巻き込まれたモブを魔王は抱えて逃げ出した!
おや、どこかの世界から召喚いるようですよ?
「ありがとう。今日は私の誕生日を祝ってくれて」
「うん!喜んでもらえてうれしいよ」
「愛しのあーちゃんのためなら、いくらでも何軒でも貸し切りにするよ!」
「営業妨害はやめなさい」
親友が肩に白いフクロウを止めたまま、自分が倒した男の人の頭を踏み付けます。いつも思うのですが、どうすれば背の高い男の人を蹴り倒してなおかつ頭を踏めるのでしょうか?手際が良すぎてよくわかりません。
「あ!これが魔法」
「違う。あれは物理だ」
本日、鳥カフェを貸し切って親友の誕生日祝いをしました。友人も来ていたのですが、彼女は突然乱入して来たリューの上司さんの父である社長を捕獲に来た父親と共に帰っていきました。どうやらリューの上司さんである息子の片思い相手である私の親友を見に来たようです。
リューは始終、呆れていました。足蹴にされている自分の上司が、うれしそうに笑っているのを見ているからでしょうか?
「普段は魔女殿が絡めば大学サボるわ仕事はサボるわで、だいたい不真面目な人だが、あれでも本当は優秀だ。だからそんな人が見付けて執着している相手だ、心配しなくても大丈夫だろうに」
「私たちの大切な友だちだしね!」
「まぁ、そうだな」
それはたぶん、社長もわかっているでしょうね。なんというか、見定めに来たというよりも私の親友を使って息子をからかいに来たっていう感じでしたし。いえ、もちろん心配はそれとなくしていたようですが、自分の息子の目を信じているというようです。
「しかし、だいぶ気の早い話をしていたな」
「あぁ…うーん、そうだね。まだお付き合いもしていないのに、婚約や結婚の話しは早い気がするよ」
「人族の王族であれば、赤子の頃からでも婚約を結ぶらしいな。婚姻は成人前でもあり得るそうだ」
「この国も、大昔ならそういう結婚があったみたいだよ。だけど、今は恋愛結婚が主流。婚約者というのは現代ではあまり聞かないけど、良いとこのお家なら普通なのかなぁ?」
「魔族はそういったことはないな。確かに、貴族はいることはいる。だが、わざわざ婚約や婚姻という形で契約を結ぶことはしない。そもそも、種によっては異性との経験がものをいゲフンゲフン」
「大丈夫?」
咳き込むリューの背中をなでる。リューはブルブル震えて、私の方を涙で潤んだ目で見詰めて来た。
「咳き込み過ぎだよー」
「オレは違うからな!」
「そっかぁー」
「棒読み!?本当に違うからな!だいたい、晶の母上にはもう、結婚を意識しているといってある!」
「……………はぃ?」
「だからその、オレは晶との未来を考えて、決して不埒なことをしておきながら捨てるということはしない」
「うわぁ、ヘビィ」
「晶……」
「いや、私いってないよ!?」
「重いわねぇ」
「魔女殿、頼むから呆れた顔でしみじみいわないでくれ!!パトロン殿も、先程の発言はひどい!!」
「そもそもキミ、不埒なことをしているのかい?それとも、これからする予定があるとか?」
「いいい、いや!言葉の綾だ!」
「そうか。娘を持つ父親というのは、そういったところが敏感だそうだ。我が家は姉妹はいないが、どうも母と結婚するに至って父はいろいろ大変だったらしい。実家が神社ということもあるそうだが」
復活したリューの上司さんは、部下を言葉で沈めた後も邪気のない笑顔でそういいます。しかし、母方の実家が神社とは思えない容姿ですよね。…いえ、本来であれば容姿云々は、聖女様のとき同様に関係ないとはわかっています。ですが、テレビに出ていそうなアイドル顔の方が、神社の孫とは想像付きませんよ。
改めてまじまじとアイドル顔負けの上司さんを見ていれば、リューが後ろから抱き着いて来ました。あの、ここ貸し切りでほとんど鳥しかいないとはいえ鳥カフェの中なんですよ。
「晶、晶。こっちを向いてくれ」
「ぐえっ!?ちょちょちょ、ちょっと、力強いよ!後、何でコワい顔してるの!?」
「……晶がパトロン殿を見ているからだ」
「ただ観賞しているだけなんだけど。そんなに力を込めて拘束しないでも、逃げないよ?」
「拘束!?」
「あら。私の『やだわー、あれは抱き締めるじゃなくて、拘束よねぇ』という感想は一般的だったのね」
「大丈夫だよ、あーちゃん!ボクはもっとソフトに、なおかつ抜け出ることが出来ないようにキミを大事に抱き締めるからね!」
「そんなこと許すわけないでしょう!!」
「愛が痛い!?」
私の言葉に驚愕するリュー、さらっとすごいことをいう上司さん、アイドル顔を殴りに行く真っ赤な顔をした親友。うーん、カオスですね。
こんなに騒いでいるからか、『鳥カフェ』というだけあって色も大きさもさまざまな鳥たちがいる店内の、私たちから最も遠いところに鳥たちは身を寄せ合っています。白いフクロウだけが、相変わらず親友の肩に止まっていますが…あっ、ちょっと首を回さないで下さい。コワいです。
「ま、まあ、結婚というのは大変だよねー。そう簡単に決まるものじゃ」
ぴかっ
「……え?ここ、どこ?」
「目がチカチカする。何だったんだ、さっきの光は?リュー?」
「あぁ、これは」
言葉の途中で、急にすさまじい光が辺りにあふれて思わず私は目をきつく閉じました。そんな私を守るように、ぎゅっと抱き締めて警戒してくれるのはリューでしょう。
そして、光が収まったところで目を開ければ、先程の鳥カフェとはまったく内装の違う、見覚えのない広いの中にいました。私を抱きしめたまま周囲を警戒するリューに声を掛けて状況を確認しようとする上司さんと、彼の胸倉をつかんだままぶら下がっている親友は、それぞれまぶしそうに目を瞬いたり頭を振ったりしています。あれ…この状況って。
「お前たちは何者だ」
「…召喚?どういうことだ?」
リューと、親友の手を胸倉から外して代わりに自分が盾のように彼女の前に立つ上司さんは誰何します。リューの身長が高いから見えませんが、たぶん向こう側に人がたくさんいるのでしょう。気配というより、ざわめきが聞こえてきます。そして私は、この状況に見覚えがありました。
「異世界召喚!?」
まさか、まさかの異世界召喚でした。人生において、こんなに頻繁に起こることなのですか!?呆然と立ちすくむ私を他所に、リューとその上司さんは向こうの人たちと話を進めていました。
「こちらが巫女と、こちらが巫女の異母兄だと?この召喚の責任者はこの二人か」
「この国は、神に仕える巫女が王…不遜だ?人間の世の理とは違う存在だと?変わらないだろう、政治に介入しているのであれば王と呼んでもかまわな…わかったわかった、好きに質問してくれ。余計な口出しをしないから、そんな恐ろしい目を向けないでくれ」
「気を付けてくれ。ここはどうやら異世界らしいからな。どんな理不尽でも、向こうがどう出るかわからない」
よくわかっていますね、リュー。何せ、この間までいた異世界では誘拐犯である召喚国の王族が正義でしたから、変に不評を買ってしまえば恐ろしいことになりそうです。
「それで、この召喚は政治を代行するそこの男の婚姻相手を召喚ためのものだと。この世界は魔力が薄い?あぁ、確かにそうだな。だから、代理の伴侶は異世界から膨大な魔力を持つ娘を召喚するという解釈でいいのか?それで、巫女たちが召喚したのがオレたちを含めた四人ということでいいな」
「つまり?」
「あれだな、魔女殿の『試練』というわけだ」
以前に、親友がいっていたことを思い出しました。
「確かに今日はアヅちゃんの誕生日だったけど、急だね?」
「異世界人を自分達の都合で召喚する時点でどうかと思うけど、あらかじめ知らされていたら拒否するわ」
親友のいうことも尤もですね。
「ふーん、ボクのあーちゃんをねぇ?」
「…前からいようと思っていたのだけど、私はあなたのものではないわよ」
「そ、そんな!!」
マンガだったら、背後に『がーん』という出ていそうな表情で上司さんはショックを受けます。親友はショックを受ける上司さんを押しのけて前に出て悠然と腕を組みます。リューが視界を塞いでいるので、斜め横に立った親友の動きはわかりますが、向こう側の反応はわかりません。ただ、なんとなく浮足立った雰囲気がします。親友は儚げな美少女なので、召喚した側が喜んでいるのでしょう。本当に、見覚え(聞き覚え)のある反応です。
「それで、何故このような大人数を召喚したのでしょうか?しかも、男女混合ですわね。どういった理由でこういう事態になったのか…いやだわ、人の話をお聞きになって下さいませ」
「魔女殿、怒りはごもっともだが、風を切る音がするほどの速度で人の手を叩かない方がいいと思う」
「虫がいたので思わず気合を入れて叩いてしまいましたわ。ごめんあそばせ」
彼の広い背中から顔を出して見れば、キラキラしい外見の政治代理をしているらしい男の人が手をさすっているのが見えました。すごい音がしたので、かなり叩かれた手は痛かったはずですが、代理様はニコニコ…というよりニヤニヤと親友を見下ろしています。獲物認定したお嬢様方に向ける、勇者様の目に似ていますね。
「…ちょっと早くて見えなかったんだけど。いたのかな、虫」
「いるだろ、大きいのが」
「リューが顎で指しているの、代理様だと思うけど」
しれっとするリューですが、急に私との会話を遮られてムッとした表情で向こう側を見ます。
「何か用か。……ほう?巫女の婚姻を結ぶ相手も共に召喚したのか。だから、四人も召喚されたと?」
「本来であれば、代理か巫女どちらかの相手しか召喚しないところを、今回のみ男女一人ずつ召喚したということかしら?ずいぶんとずさんですわね。もし、予想外のことが起こったらどうするつも…あら、私の聞き違いかしら?あなたはどう聞こえました?」
「ボクには予想外に呼ばれた人間も何かに使える、といっているように聞こえたよ。あーちゃんは?」
「私はあちらの巫女が、あなたの持つ神に仕える者が持ちえる力を感じて自分の婚約者だと断言するのが聞こえましたわ」
「ボクには、ボクと部下を見比べて目移りしている俗物しか見えないけどね」
人懐っこい笑顔ですが、上司さんの声はひどく冷ややかでした。親友の前で勝手に婚約者扱いされたことに怒っているのか、それとも私は本日知ったばかりだった『神社の孫』が自分の召喚の決定打だったことが疎ましかったのかわかりませんが、彼のひんやりと冷たい冷気をまとっています。いえ、普通に身勝手な理由で召喚されたことに怒っているかもしれませんね。今日は親友の誕生日でしたし、何かしらあの後に予定していたのかもしれません。
三人が主に聞いてくれた話をまとめるとしましたら、代理様と婚姻を結ぶ強力な魔力を持つ親友と、巫女様と相性がいい同じく神に仕える者が持ち得る力(法力と呼ばれるらしいです)が強い上司さんが召喚されたようです。リューは巫女様と相性の悪い強力な魔力を持っていますが、様子を見ているとどうやら婚約者候補に残ってしまったみたいでした。リューはとても迷惑そうです。
私は恋人としてムッとした表情のまま、上司さんと行ったり来たりする巫女様の視線から守ろうと彼の前に立とうとし…ましたけど、なかなか前に出してもらえません。顔をちょっと出して、周囲を確認するくらいはいいようですが、何で前に出てはいけないのですか!大した力はないですが、私だってリューを守りたいのです!
「いや、気持ちだけでいいから。晶はオレの後ろにいてく…何だって!?オレの晶にふざけたこといいやがって!!」
「リュー、落ち着いてくれ!あーちゃんも彼に何かいってくれないか!」
「私の親友が、大したことない女ですって…?目玉腐っているのかしら、この男。あぁ、それとも下半身にばかり栄養がいってしまっていて、人を観察する力が落ちているのかしらね」
「あああ、アヅちゃーん!?」
上司さんがリューを止めてもらおうと親友に声を掛けたら、彼女は彼女で本気で怒っていました。マジギレです。ものすごくうれしいのですが、何だか不適切な言葉が親友の口からポロリして焦ります。顎に手を当てて首を傾げる姿は、眉を下げていることも相俟ってひどく儚げですが、いっていることがすさまじいです!
リューと親友はひどく怒っていて、二人を中心に周囲に小規模な竜巻が起こります。室内なのに、これが魔法というものでしょうか?あと、親友の肩に頑なに止まったままだったフクロウが。
「ししし、進化してる!?」
「何でもありだなぁ」
「ちょ、呑気過ぎませんか!?」
「うーん、だいぶ驚いてるよ?でも、あーちゃんから聞いていたし、リューを部下にするにあたっても覚悟はしてた」
呑気にしていると思ったら、意外に豪胆な方でした。その強さがうらやましいと思って見ていましたら、上司さんは苦笑します。
「でも、キミはそのままでいいよ。ここから先にすることは、ボクみたいな外道がやるべきことだからね。キミはそのまま、二人に大事にされるような純粋なままでいてよ」
「いえ、でも私だって二人を助けたいです。それに、純粋でもないです…」
二人が勇者や聖女になったらイヤだと思っている人間が純粋ではないと思ってそういいましたが、上司さんはただ笑うだけです。この人だって、彼自身がいうほど外道ではないと思いますが、フクロウが進化(?)した羽根をモチーフにしたような長くて白い杖で肩を叩いて二人の前に出ます。
「あーちゃん、ボクもまぜて~?」
「うっとうしい」
「髪の毛逆立てて、まるでネコみたいだよ。落ち着かなきゃ、相手の思う壺じゃないかな」
「だって、ムカつくもの!」
「フフッ、あーちゃんが年相応の口調でしゃべってる。可愛いなぁ」
「………」
「あれ?もういいの?」
「本当に、キモい」
「ひどい!」
上司さんは『よよよ』と泣き真似をしています。ですが、彼のおかげで親友は冷静になったようです。いつもの余裕を取り戻した親友は、悠然と微笑みを浮かべながら周囲を警戒しています。さすが、いつも足蹴にされているだけあって、親友のツボを押さえていますね、上司さん!
親友が怒りを治めたのを確認した上司さんは、先程までの泣き真似のことなどみじんも感じさせないキリッとした顔を自分の部下に向けます。
「リューは下がりなよ」
「だが」
「まったく。キミは少し勘違いしていないかい?キミが守るべき人は誰?」
「それは…」
「まさか、この期に及んでボクとかいわないよね?ボクが怒りで冷静さを欠けた部下に守られるたまだと、本気で思わないほしいな。仕事とかじゃなくて、キミの本心で守りたいのは誰だい?」
「私も守られるつもりはないわよ?だって、私は黒華と呼ばれる……晶ちゃん、この中二病臭い二つ名は私が名乗ったわけではないのよ!?」
「大丈夫だから、続けて」
どうやら、親友の二つ名は自称ではなくて他称だったようです。大慌てで私に訂正して来ます。
閑話休題。
「二つ名持ちの魔女を捕まえて、『守ってやる』というつもりはないわよね、異世界の魔王殿?私は共戦する相手か並び立つ者しか必要ないわ」
「それに、キミとあーちゃんの組み合わせだと戦力過多になるとボクは思うよ」
「わかった。ありがとう」
そういえば、前回の召喚国襲撃はリューの独壇場で親友は傍観していましたが、もしかして上司さんのいった通りの理由で手を出さなかったのでしょうか?リューだって手足しか出していないので、手加減抜きの二人の実力であればもしかしたら召喚国にしたような制圧ではなくて、世界も滅ぼせるかもしれません。いえ、あくまで想像ですが。
上司さんと親友の説得により、納得したリューは二人にお礼を私を背後に隠しながらどんどん下がって行きます。
「リュー、『下がる』って」
「二人にまかせて出ていいって意味だ」
「それって……」
「晶が得意なことだろ?」
ニッと笑ったリューは、ある程度下がった後に振り返って私を抱き上げます。所謂、横抱きです!
「後は頼んだ!!」
「まかせなさい」
「お兄さんにまかせなよ」
二人は並んで立って、後ろ手で手を振ってくれます。親友は闘志をまとった声で、上司さんは軽い口調でした。何をいっているのか、うるさくてわからない召喚者たちの怒鳴り声をバックに抱えられた私はリューの軽口でハッと我に返ります。
「こうして異世界の魔王とモブは逃げ出しましたとさ」
「!?」
まるで『めでたしめでたし』で締めくくりそうなリューでしたが、そうはいかなかったのは召喚した人々でした。
リューと旅をしていた私が後で知った噂話ですが、選民意識の強い巫女様たちや代理様とその側近たちが無理矢理敢行した異世界召喚にて召喚された二人にそれはそれはひどい目に遭わされた挙句に城から吊るされて国民の失笑を買ったというものです。えーと、吊るされたのは首と胴体はつながった状態だということだけは明確にしておきたいと思います、はい。




