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私は最大の危機を迎えている。後、2日で夏休みだというのに、撒かないが出そうなバイトが見つから無いのだ。
今更、夏休みは寮にいますなど伝えても迷惑極まりない。かと言って実家に帰るのもなんだか気まづい。私は一人自室で頭を抱えていると、楓から電話が鳴った。
『今、電話は大丈夫か?』
「大丈夫な訳ないでしょ。後2日でご飯なくなるのよ。撒かないありきのバイトも全然見つからないし」
『お前、バイトを増やすつもりか?』
「ご飯がないから仕方がないじゃない。夏休み中、どう凌ぐかが今の私には大事なのよ。それに今更、寮にいるからご飯を下さいなんて迷惑じゃない。でも、先生達も酷いよ。提出忘れてた私も悪いけど、一言ぐらいあってもいいじゃない?」
『まあ、そうかもな。でも、蛇窟家のご息女が何で機嫌を損ねるかなんて先生達も分からないから、大方ビビったんだろう』
「いやいや、そんなレベルで気に食わないから、あいつクビしろなんて普通はないでしょ。うちが幾ら黒い繋がりがあったとしても、私の家族はそれなりに良識ある人達よ」
受話器越しからでも聞こえる楓の大きな溜め息。
『あのな、内情を知っているから言える事で、麗華を知らない奴はやっぱり怖いだろう』
「楓の言う通り確かにそうかも。でも、待って、それじゃあ、私が授業中一度も質問に当てられ無ないのも、私だけが宿題を忘れた時、手を挙げたら有耶無耶にされたのも、全部そう言うことなの?」
『お前、生徒だけじゃなく教師からも恐れられているとか凄いな』
受話器越しに彼がククッと笑っている。
「笑い事じゃないからね。私の生死に関わる所まで発展したんだから」
本当に、夏休みのご飯はどうしたらいいのさ。
『まあ、少し落ちつけ』
「私の生死に関わる事で落ちつける訳ないじゃない」
『だから、落ちつけって。今日はその事で連絡したんだから』
「えっ⁉︎」
『今回はうちにも責任があるし、麗華も実家に帰りづらいだろうから、俺の家で夏休みの間、預かる事になった』
「それは有り難いのだけど……」
『麗華のご両親にも了解を得ているから問題ない』
「うちの親に聞いたの?」
『ああ、心良く了承してくれたよ』
「いろいろ迷惑掛けたみたいで、ごめんなさい」
『急に畏まって、気持ち悪い。今回の件は、うちにも責任があるから気にするな』
「うん。ありがとう」
こうして、楓でとのやり取りは暫く続き、大まかな日程が決まった。一学期最終日の夕方に楓が迎えに来るそうだ。
電話を切ると私は溜め息をついた。本当は、攻略対象者に関わるつもりなんてなかった。神白家だけではなく両親にも迷惑を掛けている。最低な気分だ。
まったく、私は何をやっているんだ。もっとしっかりしないとーー。私は何も手につかず、布団に入ると、後悔に襲われ寝付けなくなってしまった。夏休みまで後2日、私は神白家で上手くやっていけるのだろうか。
些か寝不足ではあるものの、何事もなく夏休みを迎えた。私は下着と学校指定のジャージと体操服、宿題をボストンバッグに詰め込む。後、忘れちゃ行けない携帯ゲーム。準備はあっさりと終わってしまい、時間を持て余した私は部屋の掃除を一通りした。
掃除が終わった頃、楓から寮に着いたと連絡が入った。黒塗りの高級車でお出迎えの彼に、お世話になりますと頭を下げると、肩をポンポンと軽く叩き粗相がないように頼むぞと揶揄い混じりに返えされた。
道中、楓とたわいのない話をしながら神白家へ向かう。着く頃には、すっかり暗くなっていた。
神白家は都内によくこんな土地があったなと思わせるほどでかい。建家は現代的で三角の屋根では無く陸屋根になっており、家全体は長方形と円柱をくっつけた白塗りの邸宅だ。
セ、セレブや!蛇窟家も大きいが、ヤのつくお仕事をされている人が住んでいそうな和風の佇まいだ。それに比べて神白家、お洒落すぎだろう。
「おお、これが楓の城か、凄くおっきいです」
少し照れながらもじもじして言うと、アホかと楓に頭を軽くチョップされた。玄関前で私と楓が戯れついていると「麗華ちゃん、久しぶりね」と家の中から出てきた女性に私は声を掛けられた。
声を掛けた主は、楓の母である冴子さんだ。彼女は美魔女という言葉がぴったりな人だ。42歳なのにふわふわして可愛いらしいく、容姿は20代後半にしか見えない。
「お久ぶりです。冴子さんもお変わりなく綺麗ですね」
「もーう、麗華ちゃんったらお世辞が上手いだから」
冴子さんは照れながらバシバシと私の背中を叩く。とても痛いです。
「あ、あの、夏休みの間、お世話になります」
口に合うかわかりませんがと付け加え、冴子さんに近所で有名な洋菓子店の焼き菓子セットを渡した。
「あらあら、わざわざありがとうね。そんなに気を使わなくても大丈夫なのに。私、嬉しいのよ。久々に麗華ちゃんの顔が見れて。それにこうして楓と一緒にいるのを見ると、何だか昔を思い出すわね」
冴子さんは、嬉しいそうに目を細める。
「母さん、飛行機の時間は大丈夫なのか?」と、楓が口を挟む。
「そうだったわね。麗華ちゃん、ごめんなさいね。休み中一緒にどこか遊びに行きたかったけど、出張中のうちの人が寂しがっちゃうから、そろそろ行くわね」
冴子さんは、まだまだ喋り足りない様子だったが慌て出て行ってしまった。
去り際、冴子さんがまた今度遊びましょうねとブンブンと力強く手を振っていた。
楓の話だと父親はパリに長期出張中で、冴子さんは夏休み中あちらで過ごすという事だ。
「悪いな。忙しない母親で」
「別に気にしてないし、久々に会えて私も嬉しかったよ」
「そう言ってくれると助かる。麗華が来ると分かって、本当は昨日発つ予定を今日に変更するぐらいだから」
「そ、そんなに楽しみにされてたの?」
「今日もエステや服まで新調していたぐらいだから……」
楓は手で額を抑えながら、溜め息まじりに言う。なぜ、そこまで楽しみにされていたのか不思議だ。
「母さんから今度連絡があったら遊んでやってくれないか?」
「うん、別にいいけど」
今まで怯えられた事はあったが、好意を向けられる事はないので嬉しい。快く承諾すると楓が私のボストンバックを担ぎ部屋に案内してくれた。
「ここが麗華が使う部屋な」
案内をしてくれた部屋は、白を基調にしお洒落ですっきりしている。彼がボストンバックをベッドの横に置く。
「麗華、一つ聞きたいんだが」
「何?」
「これで、荷物は全部だよな」
「そうだけど、どうかしたの?」
「このバック軽いし、一月近く滞在する荷物にしては少なくないか?いったい、何が入っているんだ」
「楓、乙女の秘密を知ろうとするなんて野暮よ」
私が肩をすくめると、いいからさっさと吐けと言わんばかりのジト目で楓が見ている。
「はいはい、言いますよ。ジャージと体操着とゲームと宿題、後は5日間分の下着」
「幾ら何でも少なくないか?」
「何でよ。下着は洗いながらローテーションすればいい。ジャージと体操着は部屋着だからそんなに汚れない。3日に一回ぐらい洗えば、バイトが終わった頃には乾いてるわよ。ほら、全然問題ないじゃない」
「お前、出かける時はどうするつもりだ」
「今着てるワンピースがあるじゃない」
「それ、前も着てたよな……」
楓はそう言って暫く考えこむと、何かを悟ったような顔でこちらを見る。
「なあ、麗華。もしかして、私服はそれしかないのか?」
「何言ってるの。1着な訳ないじゃない。後、冬服が1着あるわよ」
「じゃあ、夏服はそれだけなのか?」
「そうだけど、いけなかった」
何が問題なんだ。バイト先もジャージか制服で出かけるし、友達がいないのならお洒落をして遊びに行く事もない。実家にある服は、高級すぎて着ているだけで疲れるので持ってきていない。だったら、1着だけで問題あるまい。また、セールになればもう1着買う予定だし。
「悪い訳ではないんだが、流石にそれは女としてどうなんだ」
「女と付き合った事のない楓さんに女を語られても困るよ」
私は皮肉たっぷりに笑みを浮かべる。
「それに楓は女性に夢見過ぎよ。ふわふわして砂糖菓子みたいな女なんて滅多にいないわよ」
腕を組みドヤ顔で楓を見てやると、彼に呆れられてしまった。
「レイレイ、そんなんじゃダメだよ!干からびすぎだって」勝ち誇った顔をしている横で、いきなり声がした。そちらへ向くと制服姿の少女がドアの前で立っている。その少女の背丈は私ぐらい、黒髪のセミロング、毛先はふわっとさせ、全体的に大人びた印象だ。私は一瞬でそれが誰なのか分かった。
「ラ、ラスボス様……」
「ラス何?」
少女は小首を傾げた。
「あ、いや何でもないです。ええっと、椿さんお久しぶりです」
「うん、お久しぶり。レイレイは元気にしてた」
少女が大人びた表情で微笑む。彼女の名前は神白椿さん。楓の一つ上の姉である。
「レイレイとは、私の事ですか?」ダサいからやめて欲しいけど、そうだよーと返答があった。初めてのアダ名はパンダの名前みたいになってしまった。
確証はないがこの感じだと、多分ゲームと変わらない性格なのだと思う。彼女は天真爛漫で人当たりも良く、頼れるお姉さんタイプだ。私が前に通っていた高校の生徒会長を務めている。
彼女の実行力は凄まじく、予算オーバーを生徒達のかんぱで補ったド派手な文化祭を催し、色物で楽しい体育祭、生徒会主催のクリスマスパーティーなど数々のイベントを成功させていた。その手腕は見事なもので、まさに才女である。つまり、ゲームでのヒロインが学園内の普通にはあり得ない派手なイベントに参加し、攻略対象者達と仲を深める事が出来たのも彼女のおかげだと言える。
そんな彼女だが前世でやっていたゲームでは、唯の端役にすぎない。しかし、シークレットキャラである神白楓を攻略する際、無茶苦茶関わってくる。ヒロインが楓とデートの日は、必ずと言っていいほど「ヒャッハー、ここは通さねぜぇ!」と、どこかの雑魚キャラばりに現れミニゲームをやらされる。
ミニゲームは作中の主題歌に合わせタイミングよくボタンを押していく、いわゆる音ゲーなのだが攻略終盤に入ると難易度は激ムズな鬼畜仕様となる。しかも、ミニゲームを失敗すると楓とのデートはキャンセルになり、信頼度も低下し攻略は失敗してしまう。
この鬼畜仕様は制作側の最大の悪ノリと言われ、彼女の紹介文の短所に悪ノリが酷いという項目がプロフィールに追加されていたぐらいだ。椿は「そう易々と楓はクリアーさせないぜ」という制作側の代弁者であり、楓を難攻不落のシークレットキャラに仕立て上げた張本人としてファンからはラスボス様と恐れられていた。
作中では、ミニゲームをしてデートが出来ない程度で済んだが、この世界での彼女の悪ノリはどうなのだろうか?不安しかない。
「はい、元気にしています。椿さん、夏休み中お世話になります」
深々と頭を下げると、そんな堅苦しい挨拶は抜きよと椿さんが微笑んだ。
「しっかし、あのレイレイがこんなにも干からびているなんて、私は驚きだよ」
私の当初の予定だと椿さんの悪ノリに振り回されないように、猫をかぶっているつもりだった。しかし、速攻でバレてしまった。後々、面倒な事にならなければいいけど……。
私がどうしたものかと考えていると、楓が口を開いた。
「姉さん、麗華は元々こんなやつだったよ」楓はフォローするどころか、端から庇う気が無いらしい。意地悪な奴め。
「そうなんだ。じゃあ、学校では猫を被っていたのかな?」
「あの、猫を被ると言うよりは面倒ごとに巻き込まれたくなかったので、大人しくしていただけですよ」
あなた達がめんどくさいので、関わりたくなかっただけですとは言えない。
「まあ、確かにそうよね。あの子もそうだったけど、あの子に絆された司も酷かったものね」
あの子とは、おそらくヒロインの事なのだろう。
「そうですか?まあ、確かに学園内であのイチャ付き方は見ていて、どうよと思いましたけど」
「レイレイ、どうよじゃなくて嫉妬とかしなかったの?」
ゲームだからあの甘々は許されるけど、実際目の当たりにすると痛々しい。あんなの見せつけられ、関係者でいるのが恥ずかしかった。だから、関わらないよう神経を擦り減らす事はあれど、嫉妬はなかった。それにヒロインが元婚約者ルートに入った時点で、私がどう足掻こうが彼を繋ぎ留めるのは無理だと分かりきっていた。最初から彼とどうこうなろうとは考えもしなかった。だから、好きになるとか以前に興味も湧かなかった。
「まあ、成るべくしてなった感じなので特に嫉妬とかはなかったですよ」
「えっ⁉︎何それつまんなーい。レイレイは、もしかして司の事好きじゃなかったの」
「好感は持てますけど、恋愛の対象かと言われるとそうでもなかったですかね」
もしかしたら、ヒロインが元婚約者ルートに入らなかったら私は彼の事を恋愛対象として見ていたのだろうか。今となっては分からない。
「そっか、まだチャンスはあったんだね」嬉しいそうに椿さんは呟くと、お邪魔しましたと言って部屋を出て行った。
「椿さんも相変わらずだね」
「姉さんのテンションの高さには、俺でも時々付いて行けないよ」
楓が苦笑いを浮かべていた。
あれから、一週間が経とうとしていた。私はバイトと夏休みの宿題やらに追われているものの、とても自堕落な生活をしていた。椿さんもラスボスっ振りを遺憾無く発揮するかと思えば大人しいもので、平和そのものだ。
1日の半分を楓の部屋でゲームを夜中までやり、昼に起きる生活。不健全な生活は久しぶりだがしっくりくる。前世に戻った感じだ。どうでもいいが、男女の友情は成立しないとか言った奴出て来い。期待などしてはいないが、やっぱり女として見向きもされないのは釈然としない。
「少しは、意識しなさいよね。バカ楓」対面のソファーで、まだ寝ている楓を見ると、その寝顔は相変わらず可愛い。この生活にも慣れてきたせいか、迂闊にもまた頭を撫でたい衝動に駆られてしまう。辛抱堪らず楓の頭に手を伸ばし掛ける。
「ちょっと、二人ともいい加減にしなさいよ」
いきなりドアが開き、そこにはラスボス様こと椿さんが仁王立していた。なぜか彼女は大層ご立腹だ。
彼女は私達の自堕落な生活に終止符を打つ為に現れたみたいで、楓と二人仲良く正座をさせられている。楓の頭を撫でようとしていたのは、見られていないようで一安心だ。
「人が折角、気を利かせて黙ってればこの自堕落は何?お姉さんは悲しよ。もっと愛欲に塗れた生活を私は二人に送って欲しいのだよ」
「椿さん、流石にそれはまずいと思いますよ」
「問題ないじゃない。レイレイも楓もフリーなんだし」
「いやいや、フリーとかそう言う問題では無くですね。私と楓の問題だけではなくなりますし、例え付き合ったとしても、何であんな女と楓様が付き合ってるの?あんな女が楓様と付き合えるなら私達でも良くない?なんて、影口を叩かれるぐらい私達は釣り合っていないので、まずあり得ませんから」
何か間違った事を言ったのだろうか。椿さんが口をポカンと開けている。楓にアイコンタクトで「私、何か間違ってる?」と送ると、楓も同じ様に口をポカンと開けている。
「な、何と無くレイレイの言い分はわかったけど、二人は少し夏休みらしい事をするべきなんじゃないかな?」
「姉さん、たぶん麗華にそれを求めるのは無理があると思うけど。『お金がなし暑いから、どこにも行きたくないでごさる』って言ってるぐらいだからな」
「ちょ、ちょっと楓、それ今言ったらあかんヤツだから。楓だって人のこと言えないよね?花火大会の事ディスってたし。『こんな真夏にただでさえ人混みでむさっ苦しいのに、花火を見る奴の気が知れない』って」
ああだこうだと言い合いを始める私達に「はい、二人とも少し黙ろっか?」と椿さんが一蹴。
怖っ!椿さんが滅茶苦茶怒ってる。微笑んでいるけど全然目が笑っていない。これ、完全にあかんヤツだ。
「ねえ、レイレイ。貴重な学生時代を青春しないなんて勿体無いとは思わない?」
「は、はい。私もそう思います」
私は正座をしながら敬礼をする。
「レイレイはそう言ってくれたけど、楓はどうなの」
「お、俺もそう思うよ」
「そう、それは良かった。二人とも分かってくれて、お姉さんはとっても嬉しいよ」
あの雰囲気で否定するとか無理じゃん。拒否権とか最初からないからね。
「それじゃあ、明日は二人ともちょっとしたお手伝いをして貰うからヨロシクね」と、全然目が笑っていない椿さんが有無を言わせぬ感じで微笑む。私達は黙って了承した。
「ところで、レイレイには髪を染めたりカットしてもらわないといけないけど大丈夫?」
「えっ⁉︎染める?カット?あの、よくわからないですが大丈夫だと思いますよ」
「じゃあ、今から行きましょっか」
「えっ⁉︎椿さん、どこに行くんですか?」
椿さんは、いたずらっぽく笑うと美容室よと言って私の手をグイッと引っ張り外へと連れ出した。しかも連れ出される前に、これは没収ねと私と楓のゲーム機は奪われてしまった。もう、私達は彼女に従うしかなかった。
大きな鏡の前で座っている前髪ぱっつんの横分けブロンドで毛先をカールさせた少女は、驚きの表情を隠せないでいるって、これが私だと⁉︎
ヘアースタイルだけではなく、メイクまでされ悪役令嬢の面影がすっかり抜けている。美容師曰く前髪以外は軽く梳いたぐらいで、そこまでいじっていないから元に戻しやすいとのこと。どこから見てもユルフワビッチじゃなくてリア充JKの完成じゃん。
イメージがだいぶ変わるなと楓が驚きの声をあげ、どっからどう見てもレイレイには見えないねと椿さんが満足そうに笑う。
「椿さん、一つ聞きたいのですがここまでやらないといけないお手伝いって、一体何なんですか?」




