敗北魔王はピクニックに出掛ける
「ついに、このときが来たのね」
「…あぁ」
「心配しないで、晶ちゃんのステータスは見えないようになっているのよ。異世界の女神とやらがどうこうしようと、私の従弟の術が解けるわけがない。半神半人でもすごく力が強いのだから」
「……」
「あなたのスキル【悪運】が、従兄開発のスキルカードで晶ちゃんに譲渡されて、しかも【超幸運】に変化したのだから大丈夫よ!」
「だが、晶のスキル【増幅】は外せなかった」
「あれは天性的なものだから仕方ないわ。本来は、好意を抱く相手の能力を増幅させるだけなのに、召喚された三人のスキルに何らかの効果があって、特別好意を抱いていない相手にも晶ちゃんが近くにいる間だけは効果が出るようになってしまったのでしょう。そうじゃなかったら、あのいけ好かない連中に【増幅】の効果が出るわけないもの」
「…父上とそっくりな顔になっているぞ」
「あら、ごめんなさい」
自分で眉間のしわを指で伸ばせば、魔女は母親にそっくりな儚げな顔に戻った。
「私、あぁいう連中は嫌いなのよ。突っかかって来て、うっとうしいから。聖獣使い(黒歴史)はジャマなだけだけど」
「ここが猫屋敷になっているからだと思うが」
「他人の家の敷地に許可なく入って来るほうが悪いのよ」
「ネコの侵入はいいのか」
「あの子たちはアリスの情報を持ってきてくれるからいいの。だからこそ、あなたを見付けることが出来たのよ。さすがにずっと、大規模な感知魔術を使っているのは疲れるから」
「異世界人か」
「この世界、とりわけこの国は様々な文化の坩堝よ。神々も八百万と存在し、それを認め敬うその懐の深さ、そして魔力や神気とも呼ばれる力に満ちている。だからこそ、多種多様な世界と繋がり、こうして召喚や異世界人の落下が起こるのよ」
「お前の一族のようにか」
「まぁ、そうね。そもそも血の原点が、この世界かどうかもわからないの。でも私は、父様母様や一族みんなの家族の一員で、晶ちゃんの親友であれさえすればいいの。あと、あなたの幼馴染という立場と」
「それはありがたいことだ」
「あなたは、この世界で三人を殺そうと考えていた。原因をなくせば、晶ちゃんが巻き込まれることもないからよね。でも、出来なかった」
「魔女殿に止められたからな」
「何度もいうけど、晶ちゃんが悲しむからよ。だけど、もう一つ。もしかしたら、晶ちゃんもまた選ばれて召喚されたのかもしれないと思っていたのよ」
「【増幅】か」
「えぇ、そう。三人のスキルを見た限り、確かに優秀で伸びしろはあったけど、あなたや私の能力に比べれば圧倒的に足りない」
「オレはお前の魔術に隠されていて、探知されていないからな」
「うちの一族もそうよ。まぁ、ある程度の年になったら試練としてどこかの世界に跳ばされるでしょうけど、『女神』を名乗りながらも察知出来ないのならば大した力もないでしょうね」
異世界の女神を鼻で嗤う魔女。
「私たちが選ばれないのはいいとして、とにかくあれくらいの勇者候補は他にもいそうだと思っているの。だから、三人を再起不能にしたところで晶ちゃんの巻き込まれ召喚がなくなるとは思えなかった」
「他の候補者と共に、晶が召喚される可能性があったということか」
「そういうこと。さすがに、この世界の全員を片っ端からやっつけるわけにはいかないでしょう。そんなムダなことに体力を使って、また倒れられても困ると思ったのよ」
「…倒れていたのは最初の方だけだ」
魔王が過去を思い出して苦虫を噛み潰したような顔をするが、魔女はムシして話を続ける。
「ステータスを隠しても晶ちゃんが召喚されてしまったのだから、きっと異世界の女神様お気に入りの三人のうちのスキルのせいかもしれないわね。勇者(笑)のスキル【強制力】かもしれないし、性女のスキルかもしれない」
割合とひどい呼び方で一応はクラスメイトである三人のことを称する魔女は、静かにそう分析した。静かに見えて結構ひどい呼び方をしているところを見ると、彼女も本当は冷静ではないと魔王はこの状況下ではじめてホッとする。同じ相手を思う仲間がいるというのは、本当に心強いものだと改めて思った。
「あの勇者を中心に、最高の舞台になるように強制的に整えられるあのひどいスキルか?それの恋愛面に特化した聖女のスキルもひどいが、どちらの影響下はわからないな。どちらも似たようなもので、判断もつかない」
魔王だけが真面目に彼らを『勇者』『聖女』と呼ぶのも皮肉な話である。彼が魔王でありながら常識人なのも違う気がするが。
「とりあえず、晶ちゃんがいれば三バカの能力は上がり、しかも勇者(笑)と性女それぞれの物語では二人の好感度を上げるのに使えるモブとなるから巻き込むにしても良い存在なのでしょうね。胸糞が悪くてしかたないけど」
「悲劇の英雄として、か」
足手まといな同郷の者を傍に置いて守り、一緒に魔王のもとへ向かった勇者たちは、最後の局面で裏切られてしまう。勇者は非情な運命を歯を食いしばりながら耐えて剣を握り、悲しみに胸を張り裂かれそうになった聖女は恋人である第一王子の胸で涙を流し、聖獣使いは俯くことなく真っ直ぐと敵となったかつての仲間を見詰めた。そして、悪の手先となった同郷の者を討った勇者は魔王を倒し……。
「茶番だな」
「えぇ、そうね」
魔王と魔女は、感動的ですばらしい王道の物語を嘲笑う。
物語は幕を閉じることなく引き裂かれ、過去へと戻ってやり直すこととなった。魔王が転移魔術を失敗したのは、彼の【悪運】がなせる業だが、助けを求められなかった哀れな娘の最期の願いだったのかもしれない。
そしてそれは魔王を助け、魔女に関わり、物語を変える存在を物語の『外』に作り出した。
「さて、あちらでは【超幸運】の効果で、おキレイに整えられた上っ面が晶ちゃんの前ではバリッバリに剥がれていて、不信感がはんぱないことになっているから、騙されて人体実験なんてゲスいことされていないはずだけど」
「だんだん、魔女殿の上辺も剥げている気がしないでもないが」
「とにかく、もうそろそろ出撃よ!従弟もあちらの女神と殺り合いたいとうずうずしているからね」
「従弟殿…神殺しの勇者殿の息子の方か。彼は母方の実家で生活しているのでは」
「里帰り中よ。叔父様が邪神を滅ぼすときに使った剣を持って」
「物騒な里帰りだな」
「大丈夫。明日は学校らしいから、今日中にはその物騒な武器を持って帰るわ」
「ピクニックか。そんなノリで半日で倒されたら、女神とやらも可哀想だろ」
「あいつらに付き合わされる晶ちゃんの方が可哀想よ」
「それもそうだな」
魔王は魔女の言葉に納得して頷く。即答だった。
「契約しているから、私もあなたに関してはかなり自由に魔力を使えるわ。でも、その分料金が割高になります。どうする?」
「割高なのか」
「といっても、これを使えばかなり値段は下げられるわよ」
突然はじまった値段交渉に魔王は何ともいえない表情をしたが、魔女の取り出した袋を見て顔色を変える。
「それは…」
「そう、あのとき殺された『晶ちゃん』があなたに渡したもの。きっと、魔術師と王女が旅の最中に『晶ちゃん』のスキルで自分の魔力を底上げして、ついでにそんなに多くない魔力も全て奪って胸糞な実験してたんでしょうね。これ、魂だけを送還するための魔術が込められてるの。一応、術式は奇跡的にまともよ」
「異世界転移の魔術に、そんなものもあるのか」
「単純にこれぐらいしか出来なかったんだと思うけど。あなたにとってはイヤな話だけど、魔族の魔力も大量に籠っているから、襲撃したときに根こそぎ奪ったみたいね。そうじゃなければ、あなたですらあんなに消費する魔術を【増幅】されたとはいえ、人間の魔術師二人と『晶ちゃん』の魔力だけじゃ出来ないでしょう。すぐに使えるようになっているもの」
「しかし、身体はこの場合はどうなるんだ?」
「残されるでしょうね。魂がないのであればあまり持たないと思うけど確かあなたの部下、聖獣使い(黒歴史)に操られていたのではなかったかしら?」
「聖獣使いが仲間にした魔獣に、糸を使うものがいたようだ。騎士団長の身体はほとんど機能していなかっただろうに……」
「神経にも糸が通されていたのかもしれないわね。魔獣の研究が旅でどのくらい出来ていたかわからないけど、その魔獣を向こうの世界の人間も使えるようになっていたら、身体だけ残されていても使いようがあったでしょうね。身体の機能がどれほど使えるかはわからないけど、種馬とか」
「女が口にする言葉じゃない!?」
魔王が反射的に怒鳴るが、片耳を塞いだ魔女はどこ吹く風だ。
「まぁ、戦争の旗印くらいには平気でするでしょうね」
「他の国に攻め込むための布石か」
「もともと、召喚国だけが魔族の国に攻め込んで資源を搾取することを主張していたのでしょ。他の国は、大国・小国関わらず友好的に交流をしていたのに。大昔こそ本当に魔族と人間が殺し合いをしていたって聴いたけど、調子に乗って召喚国が戦争をはじめるのも時間の問題だと思うわ」
「オレが倒されたら、確実にそうなるだろうが…王子や王女、魔術師はいいのか?それぞれが勇者なり聖女なり聖獣使いなりを愛しているように見えたが」
「その程度のものだったのかもしれないわね。特に、『晶ちゃん』が死んだあとだったら、【増幅】が働かなくて愛情も薄くなっていたかもしれないわ」
「愛情というものは、儚いものだな」
「まさか!【魅了】によって作られた感情だからよ。少しずつ積み重ねられたものと、比べないでちょうだい!!」
「オレだって、晶に対する愛情と比べられたくない!!」
「……それは本人にいってちょうだい。あと、赤面しないで。ものすごくいたたまれない気分になるから」
手で覆って、魔女の冷ややかな視線から真っ赤になった顔を隠した魔王は呻いている。そんな彼に、本人がいるときは愛情ただ漏れ、最近は色気も垂れ流し状態だということは心優しい魔女はいわないことにした。親友を無事に取り戻したあと、盛大にからかうつもりの魔女は、気を取り直して『増幅器』から魔王へ渡された荷物から件の魔道具を出して説明を続ける。
「これであなたの魂だけをあっちに飛ばすのであれば、ある程度の時間と場所の指定くらいですむわ。場所は、魔王城にいるあなた」
「過去のオレのところか?」
「魔王が二人いるのはインパクトあっておもしろいけど、それより先に魔王城で混乱が起こってムダな時間を使いそうだわ。それなら、もとある身体に魂を入れて同化したらいいと思うの」
「それで、帰るときは切り離せるのか?」
「…さぁ?」
「『さぁ?』っ!?こっちに戻ってこられるんだろうな!あと、そうなったらここにある身体はどうなるんだ…」
「考えるな、感じろ!日本人は空気を読め!!」
「程度があるわっ!!あとオレは異世界の魔王だ!!」
とっとと出撃(比喩ではない)したい魔女は、いつもの口癖を炸裂させて煙に巻こうとして、魔王に怒鳴られた。魔王がいうように、魔道具の作用によってどういう変化が起こるか思考する時間と説明する時間がめんど…もったいないと考えたのだ。
ギリギリとにらみ合う見目麗しい男女。本人らはまったくもってお互いを『幼馴染』としか認識していないが、間に入って来た人物はそうは思わないらしい。人懐っこい笑みを浮かべた彼は手を打って二人の視線を集める。
「さあさあ、いい合いは仲良さそうに見えるてムカつくからそれくらいにして!」
「どこからわき出た」
「本音が漏れている。魔女殿もだが」
「仕事はどうしたの」
「仕事なんてしてる場合じゃないよ!マイスイートと部下が誘拐された友だちを助けに行くんだよ!?気になって仕方ないじゃないか」
「あぁまあ、庇護してもらう条件がそれだから部下はいいんだが…戻って来ていいのか?」
「もちろんだとも!キミにはだいぶ投資したからな。かならず彼女を連れて戻ってこい」
「……魔女殿に頭を踏まれていなければ、感動的なのだけどな」
「これはマイスイートの愛情表現さ!」
「キモい、黙れロリコン」
「お弁当とおやつも用意したのに!!」
「完全にピクニック気分」