聖夜の行進 ~ サンタクロースは再びその袖に腕を通す
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その日は朝から吹雪となっていた。
視界が遮られた街道を進むのは、揃いの真っ赤な装束に身を包んだ男たち。
重量感あふれる白い大きな袋を軽々と肩に担いだその男たちは、一歩一歩踏みしめるように真っ直ぐに歩みを進めていた。
戦場から来たサンタクロース ―― 彼らはいつしかそう呼ばれるようになっていた。
毎年この時期になると、赤い服に身を包んだ彼らが街へとやってくる。
その姿を見つけた子供たちは遊ぶのも忘れて彼らに駆け寄り、プレゼントを求めるのが毎年の光景だ。
先の大戦での最激戦地にほど近いこの街には、家を失い、親を亡くした子供たちも多い。
彼らは、そんな子供たちであっても、夢や希望を持ち続けることができるよう願いながら、白い袋に詰めたお菓子やおもちゃを子供たちへと分け与えていた。
しかし、今年は様相が異なっていた。
街へ現れた彼らに駆け寄るはずの子供たちの姿は見られない。いや、そもそも街の中には彼ら以外の姿が見当たらないのだ。
死んだように静まり返る街を、彼らは靴音のみを響かせて進んでいく。
先の大戦の後訪れた平和はごく一時のものだった。
“二度と不幸な対立を生まない”との名目で進められた統一国家の誕生を、人々は喜んで受け入れた。
しかし、人々の選択は誤っていた。対立する相手を排除した国家の支配階級に歯止めをかける者はなくなり、人々は彼らのなすがままに富を搾取され続けた。
いつ命の危険に巻き込まれるかもしれない戦乱の世の後に訪れたのは、一部の者の繁栄のためにただ生かされ続けるという牢獄のような生活であったのだ。
無論、反抗する者がいないわけではない。
しかし、財力と軍事力を牛耳る支配階級に比べ、人々が手にする力はあまりにも脆弱であった。
従わない者はすぐに制圧され、その存在を抹消される。
つい先日も、支配階級に逆らおうと蜂起したこの街の若者たちが捕えられ、“処分”された。
集められた子供たちの目の前で無数の鉛玉を浴びせられる若者たち。
その凄惨な光景に、街の人々は恐怖に震え、ただ静かに時が流れるのを待っていた。
街道にザッザッザッと新雪を踏み鳴らす音が響く。
ふと、“サンタクロース”の一人が、隣を歩く“元同僚”に声をかけた。
「こうしてみると、お前さんもいい加減年食ったなぁ」
「ああ、すっかり髭が白くなっちまったよ。そういうお前さんこそ少し肩の張りが無くなってるんじゃないか?」
「バカいうなよ。ほれ、まだまだだ」
同じように白髭を蓄えた二人の老人が互いに笑顔で言葉を交わす。
茶化したような物言いで笑みを浮かべる二人。しかし、その眼は決して笑ってはいない。
数十年ぶりの“実戦”を前に緊張の糸が張り詰めていた。
彼らの真の名は“セントクルス”。統一国家を勝利へと導いたとされる精鋭部隊の生き残りたちだ。
彼らの凄まじい戦果は、今なお伝説として語り継がれている。その姿を見た相手は、恐怖のあまり動けなくなり、そのシンボルである赤色の戦闘服は、返り血を浴びてもその色が目立たないように選ばれたとさえ言われていた。
敵からも味方からも畏怖された彼らも、大戦が終わって“平和な時”を迎えるとその居場所は失われた。
だが、それも構わないとばかりに、彼らは各地へと散っていく。
あるものは荒廃した街の再建に、ある者は若者の育成にと、彼らはそれぞれに街に溶け込む。
平和のために行ったとはいえ、彼らが行った数々の非道な行為に対する贖罪として生き残った部隊の誰もが街の人々の役に立とうと力を尽くしていた。
年に一度この街に集い身寄りを失った子供たちにプレゼントを配るのも、そうした贖罪の気持ちの表れであった。
しかし、その“平和”が生み出した結果を目の当たりにした彼らは愕然とした。
未来を奪われる若者たち。恐怖に押しつぶされる子供たち。
一部のものだけが繁栄を享受し、多くのものが虐げられる現実。
自分たちはこんな未来のために非道な行為を続けていたのか……心中に忸怩たる思いが積み重ねられた。
そして、決定的な出来事が起こる。この街で繰り広げられた理不尽な弾圧。
惨殺される若者たちを見せつけられた子供たちを想えば、彼らはその怒りはもはや抑えることができなかった。
若者たちの、子供たちの将来をこれ以上閉ざしてはならぬ。
子どもたちの夢と希望を叶える“サンタクロース”として、老兵たちは再び赤き服へ袖を通していた。
いよいよ街の外へと出ようとしたその時、先頭を歩く老兵たちが一つの小さな影を視認する。
“サンタクロース”たちは一斉に警戒し、武器を詰めた袋の中へと手を入れる。
しかし、その中の一人がその陰の正体を見抜き、声を発した。
「おう、嬢ちゃんか。さっさと家に帰んな」
「行かないでっ!ここは通さないわっ!」
必死の表情で懇願し、少女は道をふさぐように手を広げる。
いったん歩みを止めるサンタクロースたち。先程声をかけた一人が前に出て、しばしの間少女とにらみ合った。
「子供はお家に帰って早く寝な」
「いやだっ!ここは絶対に通さないんだからっ!」
悲鳴のような声で少女は叫ぶ。
沈黙が場を支配する ――。
やがて老兵は少女の前に立ち、片膝をついた。
「すまんな、嬢ちゃん。誰かがやらなきゃならんのだ」
少女の前に膝をついた“サンタクロース”、彼女にはそれが誰なのか分かっていた。
身寄りのない自分を精一杯面倒見てくれた“食堂のおじいさん”。
食べるものが無くお腹を空かせていた時には「出世払いでいいさ」といつも黙ってご飯を出してくれた。
悪いことをした時にはとっても怖かったけど、でも、それだけ自分たちのことを見守ってくれているということでもあった。
毎年やってくるサンタクロースが食堂のおじいさんだということは、もう何年も前に気づいていた。
いつも枕元にお菓子を置いてくれて、そっと頭を撫でてくれる。
その時の不器用な笑顔が見たくて、毎年寝るのを我慢して待っていたんだから……。
食堂のおじいさんは、身寄りのない彼女にとって“唯一の家族”と呼べる存在だった。
このまま見送れば、そのおじいさんを失うかもしれない。行かせたくない。
しかし、自分には止めることができない。
少女の眼から涙が溢れ、嗚咽が漏れた。
サンタクロースは、その手で頬を流れる雫を拭きとると、少女の頭をポンと撫でて立ち上がった。
「じゃあな、元気でやれよ」
その言葉を合図にするように、街道には再び雑踏が響き渡った。
少女の両脇を、サンタクロースたちが進んでいく。
隊列に混じって徐々に小さくなっていく“おじいさん”の後ろ姿へ、少女が声を振り絞った。
「来年のクリスマスも、プレゼント待ってるから!だから、だから、絶対……!」
声をかけられたサンタクロースは無言のまま片手を上げて応える。
赤い服を纏った老兵たちは、やがて降りしきる雪の中へと消えていった。
お読みいただきましてありがとうございました。
twitterで流れてきたとある“サンタクロースの行進画像”からいきなり思いついた掌編でした。いかがでしたでしょうか?
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