巻き込まれモブは再会した。
巻き込まれモブ視点。
「エルクさん、馬たちに干し草与えました」
「おぉ、ありがとう」
「エルクさん、切れたランプの魔石は変えておいたわ」
「エルク、外れかけた馬車の車輪、直しておいたぞ。もういい加減、新しいのにしろよ!」
「…って、いつの間にか混じってる!?」
「久し振りね、晶ちゃん」
「遅くなって悪い」
ごく当たり前のように馴染んでて、驚いた私は干し草の入っていた桶を落としかけました。危ない、親友が持ってくれなかったら割れていたかもしれません。
「エルクもありがとな」
「いんや、気にするなよディジュ」
馬番のおじさんこと、ダウザルンシェルクさんはなんと幼馴染みと親しいようです。年の差は親子ほどあるのですが、ベシベシとお互いの肩を叩いて笑っています。
「晶ちゃん、旅団での生活は慣れたのかしら?」
「旅団?商隊での生活はずっと馬に乗りっぱなしで、腰やおしりが痛くなるくらいであとは大丈夫だったかな。馬の世話は城にいたときにエルクさんに教わっていたし、力仕事が多かったから干し草を運ぶくらいは出来るようになったし。それに、住めば都だよ」
「えぇ、もう本当にごめんなさい。思い出さなくていいわよ」
本当にいろいろあったのです。えぇ、思わず親友が引く程度にひどい顔になるようなことが。
「でも、本当に大丈夫だったよ。みんな、非力な私にもよくしてくれたから、すごく助かったの。商隊の隊長さんも、私が来てから盗賊に遭遇することも魔獣とエンカウントすることないし、街に行けばちょうど品薄で困ってた町の人たちが群がって来てすごい売り上げになるし、ずっとここにいればいいっていってくれたの。私が来てからそうなったんじゃなくて、たまたま運が良かっただけなのにね」
だとしても、みんな優しいから運が回って来ただけだと思うのです。馬に乗り慣れない私が一緒で進むのが遅くなって、たまたま魔獣の大群が通るのに巻き込まれなかっただけなのと、危険の少ない道を選んでいつも通る道にたむろしていた盗賊と遭遇しなかっただけなのに大げさだと思います。むしろ、移動が遅くなって申し訳ないくらいなのに、安心させるためか商隊をまとめているダウザルンシェルクさんの息子さんがそういって慰めてくれたのです。
「へぇ~、商隊の隊長さんがね。本当は何ていって引き留めようとしたのかしらねぇ」
「ひひひっ、さすがオレの息子だな。見る目があるわ」
「………」
「むっつり黙ってるなよ、相棒!なぁ、聞きたいか?オレの息子が何ていってこの子にきゅうこ」
「うっさい!調子に乗って首絞めてくんな!!」
肩に腕を回していたダウザルンシェルクさんでしたが、じゃれるような態度でしたが相当腕に力が入っていたらしく幼馴染が真っ赤になって怒っています。苦しかったんでしょうね、『相棒』と呼んだダウザルンシェルクさんの腕をペイってしました。
「それにしてもやりやがったな、こいつめ!見ててスカッとしたぞ。しかもあれ、国内全域にあの光景が流れたんだろっ!」
「近隣諸国にも流したわ。海を挟んだ向こうにも同様に」
「ハハハッ!今まで大昔の功績でデカい顔をしてたんだ、いい気味だな!」
「おい、テメェ!エルク、こんなところでいうな!!」
焦った様子の幼馴染みが珍しく、思わずマジマジと見てしまいました。何だか、そこらにいる男の子みたいな乱暴な口調が、いつも冷静な彼がまだ自分とそう変わらない年なのだと思い出させてくれます。
ただ、私の視線に気が付いた幼馴染みは、何だかシュンとした表情を浮かべました。不躾だったのでしょうか?
「…晶、オレのこと嫌いになったのか?」
「えっ?」
「まあ、晶たちにとっても異世界の出身でもいわば化け物の長だからな、忌避すべき存在を好くなんてことはないか」
「ん?」
「だいたい、晶が巻き込まれた原因が、元を正せばオレのせいってことだからな。それに、姿もそうだが年だって違う…」
「ちょっと待って!」
今、さらっと重大なことをいわれた気がします!
「あれ?はじめて会ったとき、確か二つ上の」
「二つ上?当時、オレは六〇八才といったんだが」
「六〇八才!?」
最初を聞きそびれて、八才だと思ってました。
「じゃあ、八〇〇年前の魔王も聖女も知らないのね」
「オレよりジジイじゃねーか。今度からジジイと呼んでやるよ!」
「いらねーわ!!」
親友は平然としていますし、ダウザルンシェルクさは楽しそうにからかっています。二人とも、かなり豪胆ですね。驚いている私がおかしいのでしょうか?
「えっ、六〇二才も私と年が違うの?」
「気にするところはそこか?」
大事ですよ!
「だって、さすがに犯罪級の年の差だよ」
「ぐっ…」
吹き出す親友とダウザルンシェルクさんは置いておきます。二人はおなかを抱えて爆笑してますけど、私はそれどころじゃありません!
「わっ、私ぐらいの娘…孫?が何人いてもおかしくないじゃない」
「いないいない!ついでに結婚もしてないし、許嫁も恋人もいない!」
「…側室様や愛人は?」
「もっといない!」
「本当?」
「オレはそんな不誠実な男じゃない」
真顔です。やっぱり、勇者様とは違うみたいですね。
「確かに、過去に恋人がいなかったとはいえない」
「うん、まあそうだよね」
こんなに素敵な人なんだから、いない方がおかしいです。
納得する私は、そういえば前に彼にいわれたことを思い出します。あのときの彼が浮かべた真面目な表情と、『片付けなければないないことが終わったら』という期間の区切りをから、私はそれが『今』ではないかと勝手に想像しました。
そして、それは正しかったのです。
「リュー…リュシュオリアンディジュ。前に、私がこっちに来る前にいっていた『大事な話』って、今聞いてもいいこと?」
「あぁ。全てが終わった今こそ、晶に聞いてほしい。聞いた上で、答えがほしいんだ」
「うん」
「オレはこの世界の魔族たちを統べる王で、本来の姿は角が生えてるし年齢も六一八才だ。種族も違えば住む世界も違うし年もかなり上で、ついでに勇者と呼ばれるものに狙われることもある」
何故、そんな彼が私たちの暮らす世界に来ていたのかは、とりあえずは重要ではありません。ただ、出逢えた幸運を噛み締めて言葉の続きを聞きます。
「それでもオレは、人間で別の世界に住むずっと年下の、幼馴染みである出水晶が好きだ」
目を逸らすこともなく、言葉に詰まることもなく、甘い言葉ではないけどその代わりに真っ直ぐな視線と言葉が私を射抜きます。向けられる金色の瞳が、とても熱いくてその熱が伝染したかのようにじわっと私を熱くしました。きっと今、私は真っ赤になっているでしょう。
でも何故、私なのでしょうか。いっては何ですが、何の取り柄もなければ特殊技能もない、ごく普通の人間ですよ。どこに惹かれたのかわからず、しかし真面目な彼のこと、『女だから』という見境のない理由でもましてや冗談でもないとはわかります。
そう思っていると、その疑問が顔に出ていたようです。彼は緊張のためか少しぎこちない笑みを浮かべて静かにいってくれました。
「理由なんてない。ただ、お前が楽しそうに、幸せそうに笑っていてくれればいいとずっと思っていた。これからも、その気持ちは変わらない。ただその場所は……その、出来ればオレの横だとうれしい」
「そういえば、勇者様(笑)に真名がバレてなかったのね」
「うん?」
親友がいうには、この世界のだけではなく、魔術がある世界では真名…フルネーム?というのは大切らしいのです。知られてしまうと、呪いをかけられるらしいのですが…異世界コワい。
「じゃあ、名前を名乗るのにも一苦労だね」
「基本的には略称を教えて、真名はわざと長くして覚えにくくするのよ。私も真名を書こうとしたら、テスト用紙一枚まるまる使うぐらい長いわ」
知りませんでした。彼女は名前こそ奇抜ですが、苗字は日本でかなり多いのであまり気にしていませんでしたよ。あれは偽名なのでしょうか。
「だから親しい相手には、改めて名乗るのよ。つまり、真名を教え合うというのは、『信頼しています』っていってるのと同じことなのね」
「オレの場合は、お嬢ちゃんのことをディジュから依頼を受けた息子経由で聞いていて、信頼出来そうだと思ってはいたんだけどな。人となりを知ってから名乗ったんだ」
そういえば、最初は『馬番のおじさん』でしたね。ダウザルンシェルクさんは私が王城を逃げ出したとき、商隊に紹介してくれた後もずっとついて来てくれました。紹介した建前、何か問題でも起こしたら困ると思ってついて来てくれていたと思っていたら、ある日に私を護衛する依頼を受けているということを教えてくれて、そして改めて名前を教えてもらえたのです。
そのときに依頼人の名前を教えてもらったのですが…あっ、ダウザルンシェルクさんもそのときを思い出したのか、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべています!私は泣いてないです!あれですよ、心の汗がドバっとしただけですって!!
「自己紹介はオリエンテーションでしたよ。ただ、私の前は性女様だったから男子はざわめいてたし、女子はトリの勇者様(笑)に夢中でヒソヒソ話してて、聖獣使いさま(黒歴史)がベランダに勝手に出て野良猫にパンをあげようとして先生たちはそれを阻止しようとしてみんな聞いてなかったね」
親友は入学式直後に帰ってしまったので、オリエンテーションも出ませんでした。しかも、あまり学校にも来ませんから説明します。
個人情報保護の関係か、ネームプレートもなくて、授業で当てられるときはだいたい出席番号だったから、仲が良い子以外は氏名を知る機会がなかったおかげなのです。
「仲がいい子は苗字を呼び捨てにしてたから、たぶんそっちが名前だと思われてたんだと思うよ」
「そういえば、学校でよく一緒にいる子も名前みたいな苗字よね」
「そうそう。男の子みたいな名前になるけど」
私自身の名前も一見、男の子みたいな名前ですけどね。
「するとディジュも魔女様も、あの三人の真名を知ってるってことか?呪い放題じゃねぇか!」
「いやよ、そんな毎日魔力を消費する価値もないわ」
「同じく」
「毎日消費ってことは…い、いや、何でもねぇ」
ダウザルンシェルクさんは、二人から視線を逸らします。心なしか、蒼褪めている気がしますが、久し振りといっていた商隊での生活の疲れでも出て来たのでしょうか?
今日は早く休んでほしいと思いながらも、気になっていたことを親友と幼馴染に聞いてみることにしました。
「あの、二人共。三人はどうなるの?」
「死にそうになったら元の世界に戻れるように、魔女殿が術を仕込んでくれた」
「せいぜい、コワい思いをすればいいのよ」
二人とも、目がコワいです。
「対価は、スキルだそうだ。まぁ、これで少しは向こうでの煩わしさはなくなるだろうな」
「本来は女神様が戻すはずだったのだけど、何故だか今は力がなくなってしまったようなの。かの土地は別の国がかんり…コホン、監視してくれてそこの国の守護神が力を貸してくれるから荒れることはないはずよ」
「王家は騒ぎの責任を取り、国王は玉座をずっと前に放逐した王弟に譲り渡し、王弟は王政をなくそうとしているらしい。それぞれが勇者と聖女を使って相手を追い落とそうとした王妃と側室、第一王子、第一王女以下の子ら、それを煽った派閥の者たちは幽閉や身分の剥奪、財産の没収を受け入れたそうだ。潔いな」
おっかない目のままそう続ける二人ですから、本当はきっといろいろあったのだと思います。そう、『潔い』とはいえないようなことが。
とはいっても、私が三人と王家一家をを救おうとはまったく考えません。召喚に巻き込んだことも、扱いのことももうどうでもいいので、隠居してもう表に出て来ないでくれさえすればいいのです。罰としては最良ですし、私の溜飲も下がるというものです。性格悪いですね。
それと、勇者様が落とした女性方の実家は第一王女側…つまり王妃様の派閥だったそうです。つまり、魔王を倒した勇者様が第一王女様を娶って王位を継ぐというのはわざと流された噂で、実際はその噂で浮かれた勇者様方に問題を起こさせて、排除しようとしていたらしいのですよ。…みなさん、魔王を倒す前から何をしているのですか。いえ、魔王イコール幼馴染なので今はもう倒してほしくないので、全然問題はないのですが。
聖獣使い様を囲っておられた魔術師側も魔術の力を知らしめたいという欲を持っていましたし、寄付を多く受け取っていた教会側はもっと私腹を肥やしたいからと側室様側に着いていましたし、かなり大事でしたね。
魔王が倒された『もしも』の未来では、どんなことが起こっていたのでしょうか。かなりコワいです。
「なぁ、ディジュ」
「ねぇ、晶ちゃん」
「「うん?」」
「いい加減、赤面するのやめろよ。野郎の赤面は正直、キモい」
「わざと話題を逸らしたのに、何でまだ真っ赤なの?いいじゃないの、私たちは親しいのだから気にしないわよ。目の前でたとえ、返事がうれしくて思わず抱きしめてついでにき」
「ほっとけ!!」
「ほっといてえぇぇぇぇ!!」
ありがとうございました。