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やっぱり麗華ちゃんにぴったりとにこやかに手を合わせ喜ぶ冴子さんと、ワインレッドのドレス姿で複雑な心境の私が彼女の横で愛想笑いを浮かべる。
私にサイズぴったりで私のために用意されたのだろうそれは、生地からして何か違う。前世で友達の結婚式に奮発して買ったドレスが子供騙しに思えるほど何かが違う。オシャレに疎い私ですらこのドレスから漂う只ならぬ高級そうなオーラは感じ取れる。だから、余計に一歩身を引いてしまう。
本当だったら今頃アルバイトが休みなので、部屋でだらだら過ごし明日は昼まで起きない予定だった。しかし、最近では神白家の方々に何故かアルバイトのシフトを知られており、ちょくちょくこうして神白家にご招待される事が増えてきている。
そして、神白家には私の部屋?らしきものまで用意されており、困った事にその部屋のクローゼットには冴子さんに連れ回されあれこれ試着をした大量の服が入っているのだ。今回もこのドレスがあの部屋に仲間入りするかと思うと気が滅入る。日増しに増える服を見て高利貸しにお金を借りた気分になるのは、私だけではないだろう。
本当は断りたいのだけど、ドレスは既に購入済みでオーダーメイドのようだから受け取らざる得ないので困った。次回こそはなんとかして、阻止したい。だけど、冴子さんの喜ぶ顔を見てしまうと断りずらくて、どうしたものかと思案していると椿さんが似合うわねとニコニコしてやって来た。そして彼女は、冬休みの日程を日時込みで空けるよう付け加える。
「椿さん、その日は何かあるんですか?」
「せっかく買ったドレスがタンスの肥やしになるのも勿体無いでしょ。だから食事会にでもと思ってね」
「私、そんなお金ないですよ」
「全部無料だから大丈夫よ。あと、私の事はお義姉さんって呼ぶように」
「……はい」
「あらあら、椿は麗華ちゃんにお義姉さんって呼ばせているの?だったら、私はお義母さんって呼んでね」
冴子さんが私のドレス姿をスマホのカメラ機能で写真に収めつつ、椿さんとの会話に割り込む。お母さん?お義母さん?どう言う意味合いなのか分からないが、私が断ると拗ねてしまったのでお母さんと呼ぶ事になった。これだけ色々してくれるのだから、本当の母親の様に思って欲しいと言う意味だろう。そんな、やり取りをしていたら椿さんはいつの間にやら居なくなっており、食事会がどう言ったものか結局詳しく聞けなかった。
後から、楓にも聞いてみたが怪訝な顔で分からないと言っていた。彼の口振りから察するに本当に知らないのだろう。椿さんが極秘裏に動いているなんて、ますます嫌な予感しかしない。
まあ、考えても仕方がないので綾ちゃん達と冬休みの遊ぶ計画など練りつつのんべんだらりと、特に何事も無く過ごした。
冬休みに入ると帰省組が多く、寮生は数えるほどしかいない。私は冬休みに入ってから自堕落な生活を送っている。いつもより遅い朝食を済ませ、欠伸をしながら部屋まで戻ると椿さんが待っていた。
「お姉さん、今日はどうされたんですか?」
「どうされたも、もしかして食事会だって忘れてないかい?」
その事をあまり考えないようにしていたら、忘れていました。
「いや、お姉さんみずから部屋に来られるとは思わなかったので……」
取り敢えず、誤魔化しておく。たぶん、バレてはいるのだろうけど……。
「まあ、別にいいけど」とそのまま椿さんに引きずられ、彼女御用達のエステと美容室へ向う。それから、神白家へ向かいドレスに着替える。準備を終えたら頃にはすっかり夕方になっていた。もうそろそろ迎えが来る頃ねと椿さんが柱に掛かっている時計を見ると、タイミングよくインターホンがなる。
「すごく似合っているな」と入ってくるなり、司が目を細める。
「そうそう、言って無かったけど楓は今日来ないからね。代わりと言ってはなんだけど司がエスコート役だからよろしくね」
「エスコート?お姉さん、言っている意味が分からないですけど」
「今日は鳳学主催のクリスマスパーティーがあるから、レイレイのエスコート役には司を用意しました。ちなみに私のエスコート役は西園寺くんでーす」
「はっ⁉︎」
思わず声がでた。いやいや、あれだけの事があったのになんでクリスマスパーティー行かなきゃいけないのさ。ラスボスにも程があるだろう。
「レイレイ、もしかして行きたくない?」
「お姉さん、いくらなんでもそれはないかと思います」
さすがにはっきり言うべきだと、露骨に嫌そうな顔で私が反論する。
「でも、レイレイだって分かる人中々いないと思うよ。それに分かったとしても、司と仲良くしていれば、婚約破棄騒動はただのハタ迷惑な痴話喧嘩だったんだって思う人もでてくるでしょ。メリットこそあれどデメリットはないと思うけど」
ハタ迷惑な痴話喧嘩って思われるの嫌だけど、良好な関係だと思われるのは悪くない。クリスマスパーティーに参加するメリットは確かに大きいと思うけど、何か見落としているような気がしないでもない。釈然としないまま、会場に向かう私に司は優しく声をかける。
「安心して麗華。何があっても俺が君を守るから」
あっ、それゲームの司が婚約破棄イベントでヒロインに言うセリフじゃないか。ますます、不安だよ。あと、顔が近い!前に注意したのに直ってないじゃん。手も握られてるし。
車中、ずっとこんな感じでは身がもたない。椿さんと西園寺は別の車で先行しているから、この甘々な雰囲気を止めてくれる人はいない。鳳学に早く着かないだろうか。窓の外に目をやると、どんよりとした曇り空だった。