巻き込まれモブは聞いていた(勇者編)
チーレム勇者。
「一時はどうなるかと思ってたけど」
「本当にね。まさか、あんなに小さな子どもたちが召喚されて来るとは思わなかったもの」
「あなた、部屋付きだものね。勇者様だとは最初は思わなかったのではなくて?」
「えぇ、恥ずかしいことに。見た目だけで判断して、勇者様の御子と」
「フフッ、勇者様も周りの扱いに当惑されたでしょうね」
いえいえ、『厚いおもてなし』だと勘違いしてましたよ。しかし、まさかのお子ちゃま扱い。
「ここだけの話なのだけど。わたくし正直ね、どこの馬の骨かわからない異国の平民風情に陛下自ら頭を下げる必要があるか疑問だったのよ」
「わかるわ。『装備を揃えてもらえるだけ、ありがたいと思いなさい』と、私も思っていたもの」
「でも…あの方は、まだ幼いのよね…本来であれば、家族に守られて、慈しまれている時期だというのに、重い役目を背負われて」
「家族も自分の住む世界からも引き離されて、数人の同郷の者だけを共にして渡ってこられたのに…」
「聖女様も、聖獣使い様もそれぞれの派閥が連れて行ってしまわれてたった一人でいらっしゃるのはおつらいでしょう」
「以前、中庭で素振りをしているところを見ましたの。周囲に誰もいないから、タオルと水をお持ちしましたらとても喜ばれました。それで、少しお話しする機会をいただきまして」
『誰もいない』のではなく、みんな牽制し合ってた結果と思います。その侍女さんはそれを幸いと勇者様に近付いたのでしょう。現に今、話し相手の侍女さんの顔が嫉妬で歪んでいます。
「ふ、ふ~ん、よかったわね」
良くなさそうな顔をした侍女さんに気付きながらも、もう一人の侍女さんは笑顔で続きを話します。確信犯ですね。
「そのときに、『さみしい』と仰られたのです」
嫉妬混じりに聞いていた侍女さんも、これには息を呑んでションボリとしてしまいました。意外に素直で優しい人みたいです。
「それは…そうよね」
「えぇ、こちらの都合で来て頂いてますし…。ですが、そう呟いたあと慌てられた様子で『みなさんから期待されているのに、こんなに弱いところを見せてしまってすみません』と謝罪されました。そんな、謝ることではないですのに」
ただし、イケメンに限る。むしろ、弱ったイケメンおいしい。
それが他の、例えば普通の顔をしたただの平民だったら『甘えんな!』と蹴り出されてそうです。
「ですから、微力ながら一時の憂いを払うお手伝いをさせて頂きましたの」
あぁ、あの侍女さんは早朝に勇者様の部屋から髪も結ばず出て来た人ですか。私を見て恥じらってパタパタと小走りで逃げていきましたけど、つまりはそういう『一時の憂いを払うお手伝い』をしたのですか。
…何故、早朝にそんな重要な場所に私がいたかといえば―――仕事です!
「でも、今は姫殿下がいらっしゃるから大丈夫でしょうね」
「本当、美男美女でお似合いだわ」
侍女さん、勇者様を慰めたことのある侍女さんにニッコリ笑いながらいう。女の争いって静かでコワいわー…(棒読み)。
「ゴホン!えぇ、まあそうよね。王妃様のお産みになった第一王女様ですもの。王位継承権はないものの、才色兼備にして魔術の使い手、最も高貴な王族の血筋でありながら驕ったこともなくお優しい方ですものね」
咳払いをして気を取り直した侍女さんは、王宮に勤める彼女たちにいつも優しい第一王女様のことを絶賛した。ここに勤める侍女さんたちはみんな貴族で、しかも部屋付きや王族付きは陛下の覚え目出度き上位貴族の娘さんたちだ。つまり、そんな娘たちにいくら王族の姫君でもキツくは当たれないでしょう。それ以外の下働きとの態度の落差を見てほし…見たとしても、上位貴族のお嬢さんたちは普通に扱っていると思いそうですね。
「侯爵家の姫様や伯爵家の双子姫、男爵家の未亡人だけではなく、その使用人たちにも親切に接して下さる勇者様は本当にお優しいわ」
「公爵家の隠された方も、ずいぶんと熱心に剣の技術をお教えしているみたいね」
いいのでしょうか、未亡人とか公爵家の隠された方…つまり隠し子の話を勝手にして。まあ、『公然の秘密』ってことですね。
「あら!勇者様と姫殿下よ!」
「散歩かしら?本当に、仲睦まじいわねぇ」
この時間は姫殿下は歴史の授業、勇者様は王様と一緒に謁見の間で各地の権力者と会うのではありませんでしたか?私は他人事ですので別に構わないのですが、一応は勇者と第一王女様なのですからもう少し周囲を気にした方がいいと思います。
「陛下は魔王を倒した暁には、勇者様と姫殿下を娶せて国を継がせるおつもりでしょうか」
「歴代最強と名高い勇者様なのだから、きっとそうよ!王太子様はまだ幼いですし、同母姉の第一王女様でしたら反対する者はいないでしょう!」
いえ、側室様の産んだ第一王子様、第二王子様、第三王子様はどうなるのですか。いくら王妃の産んだ王子は何番目に生まれても王位継承権第一位とはいえ、蔑ろにしてどうするのです。いくら第一王女派を公言しているとはいえ、誰が通るかわからないというのに…。
「休んでないで、早くリネンを運び出しなさい!」
「はっ、はい!!」
飛び上がって、汚れたリネン類を抱えて洗い場へと走る。うぅっ、一人部屋なのになんで積むほど洗い物が出るのですか、この部屋は!
「まったく、油断も何もないわね」
「本当にね。わたくしたちが監視していないとすぐ怠けるのだから。あれで、勇者様と同郷などとよくも恥ずかしげもなくいえるわよ」
「なんの役にも立たないのだから、せめて疲れた勇者様が休むための準備ぐらいしてほしいものだわ」