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橘小雪は乙女ゲームではヒロインだが、現実にいる彼女は空気が読めなかったり、肉食系女子だったりする。だけど、根が素直で嘘が付けない優しいコなのだろう。私が蛇窟麗華だと告白すると、彼女の表情に陰りがさすのが見て取れる。
「ーー私、最低だ。勝手に司くんの事を好きになって、蛇窟さんが虐めの主犯と勘違い。今だって司くんと仲良くしてるのに嫉妬して、こうして問い詰めてる」
どうやら嫉妬している自覚はあったらしい。
「蛇窟さんだって言いたくないはずだったのに、私に本当の事まで教えてくれた……」
そう言った彼女の頬に一筋の涙が伝う。面倒に巻き込まれる前に回避の一手と、蛇窟麗華だとバラした事に少し胸が痛む。
「なんだ、最初から私はフラれてたんだね。でも、自業自得か」
「そ、そんな事は無いよ」
「どうして?」
「人を好きになる事は、結果がどうあれ素敵な事だと私は思うから」
例え結果が見えていても、好きな人に優しくされれば嬉しい。遊んだその日は、心がウキウキする。泣いたり笑ったり怒ったりするけれどそれが多分楽しいのだ。恋に恋したっていいじゃないか。空回って悪い結果が出たとしても、自業自得だなんて思って欲しくない。私は折角の初恋をそんな風に思いたくないし、この気持ちを大切にしたいと思うから……。
「えっ⁉︎蛇窟さんも恋してるんですね。相手はどんな人なんですか?」
思っていた事が口に出ていたみたいでなんだか恥ずかしい。
「私が辛い時に支えてくれて、一緒にいても気を遣わない人かな。気がついたら好きになってた。だけど、絶対報われない私の片想い……」
私には手の届かない人。好きだと口にしてはいけない人。だけど、ずっと好きでいたいと思える人。
「ご、ごめんなさい。また、私要らぬことを」
「気にしないで。私のキャラ的に自分の恋愛なんてそうそう話せる機会がないから嬉しいよ」
「私にも気を遣ってくれて優しいんですね。あの人達が言っていた通りの人なんで少し驚きです」
「あの人達?」
「さっき話をしていた3人組です」
「ああ、さっきのコ達か」
「あの、蛇窟さん。図々しいかもしれないですけど、一つだけお願い聞いてもらえますか?」
「私に出来る範囲なら」
消え入りそうな声でありがとうと言った彼女は、私の胸に飛び込みおいおいと泣いた。私はどうしたものかと悩みながら、そっと彼女の頭を撫でる。ふと、見やった先に攻略対象達と目が合った。橘さんを心配して、見に来ていたみたいだ。彼らは私に気づくと建物の陰に姿を消した。もうちょっと、見つからない様に覗いて欲しいものだ。まあ、今の流れだと私が何かしら悪者になって彼らから絡まれる事はないだろう。
結構な時間泣いて彼女は、ようやく浮上したらしく私から離れるとお礼を言う。
「もう、大丈夫だからそろそろ戻りますね」彼女は少し腫れた赤い目で笑うと涙を拭う。最後に私に謝罪し、パーティー会場に戻って行った。気丈に振る舞う橘さんは、とても強い人だと思う。やや遅れてパーティー会場に戻ると、椿さんが申し訳なさそうにお出迎えしてくれた。
「麗華、大丈夫だったか?」司はケーキを私に手渡すと、心配そうに顔を覗き込んでくる。呑気にケーキなど選びおって!司にも原因があるから、洗いざらい事の顛末を教えてやる。話していくうちに、司の表情が曇って行く。
「だから、司は反省するように!」最後は手を腰に当て少し砕けた口調で念を押す。折角の楽しい雰囲気をあまりぶち壊したくない私なりの配慮だ。
「それから、橘さんが気になる事を言っていたんですが……」
椿さんへ軽蔑の眼差しを送り、彼女が言っていた内容を伝える。
「司が私に妖艶な笑みを浮かべてた時、ナイス司!とかシャッターチャンス!とか指示した以上の出来ね!などなど興奮気味に写メを撮っていたらしいですね」
途中、妖艶な笑みで司は反論していたが無視した。異論は認めない!
「バレちゃったか」
「バレちゃったかじゃないですよ。司にあんな指示まで出して何がしたかったんです?」
「悪気はないんだよ。ただ、どうしてかと聞かれるとまだ話せない」
「お姉さん、反省してませんね」
「反省はしているよ。司に協力を頼まなければ、レイレイに嫌な思いをさせずに済んだ。だけど、言い訳ぐらいはさせて欲しい」
椿さんは頭を深々と下げながら話を続ける。
「 私は悪ノリ過ぎると自覚は有るんだよ。ただね、誰かが後押ししないと進まない事があるのも知っている。だから、些か強引なやり方も時には必要なんじゃないかと私は思うだ。本人からしてみれば、余計なお世話なんだろうけどね」
要領の得ない椿さんの説明。今回、分かるのは私の為では無いくらいか。そもそも、悪ノリの自覚があるとは思っていなかったから驚きだ。
「で、今回は誰の為に何で司の妖艶な笑みが必要だったんですか?」
「それは、私の口からは言えないよ。もうすぐパーティーは終わってしまうけど、レイレイは帰るまでが遠足だよ」
答えのでない返答ばかりで、この人は本当に反省しているのだろうか疑問が残る。
その後、パーティーは滞りなく終わりを迎えた。
ただ、すんなりパーティーが終わってしまうのも釈然としなかったので、迷惑料ついでにパーティーで出された比較的日保ちする料理をお持ち帰りする事ができた。それぐらいの我儘は許してもらいたい。
手提げ袋いっぱいの料理を見て、椿さんが一人で食べるには多くないか聞かれた。クリスマス用ですと答えたが、やはり椿さんが一人で食べるには多過ぎると再度指摘された。実のところ、クリスマスは一人で過ごす事が確定済みだ。皆さん意外にも先約が入っており、私は肩を落としていた。だけど、椿さんがどうして知っているのだろうか。聞けば、「神白家の情報網を侮るなかれ」とのことだった。彼女の発言に心底減なりしたのは言うまでもない。そんな事に使うなと正直言ってやりたい。
帰りは、一人。当然、神白家へ一度戻るつもりだったが、椿さんから着ていた服はその場で返され、今日はドレスで帰るよう言われた。どうやら彼女の中では、本当に帰るまでが遠足らしい。
帰路に着いた私は、車中雪が降るのをぼんやりと眺めていた。行きは曇っていたし、やけに冷えこむなぁなんて思っていたけど雪だったか。クリスマスまではまだ早いけど積もったら雪だるまでも作ろうかな。なんて、間の抜けた事を考えていたが、今日の出来事をふと思い出す。
橘さんとやり取りを聞いた椿さんが、レイレイはあのコに勝ったんだね!なんて驚いていた。だけど、勝った負けたとかそんな話じゃない気がしている。私は面倒事を避けるために、不用意に彼女を傷つけただけではないだろうか。そんな、後味の悪さだけが残りなんとも言えない罪悪感と後悔だけがあった。
司には変に意識せず普通に接するよう言ったが、所詮は気やすめに過ぎない。彼女が今後玉砕覚悟で告白するのか、このまま何も告げず次の恋に進むのか私には分からない。だからこその気遣いなのだが、だったら司に伝えなければ良かったと今は後悔している。
結局のところ、何が正しくて何が間違っているのか分からない。同年代では人生経験が人より豊富な筈なのに、気遣いがまるで出来ていない私は自分の愚かしさに自己嫌悪をしてしまう。きっと、こうやって色々な事に打つかって人は成長して行くのだろう。次は失敗しないよ私なり上手くやりたい。
シンデレラストーリーを夢見た彼女と、ただ何となく生きている私とでは余りにも性格が違う。仲良くなる事も、今後関わる事もないだろう。都合がいい話だが、彼女には幸せになって貰いたいと思った。
そんな反省会を終えると、寮の前に到着した。私は運転手に礼を言って、入り口に向かう。入り口には楓が待っていた。彼はダークグレーのストライプが入った黒のスーツにベスト、薄いピンクのカッターシャツに斜めのストライプのピンクのネクタイを身につけていた。これはまさにシークレットスチル!私へのご褒美ですか?楓きゅんは用事があっていけないとは言っていたが、この様子だと御家関係の用事だったのだろう。
「楓さん私に何か用ですかな?」
やや、興奮気味な私は戯けて声を掛ける。私に気づいた楓の様子はいつもと違い怒っているように思える。
「何か用かじゃないは、バカ!」
そう言って彼は私を乱暴に抱き締めた。余りの衝撃に頭が付いて行かず、手荷物を落としてしまいドサッと大きな音が鳴ってしまった。