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わたしとあなたの七十五日  作者: ばち公
第四章 アルマ・アルマット
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五十三日目 病魔

 ティーと別れてから数日、私は体調を崩して寝込んでいた。別れの際の彼女の言葉は正しかったらしい。

 やることもないし、お陰で刺繍が捗るからいいか、なんて考えながら寝込んでいる。(看病してくれるアルマくんには悪いけど)

 彼は相変わらずしょりしょり器用にリンゴの皮を剥きながら、開口一番、


「今度はちゃんとしたお話(・・)を用意してきた」


 そんなことをキリッとして言うものだから、私は嬉しいやら面白いやらでついふふっと笑ってしまった。


「この国では特別有名な物語だし、イブもどこかで聞いて知っているかもしれないが、きちんと最初から最後まで聞いたことは無いだろうと思ってな」

「え? なんの話?」

「『明けの獅子狩り』の話だ」


 タイトルだけ聞くと、桃太郎の鬼退治のような童謡を想像するだろうが、全然違う。これは、


「勇者アルマの最期の物語だ」


 そしてアルマくんは淡々と語った。



 帝国の遠く果ての果てに、『死者の丘』という小高い丘がある。見た目は何の変哲もない平凡なものだが、そこはその名のとおり死者たちの力が強く働く恐ろしい場所だ。

 その丘には、『五芒の神殿』という神殿が聳え立っている。そこには夜の怪物、『月の獅子公』が住み着いている。

 『月の獅子公』の正体を知る者はいない。夜の力を使うあまりにも不可思議な怪物で、自らの軍勢をいくらでも生み出すことができる。その声を聴くと人々は体から力が抜けてしまい、その目を見ると意識が無くなってしまう。

 やがてその噂を聞きつけたのが、帝国の勇者アルマである。

 勇者アルマと五人の仲間達――マジプシャン・ゾーイ、騎士クレメンス、ドラゴンライダー・ウリララ、海珠使いイータ、名士アスラン――の六人は、『月の獅子公』を倒すため、『五芒の神殿』に乗り込んだ。

 六人はその命を賭して、獅子公の軍勢に立ち向かった。五人の仲間達が次々と命を落とすなか、最後には勇者アルマが『月の獅子公』と刺し違え、この地に平和をもたらした。

 その戦いこそが、『明けの獅子狩り』である。



「英雄譚ってやつだね。確かに、ちゃんと聞くのは初めて。ね、これでお終いじゃないでしょ?」

「そうだ。この話には、まだ続きがある」

「確か、五人の仲間が『五芒の神殿』に閉じ込められて――」

「いや、物語は、そこからさらに続くんだ。嫌な、嫌な話だ」


 病身の私に聞かせたくないし、自分としても話したくはない。

 アルマくんははっきりと自分の気持ちを述べた。


「それでも聞くか?」


 私は躊躇ったが、どうしても彼の口から、勇者アルマの話を聞きたいと思った。聞かなければならない、と。


「聞きたい」


 彼はしばらく目を伏せていたが、やがて覚悟を決めたように静かに頷いた。


「分かった」



 勇者アルマは五人の仲間とともに、『五芒の神殿』に乗り込み、夜の怪物『月の獅子公』を討ち倒した。その戦いこそが『明けの獅子狩り』である。

 あまりにも有名な物語だ。六人は命を賭してこの世を守り抜いたのだと、赤子から老人まで皆が知っている。


――彼らは皆、その戦いで討ち死にしている。

 誰もが知ってるその事実。


 それを知らぬのは、勇者アルマとともに戦った五人の仲間だけだった。


 彼らはすべからく己の死のみ(・・)を理解した。『月の獅子公』の居城――『死者の丘』に聳え立つ『五芒の神殿』にて、獅子公の手先と戦い、勝ち、そしてそれぞれの理由で命を落とした。

 彼らは勇者アルマを信じて、散っていったのだった。


 しかしその後、勇者アルマまでもが『月の獅子公』と相討ちになったことは知らない。知る由もない。

 「必ず帰る」という誓いを交わした勇者アルマと五人の仲間――しかしその帰る機会は、最早永遠に失われているのだということを。


 勇者アルマの死後、魂のみとなった五人の仲間。彼らの力によって、『五芒の神殿』の門扉は永久に閉ざされた。名工の武具を持つ力自慢でさえ、その戸を打ち破ることはできない。

 ここは『死者の丘』。死する者達の寄る辺。

 夜の怪物『月の獅子公』亡き後でも、それは決して変わらなかった。その力は怪物のものではなく、土地自体に宿りしものであったのだ。


 彼らは『死者の丘』の頂上、『五芒の神殿』で待っている。その身が朽ち果てようとも、獅子公が倒されようとも。

 彼らの勇者の帰還を信じ、誓いの成されるその時まで。


「俺はその門扉の鍵だった」


「勇者アルマとして、五人の仲間のもとへと向かった。彼らの魂を癒すために。『五芒の神殿』の門扉を、開くために」


「俺は彼らのことなんて、何も知らないというのに」


 帝国はお触れを出した。


――勇者アルマの『代替』となるものを探せ。


 かけられた多額の懸賞金。そしてそれを手にしたのは、ベアトリーチェの父、サンドールであった。

 生み出されたアルマ・アルマットが向かう先はただ一つ。五人の仲間の魂が勇者アルマのために閉ざした、彼の神殿の門扉に他ならない。


 そしてその神殿は、アルマ・アルマットの前に開かれてしまった――。



 俯く頬に、青色の髪がかかる。

「アルマくん、」と手を伸ばしかけて、私は激しく咳込んだ。体の節々が熱を持ったように痛む。

 アルマくんが私の背をさすってくれたお陰か、やがて呼吸が落ち着くと、アルマくんは安心したように息を吐いた。


「すまない。喋り過ぎた。あれから二年も経っているというのに」

「ううん。色々聞けて嬉しかった。アルマくんは、その五人の仲間に会ったんだよね?」

「ああ。俺は勇者アルマではないけれど、神殿の門扉は開かれてしまったから。……騙してるみたいで、気が引けたよ。彼らは――彼らは本当に長い間、勇者アルマを待ち望んでいたみたいだから」

「アルマくんは優しいね。その人達のために、勇者アルマのフリをしたんでしょ」

「……俺はそのために生まれたんだよ。五人の魂が、その神殿に囚われていることが我慢ならない、という人達の願いから生まれたんだ」


 五人の仲間は全員が帝国の重要人物であった。ある者は名士で、ある者は貴族の子息で、またある者はとある部族の王の子だった。そんな誇らしい身内の魂が、死者の丘で彷徨っていることを認められない者は大勢いた。あるいは、五人それぞれが所持していた、特別な装備品が神殿内に残されたままであることを危惧していた者も少なくなかった。

 そんな帝国各地の圧力や思惑、願望から、アルマ・アルマットは誕生した。

 勇者アルマの代替品として。五人の仲間を解放しにいく鍵として。


「辛かったね」

「だが耐えられた」

「でも、辛いことに変わりはないでしょ」

「昔は。いや、今もか。……でも、今ではあまり気にならないというのも確かだ」

「どうして?」

「イブがいる」


 アルマくんが微笑む。穏やかな、私を慈しむような顔で。いつかの時、ベアトリーチェさんを見送った後のような無邪気な明るい笑顔。

 私がいるから。



 珍しく饒舌だったアルマくんの影響だろうか。私は眠りながら様々な夢を見た。


 馬に乗り、明るい草原を駆けるティーの夢。夕焼け色の瞳を活き活きと輝かせる。できたらまた会いたいし、一緒にお出かけなんてしてみたい。そしたらアルマくんを紹介しよう。二人ともしっかりしているし、きっと気が合うだろう。


 今ごろ机にかじりついているだろうベアトリーチェの夢。彼女にもまた会えるだろうか。刺繍のこと、もっと色々と聞いてみたい。それに、彼女自身の話も。出来たらアルマくんと三人で、どこかで座りながらゆっくりと話し合ってみたい。


 それから、日本で暮らしていた私の夢。不思議なくらい懐かしいと感じた。セーラー服を着て、毎日当たり前のように通っていた学校。この世界でそっくりさんを見てしまった、私の優しいおじいちゃんのこと。お父さんやお母さん、私が気付いていなくて、二人が私のために用意してくれていた、沢山のこと。いつか皆にアルマくんのことを紹介できたらなぁ、なんて、夢みたいなことを考えた。


 『勇者アルマ』の夢。彼の事は知っているようで何にも知らない。アルマくんの見た目をした、アルマくんじゃない人。この地にずっと名前が残るだろう人。五人の仲間のところに帰れなかった人。私にとっては、物語の中の人。


 そして、アルマくん――アルマ・アルマットくんのこと。

 皆、彼のことをアルマ・アルマットではなく、ただ勇者アルマのコピー、あるいは代替品として見ていた。もしくは、『五芒の神殿』の鍵として。

 そしてアルマくん自身も、それを受け容れている。自分を、勇者アルマのコピーだとしか見ていない。誰もアルマ・アルマット自身に価値を見出していないように、彼も彼自身に価値を見出していない。それが辛いのに、それ以外ないと思い込み、諦めてしまっている。


 子どもみたいに温かな手も、それを私に差し出してくれたのも、私が倒れる度に看病してくれたのも、微笑んでくれたのも、ずっと傍にいてくれたのも、私にとっては、『アルマくん』だけなのに。

 そんな彼以外を知らない存在――私がいることが、アルマくんにとっては救いなのだろうけれど。私はとても心配になる。


(私がいなくなったらどうするんだろ……)


 私が元の世界に帰ったら。もしくは、死んでしまったら。


 もちろん死にたくない。生きたい。私はまだまだ大丈夫――と考えているはずなのに、自然とそんな考えが思い浮かんでしまう。

 全身がだるい。喉奥が炎症を起こしているらしく、腫れ上がって何をしても痛い。食べたり飲んだりするだけじゃなく、喋ったり唾を飲んだりするだけで辛い。

 どことなく手足が重たい。挙動が常に、意図したものより一呼吸遅れる。常に胸やけが起きているかのように気分が悪い。胃袋は空っぽなのだろうけど、どうしても食欲は湧かない。食べた物の味もよく分からない。

 そうして調子が悪くなると、自然と心も弱っていく。じわじわと、底に沈むように。


 それからも私の体調は悪くなるばかりで。決して快復に向かうことはなかった。

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