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わたしとあなたの七十五日  作者: ばち公
第二章 ベアトリーチェ 上
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十八日目 飴色の髪飾り

 アルマくんに街に連れて行ってもらった。

 正直、あの暗殺未遂事件から、どうにも外出に忌避感を覚えていたのだが、いざこうして出てみると、案外すんなりと馴染むことができた。

 あいかわらずのこの分厚いマントさえ無ければもっとよかったが、まあそこまで贅沢は言えない。


 アルマくんは、飴色の髪飾りを私に買ってくれた。鼈甲のような琥珀のような――もしかしたら私が知らない、この世界の素材で出来ているのかもしれない。とにかくとても可愛くて、派手過ぎず、普段から身に着けられそうなデザインだった。私は一目でそれを気に入ってしまった。

 それからついでみたいに、先日下見に来て目をつけていた、とアルマくんから聞かされて、私は反応に困ってしまった。もちろん嬉しかったのだが、なんだかものすごく気恥ずかしかった。

 ちなみに今日で、前のゲームから、たったの二日しか経っていない。彼の生真面目さが全面に出ているようだった。


 店主の手作りだという髪飾りは、歯の部分の作りが甘く、どうやっても私の髪にはかからなかった。

 アルマくんは私の髪と髪飾りをつまみながら、本当に困ったような顔をしてて、なんだか私も申し訳なくなってしまったが、しばらくすると二人で顔を見合わせて笑いあってしまった。


 それからちまちまと店員の男性が調整してくれて、その髪飾りはやっと私の頭を飾れるようになった。

 アルマくんは興味深そうに、器用に動く店員さんの指先を眺めていた。――後から知ったことだが(先日のカードの扱い方でなんとなく察してはいたが)、彼は壊滅的に不器用なのだった。


「本当は銀がよく映えると思ったんだ」

「え?」

「お前の黒髪には、きっと銀がよく映えると。だけどこの前、日に透けたのを見たら茶色だったから。……あれなら、こっちの方がよく似合う」


 あまりにも穏やかな声に、私は照れてしまって、茶化すように声を上げた。


「なんだかおしゃれなこと言うね! ありがとう、アルマくん」


 私は飴色の髪飾りに、いくどもいくども手を触れた。つるつるとした、冷たい感触が心地いい。それがあることを確認するだけで心が弾んだ。

 手作りの商品、世界に一つの髪飾り。別に手作りであろうと無かろうと、他人から贈られたというだけで、唯一無二の物に変わりはないのだろうけど。

 とにかくそれは、私の一番大切な宝物となった。



 早速髪飾りを付けて――といっても、マントで隠れてしまうため人からは見えないのだが――、ご機嫌に歩いていると、露天の客引きに会った。外の国から来た商人で、アルマくん曰く、彼らは身振り手振りで商売をする。この国の言葉が苦手なのもあるが、元々そういう文化らしい。

 ここの気候は彼らには寒いらしく、ぐるぐると長いマフラーを巻いたり、私みたいにフードを被ったりして、外気から身を守っていた。そんな厚着にも負けないくらい、彼らはくるくるとよく動いた。

 店主の女性も、男性と同じくらいに髪が短かった。この国ではとても珍しい。

 とても爽やかな雰囲気の、感じの良い笑顔が眩しい人だったが、私は以前殺されかけた時のことを思い出して、少し怖気づいてしまった。アルマくんがさり気なく私を背後に隠してくれたので、私もそれに甘えた。


「色々あるよ! これ、私の国のアクセサリー。二人の絆をアピール。革製品だから、男性も女性も大丈夫。興味ない? 手作り」


 手や足に巻いて、と身振り手振りで教えてくれるが、私にはもうこの髪飾りがあるので十分だった。

 それでも彼女の説明は面白かった。活き活きと、私がまだ知らない、この世界の雰囲気を味合わせてくれる。


「これ、珍しいお花。すばらしい香り」


 と言って、花を寄せられたときは思わず、身を引いてしまったが。


 結局アルマくんは石鹸を二つと、細い紐を何本か買っていた。紐はどうするのかと聞いたら靴紐にするらしい。


「さっすが傭兵さん、ありがとねー」

「イブ、何も要らないのか?」

「うん。この髪飾りがあるからねっ」


 私はもうそれだけで満足だった。これさえあれば、いつだってすぐに上機嫌になれるだろう。

 私達の間に流れた、そろそろ帰ろうかという空気を察してか、店主の女性はぱたぱたと遮るように手を振った。


「まだあるよー。この国のものもあるよ。『勇者』のものも、彼の『五人の仲間』のものもあるよ。おもちゃとか、絵とか」

「ゆ、勇者と仲間? なんというか、ずいぶんファンタジーですね」

「そう。よく分かんないけど、この国だと人気でしょー?」

(分かんないんだ……)


 けらけら笑っている女性に、私が内心呆れたところで、


「帰ろう、イブ。……最近は、日が暮れるのも早い」


 アルマくんが空の様子を窺う。さすがに夜間外出できる自由は、私にはない。日が暮れる前には帰らなければならないとアルマくんからは説明されている。

 だけど私みたいな身分の、養われているだけの人間には、十分過ぎるくらいの生活だった。

……恐らく私が今、窮屈な思いをせず外出できているのは、アルマくんのお陰だ。彼の砦での詳細な立ち位置は不明だが、上にもかなり顔が利く――と、以前エディから聞いた(彼はああ見えてかなりの情報通だ)。

 アルマくんは前、かなり軽い調子で「外出許可がおりた」ということを私に伝えてくれたが、これはかなり特殊な事なのではないだろうか? 相当手を回してくれたんじゃないだろうか……?

 なんて、アルマくんに聞いても答えてくれないし、砦の誰かに聞いても知っているはずもないが、私は内心そう信じていた。




 アルマくんが人目を避けたがっているかもしれない、と気付いたのはその帰り道のことだった。男女問わずアルマくんの顔を見る人は多くて、彼はそれを避けるように歩いていた。

 よくよく考えれば、彼はあまり砦から外に出ていない。私の監視役としてずっと私の傍にいるし、それを不便に感じていないように見える(もしかしたら私の前では取り繕っているのかもしれないが)。

 思えば、アルマくん自身の希望で、彼がどこかへ出かけていくのを、私は見たことがない。


「アルマくんて、外出とかあんまり好きじゃないの?」

「急にどうした」

「いや、ちょっと疑問に思って。なんというか、こういうことは喋ったことないなーって思ってさ」


 ね、と笑えば、アルマくんは「確かに」とやけに神妙な顔で頷いた。そして考え込む彼の横顔に、別にそこまで真剣になってもらう必要はないのだけれど、と思うものの。その気持ちが嬉しくて、私は何も言わなかった。


「……目立つのが好きじゃないんだ。つまり、あまり人目を惹くのが好きじゃない」


 端的な回答だった。


――いや、その顔でそれは無理だろ!!!!!


 と即座に全力で否定しそうになって、一旦黙った。それからアルマくんの、どこをどう取っても整った顔を眺めて、溜息を飲み込んだ。

 擦れ違った誰もがはっと振り返るようなこの顔で、あまり人目を惹きたくない、なんて。あまりにも業が深くないか。


「……アルマくんはその、かっこいいから、皆つい見ちゃうんだろうね」

「そうじゃない。俺の髪色は、あまりにも目立つ」


 アルマくんはそう言って、自分の髪の毛をつまむ。確かにびっくりするくらい綺麗な、鮮やかな青色だ。あんまり傍にい過ぎて慣れてしまった私でさえ、たまに見惚れてしまう。この異世界でも、ここまでファンタジー色の強い髪色は珍しい。 

――だけどそういう割に、帽子やフードを被ったりして隠したり、誤魔化したりしているのを見たことがない。染めることもしていない。

 何か、意味でもあるのだろうか。彼自身のその外見に。


「……だいたいイブも、人から見られるのはあまり好きじゃないだろ」


 確かにそうだ。盲点だった。目から鱗と瞬く私に、アルマくんは少し苦笑した。


 私はこの世界では、よく人目を惹くらしい。一々私を気にしないのはアルマくんくらいだ。

 もちろん私がアルマくんみたいに美人過ぎるなんてことはない(残念だけど)。私が人から気にされてしまうのは、私が異世界人だからだ。この世界の異物らしく、どうにも私は皆からは浮いてしまっている。

 良い風に取られたら姫か貴族か、なんて言ってもらえるが、そうでなければ変に悪目立ちするだけとも言える。

 普段、私はじろじろと見られたり、訝しげにされたり、あるいは避けられたりする。セーラー服を着ているときはもちろん、着ていないときでさえそうだ。その度に自分は余所者だという事実を、まざまざと突きつけられている心地になる。異国の姫だとか貴族だとかいうよく分からない設定も、まるで大袈裟な鎧でも着込まされたかのように重たくて。

 そういうとき、誰にも会いたくないと、独り考えることがある。


(そういうところが、私達は……)


「俺達はよく似ている」


 私の心を読んだみたいなアルマくんの呟きに、私は思わず頷いたが、彼はそれ以上何も言わなかった。


 まさか、アルマくんがそんなことを言うなんて思ってもみなかった。彼は優しいし親切だけど、本当に静かだから。

 はじめは何度か彼の前で告げたはずの、私の名前ですら覚えていないくらいだったのに。互いのことなんてほとんど何も知らないまま、明るく気軽な時間だけ費やして過ごしてきたのに。

 なんだか照れくさいような、むずがゆいような……。


 なんて、私が一人口をもごもごさせていると、私達の前でお爺さんが躓いた。今にも転びそうだったが、アルマくんが素早く(目で追えないくらい本当に素早く)駆け付け、その肩を支えた。


「ああ、あの砦の人かね。ありがとうねぇ、助かったよ」


 と。感謝して微笑んだ、そのお爺さんの顔。

 私は目を剥いて、言葉を失った。彼がゆっくりとした足取りで、その場を去っていった後も。


「どうした」


 端的に問うアルマくんに、私はしばらく何も言えなかった。

 あの、穏やかな内面の滲み出たような、柔和な微笑。人をゆったりと慈しむような声。

 私は長く息を吐いた。


「私のおじいちゃんにそっくりだったの。あの人」

「……そんなこともあるのか」


 もちろん祖父は私の世界の人間だ。日本人である。少し小柄で、どうにも膝が悪くて、ゆっくりゆっくり歩くのだった。

 お爺さんの後ろ姿に、その光景が重なった。

 驚嘆と、それから、声が詰まるくらいの懐かしさ。


「おじいちゃんのドッペルゲンガーかな。ドッペルゲンガーって知ってる? 同じ顔をしている人間を見たら、不幸になっちゃうってやつ」

「似た話はこちらにもあるが、祖父というのは珍しいな」

「それとも……こっちの世界の、おじいちゃんだったのかな」


 なんて冗談めかして言ったが、その発想は私の胸にすとんと落ちた。

 パラレルワールド。平行世界。まるで鏡写しのようにそっくりな存在。

 もしも本当に、彼がこの世界の祖父だったとしたら。じゃあ祖母はいるのか。母は。父は。


「――この世界の私も、どこかにいるのかな」


 それは、私とこの世界の、唯一の繋がりのように思えた。

 だとしたら、どんな生活をしているのだろう。どんな子なのだろう。もしも遭遇してしまったら、どうなってしまうのだろう。

 私はとびきりの期待と好奇心を込めてアルマくんを見たのだが、


「さあな」


 と。彼は肩を竦めるだけだった。

 なんだかつまらなく感じたが、まあアルマくんだしな、と気を取り直す。

 現実主義、というわけではないが、彼はあまり夢見がちなことを考えたりしない人のようだった。


「あ。そういえばね、世界には同じ顔の人が三人はいるんだって。誰が言い出したんだろうね、こんな嘘」


 アルマくんは目を伏せた。深い青色の睫毛が夕日に透けている。銀のように輝く。そのきらめきに、私は自分の視線が捉えられたのを感じる。


「……さあな」

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