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「車から出たくないでござる」
「レイレイ、さっさと出ようね」
「麗華、荷物持ってやるから諦めてさっさと出て来い」
渋る私を楓が強引に引っ張り出す。今日は今年一番の暑さになるとニュースでやっていた。暑いのは嫌なのに楓と椿さんの3人で、海にバーベキューをしに一泊二日の小旅行に来ている。
水着ないし、あっても見せる相手がいないしなどとホテルの駐車場で独り言ちていると、「意外と遅かったですね」と聞いた事のある声がした。
「こんにちは、西園寺くん。レイレイが暑いの嫌だーって駄々をこねるのよ」
「えっ⁉︎椿さん、他に誰か来てたんですか?」
「あれ?言ってなかった。生徒会引退の打ち上げに西園寺くんも呼んだのよ」
生徒会引退の打ち上げ?まず、そこから説明をして欲しい。私は何も聞かされていないです。
「生徒会引退の打ち上げって、楓や西園寺くんは同じ学校だからまだしも、私は完全に部外者ですよね」
「建前はそうだが、蛇窟家のご息女が部外者な訳ないだろう。神白家と蛇窟家が親密な関係になるのであれば、それは俺達にとって重要な事なのだがな」
インテリ眼鏡男子の元副会長の三好原先輩が、ズレた眼鏡を中指でクイッと上げる。
「そういう事になりますね。自分の将来設計に影響しかねますから」とインテリ眼鏡女子の元会計の松川先輩が、ズレた眼鏡を中指でクイッと上げる。
「どうしたの?そんな、鳩が豆鉄砲を食らった顔して」とインテリ眼鏡女子の元書記の沢西先輩がーー。
「って、全員眼鏡してませんよね?」
「椿の奴にやれと言われてね」三好原先輩が伊達眼鏡を中指でクイッと上げる。他の2人も眼鏡を中指でクイッとじゃないからな。それより重要な事があるでしょうが。
「眼鏡をクイッとかそう言うのいいからってーーはい、そこ!椿さんも眼鏡しないでくださいね」
椿さんは、えーと言いながら不満気だ。
「そうじゃないでしょうが、私のこと何でバラしちゃったんですか?」
「その方が面白いから」
「それ、絶対可笑しいですよ!」
面白いでそんな大切なこと簡単にバラさないでください。西園寺だっているんだから、天凰寺とかに暴露たらどうするのさ。
「レイレイは司に暴露るのが嫌なんだよね。だったら、心配はないと思うよ。うちと天凰寺は仲が悪い訳ではないけど、どちらに着くか若い内から将来を見据えて動いている人はいるわ。別に派閥とまではいかないけど、ここにいる人達は、少なくとも神白よりのそういった人達だから、他言して自分に不利益なるよな真似しないわよ」
今まで誰とも関わって来なかったから、そう言ったものがあるなんて知らなかった。
「でも、西園寺くんは天凰寺よりなのでは?」
「レイレイが捻挫した時、お世話になった病院があるでしょ?あそこは西園寺くんの病院よ。ちなみにうちのかかりつけでもあるの。楓と西園寺くんは元々顔見知り、楓と司も仲がいいからその繋がりってとこよ」
「だから、蛇窟さんが心配する必要はないよ」と西園寺が言う。
成る程ですねと言いながらも、私は何とも複雑な気持ちでいた。取り敢えず暑いので中に入ろうと三好原先輩に促され私達はホテルに入る。
「ホテルじゃない⁉︎」
「レイレイは知らなかったの。学園所有の宿泊施設があるのを」
どうやら、海に隣接した小さなホテルらしき建物は部活の合宿などで利用されるみたいだ。利用の際はシェフや清掃員、その他のスタッフが学生達の宿泊を快適にアシスト。それって、まるっきりホテルじゃん!
「ちなみに、すぐそこの海はプライベートビーチになってるのよ」
なんだろう、金持ちすぎてついていけない。転生先が現代ものなのにある意味ファンタジーだ。
「取り敢えず、ディナーまで海で遊んじゃおう」椿さんに賛同する面々。水着に着替えて砂浜に集合になった。私は水着がないので寝室に荷物だけ置いて、エントランスのソファーで皆んなを待つことにしようと部屋に向かう。途中、こっち来てと椿さんに呼ばれた。
下着みたいなビキニだと⁉︎今しがた彼女に呼ばれ行ってみれば、水着の着用を強要された。水着がないと反論したら、白地に黒のレースで覆われたビキニを手渡された。そして着てみて思ったのがさっきの感想だ。折角もらったのだから着ないと悪いと思うのだが、やはりこれはあかんです椿さん。セクシーすぎるヤツや。取り敢えず体操服を上から羽織って隠す事にしよう。
そうして、もたついていると「レイレイ、可愛いよ。それに凄く似合ってる」と、いきなり椿さんが私の部屋にノックもせずに入ってきて、そのまま海まで引きずられて行った。体操服を着る余裕が無かった。
海につくと私以外の女性陣はパーカーとかスカートとTシャツとか着用なされております。なんだか、嵌められた感が半端ない。皆さん私の水着姿を見て、お世辞を言ってくれた。
私を見て褒めてくれた西園寺は、目のやり場に困っていたみたいで顔を逸らしていた。楓は私の胸をしっかり見遣ると、爽やかな笑顔で似合っていると言ってくれた。が、解せぬ!胸は小さいけどまるっきりない訳じゃないからね。
私は捻挫が完全に回復しておらず、海で遊ぶ彼らを見学していた。私はこの日をきっと忘れない。西園寺と楓の大胸筋を上腕二頭筋をそしてイケメンのチク……。
「麗華、アホな事考えてないか?」
「嫌だなぁ。なんも考えてませんよ。あはは」
いつの間にか私の横に来ていた楓は、私にトロピカルでハワイアンなオシャレな飲みをくれた。誰が作っているのか聞いたら、ここのシェフらしい。なんか、私の知ってる海水浴じゃない。楓は私の横で一緒に見学をしている。
「楓さん、もしかして私が寂しそうにしていたから気を遣ってくれてる?」
「寂しのか?」
「いや、今は寂しくないかな。楓さんが話相手になってくれますので」
「麗華の場合は、寂しいではなくて暇だから、話相手が欲しいだけじゃないのか」
「失敬だな。私は寂しくて今にも死んでしまいそうな、可愛いウサギさんだよ」
「可愛いウサギって、普通自分で言うか?」
「私も一応女の子なんだし、偶には誰かにお世辞抜きで言われたいもの」
「だから、自分で言うとか悲惨だな」
「悲惨とか言うな。憐れ程度だ」
楓はどちらも違いは無いだろうと指摘する。私はそれもそうかと悔しそうにすると彼が笑う。
時々、どうしようもない疎外感に襲われることがある。だけど、楓と一緒にいる夏休みは、そんな風に感じる事は一度もなかった。きっと、かまってくれる人がいる唯それだけで、私は嬉しいのだと思う。そうして、夕食まで私達はくだらない話を続けた。
途中、椿さんが私に色々なポーズをとらせてスマホのカメラ機能で撮影会をさせられた。「いいよ、レイレイ。もっとこう大胆なポーズをとってみようか」ノッて来た彼女にローアングルで数枚写真を撮られた。いったい、誰に需要があるんだろうか。
バーベキューだと聞いていた夕食は、何かが違うと思う。まずは、食材がおかしい。A5ランクの松坂牛とか伊勢海老とか分かる範囲でも高かそうな食材がずらりと並ぶ。
バーベキューコンロが2つでシェフが2人。アシスタントが3人。カクテル見たいなソフトドリンクで乾杯!じゃないからな。椿さんの音頭で乾杯したけど、これはバーベキュー風の会食ですよ。
「麗華、ぼーっとしてどうかしたか。もしかして、高級すぎて口に合わないか?」
「楓さん、私もセレブの端くれよ。口に合わない訳ないじゃない。ただ、私の知ってるバーベキューじゃないから驚いただけよ」
楓は私の取り皿をじっと見ている。
「楓さん、もしかして私に食べさせて貰いたいのかしら」
「いいのか?セレブの麗華さんは、食べたことのない伊勢海老をまるっと1匹食べたかったのではないのか」
楓は鼻で笑う。どうやら、私がどれも食べたことないものばかりだとバレバレみたいだ。
「どうして、それを……」
「さっき、シェフに1匹まるっと食べたいと要望だしたと思ったら、目を輝かして焼き終わるまでその場で噛り付いていたのはどこの誰だか」
まさか、見られていたとは思いもよらなかった。今世、私は悪役令嬢にならないよう贅沢なものは極力さけていたから、こんなチャンスでも無い限り伊勢海老なんて拝めない。
「楓さん、セレブとか見栄を張りました。すみません」
分かればよろしいと、楓は腕を組んで踏ん反える。小憎たらしい奴め。
結局、楓にあーんはしなかったが皆んなと雑談して食事会は終わった。
お開きとなった後、皆が自室に戻るさなか椿さんが私に話があると呼び止めた。
「ねえ、1つ聞きたい事があるの。レイレイはクリスマスパーティーの時、やってもいない罪をなんで被ったのかな?」
二人だけのバーベキュー会場で、彼女の唐突な質問。私が口ごもっていると、彼女が話し始める。
「私は初めレイレイは司が好きだから否定する事で、彼の経歴にキズがつくのを怖れたのだと思っていたよ。愛だなぁ、なんて少し感動しちゃったぐらいにね。でも、司の事は恋愛対象じゃないと聞いて、私は少し思い違いをしていたみたいだね。ーー自己犠牲。レイレイが否定する事で、要らぬ混乱を避けようとしたんだよね。虐めに関与した生徒の中には、神白と深い付き合いの家もあった。天凰寺と神白、決して歪みあっているわけではないけど、これが決定打になりかねないもの。学園もなんとかしたいが、どうすることもできずレイレイに何とかして欲しいと依頼。だけど司はあの子に絆され、レイレイの言葉に耳を貸すことはない。どうすることも出来ない貴方の選んだ道は、自分一人が悪者になる事で全てを収める方法。生徒会も虐めの件は動いていたけど、司があそこまで早く動くとは予想出来なかった。あの時、私達が動こうとしたら先生達に止められたの。貴方の意志だからって」
椿さんは、一息つくと続きを話し出す。
「これがやってもいない罪を被った真相ってとこかしら。それを知った人たちは、きっと貴方の事を他人を思いやれる優しい子なんて褒めてくれるかもしれないわね。なんて素敵な美談なのかしら。だけど、貴方はそれを話す気はないし誰にも知られたくはない。偽善なら好きでやっている事だから、私も納得する。だけど、貴方は違う。この夏休みでお姉さんは分かっちゃったんだよね。レイレイって髪の色とかガラッと変えるのにも嫌がんないし、私の要求に何でも答えてくれる。今日もされるがままだしね。一見自己主張をしているように見えるけど、レイレイは自分の事なのに他人事のように振る舞うところあるよね?それってなんだか現実を……」
私は遮るように、声を張り上げて彼女の名を呼んだ。
「ごめんなさい。今はまだーーただ、もう少しだけ待ってください」
私はしどろもどろで答えると、走って逃げ出す事しか出来なかった。私が誰に何を待って欲しいのか、そんな事は分かっている。それは私自身だ。椿さんからしたら、意味の分からない回答をし逃げ去る私はとても失礼な事だろう。そして、彼女の言おうとしていた事もだいたい察しがつく。
自室に戻った私はその事を考えると眠れずにいた。気晴らしにエントランスのソファーで座っていたが、全く気晴らしにならずふさぎ込んでいると、楓に海を見に行こうと誘われた。私は黙って頷くと、楓の後に続いた。昼の蒸し暑さと変わり、夜風がとても心地いい。
「麗華、姉さんに何か言われたのか?」
「詳しくは言えないけど、別に酷い事を言われた訳じゃないの。私が今まで目を逸らしていた事実を、気付かせようとしてくれただけだから。本当は、初めから分かっていた事なんだけど、いろいろあり過ぎてそれを言い訳にして私は……」
急に楓が私の頭を小脇に抱えると、頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「ちょっと、何するのよ」
「よくわからないけど、お前は独りで考え過ぎだ。誰にも相談できなくて頼ることができなくても、肩ぐらいは貸してやるから俺ぐらいには辛かったら寄っかかれよ。バカ!」
私はいろいろな事から逃げてきた。いつかはあの場所で確かめなきゃいけない事がある。行けばきっと今までの私ではいられないかもしれない。だけど、今はあと少しだけこのままでいさせて……。
私は脇から抜け出すと、「……ありがとう」とだけ彼に伝え、彼の肩に寄りかかった。彼は訳も聞かず黙って私に肩を貸してくれる。そんな楓の優しさが今は有難たい。
潮風が髪をそっと撫でる。私達は夜の海をただ黙って眺めていた。