名士アスラン
「アルマか」
振り返った大柄な男が、名士アスランである。冒険者に憧れて領主の座を退き、やがて勇者アルマらと共に旅をするようになった、壮年の男性。
彼はその厳つい皺の寄った顔を、にっと陽気に緩ませた。
「再会の歌でも歌いたいところだが、どうやらその余裕もないようでね……」
自らの喉首を指差す、そこに絡みつくように渦巻く黒い影。
「我が美声を狙うとは敵も分かっている……やはり歌と踊り、いや、元気さは力の源だからな。皆には評判が悪かったけど、まあ時代が私に追いついてなかっただけだ。うん……きっと。たぶん。恐らく……」
アルマ・アルマットは曖昧にうなずいた。何を言っているのか正直よく分からなかった。彼の言う歌も踊りも、アルマ・アルマットは嗜んだことがない。
「いや、君が一番ひどかったよね!? 私が『私才能ないみたいだ』って落ち込んでるのにさ、なにも『分かる』って即答しなくてもいいじゃん……?」
「すまない」
アルマ・アルマットは謝りながら、なんで今尻拭いをさせられているのかとちょっと思った。
「いやいいよ別に。歌も踊りも冒険者も、全部君のお陰だからね。君の軽さが私を救った。――あの時の言葉、今でも私は忘れてないよ。覚えてるかい?」
口籠るアルマ・アルマットに、名士アスランはからから笑う。
「だよな、それでこそアルマ。はは、久し振りに笑った。遅刻したのも許してやろう」
ここで自分がありがとう、と言うのも変な気がして、アルマ・アルマットは誤魔化すように俯いて何も答えなかった。
暫くの沈黙のあと、名士アスランは少し視線を逸しながら、ぽつりと呟いた。
「……なあ、アルマ。今私の領土はどうなっている?」
「聡明な領主のもと、よく栄えている」
これは死者を慰める嘘ではない。事実だ。
そしてその領主からの、名士アスランを救ってほしいとの希望を含めた、あらゆる願いが集った結果、アルマ・アルマットは生を受け、今、此処にいる。
彼らに対して複雑な思いはあるが、それもアスランの噛みしめるような表情に薄れていく。
「そうか……。そうか……」
「ああ。あなたの銅像も建っている」
「えっ、それは要らない……」
「観光地になっている」
「ならしかたないか……」
複雑な顔ではあるが、土地の収入源になっているなら良しとするらしい。さすが現実的な判断だ。
「――もし皆に会うことがあったら、ごめんと、ありがとうと伝えてくれないか。ろくでもない身内ばっかりだったけどさ。確かにいいヤツらもいたんだ……。だから、伝えてほしい。好き勝手してごめん。好き勝手させてくれてありがとう。お陰で人生楽しかったよって」
朗らかな笑顔だった。その明るさに、アルマ・アルマットは思わずぽつりと零していた。
「……あなたは、明るいな」
「死人のくせにって? ――終わりまでの人生、ずいぶん楽しませてもらったからな。……領主を止め、憧れの冒険者になって。苦しくも奇天烈で、激しくも愉快な日々を過ごした。本当に、本当に楽しい人生だった。本当に……。アルマのお陰だ。あのお陰で、私は冒険者になることができた。心から礼を言うよ。ありがとう、アルマ」
柔らかな笑顔だった。それに応える言葉を持たないのが、残念なほどに。
「よかった。私はこれを伝えたくて、今日この日まで君を待っていたんだ。……そして、これらを渡すためにな」
「多いな」
「ああ。私はチーム内で一番『遺産』を装備していたからな。忘れたか? ……まあ、発見したものを君等が『要らない』とか『使わない』とか言うから、私が使っていたというだけなんだが……」
なんとなく愚痴混じりに零しながら、アスランは遺産を並べていく。
「こっちは使っても底がすり減らないブーツ。私のダンスの相棒だ」
「こっちは移動速度が上がるブーツ。上手く使えば馬ほど速く移動できるらしいが、私には無理だった。足腰が痛くなって」
「こっちはハンカチ。フルーツの香りがするしいつも清潔。意外にも冒険でお世話になった遺産第一位だったな……」
「それでこれは特別品。幻を見せる鏡。もらったけど使わなかった遺産第一位。幻は最長でも十日間らしいけど、使わなかったから実際どうかは知らない……すまん……」
なんというか、節操のない品数であった。アルマ・アルマットは全てを持って帰還する必要があるため、あまり大量だと運ぶのがしんどいと考えていた。
ふと、アスランの手が止まった。
「これは、これは渡したくないなあ……」
なんの変哲もないグローブだった。ずいぶんと使い込んでいるようで、頑丈そうな表面が少し擦り切れて見えた。
「遺産じゃないよ。私の息子が、私にくれたんだ……。……冒険者になるの、反対だったのに。あんなに怒って、呆れて、喧嘩して、なのに私にくれたんだ……。でも、私の一番の宝物だからな……。こんなお墓みたいに静かで、綺麗で、退屈な所に……置いていきたくはないんだ……」
アスランの大きな手が、愛おしそうに何度となくグローブを撫でる。
「……もう行かないと」
そう言って、静かにアスランが差し出すそれを、アルマ・アルマットはそっと受け取った。軽かった。
「冒険者だからな、いずれ終わることは分かっていた。ありがとう、アルマ。……ありがとう。皆に会ってくれてるのか?」
「一応。まだ全員ではないが」
「そっか。私も今から会えるのかなあ。真面目な顔で基本ノリで生きてるイータ……ゾーイとクレメンスの付き合ってない馬鹿ップル……素直で自由なウリララと最強ドラゴンのコンビ……皆懐かしいなあ」
絶妙に悪意を感じる説明だが、アスランの顔は心から懐かしさを噛み締めているような穏やかさだった。彼らにはきっと、外部の者からは分からない絆があったのだろう。恐らく。
「……ここまで来てくれた君に、心から感謝している。私の願いを導いてくれて。そして、私の想いを聞きにきてくれて」
アスランは寂しげに微笑み、目を伏せて優雅にアルマに一礼した。
ありがとう、という最後の言葉が聞こえた気がしたが、それはアルマ・アルマットの気の所為だったのかもしれない。
彼の体は清らかな光に包まれて、やがて透けるように消えていった。




