巻き込まれモブは逃げ出した!
ブチギレモブ(私)。
「イズミさん、いらっしゃーい」
「失礼、致します」
「硬いなぁ、イズミさんは!安心して?オレたちは有名人だけど、イズミさんも同じ日本出身の人だから仲間外れにしないよ」
「はぁ…」
聖女様から入室の許可をもらった私が一礼して入って早々、勇者様が近寄って来て困惑するしかないことをいわれた。勝手に手を握らないで下さい。
「おなかすいた」
「ねぇ、早く紅茶淹れてくれない?私が紅茶を淹れようとすれば、みんなが心配しちゃうの。熱湯でヤケドしちゃったら、跡が残るから危ないって」
「みんな、大げさなんだよな。オレはたまたま勇者の素質を持って召喚されただけの男子高生なのに、会いたい人はそれなりの身分が必要だなんてさ。おかげで、お姫様と公爵家の騎士姫様と貴族の双子姫様とかあとはメイドさんたちしか自由に会えないし!あぁ、メイドさんたちもみんないいとこのお嬢さんなんだよな。前、お忍びで行った定食屋にいたお嬢さん、キレイだったよなぁ。お姫様たちにない素朴さがさぁ。あっ!イズミさんって外出出来るよね?オレからの手紙、彼女に届けてもらえるかな?それなら、お姫様たちに知られないから、嫉妬させることないし。あぁ、でも、勇者なオレからの手紙じゃ委縮して読んでもらえないかも。やっぱり実際に行った方がいいよね?イズミさん、オレたち友だちなんだから城を抜け出すの手伝ってよ!」
「お城にいたときの方が、洗練されたメイドたちを付けてもらえたけど、みんな可愛い私に嫉妬して本当にこわかったわぁ。顔が歪んでて、あれこそ魔族なんじゃない?ってかんじで。それに比べて教会は、質素な外見に見えて中は豪華だし、食べるものはお城にいたときとおんなじ位だからなかなか快適よね。しかも、側付きは選びたい放題!お城にいたときは、貴族のメイドじゃないといけない、男に自分から近付くのははしたないなんいろいろいわれてたけど、教会に来て正解だったわ!第一王子は熱い視線で見て来るし、先生も最近は部屋に寄ってくれるようになったし、公爵家の方も夜に忍び込んで来るし~。私、愛され過ぎてもう大変!」
「また、あたらしいともだちがふえたから、いえによびたい。しろのまわりのかべ、すごくジャマ。ともだちよべない。まじゅつしのけっかいだけでじゅうぶんなのに」
ぺいっと重ねられた手を放り出すのと、お三方が一斉に話し出したのはどっちが先だったのでしょうか。一斉にしゃべらないで下さい!
あと、来たばっかりで紅茶とお菓子の要求しないで下さいよ。お三人の誰かしら付きの者が準備してくれなかったの…あぁ、勇者様付きの侍女さんは直前まで近くの部屋で乳繰り合っていて、聖女様付きの神官見習い君は頬にキスされて舞い上がっていて、聖獣使い様付き…はいない代わりにこの間の魔術師の先生の方が自ら世話を焼いてるんでしたっけ。茶器ひとつ扱えない人だから、ムリですね。勇者様付き侍女さんと聖女様付き神官見習い君、とにかく皆さんは自分の仕事して下さい!そして私の仕事を増やさないで下さい!!お三方と会えるからうらやましい?じゃぁむしろ、代わって下さいよ!!
勇者様、自由に会える人たちが豪華過ぎますよ。王侯貴族ですよ、その方々。しかも、嫉妬させるとわかっていて、なんで権力もない一般庶民に手紙なんて送ろうとするんですか、私を巻き込んで。『嫉妬』の部分でニヤニヤしないで下さいよ、わかってますよ、みんなに取り合われてうれしいんでしょう?ウハウハなハーレム生活が楽しいようで何よりです。あと、いつから友だちになりましたか、それとめげずに手を握って来るのをやめて下さい。
聖女様、そりゃぁ般若みたいな顔で侍女さんたちに睨まれますよ。婚約者や恋人を奪われたり、気になっている相手(全てイケメンに限る)に引っ付いたりしていれば。もう少し、慎んだ距離でしたら聖女様が主張する『お友達』だと信じられると侍女長様のお言葉でしたのに。それにしても、教会は外の中の様子が別だとか、食べるものが王宮で出されるものと同じだとかおそろしい事実です。『質素で謙虚』なのが売り(?)なのに、王宮と同じってことは相当な金額をかけているのでは…?それに、聖女様付きが男の子だったり部屋に講師とはいえ男の人が出入りしたり、夜に外から男の人が入り込んだり、教会が説く『貞淑』ってなんでしょうか?聖女は『清らかな乙女』と相場が決まっていますが、優越感たっぷりに私に微笑みかける姿はとてもそうは見えません(遠い目)。
聖獣使い様、何故そんなに片言なんですか。あなた、私たちと同じ高校生でしょう。『いえ』と彼が称するのは魔術師たちが寝泊まりする棟のことなのはわかりましたが、王城と城下町を囲う城壁はないとマズいですよ!?確かに、この国と魔族の領地を隔てる結界(こちらは八〇〇年前のこの国出身の聖女様が張ったもの)のように、魔術師に張ってもらえばいいでしょうが魔族はともかく他の国からは丸裸では……?あと、勝手に『おともだち』を増やして連れて来てはいけません!!
心の中で激しくツッコミを入れる私は、もう一度勇者様の手を恐れ多くて震えながら叩き落し(べしっと音がした)ながら冷静に問いかける。紅茶とお菓子を準備しながらなのはこの際お気になさらないで下さい。
「勇者様、聖女様、聖獣使い様、どういった御用件でございますか?」
どこにいっても『必要ない』『いらない』とはいわれますが、一応これでも仕事はありますので。王城の寝具の運び出しやら、教会での落ち葉掃きやら、魔術師たちに渡す書類の運搬だとか。それだけかって?…そこらへん歩いていたら、どんどん余計な仕事を増やされるんですよ!!
あぁ、部屋(厩。馬番の方が可哀想に思ってくれて、一部屋くれた)が恋しい。あの、工具屋で買った鍵(強度・弱)が心もとないと思っていたのに、今では大切な心のオアシスです。仕事はまっとうしますけど。
「私、これから仕事があるのですが」
仕事があるなら、早く言ってほしいと思ってそう聞けば、まったく無反応でお菓子を貪り食う聖獣使い様はともかくとして、後の二人はそれぞれ反応を示す。
勇者様は驚いた表情を浮かべた後、少し怒ったような口調で説教してきます。
「そんな投げやりないい方しなくてもいいだろ!キミに能力がないのは知ってるけど、頑張るどころかそんなに卑屈になるなんてオレは悲しいよ」
「…はい?」
意味がわからず、思わず素っ頓狂な声が出てしまった。…反省です。
だいたい、投げやりになっていませんよ。本当に仕事ですし、第一に勇者様が悲しくなったところで私には関係がないのですが?
「あら、なぁに?嫉妬してるのー?あんた如きの顔と能力と身体でぇ?」
鼻で嗤うのは聖女様。いえ、嫉妬などしていないのですが、彼女の中ではすでに決定していることらしいので反論は受け付けないそうです。あと、身体はもっと関係ないですよ。
「嫉妬…そうか、イズミさんがそんなに卑屈になる程オレのことを思っててくれてなんて…っ!でもオレ、魔王を倒したら第一王女様と結婚するんだ!側室候補もいっぱいで。…あっ、愛人ならかろうじて空いてるかも」
さらっとすごいことをいってますね。生理的に受け付けないのでどうでもいいですが、一言だけいいですか?…何故、私がフラれた体なのです?
「え~、なんの能力もないお荷物のくせに、嫉妬とかするんだ?こわーい!せっかく、同郷のよしみで王妃になった優しい私が、お城の片隅に置いてあげても良いと思ってたのに、なんか裏切られた気分!コワいから、第一王子にいって処分してもらおーと!」
「!!??」
何故、彼女が王妃になれるのかわかりませんが、これは由々しき事態ですよ!
王族の『処分』とは、とても穏やかでないです。
「それ、だめ」
今まで黙ってお菓子を食べていた聖獣使い様が、ここでやっと口を開きました。希望を見出した気分で私は彼を見ます。
彼が『おいしくない』といいながら毛足の長い絨毯にお菓子の滓を零していていたことも、何だかんだブツブツいいながらも全員分を食べてしまったことももう気にしませんよ!
「しょぶんは、だめ。まじゅつしが、じっけんにつかいたいっていってたから。あと、ともだちのひじょうしょく」
えぇえぇぇ-!?そんな理由ですがっ!?物のように『処分』されるのと、『実験動物』にされるのと結局は人扱いですらないのですか!?あと、最後の一言はいりません!!『うでいっぽんでも、のこしてもらう』とか、聞こえませんから(泣)。
水面下でおそろしい相談事をされていることを知った私がガタガタ震えていると、聖女様は楽しそうに、勇者様は顔を背けながらそれぞれ何の助けにもならないことをいっていました。
「アハハッ!モルモットってことね!よかったじゃない、これで役に立つわね。せっかく、私の引き立て役に使ってあげてたけど…そうね、『嫉妬のあまり私を傷付けようとしたけど、可哀想だから』とかいって魔術師たちに下げ渡すようにいってあげる。それなら、慈悲深さと優しさを演出出来て第一王子も惚れ直すわ~」
「…妻たちに手を出さず、夫のオレに従うのなら助けてあげてもいい……かも。正妃を立ててきちんと妻たちの身の回りの世話をして快適に暮らせるように整えて、妻たちの間での争いごとを納めて、夫たるオレを癒して…まあ、お姫様たちを順々に孕ませるからイズミさんは一番最後になるけど、なんならオレの子ども産んでくれてもいいよ。あー、でも姫様そっちが強いから、なかなか離してもらえないかも。結局はみんなに二、三人産んでもらってからかなぁ~グヘヘッ」
楽しそうにこれからの予定を話しておられる勇者様と聖女様に、身体の震えが止まりません。
このお三方は本当に、本当…。
「キモいんだよ、勘違い共があぁぁぁっ!!」
あら、失礼。本音が漏れてしまいました。幼馴染みが結構細かい人なので、とっさに出てしまったとしても乱暴な口調はきっと訂正されるでしょう。いないので、心の中だけで反省しておきます。
「こっちが黙って聞いてれば、気持ち悪い自分の世界を展開して!異世界で勇者様(笑)とか性女様とか聖獣使い様(黒歴史)とか呼ばれて浮かれるのもいい加減にしろっ!!」
そもそも、よく誘拐されてきて暢気に誘拐犯たちの世界を救おうと思いますよね。いくら、帰る術があってそれと引き替えに魔王討伐を引き受けたとしても限度もいうものがありますよ。
「勇者様(笑)は第一王女様を正妃にするなら他の側室たちや愛人たちを追い出されることを覚悟しておいた方がいいよ。そんな弱腰で奥さんたちをまとめ上げることなんてムリ!結局はなあなあにして、正妃の嫉妬から目を逸らして放置して、他の奥さんがいびられるのを見ているだけなんだから!」
そんなヒドいことをして、普通のお嬢さんを不幸にするなんて許せません!ここでいう『ヒドいこと』というのは、勇者様の放置です。第一王女様?彼女の嫉妬はある意味真っ当です。やることは陰湿でも、旦那様が自分以外の他の妻を可愛がっていれば嫉妬しても仕方ないのです。それを諌める、もしくはうまくいくように彼女を立てて大切にすれば話は別ですが、勇者様の姿を見れば不可能でしょうね。
第一王女様はもともと、どこか別の大きな国の王子様の側室になる予定でしたし、この国にも後宮が存在するのでたくさんの妻がいる状態は納得しているでしょうから、うまく立ち回りさえすれば大丈夫でしょう。私は一夫多妻制に理解がないので、絶対にムリですが。
「性女様は、周りの女の人にケンカを売るのはやめて!『モテない女の僻み』じゃなくて、怒るのは普通のことだから!どこの世界に、自分の恋人や婚約者、片思いの相手を奪った人をチヤホヤするの!?『引き止める魅力が足りない方が悪い』?だとしても、何人もの男を侍らせる性女様が相手だったら、余計にムカつくでしょう!しかも、権力者にないことないことをいって、男の力で相手を排除するところが腹立つ!!」
一夫多妻制を許せないのだから、一妻多夫制を受け入れられない。顔面偏差値高い権力者男性を周りに侍らせて逆ハーを築くのは、私に被害が及ばない範囲であればどうでもいいのです。恋のさや当てなど、私には興味がないことですし。
ですが、今後もここでお世話になるのであれば男性だけではなくて女性を味方にした方がいいと思うのですよ。実際に好きな人を盗られた挙げ句、身に覚えのない罪を着せられて泣いていた女性を何人も見ましたし、そのせいで聖女様に近付こうとする女性は皆無ですので早くに手を打って下さい。
そもそも、聖女様は結婚出来るのでしょうか?女性たちの厳しい目の中で、『婚姻を結べない聖女様相手に…』と、怒っていた女性もいましたので気になっていました。曰く、『聖女様の力は婚姻を結べば消える』とのことです。ぼかしていますが、『婚姻』とは『処女性』のことですね。
ほぼ来たばかりの頃は真面目に聖女様としての力を使って、周囲に『歴代最強』の称号をもらっていたのを見知っていましたが、今はどうなのでしょう?上記のことから、処女ではないとマズい気がしますが、彼女はこの世界に来てしばらくした頃に見目麗しい貴族の恋人と…イエ、何モ自慢話ナド聞カサレテイマセンヨ?
「聖獣使い様(黒歴史)は、ゆっくりしゃべるのは構わないけどさ…もう少し周り見て自分で考えたら?」
自分で考えてフリーダムなことになっている可能性は否定出来ませんが。
「あと根本的なことだけどさ、私は勇者様(笑)が好きなわけでも、性女様に嫉妬しているわけでもないから。あっちこっちの女にいい顔してフラフラ渡り歩いて鼻の下を伸ばして役目を放棄する男は願い下げだし、どこに嫉妬して良いのかさっぱりわからない女のことを気にするつもりもないから」
何故、驚いた顔してるのでしょうか?
えっ、勇者様はその優柔不断さと下心丸出しな上辺だけの言葉は『優しさ』に変換されているとでも思ってたのですか?
聖女様に関しては、待遇に思うことはあります。ですが、タダで置いてもらうのも気持ち悪いので、仕事があるのはありがたいです。
第一、聖女様の仕事は大変で尊いので、代わられるとも代わりたいとも思ってません。みんなにとって大切な存在になりたいとも思いませんし、猫被ってまでそんな存在を演出したいとも思いませんので。むしろ、みんなに好かれて『ご苦労さま』です。
顔と身体?うらやましくないですね、特には。世の中には、平凡顔でスタイルが決して良いわけでもない女を好きになる物好きもいますし。
「だいたい、魔王倒してからそういうこといえ!訓練もしないで、勇者様(笑)と性女様は何の練習を日々続けてるの?何なの、死亡フラグなの!?死ぬの!?」
あっ、またついつい心の中で思っていたことまで口に出してしまいました。反省です。
しかし、旅に出る前から魔王討伐後の話はいただけないです。捕らぬ狸のなんとやらですよ。気が早いです。
それぞれ勇者様と聖女様が王族との婚姻をすることになっていますが、権力争いが起こりそうです。聖女様に至っては、すでに王妃の座が確定しているように話していますし、勇者様は奥方様方(予定)を『正妃』『側室』と称しているので自分が王様になれると思っているようですね。どこかで別の国を作るのであれば別ですが、一夫多妻制は王族のみがより多くの血を残すために適応される制度で、貴族や庶民は普通は一夫一婦です。勇者様の血を残すために制度を曲げることはありそうですが、でも玉座はひとつだけですよ。
それにしても、勇者などという称号は誰に付けられたのでしょうか。魔王に対抗する存在が『勇者』なのだとしても、現時点では何もしていませんよ?むしろ、倒せないとわかっていても国のため、自分の家族のために挑んで散っていった人たちの方がその称号にふさわしいのです。なので、私の中ではここにいる召喚された同級生は『勇者(笑)』なのです。『聖獣使い』など、もはや黒歴史になることは必須ではありませんか?『猛獣使い』なら、いざ知らず。『性女』はなかなかいいネーミングだと自負していましたので、今度会えたら幼馴染みと親友に話してみましょう。きっと一緒に笑ってくれるはずです。
…幼馴染みと親友の顔を思い出してしまったら、急にさみしくなって怒りが萎んでしまいました。
二人は、周りが私のことをなんといようと一緒にいてくれる稀有な存在です。あの二人こそ、勇者と聖女の称号が似合うでしょう。二人共、強いですし神秘的な美人さんですし。
ですが、さもしい私は『みんなの勇者様・聖女様』に二人がなってほしくないのです。きっとすばらしい二人には、二人に似合うすばらしい人たちが集まるので、もう話し掛けてもくれないし、抱き締めてもくれなくなるでしょうから。
「もう、いいです。本日をもちまして、職を辞したいと思います。お世話になりました」
なんだか急に、やる気も起きなくなりました。マズいですね、これでは仕事に支障が出ます。…ですが、ここにいてもまともな仕事をもらえるわけでもありませんし、そもそも私に給与は支払われていません。
思い出してみたら、ものすごく理不尽でした。ブラック企業です。
でしたら、ここで辞めることにします!善は急げといいますからね、日本では!!
一礼して、何やら叫んでいるお三方を置いて走り出します。厩の部屋には、私が日本から持って来た荷物が、取り上げられて少ないもののあります。それを持って、さっさとこんな国からおさらばします!逃げ出す?そうですとも!!何か問題でも?
「おじさん!お世話になりました!!」
「出て行くのかい?」
「えぇ、もういいんです!!」
「しかし、若い娘が一人でなんて危険だぞ」
お世話になった馬番のおじさんに挨拶をすれば、彼は私の無鉄砲な行動に眉を顰めて心配してくれます。いい人です!
「護衛を頼むにしても、まずお金がないですし」
「あっても、持ち逃げされたり売り飛ばされたりしたら危ないからなぁ」
コワいですね、異世界!
「あぁ、そうだ。ちょうど今日、大きな商隊が隣国に向かうらしいぞ。何なら、話しといてやろう」
「!!ありがとうございます!!」
「なに、しっぷ?だったか。あれを貼ってくれたり、マッサージしてくれたり、手伝いもしてくれたじゃないか。これくらいいいさ」
湿布は、幼馴染み用に常に持ち歩いているもので、クサくて取り上げられなかったもののひとつでした。ですが、気にしてくれていた馬番のおじさんの役に立つなら、幼馴染みもきっと怒らないでしょう。そもそも、普段からムリをし過ぎな幼馴染みが悪いのですから。マッサージも、そんな幼馴染みのために覚えたものです。ちなみに、デスクワークが多い親友にも好評でしたよ!
馬番のおじさんに連れられて、大通りを歩く私は日本とまったく同じ色をした空を見上げて込み上げる涙を耐えます。
あんなお三方でも、同郷なのです。これから逃げ出す私はもう、たった一人。
日本に帰る方法は、王宮で保存されていてわかりませんし、扱えるのは力の強い魔術師だけだそうです。つまり、何もしていないどころか逃げ出す私は戻る術がないのです。謝って、城に戻ろうかという考えが頭をもたげますが…、しかしもう、耐えられないのですよ。
「リュー…リュシュオリアンディジュ。迎えに来…てくれなくてもいいから、待ってて」
ハイスペックな幼馴染みでも、さすがに異世界まで来られないでしょう。感傷的になって思わず普段口にしない彼の本名を呟いて、我に返って訂正する。異世界に来られなくても、聞こえてそうで。
我に返ったおかげか、幼馴染みの名前に元気にする成分があるのかわかりませんが、前向きになれましたよ。ありがとう、幼馴染み。
親友も『深く考えるな、感じろ』と、見た目に寄らないことをいっていたし、気儘に旅をするのもいいかもしれないし、意外と別の国に帰還方法があるかもしれない。
甘い考えかもしれませんが、どのみちお三方が魔王を倒さない限りはこの国に残っていても帰還出来ません。それでしたらもう、私は出て行ってやるのです。
――出て来た王城を振り返ることなく、勇者召喚に巻き込まれてしまったモブはのんびり歩きながら逃げ出した。
無能力者であるらしい彼女は予知能力などないので、国を包む結界が破壊されたことを知ることはなく、数週間後に王都が恐怖のどん底に落ちる様もまた見ることもない。
ちょうどこの頃は、すごいスピードで王都から離れた場所に着いていた彼女は、自分があっさり加えてもらった商隊が実は隣国では有名な旅団の仮の姿だと知って混乱したり、依頼主の名前を聞いて泣き出したりと忙しかったのでそれどころではなかったのだ。