来訪者
初めて短編ホラーに挑戦してみました。よろしくお願いします。
僕自身は怖がりだし、霊感なんてまるでないんだけど、僕の家系は大昔に神社の神主何かをやっていたとかで、偶にそう云う能力のある人間が生まれたりするらしいんだ。
僕の曾お祖母ちゃんもそう云った類いの能力のあったヒトらしくて、巷では有名だったらしいんだけれど、残念な事に僕が生まれる前に亡くなっちゃったから、近所の爺さん婆さんから聞く彼女の数々の武勇伝――僕には、単なる怪談話でしかない――しか知らないんだけれどね。
僕の知る範囲では、僕の父親が正にその云う類いのヒトで、子供の頃から何度も色んな目に遭って来たみたいなんだよ。近所の爺さん婆さん連中の言う所の曾お祖母ちゃんの武勇伝的な出来事に……さ。
僕の親父は、あまりそう云った類いの自分の経験談とかを、他人に話したがらないんだけれどね。
まあ、僕は怖い話なんて出来るだけ聞きたくないから、それで一向に構わないんだけれど。
僕の弟なんかは、小さい頃に何処かで――十中八九、近所の爺さん婆さんたちからだと思うけれど――曾お祖母ちゃんの武勇伝を色々と聞いて来て興味を持ったらしくって、しつこく親父に聞いては怒らせたりしてたっけな。
因みに、その僕の弟も幸運(?)な事に、全くそう云った能力には恵まれず、現在まで概ね同じような、平々凡々たる毎日を過ごして来たって云う訳さ。
僕にとっては、それはとても幸運な事だったんだけれど――弟にとっては、それが不運な事だったって違いを除いては、ね。
僕が住んでいる町には、結構古くからのお城が町の丁度中心辺りにあるんだ。日本のお城って言えばお堀が付き物だと思うけれど、明治の頃に埋め立てられたりして、お城はあるけれども……って云う状態の場所が、以外と多いんじゃないのかな。だけど、僕の住んでる町のお城には、お堀が現存してきちんと残っているんだ。
お堀の中には当然お城がある訳で、お城って云うからには、色んな種類の木々がそれこそ沢山植えられてて、小さな山みたいになっているんだ。一応、植えられた木々はキチンと整備されているみたいなんだけど、昼間は緑地公園みたいで長閑な雰囲気でも、暗くなってくると鬱蒼とした雰囲気を演出するのに一役かってて……その、なんと云うか『雰囲気のある場所』になっちゃうんだよね。
現在では、お堀の中にあるのはお城だけじゃなくて、市民会館とか県立美術館とか……まあ、兎に角お城に関係しない建物も数多く存在している訳なんだけれどもさ。お堀も腐ったような緑色に濁ってて、アヒルだかカルガモだかが住み着いてるような、お世辞にもキレイとは言い難い池――と言うよりは、沼みたいになっちゃってるんだけれどね。
そのお城と色々な建物の周りを、お堀がぐるーっと――まあ大体一周する形で囲んでいるんだけれど、その中を南北に突っ切る形で、車道が南北に渡って通っているんだ。
南から北への一方通行のみの狭い道路だけなんだけれど、市内を南北に向けて抜けるには、この道を使うのが一番のショートカットだから、「お堀の道」なんて呼ばれてて、市民の間では結構重宝されているんだよ。この道を通らないで町を北上するとなると、お城を避けてぐるっと迂回しなくちゃならなくなるから、大幅に時間の短縮が出来るって訳。
とは言っても、北から南へ行く場合は、一方通行でこの「お堀の道」が使えない訳だから、結局ぐるっと迂回する羽目になって、結構な時間が掛ってしまうんだけれどね。
僕の自宅は町の丁度北西部に当たる場所に位置しているから、町の南部にある繁華街から家へ帰るにはその道を抜けて行くのが一番の近道なんだけど、まあ、古くからある場所だけに、ありがちな怪談めいた話が山ほどある訳で……。
僕も例によって、近所の爺さん婆さん連中からその内の幾つかは聞きかじったことがあるんだけれど、特に、タクシーの運転手さんたちの間では「お堀の道」は専ら有名な心霊スポットって云う事らしいんだよ。
それだけで、何か信憑性がある感じがするよね。おかしなことにさ。
タクシー運転手=怪談の宝庫
みたいな図式がさ、少なからずある気がしないかい?
少なくとも、近所の爺さん婆さんたちの半世紀ほど前の話よりは……さ。
あれはいつだったか……確か、7月のやけに蒸して、湿気が体に纏わり付くような暑い夜だったよ。
暗くなって来ると、僕はまあ――人に知られたりしたら恥ずかしいし、あまり大きな声では言いたくないんだけど――例によって怖がりだから、なるべくその道を使わないようにして居るんだけれど……。その日は、十数年来の仲間たちとの飲み会で、気分よく酔っていたこともあって、何となく幾分好い感じに酔いが残っていたりして気が大きくなっていたからなのかもしれないんだけれど……僕は何故か「お堀の道」を通って自宅に帰ることにしたんだ。
一緒に呑んでた友達の家はみんな揃って町の南西部だったから、当然ショートカットする必要なんてなくて、「お堀の道」を使って家に帰る必要があったのは、僕だけだったんだ。
今考えても、この時の選択は、普段の僕なら絶対にあり得ない行為だったと思うよ。別段急いでいる訳でもないのに、寄りによって深夜に「お堀の道」を、しかもたった一人でドライブ……だなんてさ。正気の沙汰じゃない、と思ったね。
まあ、確かに、この時の僕はしたたかに呑んでた訳だけどさ。
さっきも言ったけど、僕自身に全く霊感なんてものが存在していないって云うのは、本当の話なんだ。そう云う家系に生まれてるのにそんな馬鹿な、って信じてくれない人の為に正直に言って置くけど、今まで僕が生きて来た25年間の人生の中で、ちょっとでも不思議を帯びたな体験なんて、一度たりとも経験したことなんてないんだって断言できるよ。
これだけは商品証明、本当のことなんだ。
兎に角、その日は何故かいつもの僕にあるまじき決断でもって、「お堀の道」を真夜中に運転していたんだ。文字通り、たった一人で、ね。
「お堀の道」は、お城の石垣の形に添う形で、お城や他の建物を上手く避けるように無理やり作られているものだから、まるで峠のようにアルファベットのZの変形みたいな形で直角に曲がっている個所が何か所もあるんだ。
道自体はショートカットだからそんなに長くはないんだけれど、運転しているうちに何だか峠でも攻めているような感覚に陥って、僕は何だか妙に上機嫌だった事は覚えているよ。
まあ、お酒も多少残っていたからね。その所為もあったんだろうけど。
そして、車が丁度最後のカーブに差し掛かった辺りで、僕は何か違和感を覚えたんだ。何となくソワソワするような、据わりの悪い椅子に腰かけているような……。
で、最後のカーブを曲がり終えると直ぐに民家が見えてくるんだけれど、その最後のカーブが何となくいつもより長いような気がしたんだ。
それで、ふとお城の石垣の方へ何気なしに目をやると、何だか白い光の様なモノを見た気がしたんだけど、まだ少し酔っぱらっていたし(この際酒気帯び運転には目を瞑ってくれるとありがたいな)、目の錯覚かと思って2・3度目をし瞬かせるだけで――普段、怖がりな僕にしては、非常に珍しい事だけれど――この時は大して気にせずに、そのまま自宅への道を急いだんだ。
自宅に着いて玄関から入ったら、いつもはもう寝てる筈の親父がまだ起きてて、リビングから明かりが漏れていたんで、珍しい事もあるもんだなぁ……なんて思いながらも、まだ友人達との呑み会の上機嫌を引き摺ったままでリビングに入った僕は、
「たっだ〜いま〜。おっ帰りですよ〜っと!」
と、ハナウタ混じりで陽気に言った。
そうしたら、親父が僕の姿を見るなり、眉間に皺をよせて口を小さく開いた。
僕はまだ陽気な頭でどうしたのかと考えながら、首をかしげる仕草をして親父の顔を見返すと、低い声で親父が唸るように言った。
「お前、『お堀の道』通って帰って来ただろう?」
「え、何で解ったの?凄いね、父さん。超能力?」
びっくりだ。
僕は親父はついに超能力まで手に入れたのか……なんてまだ酔いの冷めない頭で思うと、酒臭い息を吐きながらおどけた調子で言った。
スゲエぞ、親父。とか心の中で賞賛しながら。
僕の発言を苦虫でも噛み潰したかのような渋面で軽く黙殺すると、親父は無言で台所に行き、何かの容器を手にして素早く戻って来た。
――かと思うと、僕を玄関口まで無理やりに押しだして、容器の中身を僕に目掛けていきなり投げつけたのだ。
「ちょっ。何すんだよ、父さん!」
何が何だかサッパリ解らない僕には、一瞬、親父の気が狂ったのかと思えた。
若しくは、酒気帯び運転をして帰ってきた息子への制裁――にしては、度が過ぎているよな……なんて、まだ好く回らない頭で考えていたんだけれど……。
けれど、親父に投げつけられたモノがショッパイ味なのに気が付くと、僕の体に残っていた酒が、一瞬で跡形もなく退いて行くのが判った。
窺うような眼で親父を見遣ると、親父は眉間の皺を一層濃くして、一言低く呟いた。
「――お前、連れて来てるぞ。」
これが、僕の人生で唯一の、怖〜い体験。
これ以後、僕が二度と、例えお日さまの照っている日中だろうと、「お堀の道」を使わなくなったのは――言うまでもないよね。
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