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最悪だ!一番会ってはいけない人物と遭遇してしまった。天凰寺が西園寺の応援に来ているとは予想だにしなかった。彼は無駄にキラキラさせながら爽やかな笑顔を楓に向けている。
「学校でも顔を合わせている訳だし、別に久しぶりってわけじゃないだろ」
久しぶり会えたと嬉しいそうにする天凰寺に対し、否定的な返答なのに何故か楓さんも無駄にキラキラさせ笑顔を彼に向けている。
誰だお前?とツッコミたいのだが、私は静観する事にする。正直、この場から逃げ出したいのは山々だか隙がない。
楓の背からコソッと顔を出すと、天凰寺と目が合い私はぺこりとお辞儀をした。久しぶりに見る天凰寺は、楓とどこか似ている。彼は栗毛色の髪でヘアースタイルは楓とほぼ一緒。背格好もほぼ一緒。二人は幼馴染で仲がいい。
天凰寺が白なら楓は黒。二人の対極の王子を選ぶならどっち?by設定資料集17ページ参照。
どっちがオリジナルなのか知らないが、私が思うに制作側の手抜きキャラ設定の様に思える。いかんいかん、これはファンとしては良く無い発想だ。あまり深く考えない方がいいだろう。
「そうだけどカラオケへ行って以来、付き合いが悪くなったから、何かあったのかと心配したよ」
本当に心配そうにしている天凰寺。ごめん、それは私の所為だ。楓に新しい世界の扉を開かせ、自堕落な生活をさせています。
「悪いな、司。やりたいことがあって、そちらを優先していただけだから気にしないでくれ」
『やりたい事=ゲーム』です。なんか、本当にすみません。
「そうか、ならいいんだ」
天凰寺は、少し寂しそうだ。
「司、手が空いたらまた連絡するよ」
話は大方終わった見たいなので、私はそろそろお暇しようとした。すると小走りで少女が駆け寄る。少女は荒げていた息を整えると、楓に向かって笑い掛けた。
「神白くん、バスケの試合にでたんだね。驚きだよ。しかも、大活躍だったし本当に凄かったよ」
少女はミディアムボブのピンクゴールド色の髪ふわふわと揺らし、身振り手振りで興奮しながら楓の試合中のプレーを褒めそやす。背も低く小柄で、その姿は何とも可愛いらしい。天凰寺がいるので、もしかしたらいるのではないかと思ったが、ゲームのヒロイン橘小雪、やはり居たか。見かけた当初は、ピンクゴールドは流石になしだろうなどと思っていたが、他の攻略対象者も赤やら緑などカラフルだから、驚きつつも周りが普通に受け入れているので、そんなものかと納得せざるを得なかったのを思い出す。
そんな奇抜な髪の色をした橘さんは楓のプレーを大絶賛中だ。かたや楓さんは、キラキラさせながらありがとうと応える。彼女は少し頬を赤く染め嬉しそうに笑う。一見、なんか良い感じな雰囲気を醸し出してはいるのだが、普段の楓を見ている私としては、キラキラモードで彼女との距離を置こうとしているように感じる。
あからさまな手抜きな相槌の楓と、勘違いして気分を良くして会話を弾ませる橘さん。しばらく会話は続いたが、いい加減疲れてきたのかキラキラモードもなくなり時折、何とかしろと私に目で訴えてくる始末。私もそろそろ仕事に戻りたいので、助け船でも出してやるか。
私は楓の袖をちょんちょんと引っ張ると、私にしか聞こえないぐらい小声で遅いぞバカと言われた。全くもって失礼な奴だなぁ。置き去りにしてやろうか。
「楓、そろそろ片付けしてくるよ」
「分かった。俺もシャワーを浴びたら手伝うよ」
私は天凰寺と橘さんに軽く会釈をすると、さっさとこの場を逃げ出した。片付けをしながら楓達の様子を盗み見ると、すでに楓の姿はそこにはなかった。あいつも、さっさと逃げ出したみたいだ。
床をいそいそとモップ掛けしていると、ちょっといいかなと橘さんに呼び止められる。何の要だろうか?
「レイレイさんは、神白くんとずいぶん仲がいいみたいだけどーー神白くんとお付き合いしているの?」
誰に聞いたかは知らないが、レイレイさんは辞めてくれ。あと、『仲がいい=付き合っている』と言う発想も下世話じゃないか。
「私と楓はそんな仲ではないよ。ただの腐れ縁」
全く、本当に腐った縁だよ。しかも、今の楓は残念なイケメンへと進化を遂げている。腐らせた張本人は私だがな。
「本当に?でも、バスケの試合が終わった時、なんか割って入れない空気だったし」
楓と拳を合わすところ見てたのね。本当の事を言ってしまうと、楓のイメージも悪いだろうから、意味深で痛い発言をここは一発かますか。
「本当にそう言うのじゃないんだ。私も楓も失ったモノを、ただ取り替えしたかっただけだから……」
君らの年頃だと、こんな感じの痛いセリフ好きやろ?ドヤッ!
「それって?」
聞き返す橘さんに、これ以上詮索してくれるなと言わんばかりの笑顔を見せてやる。はい、話はここまで。
「私にはよく分からないけど、司くんが神白くんと遊べなくて寂しそうにしていたの。だから、付き合っていないなら司くんから神白くんを取らないで上げて」
さすがはヒロイン、空気読めてない感が半端ない。まだ、会話を続行させるらしい。彼女の話は要するに、司くんが寂しがるから楓と仲良くするな、ではなく私の神白くんを取らないでと言う牽制だろう。
「うん、分かったよ。楓にも私から司くん?と遊べと言っておくよ」
私は司って誰みたいな感じを出しつつ、返事をしておく。橘さんはありがとうと言いながら、皆んなで何処そこへ行って何々をしたなど仲良しグループ自慢をひたすら続けた。片付けを早く終わらせたい私は苛立ちを隠しながら、ずっと笑顔を張り付けて相槌を打つ。
ヒロインがウザいです。乙女ゲームのプレー中はそうでも無く、ヒロイン視点でのめり込む事が出来たけど、現実にこんなやつがいたら鬱陶しいし虐められても仕方があるまい。
そして、彼女は夏休み前にカラオケに行ったくだりを話始めた時、ピンときてしまった。楓のやつ、面倒になって逃げ出そうとしたな。でもって、たまたま私を見つけたと。
「レイレイさん、ごめんなさい。長々と話ちゃって」
「別にいいよ。普段の楓がどんな様子か知れて私も嬉しかったし」
その後、「そうそう、それでね」と橘さんが私だけが知っているお茶目な神白くんトークが始まり延長戦に突入。そして延長戦が終了した頃には顔がつりそうになっていた。勘弁してくれ。
彼女との会話で私はある重大な事に気がついてしまった。橘さんは乙女ゲームでは存在しない逆ハーレムエンドを目指しているのではないだろうか。まさしく、新しい価値の創造。神への挑戦。私は一人の勇者が誕生する瞬間に立ち会ったのだーーってそうじゃないだろ。
冗談はさておき、彼女のおかげでだいぶ仕事が遅れてしまった。私は遅れを取り戻すため、せっせと床をモップ掛けしている。コートの隅では天凰寺と橘さんが、キャッキャ、ウフフとボールで遊んでいる。お前らいい加減、帰れ!と言いたい。
何とか床を拭き終わり、私は汗を拭う。やれやれと、一息ついていると足元にボールが転がってきた。天凰寺が「前を見ろ小雪」と叫んでいる。
ドンッ!バタッ!グキッ!
何てこったい。こちらに飛んで来たボールを目掛け、走って来た橘さんのタックルをまともに喰らい、私は転んでしまった。今、グキッ!ってしたよね。グキッ!って私の右足からしたよね?
恐る恐る右足を見ると、有らぬ方向を向いているとかでは無く一安心だ。橘さんを見ると、少し膝を擦りむいたぐらいで、すでに立ち上がっていた。
「小雪、何やってるんだ」
「えへへ、少し擦りむいちゃった」
走り寄った天凰寺にペロッと舌を見せ、戯けて見せる彼女は可愛いがあざとい。大丈夫じゃないだろうと、天凰寺は橘さんをお姫様抱っこし保険室に行ってしまった。
橘さんはガッチリ天凰寺の首をホールドし、嬉しそうに出て行った。あいつら、まじか⁉︎擦り傷ごときで何やってんだ。見ているこっちが恥ずかしいよ。
嵐が過ぎ去った後、モップを杖替わりに私は立ち上がる。イタッ!右足首に痛みが走った。痛みはあるものの、足は曲がるので唯の捻挫だと思う。これなら歩きにくいけど、仕事はこなせそうだ。一部始終を見ていた西園寺に大丈夫かと聞かれたが、大丈夫だよと応えておく。
しばらく、コート内を忙しなく動き回っていると、シャワーを浴びて帰ってきた楓が駆け寄ってきた。
「足、どうした?」
「さっき転んじゃって足を捻ったみたい」
少し庇いながらとはいえ、普通に歩いているつもりだったから、まさか誰かに気づかれるとは思わなかった。足を見せろと言う楓は、いつに無く真剣で冗談を言う雰囲気ではない。
渋々、靴下を脱ぎ足首を見せると青く腫れていた。痛いとは思っていたけど、意外に酷くてビックリだ。
「明日にでも病院に行くかな。もう直ぐ、マネージャーの仕事も終わりだしね」
楓に伝えると、彼の形相が豹変。
「お前、バカなこと言ってるな。今から病院に行くぞ」
「楓さん、何で怒ってるの?」と軽い感じで問うと、怒ってなんかいないと彼は少し語気を強めて答える。次の瞬間、私の両足が宙に舞った。
「ちょっと、何してるの。楓、降ろしてよ」
私は先ほどディスっていたお姫様抱っこをされていた。やめて、めっちゃ恥ずかしい。歩けるから大丈夫だと言っているのに、彼は暴れるなと言うだけで降ろしてくれない。
いやぁあああ!
抵抗虚しく、抱えられた私は身体が熱くなるのを感じる。多分、顔も真っ赤だ。羞恥心で顔を隠すと、しっかり捕まれと楓に怒られた。
西園寺も後はやっておくから早く病院へと言われ、されるがまま大人しく病院へ向かった。
医者に怪我を診てもらったが、やっぱり捻挫だった。支払いを済ませた私は、付き添ってくれた楓に怪我の報告する。
「唯の捻挫だって。しばらく、安静にしてれば大丈夫みたい」
心配しすぎだと言うと、楓にどあほうがと言いわれチョップを喰らった。また、迎えの車までお姫様抱っこをしようとする楓にマジ勘弁してくれと頼み込んだ。彼は引く気がないらしく譲歩でおんぶになった。
「私が怪我した所為で、仕事投げだしちゃったけどゲーム機返ってくるかな?」
「怪我したのにそれかよ。まあ、そう言うと思って、麗華の診察中に姉さんに聞いたら返してくれるそうだ」
「良かった」
「麗華は意外と鈍臭いんだな」
「私、実はドジっ子だからね」
どうやら、楓は私が怪我を負った理由は知らないらしい。まあ、知られて面倒な事になっても困るから知らない方がいいだろう。世の中、知らない方いい事なんて幾らでもある。私が転生者で精神年齢26歳だとか、ゲームのキャラで1番好きなのは楓だとか、胸元がはだけて艶っぽい楓のイラスト付き抱き枕に『楓きゅん』とか言いながら抱きついていたとか、本当に知らなくていい事は沢山ある。
「ねえ、楓。帰ったら欲しい装備があるから素材集めるの手伝ってね」
「今日は、お互い疲れているから程々にしておこうな」
私は、そうだよねと返事をした。こうして、波乱の最終日は幕を閉じた。私はまた自堕落で平和な日常を取り戻したーーと思いたい。
あれから3日が経ち、腫れも痛みもだいぶ引いてきた。バイトにも支障がない程度には回復している。
私達はあれ以来、晩御飯の時間になるまでテラスで外を眺めるのが習慣になった。
「私、思うんだけど、椿さんは私達を花火大会に行かせたいのだと思う」
私は花火大会の日付と去年の花火の写真がプリントされた団扇をパタパタと扇ぐ。これは椿さんが暗に花火大会に行けと言う揺動では無いかと推測する。
「でも、私はいかないし楓は天凰寺達と花火大会に行くんでしょ?だったら、綿菓子を買って来てくれないかなぁ。アニメキャラがプリントされた袋に入ったやつ」
「あのな、買うなら自分で行け。それに誘われたけど司とは行かないから」
「そうなんだ。用事でもあるの?最近、天凰寺と遊んでないでしょ。用事がないなら行って来たらいいのに」
「残念な事に、楓はレイレイと花火大会行くんだもんねえ」
私の背後を取るとはお主なかなかやるな!ではなくて椿さんが後に立っていた。
「私は行かないつもりですけど」
「それが、残念なことに行かねばならないのだよ。はい、注目!ここに二つの封筒があります。一つは楓宛でもう一つはレイレイ宛でーす」
椿さんは中身を取り出すと、私に渡した。
「中身は特別協賛席の招待状でーす。本当は私が行く予定だったんだけど、生徒会の引き継ぎで流石に疲れちゃったから二人で代わりに行って来てね」
団扇とか寄越して、花火大会に行けと促すのが狙いではなく、花火大会強制参加の伏線だったか。
「麗華、そう言う事だから自分で綿菓子は買え」
楓はこの事を既に知っていたようで、諦めて遠い目をしている。それを見て、私も観念した。私が了承すると良々と頷く椿さんが、「でも、その前に……」と不敵に微笑んだ。




