元・敗北魔王は遭遇する
勇者様(笑)に続いて性女様のその後。
「何なんだ、この子どもは」
「さぁ?」
「リュー、どこから見てもお前に用事があるみたいだが?幼馴染みを迎えに来たんじゃなくて、この子を」
「ヒトを浮気者みたいにいうな」
「……そんなつもりはなかったが、すまん。真顔で威圧しないでくれ」
「あ゛?オレの晶がなんだと?」
「あのあと、第一王子と護衛騎士と教師役の神官と公爵家嫡子と…その他諸々が詰め寄って来たと」
「面倒くさくて『その他諸々』にした!」
「面倒事そうだからな」
魔王の二つ年上の同僚は、疲れ切った表情を浮かべている。さすが【苦労性】のスキルを先天的に所有しているだけある。彼はすでに諦めの境地に至っていた。
そしてさり気なく、魔王の『オレの』発言をなかったことにした。
「それとオレの晶とに、どんな関係がある。オレの晶が仕事をしなかったと?バカをいえ、彼女はどんなに些細な仕事も心を込めてこなす。努力家でガマン強い晶に対して、どこの誰だかわからないような奴にいい掛かりを付けられる謂われない!」
「お、おい!オレを盾にするな!仲介役にしようとするな!やめろ!?」
しかし残念ながら、彼の最早ステータス異常の域に達しているスキル【苦労性】はどんなに避けようとしても苦労を引き寄せるものである。憐れ、挟まれている彼は二重の意味で逃げられない!
「わかったから、腕は離せ!…で、そいつらに寄って集って羽交い締めにされて馬車に詰め込まれて運ばれたと。誘拐か?」
「今ここにいるから違うだろ」
「それもそうか。…あぁ、それで可愛がっていた騎士見習いに連れられて着いた先は、辺境の老伯爵のところだったと。その老伯爵は色狂いで加虐趣味の変態で、自分がどんなに気を遣っても怒鳴られるだけだったと?」
「…辺境の老伯爵は、厳しいが公平な人物だ。その様子なら、気の遣いどころを間違えて『はしたない』と手を鞭で叩かれたぐらいだろう」
「何かいったか?」
「いや?教育的指導を受けただけじゃないかっていっただけだ」
「あー…、なるほど。見ず知らずのオレたちに平気でくっついてくるからな」
「はっきりいえよ」
「腕に身体が当たってる」
当ててんのよ!
「それで、何ヶ月も生活していると」
「だいぶ話をはし折ったな」
「聞きたいのか?華やかな洋服も煌びやかな人々も賞賛も愛情も何もかも王都にいた頃にあったものがないという駄々を聞きたいのか?」
「二度も聞きたくない」
あくまで、話を整理するために口に出しているだけなのでその必要はないのだ。
「このキンキン声で聞こえてる」
「だよな。それで?あぁ、引き裂かれた婚約者を思って毎晩枕を涙に濡らしていたら」
「物理的にか?」
「怖ぇよ」
魔王は国民からしたら物理の方に引き裂かれても良さそうだと、聖女から呆気なく侵略してきた魔女に鞍替えした第一王子を思い出しつつ考えた。
「それを見て慰めていた騎士見習いが手引きして、馬車を強奪。元来た道を引き替えしたと。…強奪?」
「淑女の部屋に夜に入っていたということか?どこで慰めていたんだか」
人気がないところで、ひっそりと慰めているのであればまだ見て見ぬフリぐらいはされていただろうが…何せ性女である。少し騎士見習いが心配だ。
「馬車が止まって扉が開いたから、着いたと思っていたら騎士見習いが入って来て…は?うぁわ……あ、あぁ…確かに断るよなぁ」
「そうか?熱烈に愛されているじゃないか」
「へっ?……晶さんが心配だ」
「どういう意味だ」
年上の同僚がドン引きしているのを見て、睨み付ける魔王。理不尽だと同僚は泣きそうになった。相変わらずのポーカーフェイスで。
「いや、普通はムリだろう?オレだったら精神が壊れる。監禁で誰がしあわせに…同意を得られてうれしいのはわかったから、抱き着かないでくれ!!」
両腕を挙げて触らないアピールをする同僚は、周囲から同情的に見られていることに気付かずに焦っている。痴漢と間違われないために両腕を挙げてのはわかるが、周囲の反応を冷静に見ている魔王は聖女として異世界に召喚された少女のスキルがなくなったことに安心した。
スキルがあった場合、同僚はこの少女に恋愛感情を向け、周囲はライバルになり得る彼を排除しようと向こうが身体をくっつけている状況でありながら、まるで被害者を庇うかのようにしゃしゃり出て、最悪は警察に痴漢として突き出すだろう。そうならないと見て、魔王は安心したのだ。まあ尤も、魔女を信頼しているので、彼女がスキルを奪うと決めた以上、ここに戻っているのだからないのは当然である。
「まさか、ヤンデレになるなんて、年下ワンコ騎士にそんなルートがあるなんて知らなかった?」
「あぁ、断ったら逆上されて刺されたのか。よかったじゃないか、いっそ殺してしまいたいほど愛されて」
「いや、普通にコワいからな?そもそも、殺人未遂だ」
「だったら、お前がこの子どもを警察に連れて行けば良い。犯罪に巻き込まれた可哀想な子どもだぞ」
「いや、だってなぁ」
同僚は、魔王の盾にされながらも無表情で困惑していた。先程から彼の目の前で、聖女が盾越しに魔王に捲し立てるように話し掛けているからである。
「あ?隠しルートの魔王?何をいっているんだ?攫いに来た…誘拐は犯罪だろ?だいたい、逆ハーとは、ハーレムの女版みたいなものだと思っているが、王子だかなんだか他の奴らを侍らせて、取り合われる女にわざわざ興味など抱かない。なぁ、お前はどう思う?『唯一』と選んだ女から、同じ感情を返してもらえない、それどころか他に男が複数いて皆平等にしか愛されないなど耐えられるか?オレにはムリだ」
「オレもダメだな。はぁ?みんなに愛される女に選ばれたことが自慢になる?そうか?」
「理解しようとするな。オレたちには理解の及ばない世界の住人らしいからな」
「そうだな。さっきから真面目に事情を聞いているのに、夢のような話ばかりいってはぐらかしてくる。リューの知り合いじゃなければ妹の知り合いかと思っていたが、違うようだな。あいつは現実的なやつで、小説やゲームを現実には持ち出さないから」
「あぁ、何度か会ったことがあるが、確かにそうだな。オレの目もカラコンだと思っているし」
「は…?オレもてっきり、妹がいってたコスプレのための役作りで着けっぱなしだと思ってたんだが違うのか?」
「自前だっ!!」
可愛い恋人のせいで、コスプレ疑惑が蔓延していた。しかし、恋人は可愛いので許す。
「あぁ、やっと教師が来たな」
「すみません、妹を迎えに来まして…いえ、大丈夫です。触っていません!」
「ははっ、先生方が困惑しているぞ。知らせてくれた生徒から、付きまとわれていたと聞いていたらしい」
「そうか…安心した」
「そうですか。あの引き摺られていく女子生徒は、普段から男子生徒に周囲を囲まれて過ごしていたのですか。それで、女子生徒たちから倦厭されていたと」
「その割には、誰もいない…あぁ、今日は朝から誰も近寄らないと?普段、常に側にいる男子に文句をいいに行っても邪険にされていた?…昨日まではいつも通りだったのだとしたら、急にどうしたんだ?」
「さぁ?昨日、劇的な変化があったのなら別だが、彼らは急に現実が見えたんじゃないか?ここが、自分の生きる現実だということに気付いたんだろ」




