13
今度は説教タイムから尋問タイムへ突入している。私の横で司までも正座をさせられていた。
--これはまずい。
このままだと、私が自分の墓を見に行った事や楓と間違えて司に抱きついた事やら根掘り葉堀り聞かれてしまう。この面子から誤魔化しきれるか不安だ。取り敢えずあの場所に居た理由は、気分転換に出かけたと言う事にしよう。出先で司と偶然会ったまではいいが、ここからなんて説明したら良いものやら。
間違えたとはいえ、好きな人に別の男に抱きついたなどいいたくない。--す、好きな人⁉︎
私は思わず頭に浮かんだそのフレーズに、顔が熱くなるのを感じた。意識しないよう心掛けていたが、不意に思い出すともうダメだ。
おまけに胸まで触られた。私はボンッと音が出そうになる程、顔が真っ赤だろう。こんな時、どうしたら良いかわからない。恋愛初心者の自分が恨めしい。こうなって来ると、いよいよ今抱えている問題が頭の隅に追いやられ、楓の事で頭がいっぱいになってしまう。
ど、どうしよう。好きな人に胸を触られてしまった。嬉しいけど恥ずかしい。頭のお花畑が満開になっているのを悟らせないように私は俯く。
「楓、麗華を攻めないでやって欲しい。悪いのは俺なんだ……」
しばらくの沈黙の後、口を開いたのは司だった。彼は婚約破棄の後、事実を知り私に謝罪するため私を探していた事などを話す。司は私が抱きつき泣いていた件は箸折って、あらかたこの間のやり取りを上手い事説明してくれた。
「ふーん。それでレイレイは司を許したんだぁ」
それに対し、声を発したのは楓では無く椿さんだった。表情はいつも通りなのに声のトーンはやや低い。あれ、なんか怒ってないか?彼女の方を見やると心なしか冷たいオーラが出ているような。楓も司もそれに気づいているようで、表情が硬い。
私の満開のお花畑は、一瞬で凍りつき今や氷雪地帯に成り替わっている。間違えなく椿さんは怒っている。しかも、私に対してだ。以前彼女が言わんとした事から逃げだし、色々あって自分なりに答えを見つけた。だけど、彼女にはまだその答えを伝えていない。
恐らくは、司を許したと言う事実は、彼女にとって私が何も考えずに出した答えだと思うのは明白だったのだろう。
けれども、これは私の意思だ。司だけが悪い訳では無い。悪いのは私も一緒だ。婚約自体断ろうと思えば断れた筈だ。だけど、私達はそうしなかった。打算はあったけど司に優しくしたのもいけなかった。最初から上手くいかない婚約だった。なかった事にするのは出来ないけれど、不仲な関係よりは幾分マシだ。私も司もおいそれと簡単に切れてしまうほど短い付き合いでもないから。
私は今思っている事を椿さんにストレートに伝えた。話を聞き終わると、彼女はそうなんだと微笑んた。先ほどまでの冷やかな空気が嘘なんじゃないかというぐらい、椿さんからは穏やかな雰囲気が出ている。そして、彼女は悪戯っぽく笑い掛けると変な事を言い出すのだ。
「でも、レイレイ。仲直りしたと言う事は復縁するのかなぁ?」
「「それはないです」」
椿さんの質問に司と声を揃えて答える。誤解も解け仲直りしたのだから、復縁しても何ら支障がないと椿さんが思うのも当然だ。だけど、嫌いでないからといって婚約など大切な事は、流されるまましていいものじゃない。それにお互い姉弟の様に思っているのだから、今さら恋愛感情なんか持てない。私の考えを椿さんに伝えると、そう言うものなんだぁと嬉しそうにしていた。
「俺にとっては、世話の焼ける姉だったけどね」
「ちょっと、それはどう言う意味よ」
司の言葉にムッとした表情を見せると、彼が悪戯っぽく笑う。
「俺が宿題を忘れた時、今からじゃ間に合わないから見せて上げると言われたが一個づつ答案がズレてて慌て麗華の宿題を直したことがあったな」
「あれは偶々よ」
「遠足で山登りをした時、俺の班が遅れてて遭難したかもと探しに行って逆に遭難しかけたり」
そんな事あったな、と楓が思い出し笑いをする。楓と司は昔を懐かしむかの様に笑う。私はそれに反しプンスカと冗談交じりに怒る。それが何だかしっくり来るものだから、昔からそうだったかのように錯覚してしまう。
多分、私がもう少し歩み寄りさえすれば手に入った関係だったかもしれない。昔にそれに気づけたら、今よりずっと良い関係性を気づけたかもしれない。たらればの話なんてしても仕方がない。だけど、司も私と同じ考えをしていたらしく、もっと早くに気づけたら良かったと口に出していた。
「むしろ今だから、お互い分かり合えたんだろ」
司の言葉に楓はそう返した。たぶん楓の言い分は正しい。婚約破棄がなかったら、一生分かり合えなかっただろう。これから先、私達がこうして肩を並べて笑い合うなんて日はこなかった。
私達はそれもそうかもと、可笑しくもないのに笑いあった。
「青春しているところ悪いけど、お姉さんはそろそろ腹ペコだよ」
さっきから置いてきぼりにされている椿さんが少しつまらなそうに頬を膨らませている。いけない、すっかり忘れていた。私達は慌て謝る。西園寺に至っては、青春だとか友情っていいなと目頭を熱くさせている。真剣十代していた私は、ちょっぴり恥ずかしいです。
なんだかんだあったが、昼食を済ませると椿さん達は帰って行った。
「レイレイ、いい顔になったね」
帰り際、椿さんが私にそっと耳打ちする。私がお礼を言うと、それからと彼女が付け加えて話す。
「これからは、私の事はお義姉さんって呼んでね」
言っている意味は分からなかったが、取り敢えず頷いておく。去り際、彼女が「西園寺くんで進める予定だったけど司も悪くないわね……」と呟いたのが気になるが、聞かなかった事にした。
「楓、黙っててごめん。色々、頭が整理できなくて……」
「気にするなよ。別に悪い事した訳ではないだろう」
「……うん。それでも、最初は楓にちゃんと伝えたかったから」
それに楓がいたから私は自分を見つめ直せた。もし、楓に会えなかったら一生悩み後悔し続けただろう。だから、私がこうして居られるのは全部楓のおかげなんだよ。だから、本当にありがとう。私は思いの丈をぶつけた。
どういたしましてと私の頭にポンと手をのせ楓が笑った。私より大人な楓が何だか眩しくて羨ましくて、不毛な恋をしているとわかっていても、このまま好きでいたいたいと思ってしまう。許される限り、こうして彼の笑顔を隣で見ていたいと私は願う。
何だかんだあったが、後半は何事もなく進み文化祭は終了した。余談ではあるがクラスで打ち上げをした際、私は心身共に疲弊した最大の被害者大野くんにお詫びを兼ねファミレスにてハンバーグをご馳走した。
文化祭の余韻を残しつつ、冬休みまで一ヶ月をきろうとしていた。そんな週末、学校から帰ってくると寮の前に見慣れぬ車が止まっている。嫌な予感しかない私は、マフラーで口元を隠しPコートのフードを被ると素知らぬ顔で車の横を通り過ぎようとしていた。
しかし、タイミングよくドアが開き、「麗華ちゃん」と私は呼び止められた。振り返ると、冴子さんが手を振っており、またかと私は溜め息を吐く。明日はバイト休みでしょうと半ば強引に車に押し込まれると、私は神白家に連行されるのだった。