異世界に行く方法を教えます
自分が望む異世界に行く方法がある。
しかも自分が望むだけのチートを持って。
そんな噂が、ネットで密かに話題になっている。
「あり得ないってわかってるんだけどな。あー、チートを貰って異世界に行きたい」
早川大智はぼんやりと自室の天井を見ながら呟いた。
社会人として働き始めて早十年。
まだまだ若いと思っていたのに、気付けば三十歳を超えてしまった。
数年前までは活発に出かけて遊んでいたのに、最近ではこうしてダラダラと過ごす事が増えてきた。
今日もせっかくの休日だというのに、まる一日をベッドの上で過ごしてしまった。
こんな事が恋人の美奈にバレたら幻滅されてしまうだろう。
「やる気が出ないんだから仕方ない」
再びこぼれる独り言。
一人暮らしに慣れたのはいいが、悲しい事に独り言がどんどん増えてきているような気がしている。
そんな事を考えながらも、再びタブレット端末の画面を点ける。
ブックマークから小説投稿サイトを選ぶと、見慣れたページが現れた。ランキングから面白そうな作品を探す。大量にある作品のほとんどに『異世界』の文字が見て取れる。どうやら最近の流行らしく、大智も例に漏れずその魅力の虜になっていた。
ランキング上位にある作品はどれも一通り目を通したモノばかりで、変わり映えがしない。それではと、新規更新された作品から適当に探すがこちらも、気に入った作品は見つからなかった。
「つまらないな」
ベッドの上でゴロゴロしながら、タブレットの画面をスライドさせる。
残念ながら面白そうな作品は見つかりそうもない。
「ダメか。ん?」
突然届いた一通のメール。
どうせ迷惑メールだろう。そんな事を考えてメールを開けば、どうやら最近噂の異世界への案内メールであるようだった。
From: 異世界案内所
To: 早川大智
件名: 異世界に行く方法を教えます。
突然のメール申し訳ありません。
異世界案内所、営業担当の田中と申します。
もし、異世界に興味がありましたらご連絡ください。
非常に短く端的な文章だった。
大智はメールに呆れながらも、興味から返信してみようかと考えた。
どうせアドレスはバレてしまっているのだから大丈夫だろう。
そんな安易な考えで大智は返信をする事にした。
To: 異世界案内所
From: 早川大智
件名: Re:異世界に行く方法を教えます。
異世界とはどんな所ですか?
一日を誰とも会話する事なく過ごしたせいだろうか。
大智は迷惑メールに返信して、妙にテンションが上がって来た。
ワクワクしながら向こうからの返信を待っていると、すぐに反応があった。
From: 異世界案内所
To: 早川大智
件名: Re:Re:異世界に行く方法を教えます。
ご返信ありがとうございます。
異世界とは、我々が現在生活してる世界とは次元の異なる、世界を指します。
当案内所では、漫画やアニメ、ゲームや小説等お好きな世界を言っていただければ、それを忠実に再現してご案内する事が可能です。
もし興味がありましたら一度お越しください。
一番下に画像が貼られていた。
ウィルスを警戒したが今更だと思って開いてみれば、それは地図だった。ここに来いという事なのだろう。
「どうしよっかな」
悩んだような独り言を呟きながらも、すでに大智は地図で示された場所へ行く事を決めていた。
次の日、日曜日の朝早くから大智は行動を開始していた。
目指すは地図に記されている異世界案内所だ。
実に怪しげであったが、久しぶりに好奇心が刺激されたのだから行かない訳にはいかない。
もしヤバそうなら逃げればいい。
仮に捕まっても身元がバレるような物はスマホを含めて家に置いて来た、金も必要最低限しか持ってきていないからきっと大丈夫だ。
安易過ぎるだろうか。そんな考えも一瞬過ったが、好奇心の方が勝った。
電車を乗り継いで辿り着いた街で、印刷した地図を頼りに進んで行けば驚くほどあっさりと見つかった。
それは繁華街から、ほんの僅かに外れただけの場所にあった。
胡散臭い店の名前とは違い、外観は非常に綺麗だ。コーヒーの看板でも出ていれば、お洒落な喫茶店と言っても良い程だ。
扉の前に立った大智は今更になって緊張を感じた。
しかし、ここまで来て何もしないで引き返すのは格好悪い。大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、意を決して入口の扉を開いた。
カランカランと昔ながらのベルの音が店内に響いた。見渡せば、中は完全に喫茶店のようだった。
「いらっしゃいませ」
すぐにスーツを着た青年が現れた。見た目は非常に若いが妙に落ち着いていて、穏やかで誠実そうな外見をしていた。
「こんにちは」
切り出す言葉が思い浮かばず、とりあえず挨拶をして誤魔化した。
「ようこそ異世界案内所へ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
青年は白い歯を見せながら爽やかに笑った。
「表の看板が気になって。ここは何のお店なんですか?」
何となくメールの事を話題にするのを避けた。
「ここは異世界案内所。文字通りお客様をお望みの異世界へと案内させていただく場所です」
「異世界ですか?」
「はい。異世界と聞いてお客様はどんな世界を想像するでしょうか?パラレルワールドのような世界から、漫画やゲームの世界等、お客様が望む世界へと案内させていただきます」
「それはバーチャルリアリティみないな物ですか?」
異世界に憧れを抱いても、それが実現するとは大智も思ってはいない。昨晩メールを見てからネットでいろいろと調べた結果、かなり再現度の高いバーチャルリアリティ技術が開発されたという記事を見つけていたのだ。
きっとこれが正解だろう。それにしても、この中にそんな設備があるのだろうか。
大智はほぼ確信しながら問いかけた為に、目の前の青年が苦笑しながら首を横に振った事に驚いた。
「普通はそう思いますよね。私も最初に聞いた時には信じる事が出来ませんでしたから」
「え?それって……」
予想外の言葉に大智は目を見開いた。
「信じられないのも無理はないと思います。ですが、ここで案内するのは本当の異世界なのです」
「冗談ですよね?」
「やはり信じられませんか?」
「すいません」
「とんでもございません。当店にお越しになられるお客様は皆一様に同じような反応をされます。ただ当店の性質上、異世界に行ける証拠を提示する事が非常に難しいのです。そこで、もし異世界に行けなかったら費用の全額を返却すると共に、慰謝料として支払って頂いた金額と同額をお支払致します。このように契約書を用意しております」
青年はファイルから紙を取り出すと、手渡してくれた。大智はそれを受け取り内容をしっかりと読んだ。確かに正式な書類のようだった。やるかどうかは別として話を聞くくらいはいいだろう。
未だに信じてなかった大智だったが、こちらが損をする可能性は少ないだろうと判断した。
青年に案内されるまま、ソファー席へと腰を下ろした。
すぐに女性の店員がお茶を持ってきてくれた。お礼を言いつつお茶を持ってきてくれた女性を観察する。
清潔感のある制服に爽やかな笑顔。胡散臭い話ではあるが、店の内装にも店員にも特に怪しい所は見つからなかった。
その後、警戒しながらも青年の話を聞いた。
青年は小林と名乗り、貰った名刺にはここの住所と電話番号が書かれていた。
メールの差出人とは違う人のようだが、名刺もちゃんとしている。怪しいのは話の内容だけで、他におかしい所は一切見当たらない。
大智は、小林の話を信じるかどうか悩んでいた。
彼の話が本当ならば、どれだけ素晴らしいだろうか。
彼は言った。
どんな世界にでも行く事ができる。
どんなオプション(チート)だって付ける事ができる。
赤ちゃんからやり直す事もできるし、若返った状態で行く事もできる。
イケメンにも金持ちにも英雄にだってなれる。
強大な力を手に入れる事もできるし、魔法のような不思議な力を手に入れる事もできる。
望みさえすれば、異世界でどんな願いも叶えられる。
それはまさに噂の通りだった。
もしかしたら本当に異世界に行けるかもしれない。
大智は小林の話に乗る事に決めた。
「それでは当店のシステムについてご説明致します。宜しいでしょうか?」
「お願いします」
本当かどうかはさて置き、ここで提供されるサービスを一応理解した為、具体的な話をする事にした。
小林の話によると、オプションを一切なしで異世界に行くのにかかる費用は百万円だそうだ。そこに有料で様々なオプションを追加する事が出来るらしい。
例えば大智が良く訪れる小説投稿サイトで流行っているような、剣と魔法でモンスターと戦う世界に行きたいとする。何の力も特別な装備品もなしでいいなら、百万円で行く事ができる。
仮に天才的な剣の才能や、魔法の才能が欲しい場合は一つに付き五十万円が別途必要になる。
また若返りたい場合や、別の人間として赤ん坊からやり直したい場合は百万円の追加料金が必要になってくるのだそうだ。
「とりあえず、一度どんな世界にどのような条件で行ってみたいかを決めてみませんか?」
小林の提案に大智は頷いた。
自分が行く世界の設定を決める。そんな事が現実問題可能なのだろうか。
考えれば考える程嘘っぽい。しかしあまりにも真面目に説明する小林が嘘を言っているようには思えなかった。
小林の指示に従って、渡されたパソコンに入っていたソフトを起動させると『異世界創造』という無駄に格好良く飾られた文字が現れた。
「ここから先は流れに任せて入力してみてください。分からなければお答えしますので、とりえあずやってみていただけますか?」
大智は頷くと、パソコンの画面と向き合った。
最初に出てきたのは次のような質問だった。
・ベースにしたい作品はある?はい/いいえ
・はいの場合のみ回答。作品名を教えてください。
・いいえの場合のみ回答。ざっくりとどんな世界?
大智はいいえを選択し『剣や魔法でモンスターと戦うファンタジーな世界』と回答した。
次の画面に進む。
・その世界に必要だと思うモノを、何でもいいので思いつく限り書きだしてください。
これに対しては定番の項目を入力していく。
『スキル制、レベル制、魔法、詠唱、無詠唱、詠唱破棄、魔法陣、魔道書、エルフ、ダークエルフ、ドワーフ、獣人、魔族、人間、サキュバス、バンパイア、人魚、ドラゴン、精霊、魔物、王政、貴族、奴隷、冒険者ギルド、商人、白金貨、金貨、銀貨、銅貨、魔道具、古代魔法文明、迷宮、魔王、勇者、女神、お風呂、米、エビフライ、コロッケ、ハンバーグ、緑茶、餡子、ケーキ、アイス、ビール、焼酎、日本酒、ウィスキー、ワイン……』
気づけは最後の方は向こうに言っても食べたい物を羅列していた。
まぁ問題ないだろう。こんなもんでいいかと次に進む。
・世界の広さは地球と比べてどれくらい?
・季節の有無は?
・暦は?
・文化レベルは?
・貨幣の価値は?
大智は次々と表示される質問にテンポよく答えていった。
お疲れ様です。
設定が完了致しました。
画面に表示された文字を確認して顔を上げる。適度な疲労を感じて体を伸ばすように時計を見れば、一時間程が経過していた。
大智の感覚では質問は全部で百近くあったように感じた。
首のストレッチを行っていると、小林が近寄って来た。
「お疲れ様です。設定は終了しましたか?」
「はい」
大智の返事を聞いて小林はパソコンを受け取って操作を始めた。同時に先ほどの女性が大智の前に新しいお茶を用意してくれた。なかなか接客もしっかりしているようだ。
感心しながらお茶を飲む。新茶特有の適度な苦みが非常に美味しく感じた。
「それでは今度は、オプションの設定をお願いします」
再び大智の前に置かれたパソコンを見る。
・どのような状態で異世界に行きたいですか?ご希望を出来るだけ詳細に入力してください。
例:お金持ちの家に、イケメンで天才的な能力を持って生まれ変わりたい。
大智は少し悩んだが、すぐに入力を開始した。様々な小説を読んできた大智だったが、最も好きなのは王道のストーリーだった。
『邪悪な魔王を倒す為の勇者として、特別な力を持って召喚されたい。出来れば高校生くらいの年齢に若返りたい』
入力した文字を見た大智は少し恥ずかしくなった。
とっくの昔に卒業したと思っていた中二病だったが、ここに来て再発してしまったのかもしれない。苦笑しつつ、次の質問へと進んだ。
・どのような力が欲しいですか?欲しいと思うモノを全て書きだしてください。
質問文を読んだ大智のテンションが上がる。ニヤついてしまいそうになるのを堪えて希望する能力を入力した。
『状態異常無効、身体強化、鑑定眼、アイテムボックス、ポイントによる能力の取得』
自らの入力内容を確認する。
初めから強すぎるのはさすがに面白くない。かと言って何の能力もなければ危険な気もする。しばらく思案し、丁度良いだろうバランスを考えて決定した。
次の質問へ進む。
・設定した能力の希少性または強さは?
・身体能力は一般人の平均と比べてどの程度ですか?
・魔法の存在する世界です。あなたの魔力量は?
・魔法の才能は?
・成長速度は平均と比べてどの程度ですか?
・異世界へ持って行きたい物はありますか?全て書きだしてください。
世界の設定の時とは違い、こちらはやや慎重に設定していく。
小一時間ほどで入力が完了し、先ほどと同様に小林にパソコンを渡した。
同じく用意された新しいお茶を飲んで待つ事、数分。小林から完了したとの報告を受けた。
「お客様のご希望に全てお答えした場合、料金はこのようになります」
パソコン画面に映し出された数字を見る。
八百万円。
大智は金額に驚いた、一度大きく息を吐き出して気持ちを落ち着かせて小林の方を見た。
「思ったより、いきますね?」
「そうでしょうか。異世界に行ってしまえば、こちらの通貨は意味を成しません。それに新しく人生をやり直せると考えれば随分と安いように思いませんか?」
小林の言葉を聞いて大智は、なるほどと思った。確かに彼の言う通りではある。しかし……。
「確かにそうかもしれません。ですが、もう少し安くなりませんか?」
「んー。申し訳ございません。オプションのどれかを外して頂くしかないですね」
「そうですか」
「はい。しかし今すぐに契約をする必要はございません。こちらとしても準備が必要ですし、お客様自身にも考える時間が必要かと思います。また異世界に行くという事は、今生活しているこの世界との別れを意味します。逆に即決などさせる訳にはいきません」
小林は綺麗な白い歯を見せながら笑った。来た時同様、実に爽やかだ。
その後、雑談を交えて今後の説明を聞いた。
もし、異世界に行く決意が出来たのなら十日後以降に現金を持って来る事。その際に身辺整理を済ませて来て欲しいとも言われた。確かに突然異世界に行ってしまったら、こちらの世界では行方不明扱いになってしまう。それではこの店に迷惑がかかってしまうだろう。
小林からいくつかの注意事項や、やっておいた方が良い事などを聞いて大智は店を後にした。
帰りの電車の中や、家に帰ってから、一夜明けて仕事に行ってからも、大智はずっと考えていた。
自分が望んだ世界にチート能力を持って行きたい。何度も妄想した事だった。しかし実際にそれが、現実になるかもしれないと思った今、大智はなかなか一歩を踏み出す勇気を持てないでいたのだった。
結局決められないまま、あっという間に十日が過ぎた。
そして、そのまま一か月が過ぎ、さらに半年程が経った頃に大智の生活に変化が訪れた。
恋人である美奈との別れ。
きっかけは些細な事だった。しかし、いつしか大きな溝になっていたらしい。三年も続いた関係だったが、終わりは実に呆気なかった。
美奈が去った事はそこまで悲しくはなかったが、とてつもなく虚しかった。
同時に大智を縛り付けていたモノがなくなったせいだろうか。不思議と身軽に感じた。
ふと、半年前に行った異世界案内所の事を思い出した。
小林が大智に告げた言葉が頭を過る。
「本日行った設定は一年間は保存されます。もし決意が出来たら一度お電話ください」
そこからは早かった。
小林に電話をして確認をすると、次の日には会社に辞表を提出した。実家に顔を出して、両親となんでもない話をした。もちろん異世界に行くなど荒唐無稽な話はしない。無難な話をしながら、心の中で両親に謝った。母親に何かあったのか?と聞かれた時はドキリとしたが、何でもないと言って笑ってやった。
「思ったよりも大変だったな」
空っぽになった部屋の中央に、大智は大の字で寝転んでいた。
会社を辞めるのは思った以上に大変で、引継ぎやら何やらで一か月もかかってしまったのだ。まぁそのおかげで、親しい友人達と会う時間もできたので良かったのだろう。
八百万円の現金が入った鞄を見る。大智が現在持っている唯一の荷物だ。中には現金の他には、異世界に持って行こうと考えているちょっとした物が入れられている。他の物は全て処分した。アパートもすでに解約済みで、もうすぐ管理会社の人が来る。それが終われば携帯を解約して完了だ。
通帳や印鑑等は、手紙と共に一月後に実家に届くようにした。
もう、やり残した事はない。
果たして本当にそうだろうか。
一抹の不安が頭を過る。
しかし、これで良い。そもそも異世界なんて本当にあるかも分からないのだ。
行けなかったら、どこか別の場所で新しい人生を始めれば良い。それもきっと楽しいだろう。
八か月程前に軽い気持ちで訪れた異世界案内所。
正直今になってさえ、完全には信じてはいない。しかし大智は真剣な表情で店の前に立って扉を開いた。
カランカランと昔ながらのベルの音が響いて、スーツ姿の誠実そうな青年が爽やかな笑顔で現れた。
「いらっしゃいませ。早川大智様ですね。お待ちしておりました」
青年は綺麗なお辞儀で大智を迎えた。
適当に雑談を交わしながら、席へと案内された。
すぐに女性がお茶を出してくれる。温かい緑茶が大智の冷えた身体に染み込んでいく。
小林がやってきて、大智の行く世界の確認を行い、すぐに契約書を交わした。
「契約書はそのまま異世界へ持って行っていただいて構いません」
小林の話があまり入ってこない。
鼓動が速くなる。緊張しているのだろう。興奮しているのだろう。
自分でも平常心でない事が良く分かる。しかし、それも仕方がない事だ。
これから異世界へ行くのだから。
小林の話が終わり重厚な扉の前に移動した。
「この扉に入ると真っ暗な通路があります。それを抜けた先に早川様が望んだ異世界があるはずです」
その言葉に大智は頷き、感謝を伝えた。
「異世界での生活を楽しんでください。それではお気を付けて」
頭を下げる小林に大智も頭を下げた。そして扉を開き、暗闇へと足を踏み入れた。
中に入ると扉は勝手にしまった。これで後戻りはできない。前方へと視線を向けると暗い通路の向こうから光が入ってきている。その光を目指して大智は進もうとするが、なかなか上手く進めない。平衡感覚が曖昧になっている。不思議な空間だ。それでもどうにか足を前に出して進んで行く。
そして、ついに暗闇を抜けた。
辿り着いた先は、床も壁も天井も石で出来た部屋だった。大智の周りには魔法陣のような物が描かれており、その周りを甲冑を着た人達が取り囲んでいる。キョロキョロと周りを見渡していると、綺麗な声が聞こえた。
「お待ちしておりました。勇者様」
声のした方を向けば、青いドレスを着た美しい少女が立っていた。
本当に異世界に来れたんだ。大智は歓喜した。
俺は勇者だ。
大智を送り出した後、小林はパソコンのモニターを確認していた。
モニターには甲冑のような物を着せたマネキンに囲まれて、幸せそうな表情で眠っている大智が映っている。
「よし、上手くいった」
お茶に混ぜた薬がしっかり効いたようだ。楽しい幻覚と共に強い眠気に襲われるとっておきの薬だ。
パタンとノートパソコンを閉じて立ち上がると、すぐに携帯でいつもの相手に連絡をする。
「もしもし小林です。はい、そうです。上手くいきました。後処理をお願いします」
電話を切ると、同僚の美紀が満面の笑みを浮かべて駆け寄って来た。
「上手くいったみたいね。何食べに行こっか?」
「そうだな。寒いから鍋がいいんだけど、どう?」
二人の会話は実に楽しそうである。
しばらくして隣の部屋からガタガタと引っ越しでもしているかのような物音が聞こえてくるが、二人は一切気にした様子はない。
まるで、そうなる事が分かっていたかのようだ。
数日後、小林が店の掃除をしているとテレビにどこかで見たような顔が映った。
『先日発見された遺体の身元が判明しました。遺体は住所不定、無職の早川大智さん三十二歳で、警察によると大智さんは死亡する一か月程前に十年以上勤務した会社を辞職する等、明らかに身辺整理をした形跡が多数ある事から自殺と断定されました』
「自殺ねー」
小さな声で呟いた小林はニヤリと口元を歪めた。
カランカラン。
昔ながらのベルの音が店内に響く。
新しい獲物がやってきたようだ。
扉を開いてキョロキョロと周りを見渡す気の弱そうな女性を最高の笑顔で出迎える。
「いらっしゃいませ。異世界案内所へようこそ」