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実の弟シュウくんが、重度のシスコンで理想の女性はお姉ちゃんになっていた。お姉ちゃん冥利に尽きると言いたいが、絶対あかんヤツだ。前世では一人っ子だったけど、友達の話とかだと年の近い弟はクソ女とかブスとか結構酷い事言っちゃうお年頃だ。
なのにクリスマスの甘えっぷりが落ち着いたかと思いきや、朝食を一緒にファミレスで摂っていると対面から手を伸ばして私の髪に触れている。ようやく仲良くなれたのに、ここで突き離すのも宜しくない。私はされるがまま、もしゃもしゃとシーザーサラダを食べている。
「姉さん、隣の客が俺たちを見てお似合いのカップルだって話してるよ」
シュウくんは朝から何を言っているんだい。正確には、あの二人雰囲気似ているけどカップルかな?です。
「シュウくん、お姉ちゃんの髪いつまでも触ってないで料理来たから食べようよ」
彼は残念そうに手を離すと食事を始める。残念なのはそこじゃなくて、シスコンを拗らせてるとこだよ。
しかし、大変なイケメンに育ったもんだと朝からハンバーグを頬張る彼を見て、ある事を思い出した。実は前世の私は乙女ゲームを食わず嫌いしていた。理由は特にないけど皆んなとワイワイやれるゲームや、やり込み要素満点のRPGが好きだった。だけど、たまたま友人から借りた乙女ゲームにハマり今に至る訳だが、私がやり始めたのは発売から三年経っており既に続編の開発画面やメインキャラクターが一部発表されていた。
名前などの発表は無いにしろ、ゲームの顔になるヒーローも公表されていた。それがクールな黒髪王子様なんだけど、まさか目の前でハンバーグを頬張る弟シュウくんだとは思いもしなかった。でも、ちょっと待ってよ。シュウくんが橘さんと付き合い、今後続編ヒロインがシュウくんを好きになったらとんでもない修羅場になるのではないだろうか。一応、続編のヒロインの顔は覚えてるし警戒して置いて損はないだろう。
「さっきから難しい顔してどうかしたの?」
「なんでもないよ」
冬休み中は、シュウくんのイチャイチャスキンシップの猛攻を受けながら初詣も一緒に行ったりもした。当然、寮から近い場所だったりもしたから、学友達に遭遇しシュウくんが彼氏か聞かれた。手なんか繋いでいれば当然勘違いされる。だけど、シュウくんは恥ずかしがるどころか、嬉しいそうにしてるだけで手を離してくれなかった。
三が日が過ぎた頃、私は意を決して自宅に電話をする事にした。遅かれ早かれいつかは両親と話さなければいけないと思っていた。実のところシュウくんのスキンシップに耐えられず逃げたい気持ちもあった。自宅に戻れば過度なスキンシップも少しは控えてくれるのではという希望的観測も含まれている。
「姉さん、帰る気になったの?」
「うん、お父さんと一度話さないといけないとは思っていたから。シュウくんのおかげで踏ん切りがついたよ」
もう少しこうしていたかったのにとボヤく彼を尻目に、私は父と約束を取り付けた。電話には母が対応してくれたが、何か言われる事もなくすんなり日程が決まり拍子抜けしてしまった。
「母さんに何か言われた?」
「特には何も。お父さんも多忙だから話をするなら明日ぐらいしかないって」
アポを取るのにもう少し時間が掛かると思っていたが、突然決まった日取りに何の心の準備もしていないので焦ってしまう。どうやら腹を括るしかないようだ。心中穏やかでは無いものの、普段通りに1日を過ごした。
次の日は昼過ぎに迎えが来る予定なので、シュウくんの特別席で待った。最初こそは恥ずかしかったが、流石に慣れてしまった。車中、黙り続ける私にシュウくんが緊張しているか聞いてくるもの黙って頷く事しかできない。
我が家に着くと、母が不安そうな顔で出迎えてくれた。そして、父は書斎にいると教えてくれる。
私は母と挨拶だけ済ませると、重たい足取りで書斎へ向かう。ノックをして部屋に入ると父は分厚い書類を片手に難しい顔をしていた。父が私を一瞥すると 書類を置く。私の父宗一郎は、武闘派のヤの付くお仕事をしているいる人みたいに厳つい顔をしている。おまけにガタイもいいものだから、大概の人はそっち系の人だと勘違いする。実際には、口調も物腰も柔らかく家族想いのいい父親だ。
「お父さん、突然来てごめんなさい。今日は話したいことがあって……」
そう切り出し父の顔を見ると、怖い顔がより一層険しくなっている気がする。
「色々、報告は受けているが随分変わったなぁ」
私の顔を眺める父の顔は相変わらず険しい。多分、髪の色が変わったから驚いているのだろう。だけど、冴子さんのお願いを叶えただけだから私は悪くないよね。父は話を遮った事を詫びると私に続きを促す。
「あ、あのね。司と婚約破棄した日、お父さんが怒った時の事なんだけど……」
話の途中で、父が私に近づき頭を撫でる。
「本当に随分と変わったな。麗華、謝らないといけないのは私達も一緒だ」
変わったというのは外見的な話では無いみたいだ。それと両親がなぜ謝る必要があるのか疑問が残る。突然の父の行動に呆けてしまったが、まずはきちんとした謝罪がしたい。
「あの時、自分を大切にしなさいと怒ってくれたでしょ。私は碌に返事もしないで逃げるように家を出た事を謝りたくて……本当にごめんなさい」
婚約破棄の日、初めて父に怒られた。その内容は余りにも的確で、現実から目を背けていた私にはすぐにでも逃げ出したかった。だから、反論も弁解もせず簡単に全てを捨てた。だけど、楓や椿さんに出会えて自分の人生を歩んで行こうと決めた。今まで私を育ててくれた両親を裏切る真似をしていた私の誠心誠意の謝罪だ。
「許すも何も私達は家族だ。麗華だけが悪い訳ではないよ」
頭を下げる私に父は優しい言葉をかけてくれる。
「お前は小さい頃から我儘も欲もない子だったな。何も欲しがらないし、たまにするお願い事と言えばシュウが寂しくないように誕生日は一緒に居てあげて欲しいだのいつも他者の事ばかり。母さんに言われてお前の部屋を見た時は本当に驚かされたよ」
父は勝手に部屋を見た事を詫びて話を続ける。
「子供らしい部屋どころか、何もないんだから驚かされた」
私の部屋ーーそう言えば本棚には教科書、机にはノートパソコンしか無かった。父よ、今日日パソコンとスマートフォンがあれば事足りる。オシャレにだって興味がないからクローゼットもスカスカだったな。確かに子供らしいくはない。今更ながら、自分の愚かな行動に呆れる。
「そんな時、母さんが何にも興味を示さないお前が司くんと楓くんには心を許していると教えてくれたんだ。もしかしたら、良い影響になると考えたんだが……」
それで婚約の流れになったのかぁ。完全に墓穴掘ってるしなどと自分の至らなさに自己嫌悪してしまう。そんな私を父は、様子を伺うように続きを話してくれた。
父の話によると、蛇窟家と天凰寺家共に沈静化に尽力し鳳学ではすでに私達の婚約破棄はタブー視されているとかなんとか。橘さんを虐めていた生徒の保護者からは謝罪と誠意を見せてもらったと、書斎の窓から見える場所に見慣れる高級そうな車を父はチラッと見やり教えてくれた。その他にも何かしら誠意とやらを見せてもらっているだろうから、来月あたり週刊誌にでも取り沙汰れそうだ。
こうして話だけ聞いてると私がした事は、蛇窟家にとっては良い事づくしではないかと思うが、口が裂けても言葉にしてはいけない。父に言ったら最後、今度は本当に勘当だろう。父は意外にも情に厚く涙もろいのだ。
ともあれ、私達親子の関係は良好に向かっていると言っていいだろう。主な原因は私の行き過ぎた行動なんだけど、両親からすれば不慣れな初めての子育てで、尚且つ子供らしくない私なのだから過度な心配から婚約などと突飛な行動に出てしまったのだろう。
そんな私の婚約は、高校を卒業したら事情を説明しお互い好き合っていれば良しだし、婚約破棄をして別々の道を歩むのもまた良しというものだった。だから、蛇窟家も天凰寺家も痛手を負ったが上手いこと丸く収まり今回の件は手打ちになったみたいだ。ただ一番損害を出したのは、橘さんを虐めていた生徒の家族だろう。両家に謝罪と誠意を示すなど金銭的にも大変だろから……。
「麗華が望むなら復学することも可能だが」
父が事情説明と共に、そう付け加えるが私は首を縦に振らなかった。それで話はお終いだった。書斎を出る際、夕食は食べていくか聞かれ迷わず了承した。おそらく冬休み中はこちらにいると伝えると、父は出来るだけ早く帰るので夕食を一緒に食べようと言ってくれた。あまり無理はして欲しくはないので、ほどほどにと伝え書斎を後にした。
私達はもともと冷めた家族関係でも仲違いしていた訳でもない。ただ、私の行き過ぎた行動でどう扱っていいか両親に分からなかっただけだ。だから、いっぱい話そう。転校した後、何があったのか友達が出来た事や司と仲直りした事、これからの事も……好きな人が出来た事は言えないけど、きっと私達はこれからだと思うから。今はただ、夕食の時間がとても待ち遠しく思えた。
ーー強いて言うならなら、実家に戻ってもシュウくんのイチャイチャは変わらなかった。母なんかは、シュウくんの膝に座る私を見て「あらあら、お姉ちゃんがいなくて寂しかったのね」なんて呑気な発言をしていたぐらいだ。誰かシュウくんを止めてくれないだろうか。