騎士クレメンス
「待ってたぜ」
振り返りざまににっと歯を見せて笑った。アルマ・アルマットは思わず息を飲んだ。
どろりとした闇に飲まれた、顔半分。今までの仲間とは異なり、彼はあまりにも闇に侵食されてしまっていた。
動揺し、目を剥いたアルマ・アルマットにも、騎士クレメンスはどこまでもかるく、親しげに言葉を続ける。
「ああ、これかい? ……お前にカッコつけた手前、死ぬまで粘って粘って、粘りきったんだが。……お陰様でこのざまだ。他の奴らみたいに助言も手助けも贈ってやれそうにねぇ」
勇者アルマの日録を思い出す。
――騎士は言った。『お前を、俺はまだ認めていない。だから帰ってこい。それまで、最後まで、俺はこの場を護り抜く。帰ってきたら、お前は勇者だ』と。うるさい彼にしては珍しく、それ以上の無駄口はなかった。二人で黙って酒を飲んだ。
「まあ許してくれよ。これでも必死だったんだぜ。最期までな」
クレメンスが笑うと、その身を苛む闇も渦巻く。片腕がもがれた痕は黒く侵食され、その胴体にはまるで矢か槍にでも刺されているかのように幾本もの闇が突き刺さっている。
彼が座り込んだままなのは、下半身が横から食い千切られたように欠けて立てないからだった。
「……なんだよその顔。記憶が無い? ああ、いいよ。その方がいい」
崩れた肩を竦め、力無く笑った。
「あんな記憶、無い方がいい…………」
長く微かな吐息に、生気は感じられず。
騎士クレメンスはアルマ・アルマットを最後の視界に収めながら、静かに瞼を落とす。深い眠りにつくかのように。
「……俺たちは、ずっと待ってたぜ……。勇者、アルマ…………」
ひらひらと閃く火の粉のような金色の光は、クレメンスの身を覆う闇すらも浄化してゆく。まばゆい光は端から崩れるように徐々に天へと昇っていく。
クレメンスの巨体はまるで脱け殻のように、内から溢れ出た光に包まれ、やがて消えていった。
光射しこむなか残された一振りの剣は、剣身の途中で折れてしまっていた。刃先はどこにも見当たらない。
恐らく、彼の有名な、騎士クレメンスの聖剣なのだろうが、今ではその面影もない。白銀の刃は曇りきり、袖口で拭おうにも全くの無意味だった。
あまりにも短い邂逅だった。しかし誰よりも鮮烈であった気がする。死してなお、彼は燃やし尽くした者ではなかった。あまりにも強い命の輝きを、彼はまだ燃やし続けている。
アルマ・アルマットには、騎士クレメンスの感情が理解できなかった。全てを失くしながらも戦い続ける彼の強さが、意志が、分からなかった。しかし……。
アルマ・アルマットは横たわるかつての聖剣を手に取った。
軽い。あまりにも軽い。
これで最後。これが、アルマ・アルマットの生まれた意味の、最後。
自然と柄を握る手に力が篭り、戦慄いた。
「…………おまえらなんかに、わかってたまるか」
それを誰に対して口にしたのかも分からぬまま、アルマ・アルマットは一人俯いた。まるで祈るかのように目を閉じ、荒れた神殿でただ独り静寂に包まれていた。
やがて彼は顔を上げた。射し込む白い光の中、手にとった聖剣を掲げ、厳かに騎士クレメンスへの祈りをささげた。
外から見た『五芒の神殿』は、かつての闘争も物語も、時の流れに置いてきたかのようにしんとしていた。
全てが絶えた今、それはやっとただの建物として存在しているように見えた。なんの因果もないただの神殿。隙間なく閉じた扉は、次は勇者アルマでなくとも開くことができるのだろう。
その静謐とした外観を茫洋と眺めていたアルマ・アルマットだが、やがて全てから目を逸らすように背を向けた。
そしてそれからは一度も振り返ることなく、『五人の仲間』を待つだろう人々の所へと帰っていった。
彼の帰る先など、それ以外にはないのだった。




