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 一通りの事情を聞き終わったとみて、マツリは自分から質問をする許可を得た。


「私の行動は制限されるのですか?」

「制限と言うより、保護、だ。こちらのことを、そちは何も知らぬ。危険な目にあうこともあろう。

特別な知識を持たぬとはいえ、前回の界渡りより百年、あちらに変化がないということもあるまい、聞ける話より得られるものはある。そちが年端のゆかぬ子どもであろうが、我が国最重要の賓客であることには変わりない」

「私、成人してるんですけど……いいえどういたしまして。

 では、保護されている間の私の希望は誰に伝えればよろしいのでしょう。つまり、そう、お願いに許可を下さる権限をもっていらっしゃるのは、どなたですか?」

「例えば?」

「外に出たい、とか」


 努めてあっさり聞いたマツリに、王は考える風に目を数秒閉じた。

 王の目は、エルと同じ青だ。


「私である、と言いたいところだが、これでも忙しい身だ、要望が通るまでにはかなり時間もかかろう。

ゆえに簡単なことであれば、王太子であり現財務官のエルアンベールに全権を与える。

 ただ、国外への旅行や政治への進言など、重要な要望は内政府長のヴィッティーニとの二重許可としよう」


 王がつと指を上げると、王の最も近い位置に座っていた老人が立ちあがり、マツリに深々と礼をした。


「わたくしめがヴィッティーニにこざいます、マツリ様。普段は内政府長官室におりますが、御用の際はお傍に控えている騎士どもを遣いに出してください。わざわざ足をお運びになるには及びませんので」


 恭しくはあるが、その口調にはどこか、騎士を侮る様子が見て取れた。マツリにも分かるくらいだ、先ほどはため息を我慢していたらしい辺境伯が、今はあからさまに表情を苛立ちに変えている。

 ヴィッティーニはそれをかすかに鼻で笑う。もともとは愛嬌のある丸い目と丸い鼻をした男だが、そうしているとまるで攻撃的な子どもを彷彿とさせる顔になった。


 ざっと見ただけで二十人はいるこの部屋の男たちが皆、高い役職についているのだとしたら、その下に従う者も含めてかなり大きな組織だろう。反目しあう部署があるのも肯ける。

 マツリはそんな男たちの水面下での攻防を無視する形で、にこりと笑った。

 王の側近たる身分の男が、マツリに敬称をつけた。それが、この議会での最終的な決定なのだ。


「ありがとうございます。

 では早速お願い申し上げますわ、エル様、私、外に出ます」


 母と同じ、相談ではなく決定する物言いでエルを見やる。彼と王だけはマツリの上に立っているが、彼だって朝にわざわざ寝室を訪ねて表明したのだ。エルと呼べ、と。精神的に対等に扱おうと言う意思を受け取り、マツリはいま、彼に受諾の返事をした。


「もちろん連れてゆこう、マツリ。君に私の育った国を見てもらえるのは嬉しいことだ。

 ただ、警備を敷く都合上、今日、いますぐにというのは無理だ」

「警備、とは?」

「君の警護と、危険でないルートを決めて事前に人を配しておく。その時間が要る」

「……そんなにおおごとになさるの?」


 エルは苦笑した。


「陛下がおっしゃったように、君はこの国の賓客だ。最初に現れた村のあたりや、馬車を堂々と下りた南城門に居合わせた市民達から、じわじわと噂は広がっている。迎えにゆかせた騎士達は、返す返すも下手を打った、というわけだ。

 存在が公になっている以上、どんな事態も想定しておかなければならない。分かってくれるね?」


 思わず顔をしかめた。これでは、家にいた頃と何も変わらない、いや、むしろ不自由さが増しているではないか。小娘と思われながらも表面的には持ち上げられ、悪い気はしないが、付随するものはわずらわしい。

 しかし、マツリに選択権はない。王の言う保護も、おためごかしの建前でもないのだろう。エルの言うとおり、雷雲に伴う水害や事故、現れ始めた魔物の被害は、異界人への憎しみを生むと思えば、危険もないことではないのだ。


 捨てようとした命を惜しむ訳ではないけれど。


 マツリはエルと目を合わせた。

 少し優しくしてくれた彼が責任を問われる事態は、できるだけ避けたいという気持ちもある。むこうでは決して向けられなかった優しさは、かつての婚約者のものに似ている。あれは嘘だった。だからエルだって嘘をついているかもしれない。

 それがなんだろう。かまわない。マツリだって、嘘をついたのだから。


「不満だけど、受け入れます。そろそろ部屋に戻ってもよろしいかしら?」


 正直に述べると、会議室の雰囲気が急にゆるんだ。マツリの容姿は、日本にあってもやや年齢より下に見られることがあった。ましてや平均身長も筋肉の様子も欧米に似ているこの国では、王が見誤ったように子どもと見られるのは承知だった。ならばそれを生かせるだけ生かそう。

 子どもの我儘は通るようになっている。王に視線で促されたエルが先導するのを待って、マツリは当たり前の顔で会議室を後にした。












「和名には、文字ひとつひとつに意味があると聞いておりますぞ。マツリ殿の名には、どんな意味が?」

「漢字のこと? ペンと紙を貸して下さいな。……茉莉。茉莉花(まつりか)、つまりジャスミンのことです。花言葉は、温順な、上品な」

「ほうほう。ぴったりですな」


 好々爺、という言葉が似合う、長いあごひげをたくわえた老人は、マツリのためにあてがわれた家庭教師だ。名をサリウェンという。家庭教師とはいうが、要は日常のマナーや常識を教えるもので、学術という意味ではマツリに全くその気はない。話はあったが、もう勉強はたくさん、とにべもなく断っていた。

 しかし、年寄りの好奇心は役割さえ忘れさせるらしい。いずれきちんと聞き取りをするのに、というエルの呆れた指摘もなんのその、向こうの生活に興味は尽きないといった様子で、こちらを質問攻めにしていた。


「ねっとに乗っている? ねっととは? ほほう……仕組みはご存じない。箱がしゃべるのですか? 違う。もにたー。もにたーとは? てれびに似ている、はて、てれびとは?」


 今日のエルは、軍服を脱いでいた。ラフなシャツと形の良いパンツで、マツリの部屋のソファでくつろいでいた。そうしてみると、年相応というのか、きっちりした詰襟を着ている時とは違う瑞々しい印象を受ける。

 マツリの助けを求めるような視線に応えたものか、エルが立ちあがった。話をそらすように、


「日が陰ってきたね」


 言われてみれば、もう夕方といってもいい時間だった。やや影に沈む室内で、エルは掌を上に向け、低く何かを呟いた。すると、そこに渦巻くような青い光が現れ、エルの吐息に乗るように部屋の四方に散る。先にあるのは、壁際の照明だ。ぽ、と灯りがともる。


「え」

「え?」

「ええーっ!?」


 マツリはらしからぬ声をあげた。エルやサリウェンのみならず、侍女たちもそれを聞いて驚いている。


「なあに、それ!」

「何って、魔術だよ。そうか、君の世界にはないのか。そんなに驚くことかい? 私には、ねっととやらのほうがよっぽどすごいと思うけどね」

「ネットは技術よ。魔術ってオカルトじゃない。なにそれ、ねぇ、私も使える?」


 かつてネットの世界で魔法使いだったマツリは、喜々として聞いた。しかし、残念なことにエルは首を振っている。


「これまでの異界人も魔術は使えなかった。発達の仕組みが違うんだ、きっと無理だな」

「ああ」


 理解した、とマツリは肯いた。


「百年に一度、技術の発達をみたにしては、この世界は随分と遅れていると思ったわ。地球の技術はここ百年で加速度的に伸びたけれど、ここはいまだに馬車を使っている。

 魔術が邪魔をしているのね。伸びるべき方向に伸びていないから、進化の速度は逆にゆっくりになっていくんだわ」

「……そうだね、君の話を聞く限り、もしかしたらそうなのかもしれない。

 けれどね、マツリ……それを他の者の前で言ってはいけないよ。特に、我が国に誇りをもっている騎士達の前ではね」


 失礼なことを言ったとは思うが、考えの方向は間違っていないと思うマツリは、肩をすくめてから、口にチャックをしてみせた。


「なんだい、それ」

「口を閉じた、の意味よ。ファスナーをしめたの」

「ふぁすなーとはなんですかな?」


 不要な一言がサリウェンの好奇心を刺激してしまったらしい。再び質問攻めにあうことになったマツリは、老人が満足するまで、ファスナーの仕組みを絵に描いて見せたりした。


「漢字はありますか?」

「いいえ、これは外来語」


 答えながら、マツリはふと、気付いた。

 茉莉(まつり)とは、きっと、『(まつ)り』から名付けたのだろう。神をなぐさめるための儀式。菫と言う跡取りをなぐさめるための、供え物。

 父がつけたと聞いた。母に比べて存在感は薄いが、たまに会えば頭を撫でてくれた。だが名づけの意味に気付けば、つまり、父も母と同じだったということだ。

 

 茉莉花(ジャスミン)のお茶を用意しよう、というエルに、マツリは複雑な顔で微笑んだ。













読んでくださってありがとうございます。

長編の部類にはいるかと思いますので、この後もよろしくお願いします。

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