表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

~雨と自転車と帰り道~ 【後編】


 

  

それ以来、なんだかやたらと雨に過剰反応してしまって。


朝から雨の日は自転車で行こうか傘を持とうか持たざるべきかサカキは悩んだ。

そして、同じように。

ミズキもまた、自宅玄関先でひとり、傘の柄を掴もうかどうか悩んでいた。

 

 

それは降水確率50%だった日の放課後。

傘がないサカキ。

というか、傘を敢えて持たずに登校したサカキ。


心の何処かに小さい期待を込めて。

またミズキと、ふたり傘が出来る可能性に賭けて。

 

 

昇降口の屋根下に、佇む。


傘を差した生徒が、次々とサカキの横を通り過ぎ帰ってゆく。

振り返って靴箱左隅の一角に目を遣る。そこは1年のそれが並ぶ列で。

見知らぬ顔がせわしなく行き交う。

昇降口入口のド真ん中に立つサカキを、邪魔くさそうに避けて流れる人波。

 

 

 

  (もう帰ったかな・・・)

 

 

 

少し小雨になった頃、サカキは諦めて帰ろうと小さく溜息をついた。

足元に落としていた目線をゆっくり上げ、何気なく左側を向いた時

そこにミズキが立っている事に気が付いた。


ミズキはサカキの方を見ていた。

サカキが気付くよりも、ずっと前から。

しかし、その顔は何処か困ったような表情で。


サカキの手に傘は握られていなかった。

そしてまた、ミズキも同じで。


互いに傘が無ければ一緒に帰れるかもしれないという期待をこめた2択の

賭けが仲良く裏目に出た訳で。

 

 

 

 『傘・・・無いんですか?』

 

 

 

そのミズキの言葉に、サカキが『お前、も・・・?』 と返す。

 

 

 

 『困ったなぁ・・・』

 

 『困りましたねぇ・・・』

 

 

 

同時に呟いた。

そして、それに驚いて互いに顔を見合わせ、ぷっと吹き出したふたり。

 

 

 

 『このくらいなら。小雨だし・・・ダイジョーブじゃね?』

 

 

 

サカキがそう言って、昇降口の段差2段を軽快に踏み下りると

ミズキもそれに続いた。

小雨の中、傘がないふたりは並んで、気持ち早足で歩いていた。

 

 

 

 『天気ヨホー、見て来なかったの?』

 

 

 

ミズキに訊ねる。


『今日、コースイ確率50パ、だぜ?』 と。

 

 

 

すると、

 

 

 

 『なら、どうして傘。持たなかったんですか・・・?』

 

 

 

キョトンとしてミズキが聞き返す。


墓穴を掘った。

掘りまくってマントルまで貫通しそうだった。


なんて返事をしたらいいのか分からず、耳を赤くしてアタフタしながら

サカキは話を逸らそうと必死に話題を探す。

 

 

 

 『あ!そうそう・・・


  名前、名前! そいえば、聞いてなかったな、と・・・。』

 

 

 

そのサカキの言葉に、ミズキは少し目を伏せた。

 

 

 

 『ミズキ、です・・・


  ミズキって呼んでもらえたら、嬉しいです・・・。』

 

 

 『ん?苗字がミズキ?』

 

 

 

小さく首を横に振る。

 

 

 

 『下の名前が。・・・ミズキ。


  あの・・・みんなに、ミズキって呼ばれるので。だから・・・』

 

 

 

苗字ではなく下の名前で呼ぶことに、少し、いや、かなりの照れくささが

あったものの本人がそう希望するのだから、サカキはそれに従うことにした。

 

 

 

 『あの・・・


  ミナモト先輩とは、もう付き合ってないんですか・・・?』

 

 

 

少し遠慮がちに、しかし、随分核心を突くその質問にサカキは一瞬たじろいだ。

サクラと付き合っていた事を知っているなんて、しかも学年が違うというのに。

 

 

 

 『な、なんで・・・そんなこと知ってんの・・・?


  つか、別に。アイツは、友達だし・・・』

 

 

 

 

 

 

 『キーノーシータぁぁああああ!!!』

 

 

3-Bの教室入口で、サカキがリンコの名を絶叫する。

大きく溜息をついて、リンコが机に突っ伏した。

 

 

今日のチャイティーラテは、低脂肪ミルクのアイスにカスタマイズしてみた。

リンコはプラスティックカップに刺さるストローで氷を突きながら。

 

 

 

 『・・・で?今日はなに?』

 

 

 

サカキは落ち着きなく貧乏揺すりをし、両手の拳を太ももにトントン打ち付け

ながら眉間にシワを寄せる。

 

 

 

 『ししし知ってたー・・・


  俺とサクラが付き合ってたこと、知ってたー・・・

 

 

  なんでー・・・


  なんで、そんなん知ってんだー・・・?

 

 

  つか、もう。完っ璧。俺んこと好きなんじゃねーかー・・・?


  それ以外、考えらんねーべ?


  ・・・な?


  ・・・な???』

 

 

 

小さく溜息をついて、クククと笑うリンコ。

 

 

 

 『知ーらーないわよ、そんなこと。』

 

 

 

『どうしよどうしよ』と、

勝手に舞い上がり嬉しそうに困った顔をしているサカキ。


それを見ていたら可笑しくて、珍しくリンコが声を上げて大笑いした。

 

 

 

 

夕方。サカキと別れ、リンコが自宅に帰るとリビングに妹の姿。


テレビにかじりついて、なにかを真剣に見ている。

あまりに至近距離でテレビ前にいる姿に、苦い顔を向けた。

 

 

 

 『目ぇ悪くするよー』

 

 

 

声をかけたリンコに、妹が振り返った。

 

 

 

 『明日の天気予報チェックしてんのー・・・』

 

 

 

 

 

 

昇降口の屋根下に、佇むサカキ。


今日も、雨。

傘を差した生徒が、次々とサカキの横を通り過ぎ帰ってゆく。

右手にカバン。左手には傘の柄を持ってサカキは佇んでいた。

 

 

すると、後方でクスクス笑う声が耳に入り、振り返った。


ミズキが片手に傘を持ち、可笑しそうに体を屈めて笑っている。

可笑しくて可笑しくて止まらなくて、目尻に少しだけ溢れた雫を指先ですくう。


ふたりの2択は、またしても仲良く外れた。


一方が傘を持ち、他方が持っていなければ、ふたり傘で帰ることが出来る。

しかし、今回もふたり共が傘を持って来ていた。


一応、サカキは裏をかいていた。

前回傘が無かったから、今回は持ってくるだろうという予想の裏をかき、

しかし更にその裏をかきまくって、今回、自信満々に握った傘の柄。

ミズキも全く同じように、裏の裏をかいた結果がそれで。


昇降口の屋根下で、ふたりで顔を見合わせて暫く笑った。

 

 

 

 『帰ろっか。』

 

 

 

笑いながら、各々傘をさして放課後の雨道をゆっくり歩いた。

 

 

雨のグラウンドは、運動系部活も活動していない為静かでどこか寂しげだった。

緑のフェンスの網目網目に、雨の雫が滴っている。

所々アスファルトが水溜りをつくり、雨粒がそれに波紋を落としてゆく。

 

 

静かな時間だった。

 

 

 

  なんだか居心地がよくて。


  このまま帰るのが勿体なくて。


  でも、なんて切り出したらいいのかわからなくて。

 

 

 

互いに、もう少し一緒にいられる理由を考えていた。

このまま行けばあと少しで、互いの家の方向に分かれる分岐点に差し掛かる。


あと少し。

もう少し一緒にいるために。

 

 

 

 『あ、あのさ・・・。』

 

 

 

サカキが突然大きめの声で切り出した。

その声に、ビクっとして体を硬くし見上げるミズキ。

 

 

 

 『えーぇと・・・。』

 

 

 

気持ちだけ焦って空回りし、二の句が継げない。


ミズキがじっとサカキを見つめる。

それは、なにか”丁度いい理由”を言ってくれるのを待つように。


必死に話題を探しているサカキが、ギブアップとばかり、うな垂れた。

そして、俯いたまま首を横に振って、邪念を振り払うような面持ちで。

 

 

 

 『あのさ・・・


  次。 次の、雨の日・・・


  傘・・・ 持たないで、来て。』

 

 

 

耳がジリジリ熱くなる。

風が少し吹いて、顔に雨粒がかかったが、火照った頬にはむしろ心地良い。


ミズキが赤くなって目を落とす。

足元の水溜りが、嬉しそうに頬を緩ますその顔を水面に映していた。

 

 

 

 

それからふたり、雨の日は必ず”ふたり傘”で帰っていた。


サカキが大きめの傘を差しかけ、その隣にミズキが並んで歩く。

ミズキが持つ布地のトートバックには、折り畳み傘が入っていたが

使う必要はなかった。


ふと見ると、サカキの左肩が少し雨に濡れている。

ミズキがそっと傘の柄をつかむサカキの右手を、左側に押しやる。


『ん?』 不思議そうに目だけ向けたサカキが、ミズキの行動の意味に

気付き頬を緩めて笑う。

わざと、右側に立つミズキにだけ傘をかかげると、困った顔をして更に

サカキの手を左に押しやったミズキ。


その繰り返しをして大笑いする、ふたり。

気付けば、傘があるというのにそこそこ濡れてしまっていた。

 

 

ミズキの前髪に雨の雫をとらえる。

サカキがそっと指先で触れると、透明なそれは形を変えて消えた。

 

 

  互いに真っ直ぐ見つめ合う。


  心臓が異常なほど、ドキンドキンと高鳴る。

 

 

ゆっくりミズキへ傘を差しかけた。

それは、少しでも雨音と周りの雑踏を遮断するかのように。


そして、言葉に詰まりながら、ひとつずつ言葉を選びながらサカキが言う。

 

 

 

 『これから・・・


  雨の日以外も一緒に、帰ってくんない・・・?』

 

 

 

目を逸らさず。

まっすぐミズキを見つめて。


ミズキが目を細めて頬を緩ます。

ピンク色の頬が、恥ずかしそうに更に赤く染まる。

 

 

 

 『・・・うれしいです・・・。』

 

 

 

気付くと雨はあがっていて、横を行き過ぎる人は誰も傘を差してはいなかったが

ふたりは傘に隠れたまま、照れくさそうに微笑み合っていた。

 

 

 

 

 

 『サカキーぃ!ちょ。頼みある。


  今日、急いで帰りたいから2ケツさしてー・・・』

 

 

サクラが3-Aの教室入口で、サカキに向かって叫んだ。


サクラも3年進級のタイミングでクラスが別れ、次の移動教室までの短い

空き時間でC組から慌ててサカキのA組に顔を出していたのだった。

 

 

 

 『わり。無理無理~』

 

 

 

ニヤけながらサカキが断る。

その顔を睨み、舌打ちをして口を尖らすサクラ。

 

 

 

 『長い付き合いの友達より、コレか!


  お前はそんなにコレが大事かっ!!』

 

 

 

小指を立てて、サカキの顔前に押し付けるサクラ。

 

 

 

 『ゲッスいなぁ~、相変わらず。


  あー・・・ヤだ、ヤだ・・・。


  お前は、ハルキハルキゆってビ~ビ~泣いてれー・・・』

 

 

 

そう言ってイヒヒ。と笑ったサカキ。


そのサカキの尻を思いっきりヒザ蹴りするサクラ。

しかし、嬉しそうな顔を隠しもしないそんなサカキにサクラも内心喜んでいた。

 

 

 

 

 

 

サカキの腰に掴まり、ミズキが自転車の荷台に横向きに座る。


やわらかな秋の風が、照れくさそうなふたりの頬を撫でてゆく。

夕焼けがしっとりと空を染め上げ、アスファルトに長い影を落とす。

 

 

ふと、サカキが後ろを振り返り訊いた。

 

 

 

 『そーいえば。


  今更だけどさ・・・


  俺、ミズキの苗字、知らないままだった・・・』

 

 

 

すると、ミズキは可笑しそうに俯いた。

返事が返ってこないことを不審に思い、サカキが再度振り返る。

 

 

 

 『聞いてなかったんですね・・・』

 

 

 

小さく笑っているミズキ。

『ん?なにが?』 首を傾げるサカキに、

 

 

 

 『お姉ちゃん、もう言ってるのかと思ってた・・・


  キノシタ、です。


  キノシタ ミズキ。


  リンコの妹です・・・。』

 

 

 

思いっきり握ったブレーキレバーに自転車は軋んだ音を立て、急停車した。

サカキが目玉が落ちそうなくらいに見開き、ミズキを振り返り凝視する。

パチパチとせわしなく繰り返す瞬き。

口は渇いてカラッカラに。

 

 

そんなサカキを見つめ、ミズキが小首を傾げて微笑んだ。

 

 

 

 『妹だったら、嫌われちゃうんですか?・・・私・・・。』

 

 

 

すると、サカキが眉根をひそめ言った。

 

 

 

 『んな訳ねーだろ。


          ・・・好きに決まってる・・・。』

 

 

 

言って、互いに、赤くなって目を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 『キーィィィ ノーォォォ シーィィィ タぁぁああああ!!!』

 

 

3-Bの教室入口で、サカキの地響きのような咆哮が響き渡った。

教科書に顔を隠し、リンコが肩を震わせて笑っていた。

 

 

 

 『お姉さんて呼ぶぞ!コラァ!!』 

 

 

 

その声に、慌ててリンコが教科書から顔を上げ、顔の前で手を合わせて

サカキへ向けて”ごめん”とポーズした。

 

 

その顔は、笑いすぎて真っ赤になって、しかしどこか嬉しそうだった。

 

 

                           【おわり】

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ