巻き込まれモブは聞いていた(聖女編)
逆ハー聖女。
※ずべこべ→つべこべに直しました。バグさん、指摘ありがとうございました。
「毎日毎日、勇者も飽きないな」
「まったくだ。女をとっかえひっかえして訓練も公務も『オレは歴代最強だから』とわけのわからないことをほざいては蔑ろにして。神に選ばれた者としての自覚はないのか」
「聖獣使いとやらも、フラフラとしているわコソコソしているわ、不審なことこの上ない」
「それに比べて、我らの聖女様はすばらしい」
「あぁ、慣れないながらも大神官様と公務を務められて、勉学も自分から取り組まれているな」
「師事されているあの神官に自分で交渉したらしいぞ。あの方は若くにして神官になられた方、頭脳明細だが自他共に厳しく、最初の頃など聖女様につらく当たっていたというのに、それも恐れず頭を下げて教えを請うたそうだ」
「『救う世界のことをもっと知りたい』とおっしゃった聖女様は、本当に女神に祝福されただけあるな。あのときは神々しい光を放っていてさすがの神官も頷くことしか出来なかったようだ」
「今では優秀な愛弟子として、常に教えられるように側に付き添っている姿を見るな」
「空いた時間は、城下町に下って民の暮らしぶりをこっそり覗いているようだぞ」
「一度だけ見た事があるが、変装している姿は可愛らしかったな。平民と同じ飾り気のないワンピース姿だったが、平凡な町娘には到底見えない」
はいはい、美少女は何を着ても美少女だといいたいんですね。
「確かに、わざわざ変装していたのに、あれでは危険が残るな。人攫いにあったこともあると聞いたが?」
「ああ、上官は口止めしていたが、確からしいぞ。祭りの日に人混みの中で護衛とはぐれた時に攫われかけたらしい。メイドが傍に付いていたのに、まっすぐ聖女様だけを狙っていたそうだ」
「佇まいはどんなに隠しても、隠し切れるものではないのだな」
そもそも、教会で準備された『平民服』が、貴族の着るような華美なものではないものの、『いかにも金持ちです!』っていう高級品だったのがマズかったように思うのですが。教会の方々の『聖女様に変なものなど着せられない!』っていう気持ちを十分に含んでいるため、毎回新しいワンピースはかなり上質なものでした。何故知っているかって?王城の仕事の合間に駆り出される外歩きに同伴するメイド―――貴族位のない娘だから侍女じゃない……が、毎回私だからですよ!!
あと、口止めされたんなら噂を広めちゃいけないような気もします。その日の護衛役はこの失敗のおかげで外されたらしいのですが、後日聖女様がわざわざメイドに探させて謝罪に行きました。護衛役はそれ以来、聖女様に傾倒して仕事後に上官からの命令もないのに聖女様の部屋周辺を自主警備してくれるようになったのです。…若干、こわい。
「まあ、そのときはたまたま外回りに出ていた聖騎士団長様が追い掛けて、事なきを得たんだよな」
「城付きのむさ苦しいだけの騎士たちと違って、さすが聖騎士団長様だ。迅速に動かれて、たった一人で人攫いたちのアジトに乗り込んで、聖女様を救い出すんだからな!」
いえいえ、重役が一人で外回りしていた挙句、たった一人で突撃かましてどうするのですか!?自慢気に語ってないで、『ほう・れん・そう』を徹底するように進言して下さい。いくら聖騎士団の最高責任者でも、さすがに国王様が招いた客人である聖女様が攫われたら報告ぐらいするでしょう。聖騎士団内最強?だったらどうしたというのです。多勢に無勢で、一緒に捕まったり、ヘタして死人出たらどうするつもりなのでしょうか。
あとフォローさせていただければ、『むさ苦しいだけの騎士』は叱責覚悟で上官に報告、大量投入された騎士たちできちんと捜索に当たってましたよ!…もちろん、護衛役だった自主警備員さん(当時はまだ純粋な平騎士団員)も真っ青な顔で必死に捜索に加わってました。
「人攫いに遭った子どもたちを励ましていた聖女様を見て、叱責したのはどうかと思ったけどな」
「あぁ、『神に選ばれたものが、膝を付いて同じ目線でものを見るな』だったか?平等を尊ぶ教会所属の聖騎士なのに何をおっしゃるかと思えば、『女神の代行者として気高くあれ』ということだったんだろ?確かに、神様がそこらの地べたに膝付いたら威厳がなぁ」
だとしても、言葉をもう少し選んでほしいですね。何でそんなに居丈高なの。
「でも、オレは庶民に寄り添ってくれる聖女様のこと好きだぜ」
「オレだってそうだよ!…まぁ、聖女様も『女神様の代行者だからといっても、私は一般人ですから』と微笑まれたそうだ。それからだな、『一人にしておくと、危なっかしい』とおっしゃって、聖騎士団長様が毎回護衛になってくれているらしい」
重役、自分の仕事をして下さい!他にも王様からの勅命で護衛する騎士が送られて来るのに、拒まないで下さいよ。
「そういえば、この前は公爵家のボンクラ嫡子様が『毛色の変わった娘だな。愛人にしてやろう』といって引っ付いて来たまま、戻って来られたな」
「相変わらず不愉快な方だ!よりによって、聖騎士団長様が国王陛下に呼ばれた時に!」
あんまりにも護衛役の騎士を送り返してくるから、直接話を聞いた方が早いからと聖騎士団長様を呼び出しでしょうね。結構長く掛かったから、話は平行線を辿ったとしか思えない。現に、未だに攻防戦が続いているので。
「ただ美しい、どこぞの貴族の庶子だと思われていたらしいな。実際に教会まで戻られた聖女様を取り囲む我々を見て、ポカンとしていたからな」
「あー、あれはそういうことだったのか!若い娘たちが騒ぐ美貌が見る影もなくて、笑えたよな」
困り顔の聖女様が、やんわりと遠回しに拒否するのに無視するからです。誰がわからない、外で軽々しく口に出せる身分ではないけど、遠回し過ぎて余計に関心を煽ってしまったのですよ。私からもいろいろいったんだけど、始終二人だけの世界で一緒にいた護衛役と侍女と一緒に居たたまれない思いをしたものです。
「何だかんだと理由を付けて教会に来ては聖女様をからかう姿は腹立ってしかたなかったが、公爵様もこれ幸いと首根っこ掴んで仕事を手伝わせるようになったから良かったんだよな」
イケメンに対する苛立ちが滲んでますね。
「とはいえ、仕事をすれば『今までのボンクラっぷりは何だったんだ?』ってくらいに優秀らしいな」
「あぁ…、ここだけの話しだが、あそこの家もいろいろ複雑らしいな。今は、後妻に入った夫人が切り盛りしていて、前妻の産んだ子どもである嫡子様は昔はひどく当たられていたらしい。ボンクラだった頃は、それはそれは良い笑顔で夫人は笑っていたらしいが」
あからさまですね、夫人。
「そういえば、最近この夫人の姿は見えないな。公爵様はよく見掛けるが」
夫人!?
「いろいろ吹っ切れたんかね。嫡子様も嫌々仕事に引き摺られて行ってたのに、今では生き生きしているように見える」
「未だに、聖女様に迫っているのが腹立つが、まぁそれはいい!」
「見ろよ」
「あぁ、もうそんな時間か」
「側室の産んだ第一王子だから、王位継承権は低いものの仕事がないわけじゃないだろ」
「むしろ、激務らしいぞ。王太子殿下はまだ幼いということで、仕事が減らされている分が回ってきているらしい」
「仕事を早く片付けて無理して開けた少ない時間を、あぁして聖女様と二人だけで花を見ながら語り合っていらっしゃる」
「オレも聖女様に癒されたい…」
相棒の切実な気持ちを無視して、もう片方は花壇の脇に腰かけた第一王子様と彼の広げたハンカチの上に腰を下ろした聖女様を見ていた。
「本当にお似合いな二人だな。大神官様は、あまり熱心に祈りを捧げない王太子殿下よりも第一王子を推しているぞ」
「信仰に厚い第一王子の方が、確かに大臣や騎士たちを重宝する今よりも良い世の中にしてくれそうだよな」
「あぁ、いっそのこと魔王を倒したら聖女様を妃にして第一王子に王位を渡した方が良いんじゃないか?」
「そうしたら、もっとオレたちも過ごしやすくなりそうだよなー。あっ!神官様と……」
「あっちから、嫡子様が…うわぁ、かち合ったか」
三人の男たちが、聖女様を挟んで火花を散らす!
「誰か止めろよ…あっ、お前!こんなところで休んでんな!!」
「へっ…?」
昼休憩中…っていっても食べ物を詰め込むだけの短い時間が、男の人の怒鳴り声で強制終了された。
「神官様と嫡子様をお連れして、あの場から離せ!!」
「えっ…そんな、むり」
「つべこべいうな!!」
「うわっ!?」
押し出されてたたらを踏むが、そんなもの顧みられないのです。汚いものでも追い払うようにされて、仕方なく向かうけど、たぶん聖女様が止めに入るまで三つ巴は終わらないと思います。
「口にいっぱいにほうばって、食い意地張って意地汚い」
「魔王退治なんて危険な旅なら、聖女様じゃなくてあいつが行けばいいのに」
「本当にな。どうせ、ここにいても役に立たないんだから」