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私はあの一件いらい椿さんと気まずい雰囲気ーーではなかった。彼女の性格にも起因するだろうが、私が逃げた事を謝ると「レイレイが自覚してるのならそれでいいよ」と彼女は言った。意味深な言葉で許してくれた椿さん。あの人はどこまで見透かしているのだろうか。やはり、ラスボス様は恐ろしい人だ。
しばらく自堕落な日々を送っていたが、今日は椿さんと美容室に行く予定なので早く起きた。夜は花火大会があるので、その準備をするためだ。
浴衣の着付けは出来るので、断ろうと思っていたが予約したので駄目だと言われた。もっと遅くまで寝ていたかったのに残念だ。
美容室に着くと早速浴衣に着替えさせられる。浴衣は白を基調に紫の牡丹があしらわれたもので、可愛いけど派手だ。美容師が手早く着付けをし、ヘアーのセットに入る。髪型は両サイドを編み込んだハーフアップだ。
美容師の手際の良さに感動しつつ、自身を鏡で見る。孫にも衣装と言うか、蛇窟麗華にしては大分ましな姿ではないだろうか。橘さんみたいに凄く可愛いい訳ではないけど、楓は少しは褒めてくれるだろうか。ーーって、そうじゃない!褒めて欲しいとか、何を考えているんだ。まるで楓の事好きみたいじゃないか。変な事を考えていたら顔が少し熱い。
「レイレイ、どうしたの?」
「あ、いや、何でもないです」
かぶりを振って、邪念を祓っていると「似合ってるな」と声を掛けられる。
「楓、なんでいるのよ」
「花火大会まで暇だから、麗華の様子を見にきた」
変に意識して、顔が合わせずらい。顔も多分真っ赤だ。
「レイレイ、似合ってるよ」と椿さんは言い、スマホのカメラ機能で写真を撮り始める。
「あっ、あの。この間の水着の時もそうでしたけど、私なんかの写真を撮る意味が分からないのですが」
「レイレイの写真は母さんに送っているのよ」
はい?冴子さんになんで見せる必要があるんだ。すごく、意味が分からない。
「この間の水着も、今回の浴衣も母さんがレイレイへって送ってきたものだから」
「 冴子さんが私にですか?」
「母さん、レイレイの事が大好きだから、いじりーーなんか色々して上げたくなるんじゃないかな」
今、いじるとか言わなかったですか?気のせいだよね。冴子さんの好意は嬉しいけど、なんか凄く派手なものを好む傾向があるような気がする。
「もしかして、髪もですか?」
「そうだよ。レイレイは絶対ブロンドが似合うと断言していたからね。そこで、私が一役買ってでたのだよ」
「姉さんは、麗華を母さんのスケープゴートにーーぐはっ!」
何かを言いかけた楓は、椿さんに肘鉄をくらっていた。みぞおちに綺麗に決まったから、凄く痛そうだ。
「だからレイレイには母さんが帰ってくるまで、そのままでいて欲しいのだよ」
しかし、驚きだ。まさか、冴子さんの望みを叶えるために、マネージャーの仕事や海でのバーベキュー、今回は花火大会強制参加と、そこまでしなくてもいいと思う。その事を楓に聞くと半分は姉さんの趣味だと教えてくれた。
「別にいいですけど。一つ質問が」
「何?」
「何故水着写真だけローアングルで撮影してたんですか?」
「それは、楓が使うと思って」
なんだそれ?何に使うんだよ楓さん。
彼の方を見ると、スマホに送られてきたローアングルの私の写真を見せてくれた。
「楓さん、思春期っぽく照れるとかないのかい?『取り敢えず送られて来たから、保存しておいたけど見るか?』みたいなノリで見せるのやめてくれない」
女のプライドがズタボロです。楓は面倒な奴だなと付け足して、無表情棒読みで変な事を言い出した。
「夜な夜な、麗華の水着姿を眺めてハアハアしてるから安心しろ」
何この敗北感。安心しろって意味が分からないからな。
「私がいくら魅力がないからって少しは気を遣え!寧ろ気を遣ってください。お願いいたします!」
「仕方がない奴だな。一回だけだからな。麗華は可愛なハアハア」
「なんで、また棒読み。ハアハアってなんなの?楓のマイブームなの?」
「俺にとっては最上級の褒め言葉のつもりだが」
「最上級がハアハアって可笑しいから」
私達がハアハアについて真剣に討論していると、もうそろそろ時間だからさっさと行けと椿さんに怖い形相で恫喝された。車中でも討論は続いたが、ハアハアは結果として最上級の褒め言葉として認定されたーー解せぬ。
道中は酷い渋滞だったが、予定より早く到着した。駐車場は来賓指定の場所があり、会場からは凄く近いので助かる。
花火の打ち上げまで時間があるので、待っている間に私達は屋台を見て回る事にした。今世では一度たりとも、花火大会には行った事がない。屋台が並ぶ通りは懐かしく感じる。久々に広島焼きでも食べたい気分になったので購入。楓に美味しのかと尋ねられたので、日本のジャンクフードは最高よ!と迷言しておいた。楓は成る程なと感心し、広島焼きを買っていた。
しばらく屋台を見て回っていると、偶然にも佐藤くんと鉢合わせた。
「蛇窟さん、久しぶり」
「本当に久しぶりだよ。最近、私のバイト先でも見ないし寂しかったよ」
佐藤くんの話だと、サッカー部のレギュラーになるため猛練習しているそうだ。だから、バイトは夏休みだけ減らしているので、彼と中々会えなかったみたいだ。来週には、レギュラーが決まる練習試合も控えているとの事。
「本当は佐藤くんともゲームをやりたかったのだけど、忙しいなら我が儘言えないか」
「佐藤にあんまり無理させるなよ」
「それ、神白が言うのかよ。大体、蛇窟さんがバイトで暇だからって人ん家来て素材集め手伝わせてる癖に」
私の知らない内に、楓と佐藤くんは仲良しになっている。
「それもそうか。今度は俺がお前の素材集めを手伝うよ」
「神白、酷い奴だよな。そこは、蛇窟さんのバイト先に一緒に遊びに行くとこでしょ」
なんだ、これ。イケメンがイケメンと戯れてる。なんだか素敵!ーーってそうじゃない。
「楓の癖に、私の佐藤くんを取るなんて10年早い」
「麗華、佐藤の家も知らないだろ?そんな奴が何を言ってるんだ」
ずるい、私も遊びに行きたいのに。しばらく雑談をしていたが、友達に呼ばれそろそろ行くよと佐藤くんは話を切り上げた。
去り際、蛇窟さんの髪も浴衣も凄い似合っているよと言ってくれた。私は嬉しくなり、有難うと手を振って送った。佐藤くんは生粋の人たらしだと思う。
「ねえ、なんで佐藤くんは髪の色とか驚かなかったのだろう。それに私だってよく気づけたよね」
「それは、佐藤に麗華の水着写真を見せたからな」
「ちょっと楓さん。何してくれるんですか?やめてよ恥ずかしいじゃない」
私は楓とたわいない話をしながら、佐藤くんの後ろ姿を見送る。来年の今頃、私も佐藤くん達のように仲良しグループで花火大会へ行く事が出来るだろうか……。
「どうかしたのか?」
「……何でもない」
少しだけ感傷的になった気持ちを切り替え、「そうだ。あれを買い忘れていた」と楓に伝える。それから、半透明でピンク色のビニール袋に入った綿菓子を買った。
「麗華、それって……」
「キラキラマジカルガール★プリンセス メーア」
「袋に描いある絵じゃなくて、綿菓子の話をしてるんだ。お前、それ本当に欲しかったのか?」
「欲しかったに決まってるじゃない。綿菓子好きだし、なんだか懐かし感じがするもの。楓は私が綿菓子を欲しいと言った時、なんだと思ったの?」
「嫌がらせかと」
失礼なヤツだと言いたいところだが、絵面的に面白そうだと思ったのも否めない。でも、私が前世の子供の時に好きだったものだから、懐かしくて食べたくなったと言うのが大半の理由だ。
「ちょっことは嫌がらせだけど、一度食べでみたかったんだよね」
「綿菓子なら簡単に手に入るだろう」
「そうじゃなくて、屋台でしか手に入らないこの綿菓子がいいんだよ」
これじゃないと意味がない。私は時々前世を思い出すと、どうしようもなく寂しくなる事がある。そう言う時はいつも前世を繋ぐ何かを求めてしまう。
「楓、そろそろ協賛席に向かいますか」
受付けを済ませ、協賛席に行くと市議会議員や他の協賛者がお出迎えをしてくれる。神白家がいかに凄いか気づかされる。その事を楓に伝えると、大半は私に脅えていたと教えられた。蛇窟家恐るべし。
さあさあ、どうぞと案内された席は縁台に布が被せてあり、後ろに野点傘が置いてある。周りを見ると私達の席だけだ。おまけにスポットクーラーが設置してあり、至れ尽くせりな特別席だ。
もうすぐ始まる花火を待つ間、楓と広島焼きを食べる事にした。楓が丁度半分ぐらい食べ終わる頃、私はある事を思い出した。
「ねえ、屋台の広島焼きで思い出した事があるんだけど、生地をポリバケツに入れて電動ホイッパーで混ぜるとホイッパーがバケツに当たって削れるの。それで水色の粉が混ざるのだけど、お店の人は焼いたら分からないからって、そのまま焼いて売るのよ」
「ちょっと待て、お前なんでこんな時そんな話をするんだ⁉︎」
楓は自分の広島焼きを凝視している。
「楓、暗いのにそんなの見えないし、偶に食べるぐらいじゃ死にはしないよ」
「そんな話された後に食べれるか。なんで、お前は平気な顔で食べてるんだ?」
小さい男だなと言い返そうとした瞬間、花火の打ち上げ音が響いた。前世の記憶を合わせても1番大きい花火だ。花火が上がると、そこかしらで歓声があがる。
私は興奮して、玉屋と叫ぶと楓が鍵屋と声を上げてくれた。
花火はオーソドックスな菊や牡丹、蜂や柳が何発も打ち上げられる。相中にハートや星、猫や蝶など型物が打ち上げられ、飽きさせない構成で観客の目を奪う。
30分ほど花火は続き、休憩を挟み再開。花火が始まると同時に歓声がまた上がる。最後の締めは、仕掛け花火のナイアガラ、スターマインと続き大きな菊が打ち出されて花火は終了した。
「楓さん、花火凄かったね」
「そうだな、偶には花火も悪くないな」
「さっき、市議会議員の人が言っていたけど、わざわざこの花火大会を見に県外から来る人もいるんだってさ」
「それは凄いな」
「こんな凄い花火なら、来年もまた見たいなぁ」
「だったら、来年も一緒に行くか?」
「来年は友達作って行くから大丈夫よ。もし、友達が出来なかったら一緒に行ってあげる」
「だったら、来年も俺と行く事になるな」
「それ、どう言う意味よ。もしかして、私に友達が出来ないとでも思ってるの?」
「違うのか?」
「な、なんて失礼なヤツ」
くくっと笑う楓に、綿菓子で背中を叩く。
「そうだ。麗華、佐藤の練習試合が来週あるけど応援に行かないか?」
「私は元々行くつもりだけど」
「だったら決まりだな」
もう直ぐ、夏が終わろうとしている。2週間もすれば、こうして楓と一緒にいる時間も減り、いつか疎遠になるのかも知れない。そんな事を考えると、少し寂しくもある。




