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鳳学に着いた私たちを出迎えたのは現生徒会メンバー。もちろん現生徒会長は攻略対象者なんだけど、準備に追われてここにはいないらしい。私はその話を聞いてそっと胸を撫で下ろす。
「出迎えご苦労!書記くん、会計くん」
なんて椿さんが言うから、出迎えてくれた彼らがどんな役職なのかすぐわかってしまう。彼らは「神白先輩、天凰寺さんどうぞこちらへ」と会場に案内をする。会場に向かう道中、私の事をちらちら見ているけど蛇窟麗華だとバレたのだろうか。
「あっ、そっか。二人は始めてだったね。彼女はレイレイ、楓と司の幼馴染だから丁重に扱ってくれ給え」
「そうだったんですか。神白先輩から頂いた招待客のリストに『レイレイ』とだけ書かれていたので、いったいどういった方かと思ってましたよ」
さすがです。強引過ぎにも程がある。つまり、ここでの私の本名はレイレイらしい。嫌すぎる……。
「レイレイ、私は挨拶があるからしばらく別行動になるけど宜しくね」
「お姉さん、私は私でなんとかしますのでどうぞお気遣いなく」
貴女が関わると碌な事にならないからね。そう言った意味も込めて言ったが、また後でねと手を振って早々に会場に入っていった。司はそろそろ俺たちも入ろうかと、私の手を掴むと会場に入る。
会場は学校で一番大きな場所、つまり体育館なのだがどう見てもパーティー会場にしか見えない。ホールスタッフが会場を忙しなく行き来し、着飾ったドレス姿の女生徒達がキャッキャしている。男子生徒は制服姿が多いが、司は当然パーティー用のテカリ素材のお洒落なスーツだ。
私達が会場に入ると、響めきが起こり司を見て歓喜する女生徒達。その横にいる私には、誰だあいつという好奇の目と女生徒達の嫉妬の目。なんとも、居た堪れない。
「大丈夫だから」と司は私の手を強く握り、堂々と歩き出す。あんた最高の漢だよ!と賞賛したいが、私達は会場の隅に陣取る。彼の成る可く目立たないようにしようとする配慮からなんだけど、司が横にいるだけで凄く目立つ。私達の周りだけ5歩ぐらいスペースが出来ている。
「なんか、ごめん……」
「司といれば、目立つのは分かり切ってたから気にしないでよ。それに私のこと守ってくれるんでしょ?」
私が冗談めかしに言うと、爽やかスマイルで司が相槌を打う。
「麗華は何か食べたいものはない?俺が取ってくるよ」
「いろいろ、食べたいけどドレスを汚すと嫌だからなぁ」
「それ、冴子さんからなんだろ?」
「そうなんだよ。とても高そうだから着てるだけで気疲れ起こすし嫌になるよ」
「だったら、一口で食べれる物とかあるから適当に見繕って取ってくるよ」
「確かに、それなら汚す心配もないか。でも、どうせなら一緒に行こう。司も食べたいのあるでしょ?」
それもそうだねと司と一緒に食事を物色する事にする。ちなみにバイキング形式なのだが、蛇窟麗華の胃袋は意外と小さいので厳選しなくてはならない。私達が歩くと人だかりが二つに割れ、道が出来上がる。なんか、今だったら海とか割れそうだ。
司におススメなどを聞きながら、選んだ一口サイズの料理。それをまた元の場所に戻り食べていると強烈な視線を感じてしまう。見なければいいのに、私はそれが誰の視線か確認してしまった。
ーー橘さん、めっちゃ見てる。
彼女の視線は、好奇からくるものと違う。何か怒っているようにさえ感じる。しかも、橘さんの周りには西園寺、楓、司以外の攻略対象者が勢揃いだ。司が私から離れないから嫉妬しているのだろうか。でも周りにイケメンが沢山いるから、それで満足して下さい。と、念じて見たが無理でした。
私は溜息を吐くと、司に橘さんと会話して来るよう促す。彼女が強行手段に出て、攻略対象者とこっちまで押し掛けられても困る。まだ、一人の方がましなので迅速な対処。
「いつも、会っているから問題ないよ。それに、麗華に何かあっては困るからね。今日は、ずっとここにいるよ」
キラキラオーラ(特大)を身に纏った司は、いつになく色気のある微笑みを私に向ける。彼の背景に薔薇とか幻覚見える。
な、なんだそれは?私を浄化するつもりなのか。見てみろ!周りで偶然にも司の微笑みの爆弾に当てられた女生徒たちが顔を真っ赤にしてるし、立てないコまで出ているじゃないか。
「それに、麗華とこうして長く一緒にいるのも久々で何だか楽しくて」
もう勘弁して下さい。楓を好きじゃなかったら完全に惚れちゃうヤツだから。恋愛初心者を舐めて貰っては困る!それは、ただの幼馴染に向ける顔じゃないからな!
「司はいいかもしれないけど、向こうは司と喋りたいかもよ。私は大丈夫だから、ちょっと行ってきたら?」
しばらく続いた押し問答の末、キラキラオーラを引っ込めた彼は少しだけと言って橘さんの方へ向かった。……心臓がもたない。車中でもそうだったけど、司の天然ジゴロは治そうと思って治るものではないのかもしれない。だから仕方がないかと諦めながら私は料理を楽しんでいると、「ちょっと、いいかしら?」と女生徒3人が目の前に現れた。
どちら様?と思った矢先、1人の女生徒が一歩前に出て喋り始める。
「貴女、天凰寺様とは随分親しげですけど、どういった関係なのかしら」
ゲームの蛇窟麗華っぽい喋り方だなぁ、なんて思うのは失礼だろうか。
「ええっと、司とはただの幼馴染で椿さんの計らいで今日は来賓として招かれてます」
概ね間違えてはいないだろう。椿さんのおかげで、厄介な催し物に参加せざる得ない訳だし。本当だったら、今頃寮でのんびりゲームをしていはずなのに。
「なので司とは付き合っている訳でも、そういった関係になりたい訳でもないので安心してください」
さすがの私でも、彼女たちが何しに来たのか察しがついたので先手を打たしてもらう。大方、司に寄り付く悪虫とでも思っているのだろう。
「いや、そういう事ではないのです。貴女、蛇窟麗華という方をご存知でしょうか?」
「えっ⁉︎」
私の名前が唐突に出てきた事に思わず声がでてしまう。そして、どう返答していいか考えあぐねいていると、彼女は私が知っている程で私の返答を待たずに話だす。
「あの方が今元気にしているか、心配でして……」
彼女達が蛇窟麗華を心配?私は彼女達とは何の接点も無かったはずだけど……。そう思ってどうして心配しているか、聞いてみる。
「あの方は多分私の事なんて忘れているとは思うのですが、以前お世話になりまして。不本意な形で転校された際、碌に挨拶も出来ずにずっと気になっていたの。とても繊細で優しい方だったので……」
はい?誰が繊細で優しいって?それどちらの蛇窟さんですかと思うが、ここに来てまさかの私を持ち上げる発言に戸惑ってしまう。
「元気にしていますよ。司とも和解して、時々仲良く話しているのを見ます」
そう言って彼女たちの顔色を伺うと、本当に良かったと嬉しそうに互いの顔を見合っている。
「ええっと、麗華は皆んなから怖がられているっていつも気にしていたけど、貴女達は怖がらないの?」
「とんでもない!あんな優しくて綺麗な方を怖がるなんてバチが当たりますわ」
いや、バチは当たらないだろう。
「確かに蛇窟家と聞いて怖がる方も多かったのも事実ですが、あの方の優しさに触れれば誰だってその考えも変わります」
何したんだよ私!彼女たちが慕う様な優しい事なんてした覚えがないよ。
「そ、そうだね。麗華がそれを聞いたら喜ぶと思うから伝えておくよ」
彼女達はどうかその旨お伝えくださいと、言い残すと去って行った。一体全体何がどうなっているんだ。これは何かの悪戯なのだろうか。在らぬ方向から貰ったパンチで私はしばらく呆然としていた。