くすかのような光線が彼を包み込んだ。
目を閉じる彼の耳に、誰かの声が聞こえた気がした。何を言っているかまでは分からない。武人らしい言葉遣いだったので騎士クレメンスかと一瞬思ったが、それよりもよほど静かで、穏やかな――。
――アルマ・アルマット自身の声と、よく似ていた。
やがて光が収まり、アルマ・アルマットが顔を上げると、『五芒の神殿』は先ほどと変わらぬ静謐さに満ちていた。たじろぐ様に視線を落としたアルマ・アルマットは、己の手の中のそれにはっと瞠目した。
白刃の伸びた聖剣がそこにはあった。完全な姿を取りもどしたそれは、柄を握れば重々しく持ち主に応える。剣身は白く燃えるようで、まるで切先まで光を纏っているかのようだった。
彼の胸を様々な思いが去来した。
今、何かを言葉にしたいと思ったが、どれだけ言葉を尽くしても何も表せない気がした。
アルマ・アルマットは光のなか、聖剣とともに祈りを捧げた。静寂が満ち、彼の身体に力が湧いてきた。
やがてアルマ・アルマットは聖剣をしまうと、一度だけ天井を仰ぎ、やがて踵を返してその場を後にした。
もうちょい続く




