12
私達が1限目をサボったことは、幸いな事に誰も何も聞いてこなかった。と言うよりは、聞きにくかったのだろう。何事もなかったかのように放課後になり、クラスは文化祭の出し物で揉めていた。主に綾ちゃんと大野くんだけだが。綾ちゃんはお化け屋敷、大野くんは迷路。二人は一歩も引かない。
一体、彼らの何が熱くさせるのか分からない。いつまでも不毛な言い争いをしている訳にはいかないと、楓の折衷案で迷路型のお化け屋敷をやる事に。迷路班のリーダーは大野くんでお化け屋敷班は綾ちゃんがリーダーになった。
ちなみに私はお化け役だ。綾ちゃんはどうもホラー好きで、どこから調達したか分からない
黒髪ロングのカツラと血塗られた白いワンピースを5セット用意してきた。放課後は綾ちゃんによるお化け役の指導。彼女の指導はとても熱が入っていた。彼女曰く才能があると言われたが、なんとも複雑な気持ちだ。
お化け屋敷の名前は『スネークケイブ』と命名された。当然、名前は楓の提案。いくら、私がメインのお化け役だからってあんまりだ。
大野くんは2つの空き教室に複雑な迷路を作ろうとしていたが、楓に客が履けないと却下されていた。しょんぼり項垂れる大野くんに、ドンマイと後ろから声をかけるとアヒャっとへんな声をあげ驚かれた。
「蛇窟さんだと分かっていても怖いよ」
「ごめん、ごめん。お化けの格好したままだった」
「麗華にはまり役だから、この調子だと当日も楽しみだな」
楓が悪戯っぽく笑う。
「お化けが私のはまり役ってどういうことよ?」
「まんまだろ」
「私もそう思うよ。レイレイ、素材がいいからそんなにメイクしなくとも雰囲気出てるし動きも不気味な感じが出せてるもの」
綾ちゃんは拳を固く握り締め熱く語っていたが、楓は揶揄って言っただけなんだよね。
「ところで楓は何してるの?」
彼はさっきからダンボールを綺麗に長方形に同じサイズに切り分けている。
「これか?迷路の壁だよ。こっちにも何枚か完成したのがあるだろ」
楓が指差す方には黒く塗られたダンボールが何枚も置いてある。イケメンがダンボールで迷路の壁を作る絵面はなんともシュールだ。
「今、なんか失礼なこと考えてなかったか?」
「いや、別に……」
「まあ、いいけど。この調子で行けば文化祭までには余裕で間に合うな」
「そうだね。私、文化祭が楽しみだよ」
「麗華は初めてだもんな。文化祭にちゃんと参加するの」
去年は手伝うどころか、話し合いすら参加出来なかった。蛇窟さんのお手を煩わす訳にはいかないとかなんとかで。
「なんで、知ってるの?」
「結構、有名な話だぞ」
「楓さん、それは悪い意味でですか?」
「悪い意味だな」
やっぱりか。楓の話だとどこをどうねじ曲がったのか、私がクラスメイトに恥ずかしく無いものを作れと命令し、自分は何もしていなかった事になっているらしい。それって凄い悪い奴じゃん。まあ、知りたくもない事実を知ってしまったなどあったが、準備は滞りなく終わった。
当日は、椿さんと西園寺が遊びに来るらしい。ラスボス様の降臨とか、何もトラブルに見舞われなければいいけど……。
いよいよ文化祭。秋の澄みきった空は心地良くお化け屋敷には実に向かない天候だ。隣のクラスは青空カフェをすると言うので、今日はさぞや盛況だろう。後で綾ちゃんと行ってみるのも悪くない。
文化祭開催セレモニーが、体育館で行われた。学校中が活気だっている。綾ちゃんとお化け役は最終打ち合わせだ。私がやるお化け役は大取りで責任重大だったりする。
お化け屋敷の流れは、入って直ぐに黒髪ロングの血塗られたワンピースの女が揺れながら立っている。迷路を進むとそれが計5回。対し怖くないお化け屋敷だと客がゴール手前で油断していると、後ろから女がカクカクしながら客を追い掛けるというものだ。綾ちゃんのこだわり抜いた仕様になってます。大野くんもそうだったが二人のお化け屋敷やら迷路 に掛ける情熱は、クラスメイトも実は若干引いていたりする。
客を後ろから脅かす為に、迷路には隠し扉と隠し部屋が存在する。そのデッドスペースは、お化け役の待機場になっている。脅かすのは初め緊張したが、客が思っていた以上に好反応だったためテンション高めでカクカクしながら次の客を待ち構えていた。
「カクカクしてるとこ悪いんだが、ちょっといいか?」
「楓、どうかした」
人に見られたとか超恥ずかしい。だから、平静を装うことにする。暗いし顔隠れてるしバレないだろう。
「次の客なんだが、姉さんと西園寺だから」
「まかせて、誠心誠意全力で脅かすよ!」
「いや、無茶しないでくれと俺は言いたいんだが……」
楓が何か言っていたが、私は軽く聞き流しカクカクしながら全力のサムズアップ。その後、集中するからと楓を追っ払う。ラスボス様に一矢報いて楓にドヤ顔してやる。
しばらくすると「きゃー、こわーい」とらしくもない椿さんの甘ったるい声が、私の側で聞こえる。ちょっと、間を置いて西園寺が腕を組むのはやめてくれと言っている。
「西園寺くんはノリが悪いねぇ。お化け屋敷の正しい楽しみ方なのに」
絶対違うと思う。うっかりツッコミたくなるのを我慢し、ハートは熱く頭は冷静。いざ、出陣!
「えっ⁉︎」
彼らの背後からそっと出たつもりが、目の前には西園寺。ちょっと先に椿さんがいる。薄暗かったせいもあるだろう。そのまま前進する西園寺と私はぶつかり床へダイブ。
「あ、危ない!」
床へダイブすんでのところで、西園寺が私を抱きとめた。私と西園寺の顔の距離は10センチ。好きな人では無いけれど、イケメンの顔が近いだけでドキドキする。
「大丈夫?」
「私は大丈夫だけど、西園寺くんは平気?」
「俺は大丈夫……ってその声はまさか蛇窟さん?」
「そうだけど、驚いた?」
「誰だか全然分からなかったよ」
私も西園寺も相当テンパっていたのだろう。椿さんの事も忘れ、抱き合ったまま会話をしていた。
「お取り込み中なところ悪いけど、レイレイも西園寺くんもそこ見てみようか」
椿さんの指差す先は私の胸で、その先にはがっちり西園寺の手がホールド。「あっ」と小さく声が出る私と対象的に目をカッと開いて驚いて叫び出す西園寺。今日一番の絶叫を頂きました。
彼が慌て手を離すと、私がまたバランスを崩し倒れかけ、慌て西園寺がキャッチ。それを3回繰り返し、気がつけば計4回ほど胸を触られていた。
「本当にごめん。蛇窟さんに俺はとんでもない事を……」
「そもそも私が脅かすタイミングを間違えたからいけない訳だし、西園寺くんは私を助けてくれたのだから気にしないで」
「いや、そう言う訳にはいかないよ。俺は蛇窟さんを傷物にしてしまったんだ」
取り敢えず他の客に迷惑になるからと、外に出たのはいいが彼のとんでも発言に私は焦る。公衆の面前で傷物とか、皆んな勘違いしちゃうからな。
「レイレイ、4回も胸を揉まれちゃったもんねぇ」
「いやいや、あれは不慮の事故ですから。後、揉まれてもいないです。椿さん、誤解を生むような発言はやめてくださいよ」
私はきっちりフォローをしておく。西園寺を見ると、顔が真っ赤だ。最後の方、彼が実は胸の感触を確かめていたのは内緒にしておこう。だって、男の子だもんね。
「蛇窟--いや、麗華さん!俺は君を傷物にした責任がある。俺では家柄的に釣り合わないかもしれないけど……け、結婚を前提にお付き合いしてください!」
「へっ⁉︎」
「別に責任だけって訳ではないんだ。前から麗華さんの事は嫌いではなかったし、きっかけはどうあれ--ぐはぁっ!」
本日、2回目の彼のとんでも発言に楓さんがボディーブローを喰らわしていた。凄く痛そうにする西園寺がちょっと涙目で可愛いい。
「神白、いきなり何をするんだ」
「何をするんだじゃないだろう。少し落ち着け西園寺。麗華も別に気にするなと言っているだろ」
「だが、そう言う訳にもいかないだろう」
食い下がる西園寺に、楓はため息を零すと私の胸を5回揉んだ。
「ちょ、ちょっと何するのよ!」
「西園寺、これで問題ないだろ」
楓さんが私を華麗にスルーして、目が点になっている西園寺と話し始める。
「待て待て、楓さん。問題大有りでしょう」
「胸を揉まれたぐらいで何かあるのか?別に減るものでもないだろう」
「問題はないけど……」
「そもそも麗華の不注意で、西園寺の人生を台無しにしてしまうんだぞ」
「確かに……って私と付き合うと不幸になるみたいな言い方はやめてよ」
「違うのか?」
「違うわよ!何その『えっ⁉︎マジで』みたいなキョトンとした顔」
胸を揉んだ事に対して、何にも感じていない楓に女として見られていないと私はショックを受ける。ここは悔しので一矢報いる事にしよう。
「楓、さっき減るものは無いと言っていたけどあるわよ」
「なんだ?言ってみろ」
「私のモテ期が無くなる可能性が出てくるじゃない。現に私に恋い焦がれている大野くんがショックを受けているもの」
「お前はまだそれを引っ張るのか。いい加減やめてやれよ。大野のヤツが涙目で震えているじゃないか」
「だから、それはあこがれの私の胸が揉まれたショックよ」
結局のところ収拾がつかず、有耶無耶のまま今日の事はまた後日と椿さんが西園寺を引きずっていった。
しばらくして今度は司が来た。橘さんと来ているのか楓に聞くと一人で来ているとのことだった。意外だと思ったが、はりきって驚かそう。司の驚いた顔が見てみたいしね。
結論、西園寺の時と同じになった。私も流石に二度目なので胸に触られたのは2回ですんだ。しかしながら、楓にこっぴどぐ叱れてしまった。彼に今回の犠牲者は間違えなく私だと抗議したら、大野が一番の犠牲者だとキツめのチョップを貰った。ごめんよ大野くん。
昼食も相変わらず楓の説教は続く。とっくに帰ったと思っていた椿さんと西園寺もなぜか同席していた。椿さんにそのことを聞いたら、面白そうな事が起こりそうな気がしてまだいたとのこと。椿さんの嗅覚がハンパなくて怖い。
私は正座をさせられ、楓に片手で両頬をぶにっと挟まれ説教をされている。まあまあ、となだめる司が聖人に見えたのは間違いない。
「こいつは優しくするとつけ上がるからこれぐらいがいいんだよ」
どうやら楓は聞く耳もたぬようだ。
「楓さん、二人とも私を助けようとしたせいで起きた悲しい事故なんだし許して貰えませか?」
「事故も何も、お前の不注意が招いたことだろう」
なんとか楓の説教から脱出を試みようとしたが無駄だったらしい。だが、私がこの話をしたところ司と西園寺の顔が少し赤い。実は西園寺だけでは無く司も私の胸の感触を確かめていたのは内緒だ。だって二人とも男の子だもんね!
「おい、その優越感に浸ったような顔はなんだ。お前、本当に反省しているのか?」
「……反省してます」
「その辺で勘弁してあげたらどうだ?麗華も反省しているんだから」
さすが聖人司。もう一度、楓を宥めようとトライ。及ばせながら私も司のバックアップ!
「楓さん、司もそう言ってくれているんだからそろそろ私を許してもいいのではないでしょうか」
「お前、本当は反省していないだろう……ん?司はなんで麗華だと知っていたんだ。それに麗華も司と呼んでいたし」
「「あっ」」
私と司は、同時に声を発していた。