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わたしとあなたの七十五日  作者: ばち公
第三章 ベアトリーチェ 下
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 ベアトリーチェと伊吹のいる客室の外、アルマ・アルマットは壁に凭れ掛かり目を伏せる。護衛のためドアをわずかに開けてあるため、二人の声は漏れ聞こえている。

 彼女らが何を話そうとも、彼に口を出す権利はない。例え自らが話題としてあげられていようとも。どれだけそれを遮りたいと願おうとも。今すぐ逃げ出したいと恐れようとも。

 彼はただ、静かに佇んでいなければならない。


 やがて沈着とした廊下を、遠慮のない足音が横切る。


「よお、アルマ・アルマット。暇か?」


 アルマ・アルマットは首だけ動かし、なに取り繕うこともなく現れたエディを見やる。


「そう見えるのなら引退時だな」

「ベアに挨拶に来たんだが、いるか?」

「いるが、今は通せないな。先客がいる」


 言えば、エディはやれやれとばかりに肩を竦める。恐らく先客について何か勘違いしているのだろうが、アルマ・アルマットも面倒なので訂正はしない。


「あのチビのベアがなぁ。ずいぶんお偉い――おっと。ずいぶん立派になったもんだ。まあ、それを言ったらお前もか。でかくなったよ」

「お前は老けたこと以外なにも変わらないな」

「は? 成長したと言え、成長したと。俺にはあれから十七年分の貫録と渋みと腕前がだな――」


 アルマ・アルマットが出逢ったときエディは十四歳で、その頃からすでに傭兵であった。彼はとある業者の男の護衛をしていた。その業者がアルマ・アルマットとベアトリーチェが暮らす家に様々な――本当に一口では言い切れないくらい様々な――物を卸していて、そこで彼らは知り合ったのだ。

 当時のエディは十四にしては老け顔でガタイも良かったが、それでも、当時のアルマ・アルマットから見ても、傭兵にしては若過ぎるような少年であった。

 常日頃気の抜けたような態度の男であるが、そこから今まで生き延びているのだから、実際のところは相当に腕が立つのだ。

 まあ、なかなかそうは見えないが。


「お前ら()()――いや、婚約者か」

「それが?」

「そろそろ、何かまともに喋るようにはなったのか?」


 他人を抉ることのある、率直な質問だったが、アルマ・アルマットは一度ばかり瞬きをした。エディの声に気遣うようなところがあることに、素直に驚いた。

 長年傭兵なんてやってきたくせに、彼には仕草に、人の好さがにじみ出るところがある。それに触れるたびアルマ・アルマットは驚く。

 エディは落ち着かなさげに後頭部を掻いた。


「いらない世話か? つっても謝らねーぞ」

「いや。馬鹿に親切だと思ってな。……そういえばお前は昔から、『勇者アルマ』に憧れていたんだったか」


 エディは「まあな」と素直に肯定する。

 だからこそ彼は、アルマ・アルマットに積極的に関わろうとするのだ。尊敬する人物、あるいは偶像があるからこそ、あれこれとアルマ・アルマットに手を貸そうとしている。


「で、どうなんだ」

「……」


 アルマ・アルマットは目を伏せたまま、答えあぐねている様子だった。そしてその姿こそが、なによりも雄弁な答えだった。




 私は一瞬、ベアトリーチェさんの怜悧な視線に怯んでしまった。

 それでもまだ興奮は冷めていなかったので、反論の言葉が続いた。


「誰って、ベアトリーチェさんからでしょう。小さい頃から一緒にいて、婚約者で、それで、……それで――」


 自分の発言に打ちのめされたような気分になって、紡ごうとしたはずの言葉が、まるで欠けたように抜け落ちていく。

 だって二人は、横に並ぶと、あんなにも似合いの美男美女なのだ。物語の世界みたいに。誰も立ち入れそうにないくらいに。


「私達は確かに、貴女が仰るとおりの関係です。しかしかつての私が彼に、私の好き嫌いを伝えることなどありえません。彼も同様です。――そもそもエマの花自体、私にとっては辛い過去の象徴。誰がそれについて語るというのでしょう? しかも、彼相手に」


 ベアトリーチェさんは淡々と、しかしはっきりとした口調で語る。

 確かに彼女はエマの花を「思い出深い」とは言ったが、好きだなんて、一言も口にしていなかった。


「彼がそれを知っていたのは、私の父から聞いたからでしょう。私ではありません。父は死ぬまで、私がエマの花を愛していると思い込んでいました。あの美しい花を。……父と同じ勘違いをされるなんて、皮肉なこともあるものですね」


 声音こそ皮肉気になってもおかしくないのに、それもなく。ベアトリーチェさんはただ無表情で、そして人形のように綺麗だった。

 私はベアトリーチェさんに言葉を返すのに、少し時間をかけて、彼女の言葉を飲み込む必要があった。


「……失礼なことを言いますが。さっきからあなたの喋り方には、棘を感じます」

「不快にさせたのなら謝りますが、」

「私にじゃありません。アルマくんに、です。あなたと一緒に暮らしていた、家族みたいな――」

「率直に言いますが。……他人からその言葉を使われるのには、違和感がありますね」


 私が口にしかけた文句すらも遮られる。


「あなたはその言葉を、つまり、普通の家庭を想像しながら使用しているでしょう? 私とアルマ・アルマットが、一つ屋根の下で姉弟のように育ち、そこには私達を見守る父と母がいた、と」

「違うのですか」

「ええ。そもそも私とアルマ・アルマットでは、立場が違います。……そうでしょう、伊吹さん? 私達と彼の間には、見えない()()()がある。貴女にもそれは分かるでしょう?」


 と、訊かれても、正直全く分からない。

(区切り? 『私達』と、彼の間に?)

 今まで私はたくさんの境界を見てきた。まずこの世界と私の世界で、それからこの世界における帝国と『東の蛮族』。エディの言う、大人と子どももそうだろうか。砦では上の階層と下の階層も、それに当てはまるかもしれない。

 だけどどの視点から見ても、アルマくんに対する『私達』、なんて単語はでてこない。


「区切りなんて、そんな。あなたと、彼の間にもあるんですか?」

「当然でしょう。皮肉ですか? ……それともそれは、強固な物語の前では、そんなものは最早無意味である、という意味での発言ですか?」


 思わず「は?」と不躾な声を上げてしまったが、ベアトリーチェさんは気にした様子もなく話し続ける。


「幼い頃から共に育った男女が、やがて手を取り合い、この国の為に尽くす――。分かりやすい物語ですが、それでいいのです。『代替品』と、それに携わった家系の者が、共にある。それこそが、この国の理想でしょう。例えそこに主体の喜びが無くとも、私はその理想に殉じる覚悟があります。例え、そこに立つ私が、『勇者アルマ』という過去の物語の添え物であったとしても」


 ベアトリーチェさんの声は、揺るぎない強さに満ちていた。燃えるような瞳がまっすぐに私を見据えていた。


「まって……」


 彼女の言葉は、どれも確たる信念のもと語られていた。どれも欺瞞なく、全てが正しい――それだけははっきりと伝わった。その雄々しいくらいの力強さと、飲み込みきれない情報の群れ。

 まとめきれない全てに圧倒され、くらくらする頭を私は抑えた。


「ゆ、勇者……? あの、あのアルマくんが?」

「ふふ、そうですね。代わりに造られた勇者といえど、彼は『五人の仲間』に認められているのですから――彼を勇者と呼んでも、過言ではないのかもしれません。そういった優しい考えも、私は嫌いではありません」

「あなた、さっきから何を言ってるの……?」


 嫌な予感がした、この先は耳にしてはいけないと思った。だって、これは、アルマくんの――。


「アルマ・アルマットは、私の父が生み出したのです。『勇者アルマ』を求める声に応え、父の、人の手で造られた命……。ご存知ないのですか? ほんとうに?」


 彼女は訝しげな表情を浮かべたまま、欠片の動揺もなく、平然と告げる――アルマ・アルマット、勇者、造られた?

 あらゆるキーワードが頭の中でがんがん木霊するなかで、その全てをベアトリーチェさんの声が貫いた。


「彼は、私の父の手で造られた勇者アルマの模造品――国に捧げられた、代替品です」




――そのあと、彼女とどのようにして別れたのかを、私は覚えていない。


 私は今更ながらに理解した。

 『アルマ・アルマット』――彼が皆から長ったらしいフルネームで呼ばれるのは、それを区別するためだったのだ。

 この国で最も有名な名前。彼のオリジナル、『勇者アルマ』と。


 私はアルマくんを探した。もう婚約者だの令嬢だの女同士の争いだの、そんなものどうだってよかった。彼に会わなくては。彼の傍に行かなくてはならなかった。


 どれだけ走り回ってもアルマくんは見つからなかった。

 部屋の外で待機していたのはエディだった。交代を申し出たのはエディからで、護衛がてらベアトリーチェさんに久しぶりに挨拶しようと思ったらしい。アルマくんはそのままふらっと、どこかに行ってしまったのだとか。どこに? ――色んな人に会うたびに尋ねたが、砦内では見なかったという。誰も彼の行きそうな場所を知らない。もちろん、私も。

 何度かあの令嬢と遭遇し、その度に彼女は何事かを言いかけていたが、私は無視して走り続けた。

 彼の為に。そして何よりも私の為に。

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