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わたしとあなたの七十五日  作者: ばち公
第五章 『五人の仲間』
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ドラゴンライダー・ウリララ

「アルマ?」


 甘やかで、虚ろとして、他に縋る物のないような声だった。

 しかしながら鳴いたのは人ではない。天かける大空の王者、古よりの民、ドラゴンの魂だった。


「ウリララはいない。此処には私しかいない」


 それは誰も予想だにしない出来事だった。アルマ・アルマットは思わず動揺から身じろぎした。

 ドラゴンは悼むように目を伏せた。


 ドラゴンライダー・ウリララは、この世界で数少ない、ドラゴンと心を交わした少女である。ウリララだけがそのドラゴンの名を知り、雌雄を知り、性格を知り、そして深い絆で繋がっていた。

 彼と彼女は異心同体。世界を巡り、謳歌し、やがて勇者アルマとその仲間達と出逢い、面白半分で同行し――そして、やがて『五人の仲間』となったのだった。ドラゴンとウリララは二人で一つなのだから、一人の仲間として数えられた。ウリララもドラゴンもそれを望んでいたからだ。


 勇者アルマと別れ敵勢と戦うなか、ウリララは手傷を負った。彼女は精神的にはドラゴンに認められるほど逞しかったが、その肉体はまだ幼い子どものものであった。小さな傷はあっという間に彼女を蝕み、やがてドラゴンの見守るなかで息を引き取った。

 敵の手の止まらぬなか、ドラゴンに包まれわずかな休息を得るウリララの、浅い呼吸が強がるように笑みを形作る。


「あたしの代わりに、アルマを待ってやっててね。あたし、もうダメみたい」


 ウリララの小さな手が、ドラゴンを撫でる。祈るように。

 彼と彼女は異心同体、二人で一つ。そのためウリララが、最後にその誓いをドラゴンに託したのも決しておかしなことではない。そう思っていた。


 ウリララが死んでからも、ドラゴンは独りで戦った。彼はいくらでも動いた。敵勢を蹴散らし、軽くなったウリララの矮躯に誰も近づけようとはしなかった。暴れ、もがき、抗い、敵をあらかた一掃したところで、やっと長く息を吐けた。

 そのとき、ふと、気付いてしまったのだ。


 彼と彼女は異心同体、二人で一つ。

 二人だからこそ、やっていけたのだと――一人はあまりにも、『寂しい』のだということを。


 ドラゴンはウリララの死後、初めて『寂しい』という感情を理解した。そして、ウリララの死がこんなにも『悲しい』ものだということを理解した。

 孤児であったウリララが、ドラゴンに縋りついて懸命に意思を交わそうとしたこと。夜な夜な小さな手を伸ばし、悪夢のなか誰かの手が差し伸べられるのを待っていたこと。深い悲しみと絶望を以て、やっとドラゴンはあの時のウリララについて、全てを理解したのだった。

 緩んだ心に入り込んだ絶望という闇が、ドラゴンを蝕むのは早かった。

 背中の軽い重みの消えたこと、ウリララののびやかな歌声の聞こえぬこと、己の肌を撫でる小さな手の感触を忘れそうになること――。


 ドラゴンは吼えた。

 あらゆる敵勢の注意を惹きつけ、それら全てと戦いながらその波に呑まれ、原型すら残さず無残に死んだ。しかしそれでよかった。ウリララを忘れてまで生き延びる気なんて毛頭なかった。


 しかし彼女の願いを無碍にすることも出来なかったから、こうして一人、勇者アルマを待ち続けていたのだった。彼はアルマでも世界でも誰でもない、ただ一人の少女、ウリララのためだけに神殿で勇者アルマを待ち続けたのだった。


「アルマ。お前を待っていた。ウリララのために。あの子のために――」


 ウリララの遺体は、結局のところ浄化の炎を吐き、煙にして天に昇らせた。

 こうして神殿に佇みながら、彼女の後を追いたいと、かつては自分の物であった大空を何度眺めたことか。

 しかし不自由はない。心がそれだけに囚われてはいないからだ。ドラゴンには、それよりも大事なものがあったからだ。


「私の『力』を持つといい。……ウリララはこれを求めなかったが、お前には預けておこう」


 そうしてドラゴンはとある言葉を呟いた。ドラゴンは『エイダの呪い』だと説明したが、アルマ・アルマットにはよく理解できなかった。

 しかし、その呟かれた言葉が、彼の脳裏にくっきりと、まるで色彩でもあるかのように鮮やかに張り付いているのを自覚すると、驚きに息を飲んだ。

 そしてアルマ・アルマットはふと、彼は本当はウリララにこそ、この『エイダの呪い』を託したかったのだろうと思った。


「なるほど。これが託すということか」


 ドラゴンが一瞬、微笑んでいるように見えた。

 彼はその両翼を広げると、天空めがけて高らかに吼えた。死人の声ではない、びりびりと心まで揺るがすような気高い雄叫び。次いで翼が巻き起こす風圧に、アルマ・アルマットは両腕で顔を覆った。

 しかし顔を上げたとき、すでにドラゴンの魂はそこにはなかった。思わず上を見上げる。神殿の天井、遠く天窓には空がうつる。目の痛むほどの青色、その中にドラゴンの片鱗を探した。大空を駆け巡る、彼と彼女の姿を。ドラゴンライダー・ウリララの姿を――。

 しかし、そんなものはどこにもなく。

 アルマ・アルマットに残されたのは、ドラゴンの『エイダの呪い』だけであった。


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