旅立ち2
カイムは拳骨を作るとそれをカイリ目掛け振り下ろした。
驚くほどの打撃音が響く、カイリは打たれた頭を擦りながら涙目で父の顔を見た。
「いてぇ!なにすんだよ!!!!」
「愛の鞭だ!バカ息子!」
互に声を張り上げる、カイリは涙目になりながらもその瞳にはどこか大きな反抗心が透けて見える。そんな子を見つめながら父は声にならないため息をついた。
カイリが反抗的なのは今に始まった事ではないが、最近は如実である。それの理由は反抗期だけではない、その訳をカイムはしっかりと把握している。
それは。
「カイよ。お前は島を出たいと思っているだろうが、世の中は甘くないぞ。家の手伝いも真面目にやれんやつがお前の目指す冒険家になどなれるはずもない!」
「うるせぇ!!冒険家は家の手伝いなんかする必要ないんだ!!俺は自由に生きたいのに、親父は何も分かってくれない!!」
「誰の金で飯を食えてるのかも忘れたのか?そんなに島を出たいんなら自分で船代を稼いでみろ!それすらできんやつがあーだーこーだー文句を垂れるんじゃない!」
二人はにらみ合う、いつもならばカイリが先にふてくし、畑仕事に取り掛かるのだが、カイリは大きくそっぽを向き、父とは真逆の方向へと向かい始めた。
「あーもういいですよーだ!!!!だったら勝手に稼いで船で島を出ていくんで俺!ついてこないでくださいね親父殿!!」
カイリは怒りを納めることもせず、歩幅を広げながら歩き始めた。
「上等だクソガキ!二度と面出すなよ!!」
カイムはそんな息子の背中へ怒号を投げつけた、カイリもまたその声に背を押されるように足を早め遠く明日の方へと去っていく。
そんな息子と父の様子を見ながらアリアムは溜め息を吐いた、どちらも短気な性格をしている。親子なのだから仕方がないが、最近はいつもこうなのだからたまったものではない。
「ねぇあなた、やっぱりカイはここを出て冒険家になりたいのよね」
「そうだろうさ、だが今のあいつには無理な話だ。心も体も育ってないんだ。冒険家とは忍耐の鬼でなくてはならん」
いいながらカイムは表情をより一層強張らせた。
「リズリム!今日もいっぱいお仕事やるからな!」
「わーい!」
「お仕事たのしー!」
カイムは胸に残った鬱憤を誤魔化すように声を張る、その声に答えた双子は親子の喧嘩など微塵も興味なく、無邪気な笑みをばら蒔きながら今日もお手伝いに乗り出した。
その日の夕方、畑仕事も一段落の一家の前にカイリは戻ることはなかった。
14年目にして初めての家出が今日となったのだ。
ーー
カイリは畑を出ると、島の中心へと向かっていた。
悔しさと怒りを表情に表しながら、早足で道をいく。
道の先には立派な屋敷が聳え立つ。
その屋敷の主はネガルといい、島で一番の土地を持つ大地主である。その屋敷目掛けカイリは進みそして門前まで来るとその門のノッカーを引き扉へと叩いた。
「すみませーん!」
すると、扉の錠を外す音が内側から漏れ大きな門が開けられていく。門の隙間より顔を出したのは整った顔立ちをしたメイド服を着た女性である。
女性はカイリを見るなり小さく微笑んだ。
「あら、カイリ君じゃない。どうしたの?」
出てきた女性はネガル家に使えるメイドの一人ニーアであった。狭い島故に互いに見知った顔であり、カイリもニーアとは幼い頃から認識があった。
「ニーアさんお久し振りです!早速なんですが俺ここで仕事がしたいんです!!」
開口一番そう宣言するとニーアはほんの少し驚いた素振りで、瞳を大きく見開いた。しかし、ここへ仕事を求め訪ねるものは少なくはない。
「まぁ、そうしたら旦那様へお会いしなくちゃね」
ニーアは屋敷の主へ許可を求めそれが許されるなりカイリを屋敷へと招き入れた。見たことのない調度品が並ぶ廊下をまっすぐ進み、奥の部屋ーー屋敷の客間にネガルは待っていた。
年は初老の域に達するが、健康でバランスのとれた体つき、髪は白髪で綺麗に後ろに流し整えている。温厚さを感じる柔らかな表情と瞳を持っており、その雰囲気に違わぬ人情味溢れる地主だと島の住民からも高い評価を得ている。
「お主はカイムの息子じゃな、ニーアから聞いたが仕事がしたいのだとか。仕事なら山ほどあるが、なぜここで仕事をしたいのだ?家の仕事もあるだろうに」
ネガルは柔らかな物腰で語る、答えを求め少年の瞳を真っ直ぐ見つめると、少年はまばたき一つせず真っ直ぐその純朴な瞳をネガルへと返した。ほんの少し間を置いてカイリも口を開けた。
「それは、親父を見返したいからです!!……今朝親父と喧嘩をしました!俺には夢があるのに親父もお袋も否定ばっかりなんです!だから夢を叶えるために金が必要なんです!最低でもここから北の海を渡った先にある大陸ーー魔術師の国ネフィリアに航る分の船代がどうしても欲しいんです!」
カイリは真摯に、自分の気持ちを偽りなく伝えた。
ネガルは温厚な表情を崩し、眉間に皺を寄せた。
一瞬考え込み、真っ直ぐな視線をカイリへ投げた。
「して、お主の夢とはなのなのだ?」
「俺の夢……それは、冒険家になることです!誰よりも自由に生き、誰よりも未知を探求する、そんな冒険家になることが俺の夢なんです!だから、お願いします!」
威勢はよし、老人は小さく頷く。
「ここの仕事は生半可な物ではないぞ、それでも覚悟は出来ているかね?」
「出来ています!これでも今日まで親の畑を手伝って来ました!作物のことなら大人にだって負けません!」
客間に声が透き通る、気合いに満ちた言葉に虚勢の類いは感じられない。
「わかった。ここで働かせるのを認めよう!ただ、大人と同じ頭数として扱う、容赦はせん。それでも嫌になったらやめていいが、ここでの仕事が冒険家への一歩だと思え、ここがだめなら次はないそれぐらいの気概を見せてみなさい」
ネガルもまた真剣に言葉を紡いだ。
「え、あ!はい!精一杯頑張ります!!」
その返答にカイリは満面の笑みを溢した。
親父を見返すチャンスが来たのだと胸が高鳴った。
そんな少年の様子を目の当たりにしながらネガルは懐かしい記憶を思い起こす。
それはネガルが二十歳になったときのこと、あの頃の自分はとてもいい加減でそれでいて、半端な気持ちで大陸で商売をしようとしていた。やる気はあったが真摯な気持ちが足りず、商売は失敗した。チャレンジすることはとても意義のあることだ、それが叶うかどうかは本人次第だ、少年はどうだろうか、己のように失敗するのか、それとも大成するのか。ネガルはその結果を見てみたいと思ったのだ。