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わたしとあなたの七十五日  作者: ばち公
第二章 ベアトリーチェ 上
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二十二日目 説明回

 確かに、聞きたいことがたくさんある、とは言ったけれど。


「何が知りたい?」

「あのアルマくん……すっごく答えようとしてくれてる、その気持ちは嬉しいんだけどさ……」


 私は部屋を見回す。二人だけでは明らかに無駄な大きさの長机、整然と並ぶ揃いの椅子。散らばった筆記具に、いくつかの用紙。


「会議室まで貸し切る必要あった?」

「空いていたから問題はない」


 どこか誇らしげな、短い回答。私は「そうだね」とだけ答えておいた。


「で、何が知りたい?」

「とりあえず、この国のことについて、かな」

「……お前が気にしているのは、今の戦争についてだろう? そこに絞っても少し長くなるが、大丈夫か?」

「まあ任せてよアルマくん。これでも私は結構勉強が得意なんだよ? 英国数、暗記読解なんでもござれ!」


 言いながら、私は制服の緑のリボンを引っ張った。

 自分で言うのもなんだが、私は結構成績がよかった。勉強をかなり頑張った甲斐もあって、地元一の進学校に通っていた。

 この黒セーラーは、その辛い努力の証――なんて、あれだけ受験も頑張ったのに、今は教科書一つもないこの世界……。


「(考えるのやめよ)……まあ、いつもふざけてるから、そうは見えないと思うけどね」

「いや。お前が賢いのは分かる」

「えっ」


 驚いて顔を上げると、アルマくんの表情は真剣だった。


「馬鹿みたいなところもあるが、冷静で、論理的だ。時には俯瞰的に物事を見る。あらゆる可能性をよく考えてしまうからか、慎重過ぎるくらいに慎重だ」


 私を映す彼の青い目が、なんだかいつもより鋭く見えて、居心地が悪い。


「慎重過ぎるのは恐らく、知能に対して今までの行動、つまり経験が追い付いていないからでもある。理解だけで自身の全てを抑えられるほど大人でもない。だから爆発する。違うか?」

「違わないけどさ……」


 見通され過ぎていて、肯定するのが癪なくらいだ。


「よく見てるね」

「監視役だからな」


 冗談なのか真剣なのかよく分からない言葉に、肩の力が抜けた。


「はー。そんな風にみえてたの? 誤魔化しようもない部分を除けば、けっこーうまく馴染んでるつもりだったんだけど」

「正気か? 文字を勉強すると言い出したとき、すでに自分なりの勉強方法を身につけて、当たり前のように使っていただろ」

「それが?」

「識字能力は本当に珍しいんだ。留学経験もあり賢君だった前代の帝王ですら、文盲だった」

「よく帝王になれたね、その人」


 確かに世界史の授業で、文字の読み書きができない偉人の話について聞いたことはあるが。


「彼には戦の才能があった。親のように育ててくれた兄と協力して、うまく内乱を治めたんだ。権力争いのない、珍しく仲睦まじい兄弟だった。彼らはその時に、いくらか外部の手を借りた。それが『東の蛮族』だった」

「……なんか話が見えてきたかも」

「よくある話だ。蛮族が居着く。強くなる。敵を失う。そのすべてが略奪に繋がる」

「どんな世界でも、歴史ってあんまり変わらないんだねー」

「そのときは、なんとか『東の蛮族』を追い払うことができた。権力者の兄弟仲に救われた。内部が分裂することもなく繁栄し、互いが互いを信頼していた分、背後に注意する必要もなかった」


 それでめでたし、めでたしといかないのが世の常だ。


「追い払ったはいいが、貿易という名の貢物は続いた。向こうの方が強いからな。しかたがなかった。しかし今代の帝王はそれをやめた。『東の蛮族』が別の国と戦争している隙をついてやめた――のだが、その戦争が予想外に早く終わってしまった。『東の蛮族』の圧勝だった」

「無双し過ぎじゃない?」

「だな。とにかく、以上の流れで、ウチと『東の蛮族』の争いは続いている」

「また貢いだら?」

「……今の帝王は、先代に比べて少々――視界の狭いところがある。具体的にどうとは言わないが、うん、なんと言うべきか、たまに正気を逸した行動などもあって……まあ、うん。そういうことだ」


 このアルマくんが言葉を濁すなんて相当だ。よほど聞くべきではないことなのだろう。


「この国の歴史は、こんなところだろうか。仔細は省いたが長くなってしまったな」

「ううん。なんか久しぶりに懐かしかったよ」


 歴史の授業のようだった。アルマくんの声は心地よくて、言葉は(最後を除き)明快で理解しやすかった。知らなかったが、彼は教えるのもうまいらしい。


「で、こうして戦争をしているから、この前みたいに暗殺者が入り込んでくる。……このカノック砦は、他の砦よりも位の高い人間が待機しているし、以前イブにも見せた遺産――救護室の奥のあの部屋も設置されているから、比較的狙われやすいんだ。警邏も頻繁にある。俺はあまり出ないが」

「確かにアルマくんは、ずっと私と一緒にいるもんね。免除されてるの?」

「免除……そうだな。敵が警邏を突破してきた時のため、砦で待機している。この前のように、宴会等でで人手が足りなければ出るときもあるが――まあ、滅多にないな。先日みたいに、敵が内部まで入り込んでくることも少ないから、あまり戦う仕事は多くない」


 代わりに、他の人にはない事務作業を任されることが多いらしい。確かに以前、彼が帳簿の整理をしているのを眺めたことがあった。


「全然知らなかった。へー……。あ、あの時はエディは見回りに出てたってこと?」

「ああ。あいつが別棟を見回っているときに侵入者に気付いて、そこに俺も偶然居合わせて、ああなった」


 アルマくんは無表情のまま、そんなことをのたまう。

――いや『ああなった』の一言で片づけるな! と思わなくもなかったが、それについてはこの前あれだけ喚いて訴えたので、触れないでおく。私は一度感情的になってしまうと、冷静になるのに時間がかかるみたいだから……ということを、最近やっと自覚した。今日はアルマくんを怒鳴り散らす日じゃない。うん。

 ジト目で見るくらいにしておこう。


「……」

「……なんだ」

「なんでもない」

「そうか」

「……」

「……」


 しばらくして、耐えかねたアルマくんがふいと目を逸らしたので、勝者である私はやっと留飲をおろした。


「……そういえば私を部屋に送ってくれたあと、アルマくんいなくなっちゃったもんね。エディに会いに行ってたんだ。用があったの?」

「まあ」

「ふふ。二人とも、やっぱり結構仲良しだよね」


 からかうように笑えば、アルマくんは複雑な顔をして黙った。とにかくこれ以上話されたくない、といった様子だった。


「あ、それよりまだ、アルマくんに聞きたいことがあるんだけど……」


 しばらくの沈黙のあと、「うん」とアルマくんは頷き、目を伏せた。美形はこんな些細な仕草もとっても絵になる。

 私はうっかり見惚れて、

(まつ毛が長い……)

 なんてことを考えていた。一本一本数えられるほど、はっきりと長い。顔が綺麗なのと相まってインパクトがすごい。まつ毛すごい。これはマスカラを塗って……、塗って、いない……?


「イブ?」


 訝しげな顔に、私ははっと我に返った。そしてまつ毛触らせて、とか、美容の秘訣は、とかいうアホみたいな欲求を抑え込んだ。


「えーと。アルマくんの、」

「うん」

「……アルマくんの、こと、とかが、知りたいの」

「うん」


……私としては本当に、本当に勇気を振り絞った一言だったのに、彼はそんな私の一方的な言葉を予想していたみたいに頷く。


「俺はこの国で生まれ育った。今は無人だが、近くに生家もある。まともに習ったのは、剣や、武器の使い方くらいだ。……別に悪いことじゃない。病人にリンゴだって剥いてやれる」


 アルマくんは一つ一つの単語を噛み締めるように丁寧に話す。私と目が合うと、安心させるみたいに微笑む。


「以前、人から請われて一度だけ冒険に出て、自らの役割を果たしたことがある。無人の神殿に赴いて、いくつかの物品を回収するという、たったそれだけの旅だった。戦いなどはない、安全なものだったな」

「……それから?」

「こうしてここに配属され、イブに出会って、このとおり身の上話なんてしている」


 それでおしまい。アルマくんは肩をすくめた。おしまい。おしまい?


「……変なの、アルマくん、その冒険しかないみたいじゃん」

「それだけだよ。俺にあるのなんて、それくらい――。普通だろ? 人間なんて普通、そんなものじゃないのか? ……俺は、それだけ(・・・・)では駄目か? 俺は、不十分だろうか」

「ううん。そんなことないよ。だからそんな顔しないで。色々話してくれてありがとうね、アルマくん」


 ふう、と一息吐く。「疲れたのか、なにか飲みものを淹れようか、」と言われたが、コップどころかポットまで粉砕される光景が目に浮かんだので、素早く断る。

 とりあえずここまで話して、思ったことは。


「……アルマくん」

「ん?」

「やっぱり、会議室を借りる必要はなかったんじゃない?」

「そうかな」


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