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わたしとあなたの七十五日  作者: ばち公
第二章 ベアトリーチェ 上
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対話と諦念

 伊吹と買い物に出かけ、無事彼女を部屋に送り届けたあと。アルマ・アルマットはエディに会いに行き、彼に石鹸と靴紐を渡した。どちらもエディから頼まれていたものだった。


「おっ、悪いね」

「構わない。先日の礼だ。お陰で彼女も喜んでくれた」

「あ? あー、髪飾りの店か。なかなかいいもんだっただろ?」


 アルマ・アルマットは頷く。伊吹に贈った髪飾りについて、彼はその情報をエディから得ていた。

 年若い頃から傭兵を生業としてきたエディだが、彼は長年商人の護衛をしていたため、物に関して多少目が利くのだった。

(ちなみに、装飾品の店に詳しかったのは、懸想するリリーという女性のためらしいが、アルマ・アルマットにはあまり興味が無かった。)


「口を挟んだのは俺だが、しっかしガキが色気付いてんなー」

「……色々と言いたいことはあるが、俺はガキじゃないだろう」

「いや図体はでかいが、お前、中身に関しちゃイブキと同じくらいか、それよりガキでもおかしくないだろ」


 アルマ・アルマットはしばらく黙り込んでいたが、結局、


「まあ、どうでもいいが――」


 と流した。

 彼には弁明を諦める癖があった。

 否定することへの諦念から、対話自体を放棄してしまうのである。


 エディもそれについて特段言及はしないため、会話が止まる。

 彼らの立つ位置は、倉庫等の役割を果たす別棟付近である。エディが何故このような所にいたかといえば、単に本日の見回り番であるからだ。

 不審な事はないかと、いつもならただ惰性みたいな確認をすればよいだけなのだが。

 エディはアルマ・アルマットに目配せした。


「おい。気付いてるか?」

「気付いているが、武器がない」

「お前ならそのナイフでいいだろ」


 アルマ・アルマットは帯びたナイフを見下ろした。刃の薄く平たいナイフで、その外見どおりこれは他の武器と打ち合うためのものではない。


「まあいいか」


 アルマ・アルマットは仕方なしにナイフを抜いた。

 それを見計らったかのように、別棟の陰から幾人かの足音が響く。

 アルマ・アルマットは胸の中で北聖の祈りを捧げ、エディは悪態を唾みたいに吐き捨てた。




 部屋に戻った伊吹が、思い立ってアルマ・アルマットに会いに行ったのは、彼に改めて髪飾りの礼を伝えようと思ったのと、帰り道の会話で、彼が目を逸らすように伏せていたのが、気にかかったためだった。


 以前であれば踏み込まなかったのかもしれないが、彼女にも心境の変化があった。

 先日、宴会でアルマ・アルマットに自らの気持ちをぶつけた。それから彼の優しさを知り、その温かさに慰められた。

 そして今日、伊吹は彼が、改めて、伊吹自身と向き合おうとしてくれていることを理解した。

 彼女の内面を考え、気晴らしを提案してくれた。髪色を見つめて、何が似合うかを考えてくれた。なにより、「お前」でなく「イブ」と呼ぶ回数が格段に増えた。


 分かり辛い。非常に分かり辛い――が、彼の不器用で誠実な所作から、伊吹はそれを理解した。理解した以上、彼女はその優しさに応えねばならなない。

 伊吹は当然、彼女自身もまた、彼とより向き合っていこうと考えた。アルマ・アルマットのことを知りたい。彼が自分にしてくれた、たくさんの恩に対する感謝を伝えたい。

 ただ唯一頼れる存在であったから、というだけでなく、アルマ・アルマットその人を、より深く理解したいと考えたのだ。そのための伊吹の発想はシンプルだった。


――とにかく彼と話そう。対話、コミュニケーション!


 思い立ったら行動である。若い伊吹の順応性は、こういった方面にも高い。


 伊吹は一応、砦内部であれば、ある程度は自由が利く。とりあえず近くにいた男性にアルマ・アルマットの居場所を尋ね、知らないと言われ。エディと親しいので彼に会いに行ったのではと言われ、その居場所を尋ね。

 その後、厨房係の中年の女性が、今から食料を取りにエディ達がいるであろう別棟まで行くというので、伊吹も付いていくこととなった。




 アルマ・アルマットの構えたナイフだが、思いの外よく保ってくれた。影のような四名の男達の鋭い攻勢を幾度もいなし、アルマ・アルマットの生存を助けた。

 といっても、やはり戦闘に耐えうるものではない。さすがに半刻も持たなかった。さらなる衝撃の末、澄んだ音を立て折れてしまった。

 しかし悪いものでもない。安心に緩んで敵が隙を見せる。アルマ・アルマットは、対峙していた男の手元を蹴飛ばして獲物を弾く。そのまま折れたナイフの先を、首筋をえぐるように突き刺してやった。折れた刃先とはいえ、確かな手ごたえがあった。


 そして、その男の身体を押し退けたアルマ・アルマットが見たのは。

――腰を抜かした厨房係の女性と、彼女と庇い合うようにして震えている伊吹だった。


 アルマ・アルマットは一瞬虚を突かれて目を丸くしたが、その後の彼の行動は速かった。

 先ほど敵の手から蹴飛ばしたショートスピアを回収すると、怯える女性二人に気付いた男を視界に捉える。大地を蹴り、その男の正面に腰を落とし回り込むと、腹の真中に槍を突き刺した。勢いでアルマ・アルマットの外套が舞い上がり、いくらか伊吹たちの視線から惨劇を覆い隠した。

 アルマ・アルマットは倒れ込んできた男の手から短剣を奪い、手早く止めを刺した。

 次、と振り返った瞬間。細剣が飛び出してアルマ・アルマットの胴を狙った。

 目では追えても避けれぬ速さだ、刹那の神技だった。

 アルマ・アルマットは眉を寄せ、左の手の平でそれを受け止めて軌道を逸らした。細剣は手甲ごと貫通したが、彼の手を裂きはしなかった。

 あまりの荒業だった。

 敵が慄然とした目でアルマ・アルマットを見やる。しかしその言葉は続かない。

 細剣とともに動きを止めた相手の首めがけ、背後に迫っていたエディが、その剣を振りかぶっていた。



 アルマ・アルマットは顔にかかった血飛沫を拭い去った。

 そしてエディが人を呼ぶのを聞きながら、伊吹と厨房係の女性を振り返った。

 女性は伊吹の腕のなかで、目を回しているようだった。伊吹はというと、目は開いているものの茫然自失と座り込んでいる。


「イブ。……イブキ!」


 名を呼び、へたりこむ伊吹の前に屈むと、その青褪めた顔を覗き込んだ。


「大丈夫か生きているのか怪我はないか」


 次いで右手で彼女の頬をぺちぺち叩き、失せた気を戻らせた。茫洋としていた伊吹の視線は、やがて彼の輪郭をはっきりと辿るようになった。


「アルマくん、」

「うん」

「手、が、」


 伊吹の震える視線に、アルマ・アルマットはバツの悪そうな顔で、血のしたたり落ちる左手を背中に隠した。


「これはすぐに治る。医者に診せるから」


 弁解もまるで幼く、悪戯のばれた子どものようにしているが、明らかに現状にそぐわぬ表情であった。


「そういう話じゃ……い、いやいやいやちょっと待って座って、私が呼んでくるから!! お医者様はどこ!?」

「そうだな、お前達を診てもらわないと。立てるか?」

「何言ってんの!? アルマくんは座って待ってるんだよ!? お医者さまはいらっしゃいませんかー!!」

「医務室はこっちだ。足元に気をつけて」

「心配の分量が噛みあわない!! ちょっ、待ってってば!!」


 すたすたと歩いて行くアルマ・アルマットの背に、「あなたって人はもー!」とあまりの噛みあわなさと異常事態への昂りで叫ぶ伊吹。

 しかしそのお陰で伊吹は人死にの衝撃を忘れ、彼女の大声で倒れていた女性は目覚めたうえに、医師達が集まってきたので、結果としては良かったのかもしれない。

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