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 私は安い事で知られる量販店で赤札セール品だった白のワンピースを着ると、髪を横に結ぶ。鏡で見る蛇窟麗華は、安物の服でもよく似合うと思いたい。薄めの化粧をして、おかしなところがないか確認すると私は寮を出た。


 昨日の神白楓遭遇事件後、気持ちに整理がつかないまま楓とまた会うのは正直憂鬱だ。折角、楽しみにしていたモンスターを狩る某ゲームの新作発売日だというのに気が重い。


 それでも、待ち合わせの駅前に30分早めに来た。遅刻したら絶対まずい。楓さん、怒らせるとヤバそうだから。


「もう、来てたのか?」


 待っている間どうやって時間を潰そうか考えていた矢先、楓が現れた。


「あまり、人を待たせるのは良くないと思いまして」


 ブラックジーンズに白のTシャツとシンプルな格好なのに、楓はカッコ良く見える。イケメンずるい。さっきからおなご供が楓さんをチラ見しておる。私もそっち側だったら絶対に見てるね。寧ろ、今そっち側に行きたい。


 そんな事を考えても仕方がないので、楓と雑談しながら目的の場所に向かう。待ち合わせ場所の駅から歩いて5分も掛からないゲームショップ、たったそれだけの距離だが、楓に気を遣いすぎてどっと疲れた。


 ゲームショップに着き、入って直ぐのカウンターで暇そうにしている店員と目が合う。


 店員さんは、短髪黒髪で少しヤンチャそうな佐藤くんだ。楓や元婚約者とは、また違うジャンルのイケメンさんだ。個人的にはストライクゾーンです。そして何より普通だ。一緒に居るだけで癒される。ああ、普通って素晴らしい。


「あ、蛇窟さん久しぶり」

「佐藤くん、お久しぶり」

「蛇窟さん、この間のテストどうだった?」

「まあまあ、山が当たったので赤点はないかと」

「俺もそんな感じかな。でも、英語が……」


 佐藤くんが会話を止め、私の後ろに視線を移した。そして何かを察したのか、申し訳無さそうに私に小声で話しかける。


「ご、ごめん。蛇窟さん彼氏とのデートなのに邪魔して」


 違う!下手な誤解を楓に聞かれたら、後から何をされるかわかったものではない。私は慌て訂正した。


「佐藤くん、違うから。彼は前の高校の知人でして、彼氏とかではないのでお構いなく」


 悪役令嬢と美形腹黒王子の真っ黒カップル。フレーズ的には悪くないが、見ため爽やかな美形と性格がキツそうな私では釣り合っていない。


「はははっ、そうなんだ。でも、こっち凄く睨んでるよ」


 どうしたものかと、佐藤くんが苦笑いを浮かべている。


「誰、そいつ?」


 突然、楓は私の後ろから顔をにゅっと出して、耳元でそっと囁いた。


 ぎゃあああ!!


 やめて、やめて、そこのイケメンまじやめろ。男性に耐性がない私はそんなことされると、惚れちゃうから。本当にやめてくれ。


「お、同じ高校の佐藤くんです。転校した初日に学校で迷っていたところを助けていただいて、それから仲良くさせて貰ってます」


 やばい、動揺から噛んだし顔もなんだが熱い。


「へー、同じ学校なんだ」

「クラスは違うので、あまり話す機会は有りませんがバイト先に私が遊びに行ったり、佐藤くんが私のバイト先に来てくれる事もありますよ」

「たまたま、よく行くコンビニに蛇窟さんがバイトしていただけなんだけどね」

「私にとって佐藤くんはなくてはならない存在です。おかげで社員割引で新作ゲームも安く買えるので」


 私が笑顔で佐藤くんを褒め称えると、何故か彼は少し残念そうにしていた。


「お前、酷いな。社割目当てで近づくとか」


 楓がやらしい笑みを浮かべる。確かにそう捉えられても可笑しくないニュアンスだ。


「違う、違うからね。佐藤くんはその私にとって素敵な友達だよ」


 なんか自分で言っておいてなんだが、凄い恥ずかしいセリフだぞ精神年齢26歳。


 えっ⁉︎と佐藤くんから驚きの声があがる。もしかしたら、友達だと思っているのは私だけなのか。やっぱり、迷惑だよね。


「あの、ごめんなさい。友達だとか変な事言って、迷惑だよね」


 私は佐藤くんの反応を見て、勘違いして勝手に友達と思い込んでいたのが居た堪れず俯いてしまう。


 少し間があってから、佐藤くんが私に話しかける。


「蛇窟さん。俺も友達だと思ってたから凄く嬉しいよ。俺、女の子に電話番号聞くの照れ臭くて聞けなかったから、これを機によかったら番号教えてくれない?」


 そう言ってニッコリ笑う佐藤くんは凄くカッコよかった。私もニッコリ笑うと、彼と番号を交換した。


「おい麗華。もしかしてあいつの事好きなのか?」


 楓がまた耳元で囁く。楓さん、それ本当にやめてくれませんか?もう、ブワァーってなるから。ブワァーって!


 確かに若かりし頃の前世の私なら、こんなシチュエーションだったら勘違いして恋に落ちたかもしれない。が、今は違う。干からびた精神年齢26歳を舐めてもらっては困る。しかし、異性と楽しそうに話をする私を見て、彼は佐藤くんに恋をしていると勘違いしたのだろう。でも、そうだとしても近からず遠からずだ。


 だって……。


「そ、そうじゃなくて、初めての友達だから嬉しくて」

「「初めて⁉︎」」


 2人が目を丸くして驚く。


「だ、だって仕方がないじゃない。転校する前も今も私に誰も話しかけてくれないし、私が話しかけると皆怯えて逃げるから」

「まあ、蛇窟さんだしね」


 佐藤くんが苦笑いを浮かべると、そうだなと楓が意味深に頷く。息ぴったりだねお二人さん。お前らいつ仲良くなった。


「それどういう意味よ。私やっぱり強面だからいけないの?それとも苗字?苗字なの?」

「ばーか、その両方だろ」


 楓がそう言うと佐藤くんが笑う。


「2人とも、酷い……。佐藤くん、そんな事よりゲーム機とソフトをください」


 語尾を強めに、少し拗ねたように私がそう言うと佐藤くんは笑った事を申し訳なさそうにし、楓は可哀想な子を見る目でこちらを見ていた。


「そうだったね。店長に聞いたら、一つだけかなり状態がいいのがあったから取り置きしておいたよ」

「佐藤くん、ありがとう」


 バックからお財布を取り出し、お会計を済まそうとすると楓がギョッとした顔でこちらを見た。


「えっ⁉︎何か私したかな?」

「麗華、お前これ中古だろ」

「それがどうかしたの?」

「お前、仮にもお嬢様な訳だからプライドとかないのか」


 こいつ、何を言っている。


「甘いよ楓さん。とんだ甘々よ。いい、お小遣いも貰えない、日曜日のご飯もない私が、勉学と両立してバイトで稼げるお金なんて高々か知れてるの。そんな、私が趣味嗜好品を買おうものなら何かを切り詰めないといけないの。だったら、中古でもなんでも安い物を買うのは当たり前。プライドなんてクソ喰らえよ。ほら、昔の人も言ってたじゃない。贅沢は敵だって」


 私が楓を指差し、ビシッと言ってやると佐藤くんが笑っていた。楓は少しため息を漏らす。テンションだだ上がりで、素が出てしまっているがどうでもいいや。大事なのは、今の私はどこにでもいる普通の金銭感覚を持った高校生だと言う事だ。これから楓が私をどう扱うかは知らないが、そのことだけはわかってもらいたい。


「ん?私、何か変な事言った」

「蛇窟さんは可笑しなこと言ってないよ」


 佐藤くんが、笑顔で応える。楓の奴も悪いといいながら、またため息を漏らす。さっきから、楓のやつなんなんだ。


「佐藤くん、思いの外安く買えたので余ったお金で携帯ゲーム機のアクセサリーを買えるか見てくるよ」


 私は楓の事をほったらかして、店内を物色する。あらかた物色が終わったあと、楓がひょっこりと顔をだした。


「何かいいものあったか?」

「特にはないけど……。んっ?楓、その買い物袋は何?」

「これか?気にするな」


 いやいや、気になりますよ。だってそのビニール袋のサイズといい、袋から浮き出るシルエットが、私が持ってるものと全く一緒ですやん。


 しかし、これ以上つっこんだ事を聞くのは怖かったのでやめた。しばらく、店内を楓と二人で物色した後、私は佐藤くんにお礼を言って店を出た。


「麗華、これからどうする?」

「私の用事は終わったから、特に何かしたい訳では無いけど……」


 どうしようかと悩む。このまま解散だと嬉しいのだけど、そう言う訳にはいかないだろう。


 ぐうぅぅぅ。


 タイミング良く私の腹の虫が鳴った。そう言えばドタバタして今朝から何も食べていない。


「もうすぐ昼だし、ご飯でも行くか?」


 笑いを堪えながら楓が私にそう尋ねる。どんなに笑われようが、腹が鳴ったぐらいで恥ずかしがる私ではないぞ。


「私そんなにお金ないので高いものは無理」

「俺が出すよ」

「流石に奢りとかは遠慮するよ」


 タダより高いものはなしって言うし、借りなんか作ったら後が怖い。


「だったらお前が食べたいものでいいよ」

「わかったけど、文句言わないでよ」

「わかったから、早く行くぞ」


 ならばよかろう。私が週末からならずと言っていいほど食すものを楓さんに食わしてやろう。





「おい、麗華」

「楓さん、何かしら?」

「お前は、本当に蛇窟家のご令嬢だよな?仮にもお嬢様が、ワンコインで済ます牛丼を食べ、しかも大盛りだと」

「あら、安い・美味い・早いは素敵なことじゃないかしら?あの、スグルさんだって大好物でなくって」

「スグル?誰だよ。何、訳のわからない事を言っているんだ。それにその喋り方やめてくれ」


 ああ、これがジェネレーションギャップという奴か。


「嫌だわ楓さん、昔から私はこんな喋り方よ」

「いや、俺が悪かったからやめてくれ」

「仕方がないからやめて上げる。で、楓は初めてのワンコイン牛丼どうだった?」

「まあ、意外と悪くないな」

「そうでしょう。日本に生きてれば安かろうが高かろうが万民受けするものは、誰にでも口に合うものよ。中には変わり種を求める人もいるけど」

「そうみたいだな」


 楓が若い男の店員二人を見ながらぽつりと呟く。ちょっと待て、幾ら彼等が私を見て美人だとか電話番号聞きたかったとか、やっぱり彼氏が居たのかとか盛大に褒め称えているけど、まさか私の事をもて囃す彼等を変わり種と言いたいのかしら?私は珍味じゃないし。


「珍味?ああ、珍味と言えば珍味だろうな」


 声にでていたらしい。私の独り言に楓が答えた。


「ちょっと、ちょっと、あんまりじゃない。私は牛丼と大差ないぐらい普通だと思うけど」

「俺の知る限り、男の前で普通の女は大盛りを食べないだろ」

「し、仕方がないじゃない。今日は慌てて朝ごはんを食べ損ねたのだし」

「今日は?」


 楓がこちらをまじまじと見る。


「……ごめんなさい。毎週、大盛りを食べてます」


 ペロッと綺麗に平らげた私の空の器を見ながらククッと楓が笑う。まあ、ずっと笑われっぱなしだけど、こんな日がたまには有ってもいいかも。


 正直、攻略対象者達は苦手だけど楓は随分話しやすい。私は店を出た頃には、憂鬱な気持ちがすっかり無くなってしまったことに、我ながら単純だと思わざる得なかった。


「そうだ。麗華、これからお前の寮に行くから」


 今日はお開きだろうと思った矢先、楓が爆弾を放り込む。


……やっぱり、攻略対象者なんて嫌いだ。












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